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2007年1月31日 (水)

モーツァルト:ウィーンでの6つの弦楽四重奏曲(1773)

長い記事ばかりですみません。。。

1773年の作品の多くは、以後数年間のモーツァルトの創作活動の基盤となっていきます。ザルツブルクで書かれたそれら諸作品を先に取り上げようと思っておりましたが、こんなマイナーブログでも誉めて下さるランスロットさんのようなかたもいらして、有頂天になってしまいました。
そのランスロットさんから
「いよいよウィーン四重奏曲ですね!」
とコメントを頂いてしまい、考えれば考えるほど
「順番としてはそれが正しいかな」
そんな気がしてまいりましたので、ザルツブルク諸作品は後回しとすることにしました。

この年、ヴォルフガングは父レオポルトに連れられて第3回目のウィーン旅行に出向いています。
7月14日に出発して翌日夕刻にウィーン着、ほぼ同時期にウィーンに滞在した大司教コロレドに若干の延期を許されて9月25日頃まで逗留、9月26日ザルツブルク帰着、という日程でした。

せっかくウィーンに赴きながら、この間父子は以前知己を得た有力貴族たちを訪問するでもなく、オペラの注文を取り付けたわけでもなく、8月5日に女帝マリア・テレジアに拝謁するも栄誉や報酬を授けられもせず、外交的な成果は皆無でした。
そのため、何が目的の旅行だったのか、現在でもなお謎とされているようです。

面白いのは、この旅行中に足繁く訪れていたのが、催眠術の創始で有名なメスメル(メスマー)博士、もしくはその親族の家だったことです。・・・ただし、このことはウィーン旅行の目的について何らかのヒントとなるものまでではないと考えられています。
また、旅行中には、ザルツブルクで親しかった某医師が自ら手術を受けるためウィーンに来ており、手術の失敗でこの医師が死んでしまうという事件もありました。その埋葬への立会い、遺族への気遣いなどに、父のレオポルトは忙しく駆け回っています。

こんなふうに過ごしたウィーンで、ヴォルフガングは、その後ザルツブルクでは書くことの無かったジャンル、「弦楽四重奏曲」の創作にいそしんだのでした。

先にイタリアで1曲+6曲の弦楽四重奏曲を完成させていた彼ですが、それらは3楽章形式で、当時でいうディヴェルティメント風、もしくはイタリア序曲(シンフォニア)風の作品でした。
これに対し、ウィーンでの6曲は全て4楽章構成で、基本的には第2楽章に緩徐楽章を、第3楽章にメヌエットを置いています(K.170とK.171では逆転。ただし、前後楽章とのバランスによる理由からそうしている)。
これは当時ウィーンで流行していた形式に倣ったものとされています。私は殆ど知りませんが、少なくともヴァーゲンザイル(長年ウィーンに住んでいた、当時の有名作曲家で、1777年没)の弦楽四重奏曲はヴォルフガングの1773年の四重奏曲と同じ配列を採っていたと思います。

ハイドン(ヨーゼフの方)の作品9、17、20(太陽四重奏曲)からの影響も同次元で扱われている文章ばかり目にしますけれど、楽章の配列面では、ハイドンはすべてが第2楽章にメヌエット、第3楽章に緩徐楽章を置いていますので、これはあっさり首肯するわけには行きません。
(2月1日修正:この節、私に誤認がありました。確認しなおしたら、作品20については第2楽章が緩徐楽章、第3楽章がメヌエットです。ですから、ヴァーゲンザイルらとハイドンを同次元に扱えない、ということは、少なくとも作品面では私の間違いです。申し訳ございませんでした。ただ、ハイドン作品の享受層はウィーンにどれだけ広く存在したかはよく研究され尽くされておらず、ウィーン風=ハイドンを含む、という図式はそのままでは正しいかどうか証明されません。ハイドンの名前が1773年の時点でモーツァルトへの影響云々に短絡的に出てくることは、従って、専門家の方の態度としては軽薄の感を免れ得ないと思います。)

音楽的な内容面では、ハイドンは作品20の最終2曲ではフィナーレにフーガを置いています。また、作品9の5は冒頭楽章が変奏曲です。あとでリストでお目にかけますように、ヴォルフガングも冒頭楽章に変奏曲を置いたものを1曲、フィナーレにフーガを置いたものを2曲作っていますから、ハイドンのこれらの作品に接して深い印象を受けたであろうこと自体は確実だろうと思います。
しかしながら、作品20を作ったとき、ハイドンは既に40歳でした。ヴォルフガングがどれだけ強烈にハイドンを意識していたにしても、音楽の深みの面では、まだとうていハイドンに太刀打ちできていないことが、作品を比較してみると、きわめてはっきり分かります。専門家の方は、この点をもっと強調すべきではないかな、とも感じます。そうすることによってかえって、ヴォルフガングがただ天才に任せて四重奏曲を書き流したのではないことが浮き彫りになるからです。・・・実際に、KV.168終楽章のフーガにはいったん書き終えてから抹消して直した自筆譜がありますし(可能であれば後ほど図版でお目にかけます)、KV.173終楽章(これもフーガです)には異稿があって、全集(NMA)に印刷・収録されています。
「フーガだから苦労した」
そんな側面もあるでしょう。「ジュピター交響曲」終楽章のフーガなども、自筆稿には訂正の後が多くあり、かつ、いったん下書きをしたと推測されているほど、小節割りも他の楽章より丁寧に行なっていることが見て取れます。
ですが、一方で、フーガ楽章の修正や異稿の存在は、ヴォルフガングが
「大人の風格を持った音楽を作りたい」
と精一杯背伸びをした印でもあるように、私には感じられてなりません。

ハイドンからの影響と断言してよいかどうか分かりませんが、6曲中の最終作であるKV.173は短調作品です。ハイドンは作品9の4で初めて「ニ短調」の四重奏曲を書いており、以降、作品17の4でハ短調、作品20では3がト短調、5がヘ短調、という作品を作り上げています。この中でヘ短調のみはハイドンが特別な機会に使っている、ハイドンにとってのみ意味深い短調です。他は3つとも、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトという人物にとっても非常に重要な短調となっていくものです。KV.173は、とりわけモーツァルトにとって意味深いと考えられている「ニ短調」を採っています。・・・何故意味深いか?「ニ短調」は、「レクイエム」に用いられた調でもあった、と述べておけば充分でしょう。

なお、ハイドンはハイドンで、もっときちんと探求すべき対象ではあり、いずれ取り組みたい魅力的な存在です。が、作品が山のようにありすぎます! しかも、駄作が無い。

で、モーツァルトのほうの四重奏曲ですが、以下に各曲の構成を箇条書きします。
6曲とも、スコアを「絵」として眺めるには恰好の材料ですので、図版も掲載したいところですが、今回は断念いたします。ご容赦下さいませ。(一部情報が不完全な部分は後で補います。)
*各楽章の特徴は、譜面から読み取れるものを記しました。
   実演では必ずしも記述どおりのムードで演奏されていないものがありますのでご容赦下さい。

K.168(第8番、ウィーン四重奏曲としては第1曲)ヘ長調
参考:ハイドン作品20の6
i.    Allegro  108小節
ii.   Andante(ヘ短調)~4小節単位のカノンを骨格に持っている。
iii.  MENUETTO 24+20小節。4度下降・5度上昇の音型でトリオとの統一感に配慮。
iV. Fuga テンポはレオポルトが記入。自筆稿の最終頁の前頁に抹消あり。

K.169(第9番、ウィーン四重奏曲としては第2曲)イ長調
i.    Molto allegro 117小節
ii.   Andante(ニ長調)~ベートーヴェン「悲愴」ソナタ第2楽章と似た構造。
iii.  MENUETTO 35+16小節。大人びたメヌエット。
iV. RONDAUX allegro ふざけっこの風情。

K.170(第10番、ウィーン四重奏曲としては第3曲)ハ長調
i.    Andante 主題と4つの変奏、最後に主題を再奏。参考:ハイドン作品9の5
ii.   MENUETTO 32+16小節。第1楽章がAndanteのため、ここへ持ってきている。
iii.  Un poco adagio 58小節。テンポはレオポルトが記入。K.169より叙情的。
iV. RONDAUX allegro 130小節。テンポはレオポルトが記入。

K.171(第11番、ウィーン四重奏曲としては第4曲)変ホ長調
i.    Adagio 14 + Allegro asssai 128 + Adagio 17小節。
     影響を受けたとされるハイドン作品にはみられない、野心的な形式を採用。
ii.   MENUETTO 26+24小節。第1楽章が序奏・後奏をAdagioとしているため、ここへ持ってきている。
iii.  Andante con sordino ハ短調を採用し、幻想的に仕上げている。
iV. Allegro assai クリスチャン・バッハの急速な作品に類似した雰囲気。

K.172(第12番、ウィーン四重奏曲としては第5曲)変ロ長調
i.    Allegro spiritoso(ただし、モーツァルト父子以外の第三者がテンポ指示記入)
     ・・・トニカ(いわゆるドミソ)の3連打で曲を開始する点、エロイカの発想の原点を感じます。
ii.   Adagio 明るく伸びやかで歌謡的。伴奏音型をK.169の第2楽章と比較すると面白いです。
iii.  MENUETTO 8小節目までにはカノンの手法が使われている。
iV. Allegro assai 200小節と、最も大規模。後年のモーツァルトの交響曲に近い風格。

K.173(第13番、ウィーン四重奏曲としては第6曲)ニ短調
参考:ハイドン作品9の4および作品20の5。
i.    Allegro ma molto moderato(レオポルトの手による記入) 136小節
     ・・・主題動機は、モーツァルト愛好のソファミレド(短調なのでミレドシラ)である。
          この音型の代表作は、K.136他多数。
          テンポ指示は、父が与えているとはいえ、なかなかに意味深い設定になっています。
         ma molto moderatoと加えることで、悲しみが疾駆するのではなく、胸のうちに篭るのです。
ii.   Andantino graziozo(ニ長調)94小節。
iii.  MENUETTO 42+28小節。主部が拡大していることに注目。
iV.Allegro (Fuga)  異稿があり、現行演奏されるものと比較論をしたいところですが、いまはゆとりがないので断念します。主題は半音階的下降が特徴的です。この点でのハイドンの四重奏曲との比較までは達成できませんでした。あとで分かれば付記します。

モーツァルトの方の四重奏曲は、ミラノ四重奏曲7曲と併せ、ペータース(だったかな?)で比較的廉価なパート譜セットが出ています。成人後の作品より演奏しやすいため、アマチュアは初心者がアンサンブルを覚える際によく利用されています。が、ド素人が演奏するにはきれい過ぎる作品ばかりで、ベテランはよく、初心者の演奏にケチをつけまくり、アマチュア楽隊の不和の根源ともなっている罪な作品群でもあります。
ハイドンも同じようにパート譜が出ていますが、作品9、17、20の18曲を完全に収録はしていなかったと記憶しています(間違いでしたらごめんなさい)。

いずれも、これらの四重奏曲だけでまとまったポケットスコアは見つけておりません。
1曲1曲手に入れようとすると、大変薄っぺらな冊子なのに、1冊1,500円以上もしたりします。
かつ、楽譜屋さんの店頭でいっぺんに全部入手するのは、まず不可能です。

ハイドンの方は最近CDが増えました。私はエオリアン弦楽四重奏団による全集盤を保有しております(UCCD-9349/70)が、輸入盤なら、たとえば作品20だけまとめたものなども入手可能なはずです。
(ピリオド楽器での演奏もありますが、こちらはいまのところ私には納得の行く出来ではありません。)

モーツァルトの初期弦楽四重奏曲は、それだけで出ているCDは、あまりお目にかかっていません。
スペインの若手らが組織したカザルス弦楽四重奏団による演奏のCDを持っています。若い人たちらしく生き生きした演奏ではありますが、モーツァルト自身が聴いたら怒るんじゃないかな、と感じる個所があまりにたくさんあるので、お聴きになるのでしたらご留意下さい。(モーツァルトが書簡にときどき書いているテンポ観を参照しておくと良いでしょう。書簡集は岩波文庫でも出ていますし、吉田秀和訳の講談社学術文庫のものもあります。オリジナル旧全集を海老澤・高橋両氏が訳した全集が、白水社から「高価で」出ていますけれど、それを読むのだったらドイツ語を少し勉強すれば新全集が3分の1ほどの値段で買えてしまいます。さ、ドイツ語勉強しようっと。・・・実は、読めもしないのに家内に内緒で買って隠してあるのです。。。きっと、もうバレていますね。。。)
モーツァルトの弦楽四重奏曲全集は現在でも数種類出ており、それならば名作「ハイドンセット」・「ホフマイスター」・「プロシャ王セット」も併せて聴くことが出来ますから、いっそ全集でお聴きになってみてはいかがでしょうか? ただ、私にはとくに推薦盤はありません。(「ハイドンセット」以降ならばお勧めできるものがあるのですが・・・初期のほうが「それらしい」演奏は大変難しいような気がします。)あえて、というなら、無難なのは、過去の人たちになってしまいましたが、イタリア弦楽四重奏団によるものでしょう。

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2007年1月30日 (火)

奏法を考える1)どう考えていくべきか

聴いて楽しむだけなら、以下の話は別の観点から検討すべきです。
したがって、「聴く楽しみ」についてはまた改めて、いろいろ考えていきたいと思います。
ただし、演奏するという「行為」に興味を持って下さる方にも、
「ああ、無駄なもの読んじまった」
と呆れられないようには心がけたいと存じます。
ですので、初回はスコア(オーケストラなどの「総譜」と称する、作品に使われる全てのパートが記されている楽譜)を「絵」~漫画でもイラストでもいいのですが、あくまで楽譜としてではなく、「絵」として理解する方法を述べることから始めたいと存じます。

アマチュアであれ、演奏会を開くからには音楽の完成度は高めなければなりません。
とこえろが、とくにクラシック好きの私たちは、往々にして名演を自分流に聞くことに満足し、それでたりなければ「西欧音楽史」的雑知識・・・作曲家や演奏家・作品にまつわる逸話集など・・・を収集することで、音楽に対する「解釈」を自分なりに打ち立てた、と過信しがちでもあります。これは自分自身の反省を含めてそう思っていることですし、最近は尊敬する音楽家の発言や文章を読んでも、
「どうも違うんじゃないか?それはあなたの独善に過ぎないのではないかしら?」
と疑問に思うことが増えました。

かような独善に嵌らず、自らも陥らないためには、
「録音資料(のみ)に頼らず、無心に帰ってスコアを読む」
など、いくつかの手段があります。

ですが、スコアを読むには一般に
「まず楽譜が読めなければならないし、次にそこから響きをイメージできなければならないし」
と難しいことを考えがちにもなってしまいます。
私などもモーツァルトのことをブログに綴るとき、スコア記載の拍子や速度記号、小節数などまで参考にと思って注記することが多いのですけれど、これは慣れない方には非常に読みづらいものでもあるようです。ですので、そんな余計な情報無しに、作品を巡る伝記的事実だけを記載すれば事足りるのかなあ、と思い悩みもしました。
しかしながら、作品を文章で辿ろうとすると、どうしてもスコア記載の情報のうちの骨組み部分だけでも触れておかないと、本質を欠落させることにもなります。ここは、もう少し私自身の訓練が必要なようです。

で、話は触れたい本筋からズレるのですが、ついでですから「スコア」について、もっとも肝要なのは何か、を、まずはひとことで述べます。

冒頭に述べたことの繰り返しです。

<スコアは、絵として眺められれば、第1ハードル突破である>

音符がどんな高さの音を表しているか、についての知識は、最初は全く無くても構わない、と、私は思います。
ここに譜例を掲げられれば、このことはある程度お察しいただけるとまで信じております。が、最初に眺めて頂くにふさわしい「絵」は選定検討中ですので、今回はあきらめます。

サンプルとしてどなたにも思い浮かべていただきやすい作品は、シューベルトの「未完成」交響曲です。
「未完成」の第1楽章は、暗い冬の明けきらない、かつはどんよりと曇った空を表すような低音に始まり、続いてヴァイオリンが粉雪を降らせます。出かけるための早支度をしたオーボエとクラリネットの夫婦が、ドアを開けて、寒々とした外の景色を伺うと、そこへヒュウン、と、ホルンの北風が入り込んできて、夫婦は
「出かけるの、よそうか?」
と顔を見合わせる。
だいたい、そんな具合に音楽が始まります。
その先のストーリーはお読みいただく方なりに想像して頂ければ充分です。
・・・で、ここまでのことは、演奏されたものを聴けば体でなんとなく共感できることでもあります。

ところが、演奏されたものを受身で聴く、という行為は、演奏する人たちを(直感的に受け入れられるか拒みたくなるかはあるものの)無条件に受け入れるということでもあり、繰り返し聴く録音であればなおさら、作品そのものにではなく、演奏というフィルターを通した作品を
「これこそ正しい音楽だ」
と信仰してしまう、まさに鰯の頭を信心するような愚をおかす危険度が非常に高いといえます。

ジャズ、ロックは創作者=演奏者(アレンジも含め)が大前提ですので、こういうリスクは非常に小さい。
歌謡曲は、歌手と一体ですから、作詞者・作曲者が誰かなどということを一切記憶する必要もない。
クラシックは、そうはいきません。
さらに敷衍すれば、長く歌い継がれてきた叙事詩や民謡も、作曲者不明かつ楽譜も存在しないのが普通でありながら、浮き上がってくる音楽の本質は何か、を知りたいのであれば、「聴く」という行為以外の、理解のための何らかの手段を模索する必要があるはずです。

叙事詩・民謡はさておきまして、クラシックに話を絞りましょう。
こちらは、民間伝承音楽に比べれば、アプローチの方法は、まだ見出しやすいといえます。
すくなくともヨーロッパのルネサンス期以降は、現代人にも完全に解読できる「スコア」が圧倒的に多く存在するからです。しかも、ルネサンス期の宗教音楽は連綿と歌い継がれてもいますから、演奏と楽譜の両面から検討を加えることも可能です。ですから、本音は、

「クラシックがお好きなら、中でも強烈に<好き>な作品は、音符が読めなくてもスコアを手にしてみて下さい」

それだけは、申し上げたいのです。

「未完成」の例に戻りましょう。
スコアがお手元に無くても結構です。でも、ご興味が沸いたら、どうぞ、お手にとって見て下さい。まず、薄手ですし、買ってもあまり高価ではありませんから。

先ほどストーリーを綴った冒頭部分を、スコア上で「絵」として眺めて頂いている、という前提で綴ります。

冒頭の低音部は、低音にふさわしく、スコアの最も下に出てきます。
それを「絵」として眺めると、
「最初に小さい山が、そのあとで、幅の広い大きな谷が描かれている」
これを、模様として眺めることが出来ます。
続くヴァイオリンの粉雪は、粉雪というには上に太い二重線がくっついているので、ちょっと重量感がありすぎるかもしれません。こういう場合は、重みを加えてしまっている二重線には気をとられずに、その下に細か~く並んでいる粒の方に、「降り始めた雪の粒」を見て取る・・・それがコツです。
夫婦の会話は、スコアの上から2~3段目くらいで交わされているはずです。これはまず玄関から首を伸ばし(同じ音程で引き伸ばされている)ては、寒さにまた室内に引っ込もうかどうか迷う(下にくだり、また上へと上がっていく)しぐさが繰り返されている。
ホルンの北風はスコア中段に、いかにも北風らしく、直線的な模様として描かれています。

言葉ではまどろっこしいかもしれませんが、スコアのページを開いて、あくまで「絵」として観察して頂くと、ここまで綴っていることが決して出鱈目ではない、と感じていただけるでしょう。

なお、「スコアを絵として眺める」場合は、カンバスに描かれた油彩画をイメージしてはダメでして、絵巻物を軸をひろげつつ見る感覚が必要になります。そこはちょっと難しいかもしれません。代用としては「コミック」すなわち現代の「絵草子」をめくる感覚で絵とストーリーを楽しむときを類推して頂ければ、いくらか困難が解消されるかと思います。

聴くだけの楽しみに、そこまでして「スコア」を鑑賞する必要をお感じになるかどうか、はお任せします。
もしお試しになるのなら、
・「古典派およびシューベルト・メンデルスゾーンまでの交響曲」
・「弦楽四重奏曲」
あたりが取っ掛かりとしてはお勧めです。
ピアノの楽譜は2段だけだから簡単だ、と思われがちですが、2段(特殊な例で入手しやすい中にはシューマンやドビュッシーのように3段、というものもあります)に音楽が凝縮されているため、「絵」として理解するのは却って難しくなります。

もし、お読み下さっているあなたが演奏もなさるのでしたら、
「スコアを絵として眺める」
のが、演奏の全ての出発点であることは、強調させて下さい。

日本版のポケットスコアはとくに主題分析に熱心で、最初は私も随分頼りにしたものですが、
「頼りにするのは間違いの元だ」
と、ほんの最近悟りました。
楽曲分析を伴う解説文は、たとえそのスコアの冒頭に延々と書かれていても、まずスコア全体の「絵」を眺めきった上で読まないと、分析者の見落としや誤りに気づかず、自分も見落としをしてしまう結果に繋がります。これは充分にご注意下さい。

音程や和声は見当がつかなくてもいいんです。
最初からそんなことを試みるのは、無茶というものです。
かつ、作曲者は和声分析をしながら創作しているわけではありません。正しい表現ではありませんが、
「ボクは、ワタシは、こういう絵を描きたい。ただし、素材は音だ。絵の具ではない。」
作曲のスタートラインにはそんな思いがあるはずです。

「スコア」全般を一連の「絵」として理解することで、作者の意図した音のストーリーはおのずと見えてきます。

だから、演奏に取り掛かる前に、出来るだけ「スコア」全ページに目を通し、どこに山が書いてあり、どこに空が広がっていて、どこで風が吹き、どこで人々が運命に翻弄されながら逞しく生きているのか・・・最初にその全般像を、たとえ不充分でも捉えてしまうことが、非常に大事になってきます。

次に大切になってくるのが、やっと
「描かれた<音>を、作者の求めているはずの、そして自分自身なりの、最良の美声で歌ってみること」
なのではないでしょうか?

という次第で、まずは入り口として、「スコア」という手段を持って来て見ました。
次回、このカテゴリで、「歌う」ということを考察したいと思います。

主旨ご理解いただければ、この上ない幸いです。

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2007年1月29日 (月)

2月28日練習記録

遅刻での参加ですみません。
恐縮ですが、当面こんな状態が続きます。ご容赦下さい。

本日の練習については、技術面は前回述べたところをもう一度参考にして頂ければ幸いです。
とくに、私としては金管・弦の人には一層原点に立ち返って頂きたく感じております。
いずれも、まだ1週間ですから無理もありませんが、改善は全くされていませんから、よくよくご研究下さい。お手伝い出来るための文献なども探したり読んだりしているところですので、あらためて整理する機会を設けます。
(弦楽器の方達をあらためて観察していますと、右手は「肩で弾いている」かたが大多数です。先週申し上げたお風呂での練習方法は、肩をリラックスさせるための練習です。肩に依存しないボーイングが、自由な運弓の第1歩ですから、どうぞ、是非実践してみて下さい。)

次に、本日練習した曲ごとの、おおまかな注意点のみ申し上げます。

エルガーにつきましては、「歌」にもっとよく耳を傾けて下さい。各パートの動きと歌唱とが密接につながっている点、(Mさんにはお名前を挙げて練習中に「歌が聴けていますか?」と申し上げた失礼をご容赦頂きたく存じますが)楽譜を研究するまでもなく、歌唱ないし協奏曲では、たとえ初見でも
「ソロの動きを察して演奏する」
のは、いちばん基本的な鉄則です。
耳を働かせて演奏することの大事さを、強く認識して頂きたいと存じます。

ショスタコーヴィチ、3楽章は途中参加でしたので申し上げることが出来ません。
終楽章、ヴァイオリンでは名人Hさんが勢いで弾いてしまうという離れ業を演じており、
「なるほど、この手もあるな」
と感心してしまいました。
細かい音符に振り回されず、速さに慣れるには、案外Hさんのような(言葉が悪くて恐縮ですが)当てずっぽうも必須なのかも知れません。また、それが出来る度胸も必要です。
終結部をだいぶ先生に仕込んで頂きましたが、こちらもピンと来ていらっしゃらないかも知れません。
これまでも繰り返して来た通り、とにかうまず「聴き覚え」を試みて下さい。お好きな演奏のCDで結構です、曲のイメージを具体的な響きとして体に叩き込んでおくことが必要ですし、また、耳を通して覚えてしまうことは、覚えたあとの練習の効率を上げるのに役立ちます。
CDで覚えることの善し悪しを考えず、まずは理屈ヌキで覚えてしまって下さい。
2月いっぱいでそこまで到達していないと、仕上がり不十分で本番を迎えることになります。
・・・キツいお話ですみませんが、2月いっぱい、が、本番を良くするための準備を済ませなければならない最終期限です。
くれぐれも、このことを肝に銘じて頂きたいと存じます。

毎度失礼を綴り申し訳ございませんが、ご考慮よろしくお願い申し上げます。

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2007年1月28日 (日)

井上直幸 ピアノ奏法1(DVD)


井上直幸ピアノ奏法 1 作曲家の世界 [ビデオ]


名ディレクター、井阪紘さんのご著書「一枚のディスクに」(春秋社2006)には、クラシックの録音に関する興味深いエピソードが豊富に出てきます。
その中に、2003年4月22日に逝去した井上直幸氏が、死期を悟って井阪さんに「最後のレコーディング」を依頼した話があります。当時1歳になるかならぬかのお孫さんが、井上さんのピアノを一生懸命聴いてくれる。その孫に、生きてピアノを聴かせてあげられる時間は、しかし、残り少ない。それを思った井上さんが一大決心をして井阪さんにオファーしたのでした。
そのCD、私は年末に入手して、あとでじっくり聴こうと未開封にしていたのですが、家内の死去で家がごった返してどこかへ行ってしまい、未だに見つかりません。
(付記:後日発見、こちらに記しました。)

井阪さんのご本で上の話を知るまで、ピアノに詳しくない私は、井上直幸という人を、辛うじて顔しか知りませんでした。NHKの「ピアノのおけいこ」で先生をなさっていた方だよな、程度しか記憶に無かった。

たまたま、これも年末、家内の死のほんの数日前に、井上さんが書かれた「ピアノ奏法」というご著書と、同じタイトルのDVDブック2巻を手に入れ、これはいつも作業する手元近くにおいていたために、行方不明を免れました。(2巻目については今回とは別に綴りました。こちら。)

家内のこと、部屋のことに、あらかた先行きのめどが立った先週来、まずDVDの第1巻の方を3度ばかり見ました。
話はズレますが、『日本霊異記』という平安初期の古典に、牛の生まれ変わりであるばっかりに何度経を読んでも全然覚えられない僧の話が出てきます。
私も牛かなにかの生まれ変わりなのか、井上さんのDVDを3度も見て、かなり強い感銘を受けながら、内容については全く記憶出来ずにいます。
そこで語られている音楽が、あまりに素晴らしいからです。素晴らしさに気を取られてしまって、理詰めで見聞きしていないから、覚えられない。

DVD第1巻は副題が「作曲家の世界」となっています。
「ピアノ奏法」という標題であるにも関わらず、この「作曲家の世界」で取り上げられている曲が、これまたユニークです。バッハのマタイ受難曲や、モーツァルトの「すみれ」、シューマンの「美しき五月に」といった声楽曲まで採り上げている。
井上さんは、そうした中で、別に「ピアノの弾き方」をレクチャーしているのではないのです。
シューマンやドビュッシーを採り上げるときには、ピアノでたった二つの単音や和音を繋げて弾いただけで、
「この音の次に、(教育的なカデンツから逸脱して)何でこの音が来るの? ねえ、でも、新鮮でしょう?」
笑顔で、そんな話ばかりしている。
不思議なもので、今聴かされたのはたった二つの音なのに、井上さんが
「なんで?」
と画面の向こうの私たちに、そして、画面の内側にいる自分自身に問いかけるとき、無機質なはずの2音が、それだけでシューマンやドビュッシーの響きになる。

こういう経験は、コンサートではなかなか得られません。
こうした映像が残っているのは、ですから一つの奇跡だと思わざるを得ない。

目次をご紹介すれば概要がお分かり頂きやすいのですが、長くなるので断念します。
採り上げている作曲家は、バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、(ショパンやリストではなく)シューマン、そしてドビュッシー。
「ほう、音楽とはこういうものだったか!」
と新発見/再発見するにはまたとない素材です。
もちろん、ピアノをお弾きになる方には、とくに井上さんの左手にご注目頂ければ、ピアノでの音楽の作り方はどうあるべきか、とても考えさせられるし、得るところも大きかろうと思います。

ご覧になってみて下さることを、強くオススメしたく、ご紹介した次第です。



井上直幸ピアノ奏法〈第1巻〉作曲家の世界―バッハからドビュッシーまで


Book

井上直幸ピアノ奏法〈第1巻〉作曲家の世界―バッハからドビュッシーまで


著者:井上 直幸

販売元:春秋社

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関連記事
井上直幸 ピアノ奏法2(DVD)
  (書籍の『ピアノ奏法』についてはまだ綴っておりません。
『象さんの子守歌』:井上直幸

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2007年1月24日 (水)

曲解音楽史9:中国の古代音楽

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト 8)古代インド

中国古代の音楽については、メソポタミアやインドに比べると幾分見通しが立てやすいかと思います。
日本に近いため、私のような素人でも新らしめの考古学的成果を知りえますし、儒学(儒教)に長く馴染んだ風土でもあって、そこに結集された音楽観を文献で確認するのも比較的容易だからです。
そこでまず、考古学的成果のほうから、大まかに見てみましょう。

中音楽音楽の発生についてだけは、遺憾ながら判断できません。
スキタイ経由で西アジアの文明が伝わった、と考えるべきか、中国独自のものなのか、いずれを示す証拠も見当たりません。
中国北東部には西アジアから小麦がもたらされたことが判明しており、少なくともその媒介者であるスキタイ人(今の場合は中央アジアの遊牧民族を、仮に総称して用いています)から文化的影響をも受けた、と推測する方が自然なのですが、一方で、メソポタミア以西でその頃にはもう盛んに演奏されていた撥弦楽器は、中国の考古資料に全く見出されていません。確認できるのは、もっぱら笛と打楽器の類いです。弦楽器は周代に至ってやっと、琴の仲間が重んじられるようになっており、こちらは文献で確認できます。
もう一点、中国音楽の発生を突き詰めるときに立ちはだかるのは、音階問題です。中国の音階は、かなり古い時期に、現在私たちが中国的だなあ、と感じる「ド、レ、ミ、ソ、ラ」(宮、商、角、徴[ち]、羽)が確立されているのが諸典籍の記載からはっきりしています。その一方で遊牧民の影響により、中国北方部のみで七音音階が用いられていた、という、権威のかたによる記述もあります。これは、最も馴染まれた音階が遊牧民の影響下から生まれたものではなさそうだということを示しているとしか思えません。
このように、その発生については中国の音楽は非常に興味をそそられる謎を残しています。

次に、中国音楽の拡大と周辺地域への伝播についてです。
石製や革張りの打楽器、笛、という儒教の礼楽で重んじられた楽器は、紀元前には中原から北東地方へと拡がっていったことが、遺物の研究から明らかになっています。それが時間をかけて朝鮮半島へ、さらに日本へと伝来することになり、極東アジアの音楽を特徴付けていくことになります。
かたや、中原より南には銅鼓が発生し、こちらは稲作と共に西暦紀元1世紀頃には東南アジア方面まで拡がります(ただし、これは考古学の立ち読みによる記憶。あらためて本を買いに行った時には、先に誰かの手に渡ってしまっていました)。こんにちの東南アジアのガムランには、この銅鼓の伝来が大いに資しているのではないか、とは私の勝手な推測です。



考古学の成果からは加えて、北東系の音楽は「首長の権威付け」として位置付けられたいたことまでが分かっています(専門の人は遺物の出土状況を見ただけでこういうことまで分かってしまうのですから、凄いものです)。
古文献も、この考古学的見解を裏付けています。
「声(せい)を知り音(おん)を知らざる者は禽獣これなり。音を知り楽(がく)を知らざる者は衆庶(たみくさ)これなり。君子のみよく楽を知ることを為す」(『楽記』紀元前5世紀頃成立。春秋社「音楽の源へ」より引用)

音楽に関する文献が、かなり古い時代から他国のどこよりも豊富に存在するのが、古代中国音楽を知る際の強みです。たとえば『史記』にある「書」には、古代中国の音楽理論が実に手際よくまとめられています。現在もちくま学芸文庫で容易に入手できますので、ご興味のある方はご一読下さい。
また、中国では既に、紀元前6〜5世紀には西洋音楽で言う十二音が発見されています(ピュタゴラスとほぼ同時期であることに注目しておきましょう。ただし、ピュタゴラス学派の論の音組織は7音のみで、ピアノの黒鍵に当たる音は発見[理論付け]されていません)。
理論の話に立ち入ると、しかし、話は古代で終えられず、唐から宋にかけての時代まで言及しなければならなくなりますので、詳しいことについては他日を期したいと思います。詳しくお知りになりたい場合は、東川清一・陳応時「音楽の源へ---中国の伝統音楽研究」(春秋社1996)の、とくに陳氏の論考をご覧下さい。

感性で音楽がどう捉えられていたか、は、私たちにも入手しやすい『論語』(岩波文庫他)で孔子が弟子とやり取りをしている、味わい深い言葉が幾つもあります。ちょっと耳を傾けてみましょう。

・子、斉に在して韶(しょう。国名。ここではその国の音楽)を聞く。三月、肉の味を知らず。曰わく、図らざりき、楽を為すことの斯(ここ)に至らんとは。(述而第七:13)

・子曰わく、詩に興り、礼に立ち、楽に成る。(泰伯第八:8)

・子の曰わく、礼と云い礼と云うも、玉帛を云わんや。楽と云い楽と云うも、鐘鼓を云わんや。(陽貨第十七:11)

現代日本語訳はあえて付しませんネ。



中国古代音楽の復元演奏は、中国本国で、秦代以降のものを録音したCDを作成しています。古譜が比較的豊富に残っていることから、かなり古い時代の音楽も復元できるわけです。
ただ、正確には、『禮記』に登場する打楽器譜を例外として、本当に古い譜はやはり希少ではあるためか、また、復元演奏CDは、学者さんではなく、一般音楽家の監修によるものであるためか、どうも現代中国の奏法をそのまま用いていることによるのか、せっかく貴重な事業を行なっていながら、録音された内容はとても古代そのものの音には聞こえず、ガッカリさせられてしまいます。・・・学者さんは、先の陳氏の論考を拝読してもかなり高水準に研究を進めていらっしゃいますから、いつの日か良い復元がやり直されると信じております。

ところが、わざわざ復元演奏を聴くまでもなく、古代をしっかりと思い浮かばせてくれる奏楽が今日でもなされており、幸い、こちらをも録音で聴くことが出来ます。

台湾の儒教寺院の典礼で奏でられている例ですが、ちょっとお聴きになってみて下さい。

特徴を、どのようにお感じになるでしょうか?
いかにも中国といったにぎやかさはあるものの

・ヨーロッパの聖歌とも類似を感じさせる敬虔なモノフォニー
・単純な音階と、単純なメロディ

を感じ取ることが出来るのではないかと思います。いかがでしょう?
ご感想をお聞かせいただければ、大変幸せです。

次回、音楽史の話題は古代ギリシャに挑戦しようかな、と思っております。

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2007年1月22日 (月)

1月21日練習記録

思ったより早く練習に復帰出来、皆様にも感謝申し上げます。
子供らは子供ら同士4人で百貨店探検に行ったり、と、とても楽しかったようです。来週も行きたい、と、今から言ってくれています。

途中からの参加でしたし、曲の細々したことを云々する時期にも至っていないと思いますので、奏法上の問題について感じたこと、解決のヒントとして思いつくことを、各パートごとに手短にまとめておくことにします。

金管楽器:
僕らの少年時代には、ファーカスという人でしたか、「金管楽器を吹く人に」という本が最高の教科書でした。この本は今でも入手出来ますし、私もじっくり読み返そうかと思って暮れに入手したのですが、どさくさで行方不明です。どうしてもでてこなければまた買います。
さて、この本で述べていることの基本は、
「無理な力で口を引っ張ったアンブシュアは音域を狭める」
「喉が閉じる姿勢で吹くと、音量の幅が狭まる」
の、大きく2点であると記憶しています。
マウスピースのカップの浅い楽器ほど苦労するのですけれど、だからこそ一層、マウスピースの浅い楽器の人は、上の2つを良く承知していなければなりません。
トランペットにベルをあげてみて下さるようお願いしたのは、特に後者を体で知って欲しかったからです。音の変化に、ご自身がお気付き頂けていれば幸いです。
高音域がでにくい場合、アンブシュアをもう一度考え直して下さい。音色を聞かせて頂くに、ホルン・トランペットが特に、再考して頂く余地が多分にあるように感じております。
楽器本体を持たなければ出来ない、という類いの練習ではありません。
どうしても道具が必要なら、マウスピースだけで充分ですし、マウスピース無しでバズィングを練習しただけで大きな効果が上がるはずです。
・お口の脱力
・喉をまっすぐに保つ姿勢
を、どうか心がけてみて下さい。

木管楽器:
楽譜の要求するニュアンスをどう表現するか、について、楽器の都合で考えず、まず声に出して歌ってみることから始めてご覧になることが重要なのではないでしょか?
歌と大きく異なるのは、音程の変化を運指によって行なう点ですが、ともすれば指の動きに気を取られて歌を忘れたカナリヤさんになってしまっています。
木管楽器は原理的に、歌同様の息づかいがもっともしやすいといえます。
リードを使用する楽器は
「リードがいのち」
にとらわれやすい上に、出版されている木管の教本もリードのことばかりを強調しがちのような印象を受けています。
金管に比べれば、喉の閉じ、口の無理は生じにくいかと思いますが、如何せん、キーを押す手がリラックスしなければ口の方もリラックスしてくれません。
指と息という相容れない要素について、まずは「息優先」であるとの発想をお持ち下さるようお願い致したく存じます。

弦楽器:
弦楽器の生命線は、まずボーイング、すなわち右手です。
右手は、(右利き前提で申し上げますが)物をいたわること、慈しむことの出来る手です。
弾くことに夢中になると、それを忘れて力を入れすぎるため、結果としてイジメられる楽器は悲鳴しかあげてくれなくなります。
お子さんを優しく撫でた、その手の感触を思い出して下さい。
弓は、あくまで「慈しむ手」の延長でしかありません。特別な道具ではないのです。
これも、楽器を持たないで出来る練習を一つご紹介しておきましょう。
お風呂に入ったら、右手の手のひらで、お湯の表面をゆっくりと撫でて下さい。
お湯の表面に、波が立たないように、そっと撫でて下さい。
このとき、初めのうちは肩に力が入ってしまい、肩が筋肉痛になったりするかもしれません。
肩に力が入るうちは、いけません。
肩がリラックスした状態で、お湯の表面に波が立たないように撫でられる感覚が身につけば、それで、楽なボーイングのコツの最初の一歩に気付くことも出来ますし、現実に楽器を手にしたとき、右手の自由度が高くなっているのに気付いて嬉しくなると思います。
かつ、右手の感覚が分かってくると、ピチカートも
「あ、これじゃいけないんだ」
と分かってくると思います。
・・・この練習、私が就職したばかりで楽器を弾けなかった3年間に、菊地先生の弟さんに教えて頂いて効果が上がったものです。
コツは、
「優しい心を持つこと。人に対して、はもちろんのこと、あなたの手にしている楽器をも、思いやって下さい、ということ」
に尽きると思いますが、如何でしょうか?

・・・娘の宿題と、頼まれた編曲に付き合っているうちに、この時間(1時50分)です。いやはや。
(以上、30分で記す。)

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2007年1月21日 (日)

ベートーヴェン四重奏団:ショスタコーヴィチ全集

家内を亡くして、思い浮かべた何人かの音楽家がいます。
大バッハ、バーンスタイン、ムラヴィンスキー。妻に先立たれた有名な人々です。
中で、再婚しなかったのはバーンスタインだけ。奥さんだけに惚れていたから、ではなくて、男色家だったから。
再婚したとは言っても、大バッハだってムラヴィンスキーだって、亡くした最初の奥さんとは大恋愛だったし、死んだあとだってずっと愛し続けていたのです。

じゃあ、私は、ですか?

家内が二度目に夢に出て来たとき、
「これからどうすればいいんだ?」
とききましたら、きゃつめ、人の名前を口にしたのです。そのままだと知らない名前だし、そのときイメージで見せてくれた人は知っている人ではあるけれど近い縁にある人ではありません。
「こんなときに、なにを。家内よ、お前もか!」
そう私が叫んだら優等生だったのですが、夢の中では喜んでしまったのですから、目も当てられません。

妻に先立たれた、という点で忘れてならない作曲家が、ショスタコーヴィチです。
最初の奥さんニーナに対して、初めから切れるの分かれるのとグダグダやっていた、しょうもないショスタコーヴィチですが、子供たちが育つにつれ、
「こんなに頼れる女房はいない」
そう信頼し切っていたフシがあります。
信頼し切ったそのときに、ニーナさんは急逝しました。それまで本人も気付いていなかった悪性の腫瘍の緊急手術をした、すぐあとに亡くなったのです。

ショッスタコーヴィチは15曲ずつの交響曲と弦楽四重奏曲を残しています。
数こそ同じですけれど、交響曲とは違い、弦楽四重奏曲は、彼のプライヴェート生活のアルバムのような趣きを持っています。
第1番は子供の誕生による喜ばしい雰囲気を持つことで有名ですが、その後も第5番まで、弦楽四重奏曲はすべて長調で作っています。
ニーナの死(1954)を境目に、作品は翳りを増していきます。
ショスタコーヴィチはこのあと2度結婚していて、2番目の奥さんとは合わずに離婚、3番目の奥さんは出来た人で、安心して子供たちを委ね、最後は自分の死を委ねます。
ですが、第6番(1956)以降の弦楽四重奏曲には、もう第1番のような底抜けの喜びの歌はありません。6・9・10・12・14番が長調、残りが短調作品ですけれど、長調作品は襞のはいった音楽と化しています。

こうしたショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲をほとんど全て初演したと言っていいのが、ベートーヴェン弦楽四重奏団です。
作曲者に縁の深い団体の全集は他にボロディン弦楽四重奏団のもの2種(13番までしか入っていない最初のものの方が名演だと思います)がありますけれど、こちらはボロディン弦楽四重奏団らしい、輪郭線の太い、音がピンと張りつめた演奏で、ショスタコーヴィチの硬派な側面を知るには最高の演奏ではありますし、私も愛聴していました。
これがベートーヴェン弦楽四重奏団の全集となると、しかし、話はまた違います。
この四重奏団、ソ連時代にも旧ロシアの良き伝統を守った、深みのある演奏をするので有名でした。しかし、こんにちでは彼らの録音を入手するのは、どういった事情からなのでしょうか、非常に困難です。
ですので、
「ああ、やっと出た!」
と大感激でおります。
ショスタコーヴィチの室内楽を聞き慣れていらっしゃらない方には、出来るだけボロディン四重奏団とベートーヴェン四重奏団の聴き比べをしてみて頂ければ有り難いと思います。
アプローチが違うと、これほど違うものなんだな、ということを、今回、入手してみて、つくづく感じました。
第1番の暖かみ、第8番から絞り出される涙は、ボロディン四重奏団のストレートで音楽至上主義的なアプローチとは違い、ベートーヴェン四重奏団は、人間としてより通俗的なイメージを与えてくれることで、細やかな雨のしずくのように人の心に染み通ってきます。

発売は昨年末の予定でしたが、最近まで伸びました。このことには、個人的には、私はどこかに深い縁を感じております。

輸入盤です。DOREMI DHR-7911-5

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2007年1月18日 (木)

モーツァルト:「聖三位一体の祝日のミサ」K.167

興業的にはまずまずの成功、しかし生涯の保証を得ると言う本質的な目標では失敗に終わった第3回目の旅行で、モーツァルトは以後、イタリアと縁を持つことは二度とありませんでした。
とはいえ、彼がイタリアで身に付けた技術的・精神的支柱は、生涯を通じて彼の作品を支え、その作品に触れる現在の私たちまでをも支えつづけてくれることとなります。

ヴォルフガング5作目のミサ曲となるK.167(ハ長調)は、ヴォルフガングの中に染み込んだイタリアが、ヴォルフガングの中に元々存在したゲルマンの要素を鍾乳石のように包み込んだ、最初の典型と言っても良いかと思います。

1773年のうちに、モーツァルト父子はまたウィーン旅行を試みたりします。ですが、この年から1777年まではヴォルフガングにとって「ザルツブルク捕囚時代」とでも言うべき時期で、基本的には常に司教コロレドの意向、ザルツブルクの人々の風土のもとで創作と演奏に取り組むしかありませんでした。
したがって、これ以前に4作ものミサ曲をモノにしていながら、K.167は、この年以降量産される一連の「ザルツブルク・ミサ」の、実質上の嚆矢となる作品でもあります。

・・・家のドサクサで、愛用していた携帯オーディオが行方不明になったのですが、これがかえって幸いし、私はこの作品のスコアを通勤電車で少しは詳しく読むことが出来ました。その結果、K.167は17歳の天才がありとあらゆる手持ちの技術を総動員した作品であることを知り、新鮮な驚きを覚えました。ただ、この驚きをどれだけお伝えできるか自信がありません。
・・・ともあれ、何とか綴ってみることにしましょう。

「聖三位一体の祝日(三位一体の主日)」は、聖霊降臨の祝日の次の日曜日を指します。この日が1773年6月の何日だったかは知りませんけれど、モーツァルトはこの日のためのミサを6月中に完成しています。
編成は2本のオーボエ、2本のクラリーノ、2本のトロンバ、ティンパニ(C,G)、ヴァイオリン2部、バス及びオルガン。「ザルツブルク・ミサ」の例に漏れず、ヴィオラは含まれていません。また、声楽は四部合唱のみで、独唱もありません。
なお、トロンバに関してはスコアではヘ音記号表記ですが、学者さんは
「当時そのような低音域のトロンバはなかった」
とおっしゃっており、私が確認のため耳にしたCDでもオクターヴ上で吹奏されています。アルフレート・アインシュタインも2本のクラリーノと2本のトロンバを合わせて「4本のトランペット」とみなしており、カルル・ド・ニも『モーツァルトの宗教音楽』本文中ではアインシュタインの言葉をそのまま引用しています。
実演上どうだったかはともかく、スコアから読み取る限り、和声上の音の配置からして、ヴォルフガングはトロンバのパートをあくまで低音域として把握していることは明らかですから、私としては記譜よりオクターヴ上げて演奏するよりはトロンボーンなどで代用する方が良いと思っております。(2008.10.4付記:10月12日のモーツァルト記念合唱団尾の演奏会では、実際にそのようにして演奏されます。また、お詳しいかたに伺うと、古典派当時までのトランペットは管長も現行のものより長く、低音域が出たのはもちろん、高音部がより輝かしかったそうです。今のトランペットよりも、倍音の含まれかたがホルンに近かった、ということです。であれば、バッハなどがなぜ、今のトランペットではピストンを使わないと出せないような音を書いているのか、も簡単に了解できます。)

K.167の構成は以下のとおりです。調性は、断りのない限りハ長調です。

Kyrie:Allegro 4/4、56小節
Gloria:Allegro 3/4、160小節
Credo:1-62小節Allegro、63-76小節Adagio、77-120小節Allegroで、以上4/4拍子。
     121-232小節Allegro、3/4拍子、ト長調(Carus版p.40 アルトパート#2つは誤植)
     232-252小節Allegroで後奏の253-256小節はAdagio、4/4拍子。
     これを前奏とし、256-372小節はきっちり倍テンポとなる2/2拍子でAllegroのフーガ。
Sanctus:Andante 3/4、16小節
Hosanna 1:Allegro 4/4、16小節
Benedictus:Allegro 4/4拍子。ヘ長調。
Hosanna 2:Hosanna 1に同じ。ただし16小節目のテノールC音は、おそらくD音の誤植。
Agnus Dei:1-58小節Adagio 3/4拍子。59-127小節は2/2拍子のフーガ

以下、各章の特徴をまとめてみます。

まず、全般的な話。
Carus版の解説(独・英語)によると、このミサ曲には交響曲的手法が駆使されている、とのことです。
確かに、規模こそ交響曲より大きいものの、急-急-急緩急-急-緩-急-緩急、という速度配置は、交響曲だけでなく、セレナーデやディヴェルティメントを思わせる器楽的発想を伺わせています。
が、ミサ曲は器楽作品とは違い、鑑賞や娯楽を目的とはしていません。
かつ、K.167の構成を突っ込んで観察すると、実はCredoを大規模な交響曲として、またSanctus-Benedictusをイタリア風序曲(シンフォニア)として内包していることが分かります。
主題の扱い方も、簡単に分かるものとしては、Credoは先立つGloriaの動機を3拍子から4拍子に拡大していることはCarus版の解説のとおりですし、さらに全曲は全音階的上昇のモチーフで背景を同色化していますから、単純に「交響曲的手法を駆使した」とか「器楽の発想で書いた」と決め付けることは妥当ではありません。
K.167は、高い統一感を持つ、人間の総合精神を体現した作品です。
こうしたフォーマルな結合は「啓蒙主義者コロレドの意を汲んだもの」と、これまたCarus版で述べられていますけれども、それにしてはあまりに高い熟練度を持っており、K.167は啓蒙「主義」を超えた職人魂の凄みを湛えている点、解説文などによって目くらましされることなく銘記すべきかと思います。

各章の特徴は次のとおりです。

Kyrie:
小規模な分、凝縮されたソナタ形式による音楽で、主に哀れみを乞う言葉の反復と連続には一分の隙もありません。イタリア的に華やかな主題は、常にゲルマン風の逞しい低音進行に支えられるプリマドンナのようです。展開部ではイタリアとゲルマンが奇跡的な融合を遂げた舞踏を披露してくれます。

Gloria:
これもソナタ形式です。Kyrieと比較し小節数で2.5倍、拍を考慮すると実質上2倍弱の長さです。詞章により長くなった、というには、これでも短いくらいです。他宗教でも、たとえば仏教的に言うなら「賛嘆」を目的とした章ですから、神仏の栄光の賛美を輝かしく歌い上げる儀礼は相応の規模をもつ必要があるわけで、これはキリスト教文化の埒外にいてもはっきり理解できることです。調は主-属-属調の属調の同主調(短調)-下属調、と、呈示部から展開部にかけてめまぐるしく変わります。こうした変転は、無為に空を流れていながら時折太陽を覆い隠そうと意地悪を試みる雲のようです。
この章の最大の聴き所は、コーダに当たる部分がコンデンス・フーガとでもいうべき分厚さで締めくくられるあたりでしょうか(106-160小節)。当時の他作曲家の作例を参考にしたのか、モーツァルト独自の斬新な書法だったのか、は、研究に値するでしょう。

Credo:
ミサ通常文の最も長いテキストに向かい合ったヴォルフガングの手腕には、どのミサ曲でも
「恐れ入ります」
としか言えません。
K.167のCredoは、
「恐れ入ります」
を素直に口にさせてくれる最初の作例かな、と感じます。
・大序曲とでも呼ぶべき"Credo"(120小節、ソナタ形式)、
・モーツァルトがこの前後からメヌエットで愛用している、<16分音符+付点8分音符>音型が特徴的な3拍子の"Et in Spiritum sanctum"(111小節)、
・"Et unam sanctum catholicam"を前奏部とし、"Et vitam"を主部とする前奏曲とフーガ
の三部構成となっており、これでひとつの正当なシンフォニア~交響曲を作り上げています。
最初の"Credo"中、63-76小節には"Crucifixus"が含まれていますが、ここでは重荷に耐える心を表す半音階的上昇音型が、バスから次第に上声部へとうつりながら、引きずる足の音のように鳴り響きます。
「他のモーツァルト作品に比べれば深刻なものではない」
との記述も目にしましたが、これはスコアの読み取りそこないによる浅い見解に過ぎないと思われます。
最後のフーガは冒頭の主要動機を活用しており、一つの章としての"Credo"が結合力を弱めないために充分配慮していることが分かります。

Sanctus-Benedictus:
Hosannaを含め、これらをひとかたまりで観察しますと、Credoよりずっと小ぶりながら、やはりひとつのシンフォニアと見なし得ます。構成は定型的ですが、普通は独唱者に委ねられるBenedictus(80小節、ソナタ形式)を四部合唱にしてあるのが・・・コロレドのコストダウン政策によるやむをえない処置だったとしても・・・このシンフォニアの持つ敬虔な雰囲気をいっそう高めるのに一役買っています。

Agnus Dei:
Adagio58小節を前奏に持つ、69小節のフーガ"dona nobis pacem"は、前奏部が最後の5小節で周到に用意した動機をそのまま伴奏のアクセサリとし、祝祭的な気分(当時は文言よりも式典としての締めくくりの盛大さを重んじたのでしょう)をいやがおうにも高めます。決まりごとを知り尽くした見事な細工振りです。

さて、綴り漏らしていました。

対位法的技術は、Gloria、Credo、Agnus Deiのフーガに限らず、随所で巧みに使用されています。
代表例は、4小節というコンパクトな単位ではありますけれど、Credo冒頭章第2主題がカノンになっている点でしょう。
モーツァルトは、後年の我々が一般的に評価しているような<ホモフォニーの作曲家>ではないことが、この「聖三位一体の祝日のミサ」K.167の額の上に、はっきりと刻印されています。
「モーツァルトが好き」
かつ
「スコアリーディングが初歩程度以上に出来る」
方は(私は初歩のレベルにも達していないので、非常に僭越なのですけれど)、K.167のスコアをご覧になってみるよう、強くお勧めいたします。

現状、CD探しに自由が利かず、推薦すべき録音には巡り会っていません。
私の所有している録音は、フィリップスの旧全集(楽譜のことではなく、あくまでCD商品を指します)です。
これは、イタリア的であるべきところまでがゲルマン的であり、明るく輝くべきところが荘重である、という印象の演奏で、我が娘が聴いていて
「これ、雰囲気がイヤ!」
とのたまいましたので、あえてここに掲載しません。

楽譜をお読みになれない方には実演か録音が唯一の出会いの場です。けれども、有名曲を除き、カトリックの教会でも、いろいろなミサ曲を聴く機会は、あまりないかと存じます。
いいCDをお見つけ下さる事を祈りつつ、長々綴ったこの記事を終えたいと存じます。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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2007年1月16日 (火)

バンドセッション2007 in 春日部

(クラシック好きの方にも読んで頂きたく、カテゴリにクラシックを加えてあります。)

1月14日(日)午後1時より、埼玉県の春日部市民文化会館大ホールにて、『バンドセッション2007』が開かれました。
埼玉県東部の中学高校約60校の吹奏楽部員、総数約700名が一同に会し、合同で演奏会を催すものです。
ともするとコンクールに重点を置きがちな昨今を鑑みると、
「みんなで吹奏楽を楽しもう!」
と盛り上がるこの大規模なセッションは、大勢の子供たちが音楽を楽しむ原点に立ち返れる絶好の機会であり、言祝がれるべき試みだと言えるでしょう。しかも、今年で12回目だそうですから、素晴らしい。

プログラム前半は中学合同の3つのバンドと中高生混成のフルートオーケストラ(ピッコロ、通常のフルート、アルトフルート、バスフルートのみの編成)、後半は高校生合同のシンフォニックバンド・ポップスバンドに、ゲストバンドといって、吹奏楽の有名作曲家を指揮者に招いてオリジナル作品を演奏する精鋭部隊による演奏でした。
フルートオーケストラを除くと、いわゆる『クラシック』からのアレンジは皆無で、吹奏楽オリジナル作品か映画/ミュージカルの音楽、ポップスを編曲したものでした。
すべてが誉めてあげて良い内容でしたが、後ほど3つだけの長所を少々触れるにとどめます。
それ以外の演奏に共通して感じた課題を、先に述べます。

現場での学校教育に携わる方がご指導なさっているせいでしょうか、どうしても
「生徒との妥協点はどこか」
を先生方が気にし過ぎているように感じました。結果的に、生徒たちの力が100%発揮できてはいない、と、もどかしく感じざるを得ませんでした。

・音程〜感覚の鍛え方の甘さは、ユニゾンではっきり分かります。ユニゾンは、未加工状態でピッタリ音程があった場合には・・・古びてしまったいいかたですが・・・『鉄のカーテン』として人の耳に立ちはだかるものです。

・発音〜歌ってみれば、声はあとの方で膨らんだりは決してしないことが分かるはずです。この基本へと立ち返らないと、息はだらしなく「ダあダあ」と「あ」のほうに力が入り、聴き手はまるでツッパリに脅されているようになってしまい、聴いたあとは精神がクタクタに疲れてしまいます。

最低限、この二つの課題は是非、子供たちと妥協せずにクリアして頂きたいと思います。
子供というのはそんなにヤワではありません。ヤワなのは
「自分もかつて子供であった」
ことを忘れてしまっている、「大人」と呼ばれる人種の方です。

このくらいにしておき、簡単に「なるほど」と感じた3つについて触れ、この記事を終えたいと思います。
・フルートオーケストラ〜同族楽器だけでの演奏は、種類を問わず、純音に近い響きがするのだなあ、ということを再認識しました。
・高等学校合同ポップスバンド〜楽しむ喜びを体いっぱい発散させることこそ、若い人には音楽に対する真摯さをも確固たるものにするのですね。
・高等学校合同ゲストバンド〜作曲者本人の指揮・立会いのもとに演奏できる幸せは、貴重な経験です。指揮をなさった八木澤教司さんにも、演奏なさった高校生の皆さんにも、
「あ、ミューズが乗り移っている!」
思わず感嘆の声を上げそうになりました。

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2007年1月12日 (金)

大阪市消防音楽隊存続を!

自分のことばかりでタイミングを失してしまいましたが、
「大阪市消防音楽隊廃止」
という、大変悲しい話があります。

反対署名はまだ間に合うそうです。

こちらにリンクを貼った下記記事をご参照の上、どなたも是非、音楽隊存続に向けてご署名(代筆依頼可)をなさってくださいますよう、心からお願い申し上げます。

あってはならない、とてもバカな話です!

大阪市消防音楽隊が経費削減の為、廃止されかけている。議員の政務調査費を減らしたらどうですか?/【変更】署名受付延長

大阪市消防音楽隊署名ご協力感謝。

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2007年1月 8日 (月)

ウイーン・リングアンサンブル in 松伏

2007年1月7日、埼玉県松伏町の田園ホールエローラで、素晴らしいニューイヤーコンサートを聴くことが出来ました。
演奏者は「ウイーン・リング・アンサンブル」。9人の変則的な編成から成る団体です。時々臨時に結成されるのか、主催の松伏町に意図があって大々的な宣伝を控えたのか、大変重要なことが、プログラムには記載されていませんでした。
このアンサンブル、全員が実はウィーン・フィルのトップクラス奏者です。楽器別に、ウィーン・フィルでの略歴を記すと、以下の通りです。

第1ヴァイオリン:ライナー・キュッヘル~1950生、1971入団。首席コンサートマスター
第2ヴァイオリン:エクハルト・ザイフェルト~1952生、1976入団、第1violin奏者(良く2プルト目で弾いていらっしゃいます)
ヴィオラ:ハインリヒ・コル~1951生、1983入団。ヴィオラ首席奏者
チェロ:ゲアハルト・イベラー~1958生、1988入団。キュッヘル氏、ザイフェルト氏、コル氏と共にウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団のメンバーとなっている。
コントラバス:アロイス・ポーシュ~1959生、1981入団。リスト上ではコントラバスパートの筆頭にお名前が記載されています。
フルート:ヴォルフガング・シュルツ~1946生、1973入団。リスト上ではフルートパートの筆頭にお名前が記載されています。
クラリネット:ペーター・シュミードル~1941生、1968入団。リスト上ではクラリネットパートの筆頭にお名前が記載されています。
クラリネット:ヨハン・ヒントラー~この方だけ、詳細を把握していませんが、同じパートにハンス・ヒントラーという方がいらっしゃり、その縁者かも知れません。
ホルン:ギュンター・ヘーグナー~1943生、1971入団。ホルン吹きの方には良く名前が知られているはずです。

コンサートは、
「ホールも楽器なんだなあ」
ということをよくよく感じさせてくれる、面白い立ち上がりでした。最初は、鳴りがこなれず、音が籠って響きが充分に拡がらない。それが、あまり立たないうちに曲中で次第に、まずはメンバー同士が共鳴し始め、次にメンバー全員を覆う紫雲のように漂い、そんな過程を経て初めて、客席まで音楽が伸びて届いてくるのです。これは、奏者がホールといかに付き合うか、を身につけようとしたら、恰好のヒントではあります。
次に嬉しかったのは、9人という選抜メンバーでありながら、ちゃーんとウィーン・フィルの音色がしたことでしょう。技術さえしっかりしていれば、厳密なアンサンブルをしようと無理な努力をする必要がない。ウイーン・フィルはそれを体現したオーケストラです。何十人いても、たった9人でも、同じ技術力、同じ精神で音楽をしているから、何も変わらない。したがって、批判的に物理的に聴けば、アインザッツなんかしょっちゅうズレます。が、実際問題として、音楽として聴く上では、ズレには何も支障が無いばかりでなく、むしろ響きに暖かみさえ加える点で歓迎すべきものでもあります。・・・みっともない、非音楽的なズレ、は、彼らのように音楽がすっかりしみ込んだ人達は絶対に起こしませんから。
もうひとつ、特筆すべきは、ここ25年ほどのフルオケでの正規のニューイヤーコンサートと違い、リングアンサンブルのニューイヤーコンサートには、ボスコフスキー時代のユーモアが随所に生きていたことです。
「ハンガリー万歳」でのラストの掛け声。
「観光列車」で車掌の帽子を被っておどけるフルート。
ワルツ「水彩画」に挟み込んだ、力強い足の踏み音。
アンコール2曲目の「ラデツキーマーチ」、トリオではフルートとクラリネットが、どちらかがヒマだと相手にちょっかいを出し合う。・・・近年のニューイヤーコンサートでは、絶えて見られなくなった光景です。これをみることの出来た人は、最高に幸せなはずです。

弦楽器が伴奏に回る際のキザミのリラックスしきった奏法は、日本の弦楽器奏者すべてに是非見せたい。日本のオケマンのキザミは、プロもアマも問わず、手首を固め、肘を固くしているので、響きが拡がりません。この点は一流奏者でもしばしば見せる欠点です。ウイーンの連中に学ぶ謙虚さが必要なのではないでしょうか?
弦とのバランスに、もう条件反射的に楽々と自分を抑えたり主張したりする感覚を備えている管楽器陣、またコントラバスも見事でした。ホルンは、「ウイーンの森の物語」で、たった一人で、ですよ! 近くで鳴る角笛が、だんだん遠くへコダマとして消えていく有り様を見事に描ききった吹きぶりでした。・・・ああ、こういうのを、いつも身近で聴くことが出来たら、奏者たちはもっと工夫をするんだろうなあ。。。

プログラムは以下の通り。
「こうもり」序曲
「芸術家の生涯」
ポルカ「アリス」(J.シュトラウス1世)
「ハンガリー万歳」
「ウイーンの森の物語」
ポルカ・シュネル「観光列車」
(休憩)
「天国と地獄」序曲(オッフェンバック)
「パニッツァ・グルーヴ!」(藤倉大)
「トリッチ・トラッチ・ポルカ」
ワルツ「水彩画」(ヨーゼフ・シュトラウス)
ワルツ「人生の電鈴」(ランナー):ヴァイオリン2、ヴィオラ、コントラバス
オペレッタ「ほほえみの国」メドレー(レハール)
「天国と地獄」~カンカン(オッフェンバック)
(アンコール)
「青きドナウ」
「ラデツキー行進曲」

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