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2007年3月 5日 (月)

解読ショスタコーヴィチ第5-第2楽章

・とりあえず、の全体像はこちら
・第1楽章はこちら

「むすび」


この楽章を聴くといつも思い出すのは、パドゥーラ=スコダがモーツァルトの解釈方法について述べた著書の中であげている、だいたい次のようなエピソードです。
「ある冬の日、友人がモーツァルトを訪ねると,モーツァルトと妻のコンスタンツェはダンスの真っ最中だった。部屋はとても寒かった。<こんなに寒いって言うのに,君たち,よくそんな陽気にダンスなんかしていられるね>友人が言うと,モーツァルトが答えて曰く<暖房費もないから,ダンスでもしてないとあったまらないんだ!>」

以下,この楽章は要素が定型的ですので、譜例をあげず、参考となるような絵画も上げず(適切なのが見つかりませんでした。この音楽は,決して「死の舞踏」ではありませんので・・・),音だけ聴いて頂けるようにしますが,それでも充分「読み切れる」のではないかと思います。

第2楽章について全音スコアの解説は
「スケルツォという名前通り、楽しいくつろぎの音楽である」
と記していますが、これは特に「くつろぎの」という言葉で、筆者の読み誤りが明確でしょう。
まず、主観的にはショスタコーヴィチファンはこんな言葉は信じっこありませんし!
客観的には、この楽章全体が、第1楽章冒頭で明示された主要3動機のうちの第3、 だけで創造されている、という事実に目を向けなければなりません。そして、時折あいだに現れる付点リズムは、(正統的な分析の手法では「そんなはずがない」ということになるのですが、作曲する立場からの心理としては同じく主要動機のうちの第2、 の変形だということを感じ取るのが適切だろうと考えます。

すなわち、第2楽章は「悲劇的な現実を、悲劇だと自分に言い聞かせるのを拒み,底抜けの陽気を装う」音楽となっています。

もう1点、スコアの解説文には「スケルツォ」とありますが、少なくとも全音版のスコアの第2楽章そのものには「スケルツォ」とはどこにも書いてありません。手元のCD5つ(他は貸し出してしまったので)を確認しても、スケルツォとは書いていません。では、ショスタコーヴィチ自身はどう見なしていたのか・・・家のどさくさで文献がほとんど(まあ、たいした数ではないのですが)行方不明なので、確認出来ませんでした。今参照出来るのはファーイによる伝記だけです。
そこに引用された、当時の何人かの見解をあげてみましょう。

まずトルストイ(大作家の方ではありません)の、最終楽章に対する見解ですが、
「交響曲の最終楽章は、最初の三楽章に置ける悲劇的なまでに緊張した瞬間を、人生肯定的で楽観的な構想に溶かし込んでいます」
終楽章に対するもの、としての見解としての妥当性は措くとしても、少なくとも第2楽章が「楽しいくつろぎの音楽」とは見なしていなかったことが分かります。
次に、当時最大の交響曲作家であったミャスコフスキーの日記。
「最高なのは第一、第三楽章。第2楽章は(メヌエット、レントラーの特徴が)マーラーの焼き直し・・・」
これも、マーラーの焼き直しかどうかは問わないこととしますが第2楽章をスケルツォとは考えていません。

では、なんなのか? メヌエットでもレントラーでも、あるいはワルツでもいい、舞曲なのは間違いないのではないか?
とにかく、どんな種類の「舞曲」なのかを特定しないでおきましょう。
今は、この楽章は「決して陽気なものではない」ということを承知しておきましょう。
ちょうど、チャイコフスキーの「悲愴」における第3楽章が陽気さの裏に狂気を秘めているのと類似した意味付けを持っている音楽だ、と見なしておけばよいのかと思います。ただし、チャイコフスキーとは文脈が違っています。あちらは滅びて行く貴族社会を象徴するような哀感を持つ5拍子のワルツの後でやってくる狂気です。ショスタコーヴィチのこの第2楽章の方には、「狂気」はありません。構造が極めて理性的です。

形式は古典的な複合三部形式で、極めて大まかに捉えるなら
第1部:A、B、B
第2部:C、C、D、C’、D’、D’’、C’’、D’’’
第3部:A、B、B、コーダ(Cによる)
という構成になっています。ダッシュを無視し,同じ記号だけに注目すれば,要素は4つだけです。(原子、ではなく分子レベルでの要素だと思って下さい。)

4つの要素の音は、以下にリンクしてあります。

(これのみ前半部が「拒絶の動機」の変形です。)

これが先に示した3つの部の中でどのようにオーケストレーションを変化させているかを、どのように読むかがポイントですが、大切なのは第3部のA(練習番号63)は、冒頭のモーツァルトのエピソードで言えば,
「寒さを忘れようと踊っていても,確実に訪れてくる寒さは無視出来ない」
ということにあたりますし、続くBの後半がまずトランペットに割り当てられているというのは・・・トランペットという楽器の象徴するものを考慮すれば・・・「寒さという現実を前にしてなお,軍人的決意で寒さを強制的に忘却する」のです。このあたりはソルジェニツィンの小説「イワン・デニソヴィッチの1日」あたりがムードをつかむ上で参考になると思います。

ということで、上の4要素をご承知の上で,全楽章をお聴きになって、読みをお深めになって頂ければ幸いです。

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