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2007年2月28日 (水)

解読ショスタコーヴィチ第5-第1楽章(本編)

「むすび」



長い記事の2連続になってすみません。

いきなり、曲に入りましょう。

が、その前に、まず、あなたの前に、愛する人の「屍」が横たわっているのを、「突然に」見出して下さい。ただし、ご留意下さい。これから「聴く=読む」音楽の中には、あなたが今目にした「屍」は存在しません。

これをお分かりいただけた上で、先にお進み下さい。(お時間にゆとりのあるときの方がいいでしょう。)・・・なお、楽譜の画像がデコボコしている点は平にご容赦下さいませ。

冒頭が3つの動機から成っていることについては前に綴ったとおりですけれど、同趣旨を繰り返します。ただし、前に仮に名づけた動機の名称は、単純化します。これに拘泥すると「解釈」になってしまいますので、場合によってはお好きな名前に付け替えて下さい。ただし、説明の一貫性を保つために、私はこれで通します。

譜例を見つつ、お聴きください。なお、聴くたびに画面が切り替わってしまうので、申し訳ございません。ブラウザの「戻る」の矢印やメニューで、またここへ戻って来て下さいね。色のついた箇所をクリックすると音が聴けます。なお、逐語的に内容を示していきますので、私の文章の下手さもあって、分かりにくいかも知れません。それでも何度か素直に追いかけて頂ければ、前回抽象的に綴ったものに比べれば、設計の具体像が「見えて」くるだろうと思いますし、そうであって欲しいと願っております。スコアがお手元にあるなら、どうぞ、練習番号の箇所を実際に対比してみて下さいませ。

・冒頭動機の楽譜はこうです。
I00_1

音で聴いて見ましょう。

これは、第1動機であなたが「枕頭で屍を直視して絶叫」し、
第2動機で、「ウソ、ウソでしょ!」と顔を背け、
第3動機で、「何故、こんなことに・・・」と、誰に問うても答えのでない問いを、迷いのうちに自己に向けて発するわけです。動機を分けてきいて頂くなら、次の通りです。
〜ヴァリエーション:緩やかな跳躍音型(上向・下向とも)
〜ヴァリエーション:付点八分音符と十六分音符
〜ヴァリエーション:リズムの反転、音程の上下、音階への延長

例えば、この絵のような心情でしょうか?
I00_2
(フランソワ=エドゥアール・ピコ「フィレンツェのペスト」)
ただ、この絵で嘆く母の片手に抱かれた無心な赤子は、音楽の方には(まだ)登場していません。

この3動機、とくに「自問」の動機は、第1楽章に限らず重要な役割を果たします。

すぐあとの部分を聴いて下さい ( )。 チェロ・コントラバスとヴィオラが「直面」に失神しつつあるところを、ヴァイオリンが「自問」のリズムを反転させた3音で開始する旋律によって辛うじて支えています。この一くさりが終わると、「直面」(ファゴット)と「拒絶」(第2ヴァイオリン)が、屍からやや離れたうえで回想されます。
以下、第1ヴァイオリンの「拒絶」に始まり、オーボエとファゴットによる、事実を肯定するか(上向音型)否定するか(下降音型)の静かな葛藤、を経て、あなたはもう一度「屍」に近付き、涙にくれるのです。

・音は です。
ここで、あなたは肯定も否定も出来ない自問にさいなまれながら、何とか心静かに現実を受け入れようとします(第1ヴァイオリンによる、「直面」の動機の拡大型)。

けれど、それは、「自問」がぐらつく(ヴィオラ下声部)ことにより、苦悶(ヴィオラ上声部)へと転じていきます。ヴィオラにあえて相当高いポジションを要求しているのは、「苦悶の音色」を求めているためです。
の譜例 〜色のついた部分でこの箇所の音が聴けます。
I12


「自問」は、次第に平穏を保てなくなり、ホルンが「拒絶」の動機の拡大型を、腹の底から悲しみを絞り出すように奏します(ホルンにとって「絞り出さなければ響かない」音域を用いていますよね。トランペットがそれに続いています)。
の譜例〜色のついた部分でこの箇所の音が聴けます。
I17

まですすむと、「自問」は事実を肯定するとも否定するとも決めかね、烈しい葛藤を繰り広げます。ここで「自問」の動機は「直面」と「拒絶」の似姿をとって右往左往し、
に至って、ついにあなたは有無を言い得ぬまま悲しみへと引きずり込まれます。
の箇所は、死神たちの行進をスネアドラムによって是認するあなたの「自問」への仮の解答が示されます。
I27
これは練習番号31番まで続き、
以降で「直面」の動機を、木管楽器と弦が縮小型で、金管楽器が拡大型でやり取りしあいますが、<直視せよ>と宣告する金管に対し、他の楽器群は拒みたくても拒めないため、激情に身を委ねるしかなくなってしまっているわけです。

は、「拒絶」の、最後の烈しい試みです。それを金管・打楽器が冷徹にさえぎります。
I36

そしてついに、練習番号38を過ぎた a tempo con tutta forzaの箇所で、「自問」の動機は「直面」の現実に屈服します。(この部分、音ファイルを造り忘れました。ゴメンナサイ。)
この箇所、四天王に踏みしだかれた鬼の姿を、「自問」の動機に求めればよいでしょう。
Todaiji02
写真は東大寺の広目天像ですが、広目天の方ではなくて、鬼サンの方の顔を見て下さいね。
この鬼サン、ここまでひどい踏んづけられかたをしていながら、悲惨な顔をしていませんね。
を聴いて下さい。
I39
「自問」の動機の上を滑る「直面」の動機(フルート、ホルン、やがてクラリネット)の、なんと穏やかなことでしょう。これが、鬼サンの顔が悲惨ではない理由を表現しています。
とはいえ、「自問」は答えを見いだしたわけではなく、再び捻れながら、
に至って、
「じゃあ、アタシはどこを見ればいいんだ?」
・・・「直面」していながら、目は焦点を失い、心は空中へ浮遊していくのです。



読み返すと
「やっぱり拙いなあ」
としか感じられず、本当に申し訳ない限りですが、以上を何度か追いかけてみて頂ければ、第1楽章の「設計」は、輪郭に留まらず理解して頂けるはずです。保証します。・・・文の方はだいたいの趣旨を汲み取って頂く程度で、とにかく、

・誰がどの動機を担当しているか
・すると、担当すべき役割は、場面場面でどう変化するか

に気をつければ、見えて来ます。

見えて来たな、と思ったら、お手持ちの演奏で第1楽章を「通し」でお聴きになり、確認してみて下さいませ。(「屍」云々は比喩の一例に過ぎませんが、第5誕生の時期を鑑みると適切かな、と思い採用しました。)

ほんとうに、お粗末様でした。・・・気分は尻切れトンボ。。。

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