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2007年2月 7日 (水)

曲解音楽史10:古代ギリシアの音楽

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド  9)古代中国

アジア側に位置するトロイア、地中海の枢要に位置するクレタ島などに淵源を持つ古代ギリシア文明は、しかしインドと似たように、あとから到来したドリア人たちの手で成熟します。
かつ、ギリシアは、その地理的な位置から、先進のメソポタミア、エジプトなどの文化から多大な影響を受けていただろうことも推測できます。
では、どのようにしてギリシア文明が、構成に称揚されるほど見事な実を結ぶことになったのか。
これを民族大移動や古代先進文明との関係の中から探し出すのは至難の業です。
大きく二つの理由が考えられます。

1.ギリシア文明の先祖であるクレタやミュケナイ文明など前代の文献や遺産は、希少だったり再発見が19~20世紀だったりするため、史料に親しむことが難しく、ギリシア文明のカギを握る揺籃期については伺いきれません。

2.盛期を迎えてからの文献は・・・これらが生き残るにあたっては熱心な収集家で勉強家だった7世紀から16世紀のイスラムの人々の功績を無視できませんが・・・比較的豊富ではあります。ですが、確認できる文献の最も早いものでも、せめて紀元前7世紀あたりのもので、記述は既にドーリア人による古典古代的・ギリシア中心主義的なものに傾いていて、揺籃期との関係をダイレクトに把握することを不可能にしています。

以上は、音楽についても例外ではありません。

古代ギリシア音楽は、少ないとはいえ、復元可能な楽譜(文字譜でした)が残っています。音楽理論となると、より多くの記述に恵まれていて、事典の種類が違うと引用されたり要約されたりする内容にズレが生じるほどです。
中でも有名なのは、ピュタゴラス派による「数列的な」音程の仕組みの発見と、主にそれに基づいて3、4百年後の代表的な思想家プラトンが著書『国家』の中で展開した調和の理論でしょう。
・・・が、いまは古代ギリシアの音楽について、理論的なことよりも、なるべく実際にどう響いていたかを捉えたいので、ピュタゴラスだのプラトンだのについては事典類にお任せしておくこととします。


あくまでモデルではありますが、紀元前4世紀当時の音楽の実像を反映しているのは、アリストテレスの『詩学』にまとめられている諸項目です。
『詩学』自体はギリシア悲劇を中心とした「作劇上の留意点」を述べた書物です。(現代人の感覚で言う「詩」について述べたものではありません。)

が、ギリシアに限らず、古代期は世界中どこでも「音楽そのもののための音楽」などというものは存在しませんでした。こうしたことを考慮してもなお、以下にご紹介するアリストテレスの記述は画期的なものです。
ちょっと長い引用ばかりになってすみませんが、いくつか「落とせない」ものを例示します。

(訳文は藤沢令夫氏によるものです。中央公論社「世界の名著」8.絶版)

・叙事詩の創作、悲劇の創作、さらに喜劇、ディデュランボス(註:デュオニュソス神の祭礼に由来する抒情詩)、笛や竪琴などの音楽の大部分---これらを全体として一括する規定をあたえるならば、いずれも描写行為(ミメーシス[模倣])に他ならない。(1447a)

・右にあげた叙事詩から音楽に至る様々の技術にあっても、それらすべては、リズムと言葉と音曲を媒体として描写行為をおこなうものである。(1447a)

・描写(まね)すること、そして音曲とリズム(韻律は明らかにリズムの一部であるから、その中に含めて考える)は、われわれにそなわる自然の傾向であるからして、最初、これらの自然的素質を最もよくそなえた人々は、まず即興の作品から出発して、それを少しずつ前進させながら、創作(試作)というひとつの仕事を生み出したのであった。(1448b)

・ひとつの悲劇作品がそれら(註:『詩学』本文で先に述べられている<悲劇>の諸要素を指す)へと別々に区分されるところの部分としては、次もののがある。
(1)プロロゴス(序詞)
(2)エペイソディオン(挿話)
(3)エクソドス(終末)
(4)コロス(合唱舞踏隊)の部分。
コロスの部分はさらに、(a)パロドス(入場の歌)と(b)スタシモン(間の歌)とに分かれ、・・・ほかに特定の悲劇作品だけがもっているものとして(c)(合唱隊ではなく役者によって)舞台の上からうたわれる歌や、(d)(合唱隊と役者が交互にうたうところの)コンモス(嘆きの歌)などがある。(1452b)

・韻律についていえば、経験にもとづいて、英雄詩調(ヘクサメトロン)の韻律が適切な韻律として用いられるようになった。・・・その理由はほかでもない、英雄詩調の韻律はさまざまな種類の韻律のなかでも、もっとも落ち着いた調子の、最も重要な韻律なのである・・・(1459b)

以上から伺える、古代ギリシア音楽の実像は、その演奏が主に「声」によるものを重んじ、なおかつ言葉のもつ韻律(リズムや音色や旋律性)と不可分の関係にあったがために、
「音楽とは世界の何かを描写したものである」
といったような認識のもとにあったといえるでしょう。
(日本の「能」に似た感覚なのが興味深く思われます。)
1459bで述べられている「ヘクサメトロン」は、ホメーロスの「イーリアス」でも重んじられていますので、私はギリシア語は全く分からないのですけれど、次項で例を掲げてみようと思います。


アリストテレス(アリストテレース、と伸ばすのが正しいそうですが)が重視している韻律「ヘクサメトロン」の具体例は、ホメーロス「イーリアス」第22巻の1行目ではこんな感じです。
(パソコンで打てない字形[語尾のシグマ]は代用のきくフォントにしてあり、付加的な記号は省きます。語学上は大事なものなんだそうで、ホントはまずいんだろうけれど。ギリシャ文字の下に、ラテン文字で翻字をしておきます。)

’Ωσ οι | μεν κατα| αστυ πεφ:υζοτεσ ηυτε νβρι
Hos oi   |  men   kata |astu peph:ugotes |ehute | nebroi

「:」を入れた部分は、単語は続いているのですが、リズムとしては区切りがある部分です。

6つの区切りがありますね。これは、音節によって

長 長 | 長 短短 |  長 短短 |  長 短短  :   長 短短 |  長 長

というリズムがあたえられています。~どこかアイヌの「ユーカラ」朗詠を思わせるリズムです。
(意味を語彙ごとに与えても、リズムを知る主旨と遠ざかってしまうので、意味はさておいて「音」を唱えてみてくだされば充分です・・・あ、これはサボりだな。「どうせ、意味がわかってないからそんなこというんだろ?」~「は、はい、仰せのとおりで。」:まあ、訳は御興味があったら呉茂一訳「イーリアス」が岩波文庫などで簡単に入手できますから、その格調高さを幅広く味わってくださいませ。私はここまでで逃げます!)

古代ギリシャ語は現代英語とは違って高低でイントネーションが決まる言語だったそうで、そのために文節の長短が韻律を支配することとなったのでしょうか?(専門の方、こんな素人認識が誤りでしたら、どうぞキツくご指摘下さい。)

では、こういったホメーロスなどの詩句は、一体どのように歌われていたものか。
ヘクサメトロンにあたる音声史料がどれなのか、恥ずかしながら私にはよく見当がつきませんので、ここでは比較的古風をとどめていると思われる 」の復元演奏をお聴きいただこうと思います。
どうぞ、実際の音声を通し、遠い古典ギリシアに、ひとときタイムスリップなさってみて下さい。

ギリシアの古代の延長線上で見ていかなければならないのは、当然ローマということになりますが、ローマ時代の音楽についての史料が、これまた私のような素人の目の届くところには殆どありません。
あるのは初期キリスト教の聖歌ばかり。
それでも、次はローマで享受された音楽について、出来るだけの推測を試みたいと考えているところです。

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