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2007年3月25日 (日)

エルガー「海の絵」訳詩:当団I.Aさんによる

今度のTMFの定期演奏会でショスタコーヴィチの第5、グリークのピアノ協奏曲とともに取り上げるエルガーの5つの歌「海の絵」作品37ですが、当団団員で大学で英語の教鞭をとっていらっしゃるI.A氏の名訳の掲載をご了解頂きましたので、掲載致します。
エルガーの当作品は1899年、「エニグマ」完成の年の作品だそうですが、私はまだ詳細を調べ切っておりません。詩は美しいものばかりですが、本訳は訳語にもきれいな語彙が選択されていて、大変に素晴らしいと感じております。
なお、転載なさる場合には訳者の許諾を得る必要がございますので、どうぞご一報下さいますようお願い申し上げます。


「海の子守唄」    Hon.Roden B.W.Noel

海鳥たちは眠りにつき、
世界は悲しみを忘れ、
海は、静かに、子守唄をつぶやき歌う、
このエルフの土地の
影多き砂浜で。
「わたくし、心優しき母は、
お前をなだめる、おお、わが子よ、
声を荒げるのはおよしなさい!
エルフの光に包まれた島々は、
夢み、岩や洞窟は、
波のささやき声に、あやしつけられ、
光り輝く石像を覆い隠す、
泡立つ海は、微かに白く光りをはなつ、
このエルフの土地の
貝殻砂の砂浜で。
ヴァイオリンの音色のような海の音で、
うまくあやして寝かしつける、
わたくしは、静かに、子守唄をつぶやき歌う、
悲しみ、嘆き、罪は忘れなさいと、
大海原の、闇に包まれた力、
おやすみなさい、おやすみなさいと
ささやきます!」


「港にて(カプリ島)」    C.Alice Elgar(エルガーの夫人)

しっかりとあなたの手を握らせてください、
嵐が海と陸とを吹き抜ける
愛だけが持ちこたえるでしょう。
しっかりと抱きしめてください、波が速く打ちつけるから、
波頭が、吹き荒ぶ疾風を白く染める
愛だけが永らえるでしょう。
わたしの唇にキスをして、やさしく言ってください、
「喜びは、波にさらわれて、今日、消えてしまうかも知れない、
でも、愛だけは残るだろう」と。


「海で迎える安息日の朝」    Elizabeth Barret Browningの詩から

厳かな面持ちで船は進んだ、
 海で暗闇のなかへと、
  厳かに、船は進んだ、
わたしは、物憂げに、その場で頭(こうべ)を垂れた、
 別れの悲しみと眠気のせいで、
  瞼はとても重かった。

新しい光景、見慣れぬ、驚くべき光景、
 わたしを取り囲む海は、荒れ狂い、
  頭の上で、空は妙に落ち着き払っていた、
月もなく、太陽もない光の中で、穏やかに、
 あの大いなる日の栄光を留めようとする
  ただその意図だけでも素晴らしい。

わたしを愛してください、やさしい友人たちよ、この安息の日に。
 わたしのまわりで海は歌う、あなたたちが賛美歌にあわせて
  いつもの場所で、波のように身体を揺らしているその間に、
跪いてください、かつてわたしが祈りのために跪いたその場所に、
 わたしを祝福してください、魂の奥深いところで、
  あなたたちの声は、決して、届きはしないのだから。

わたしのこの安息日には、
 頸垂帯(けいすいたい)を纏った聖職者の姿はなく、
  賛美歌を歌う会衆もいない、
でも、聖霊が慰めを与えてくださるでしょう。
 無聊の海を覆っておられた神の聖霊、
  自らの創造物の上におられた創造主が。

神の聖霊がより高きところを見せてくださるでしょう、
 聖なる者たちが、ハープと歌で、終わることなき
  安息日を守っておられるあの場所を
炎と渾然一体となったあの海で
 燃えさかる神の御姿を見つめ過ぎた聖なる人たちが
  しばしば、目をお伏せになるという、その海を。


「珊瑚の広がるところ」    Richard Garnett

海は、静かに、やさしい音楽を奏でる
風がふんわりとした水しぶきを舞い上げるとき
その調(しらべ)が僕を誘う、出かけてみてはと、僕を誘う、
珊瑚の広がるあの場所を見に。

山にあるときも草原にいるときも、芝にいるときも小川の畔にあるときも
夜が更けて、月が皓々とあたりを照らすころ
その調は、僕の居場所を突き止めて、
教えてくれる、珊瑚の広がるあの場所を。

そう、僕は瞼をきつく閉じ、これでよし、
でも、空想はすばやく飛んで行く
ゆらゆら揺れる貝殻と波の世界へと
珊瑚の広がるあらゆる場所に。

君の唇は日没の太陽の輝きのよう
君の微笑みは朝の空のよう
でも、僕のことは放っておいて、行かせておくれ
珊瑚の広がるあの場所を見に。


「泳ぐ人」 Lindsay Gordonの詩から

短い、鋭い、激しい閃光で、見えるのは
南の方に、視力のおよぶ限り遠くまで、見えるのは
ただ青黒い大波のうねり、
盛り上がる海と砕ける波ばかり。
北の方に、見えるのは、岩と断崖
遠ざかる岩、目の前に飛び出してくる礁(しょう)
海の方へ流され、また岸に打ち上がる漂流物
燃え上がるような泡に覆われた浅瀬のうえに。

恐ろしい灰色の海岸、ぞっとするような海辺
ほとんど人の足が踏み入れたことのない浜辺
そこに、ぼろぼろになった船体と折れたマストが横たわる、
過去十年間の長きにわたり、そこに埋もれていたのだった。
愛しき人よ! ここをともに彷徨ったころ
シダとヒースの丘、谷からおりてきて
うきうきするような天気のなか、手に手を取り合って、
そのころ神は、少しは、わたしたちを愛していた。

空はもっと晴れ晴れとして、浜はもっとしっかりとしていた—
明るく輝く砂浜の上で青い海がうねっていた
ぶくぶく、ぴちゃぴちゃ、ざーざー、さらさら
銀の輝き、黄金の魅惑

* * * * * * * * * * *

そして、嵐の帯を腰に巻き、雷鳴の翼をつけ、
稲妻の鎧を纏い、凍雨(とうう)の靴を履いて、
速い波を踏み分けていく強風が
泡立つ足で、跳ね上がる大波を切り裂く。
血塗られた剣(つるぎ)の刃(やいば)のような一筋の光
その光が、緑色の湾を真紅に染めながら、水平線上を泳いで行く。
ぼんやりとした太陽が、凄まじい死の一撃を振り下ろし、
その一撃で、自らの嵐の経帷子を切り裂いた。

ああ、勇敢な白馬たちよ! お前たちは集い、疾駆する、
嵐の精が突風の手綱を弛めた。
お前たちの中空の背中、高くアーチを描く、たてがみのなかでは、
堅牢なつくりの船でも、まるで華奢な小船のようだったろう。
お前たちの(永遠の)眠りにいたる、密やかな、うねる大波のなか、
わたしは、誰よりも見事に白馬に跨り、
危険な海峡を通って、夢に見た内海へと向かう、
決して弱まることのない光の世界、決して衰えることのない愛の世界へと。

 



訳者による注意書き:
Kalmus版のスコアに載っている「泳ぐ人」の詩についてですが、原詩と違っているところがあります。Boosey & Hawkes版のピアノ伴奏と声楽用の楽譜では、Kalmus版よりも原詩に近 くなっていますが、それでも原詩と多少違っているところがあります。訳は、Boosey & Hawkes版で注によって原詩と違うことが明示されている箇所を除いて、原詩のように訳しました。
僕の持っているCDの歌手は、Kalmus版のスコアにあるように歌っているようです。ただKalmus版の詩のままだと、意味不明の箇所があります。

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