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2007年1月31日 (水)

モーツァルト:ウィーンでの6つの弦楽四重奏曲(1773)

長い記事ばかりですみません。。。

1773年の作品の多くは、以後数年間のモーツァルトの創作活動の基盤となっていきます。ザルツブルクで書かれたそれら諸作品を先に取り上げようと思っておりましたが、こんなマイナーブログでも誉めて下さるランスロットさんのようなかたもいらして、有頂天になってしまいました。
そのランスロットさんから
「いよいよウィーン四重奏曲ですね!」
とコメントを頂いてしまい、考えれば考えるほど
「順番としてはそれが正しいかな」
そんな気がしてまいりましたので、ザルツブルク諸作品は後回しとすることにしました。

この年、ヴォルフガングは父レオポルトに連れられて第3回目のウィーン旅行に出向いています。
7月14日に出発して翌日夕刻にウィーン着、ほぼ同時期にウィーンに滞在した大司教コロレドに若干の延期を許されて9月25日頃まで逗留、9月26日ザルツブルク帰着、という日程でした。

せっかくウィーンに赴きながら、この間父子は以前知己を得た有力貴族たちを訪問するでもなく、オペラの注文を取り付けたわけでもなく、8月5日に女帝マリア・テレジアに拝謁するも栄誉や報酬を授けられもせず、外交的な成果は皆無でした。
そのため、何が目的の旅行だったのか、現在でもなお謎とされているようです。

面白いのは、この旅行中に足繁く訪れていたのが、催眠術の創始で有名なメスメル(メスマー)博士、もしくはその親族の家だったことです。・・・ただし、このことはウィーン旅行の目的について何らかのヒントとなるものまでではないと考えられています。
また、旅行中には、ザルツブルクで親しかった某医師が自ら手術を受けるためウィーンに来ており、手術の失敗でこの医師が死んでしまうという事件もありました。その埋葬への立会い、遺族への気遣いなどに、父のレオポルトは忙しく駆け回っています。

こんなふうに過ごしたウィーンで、ヴォルフガングは、その後ザルツブルクでは書くことの無かったジャンル、「弦楽四重奏曲」の創作にいそしんだのでした。

先にイタリアで1曲+6曲の弦楽四重奏曲を完成させていた彼ですが、それらは3楽章形式で、当時でいうディヴェルティメント風、もしくはイタリア序曲(シンフォニア)風の作品でした。
これに対し、ウィーンでの6曲は全て4楽章構成で、基本的には第2楽章に緩徐楽章を、第3楽章にメヌエットを置いています(K.170とK.171では逆転。ただし、前後楽章とのバランスによる理由からそうしている)。
これは当時ウィーンで流行していた形式に倣ったものとされています。私は殆ど知りませんが、少なくともヴァーゲンザイル(長年ウィーンに住んでいた、当時の有名作曲家で、1777年没)の弦楽四重奏曲はヴォルフガングの1773年の四重奏曲と同じ配列を採っていたと思います。

ハイドン(ヨーゼフの方)の作品9、17、20(太陽四重奏曲)からの影響も同次元で扱われている文章ばかり目にしますけれど、楽章の配列面では、ハイドンはすべてが第2楽章にメヌエット、第3楽章に緩徐楽章を置いていますので、これはあっさり首肯するわけには行きません。
(2月1日修正:この節、私に誤認がありました。確認しなおしたら、作品20については第2楽章が緩徐楽章、第3楽章がメヌエットです。ですから、ヴァーゲンザイルらとハイドンを同次元に扱えない、ということは、少なくとも作品面では私の間違いです。申し訳ございませんでした。ただ、ハイドン作品の享受層はウィーンにどれだけ広く存在したかはよく研究され尽くされておらず、ウィーン風=ハイドンを含む、という図式はそのままでは正しいかどうか証明されません。ハイドンの名前が1773年の時点でモーツァルトへの影響云々に短絡的に出てくることは、従って、専門家の方の態度としては軽薄の感を免れ得ないと思います。)

音楽的な内容面では、ハイドンは作品20の最終2曲ではフィナーレにフーガを置いています。また、作品9の5は冒頭楽章が変奏曲です。あとでリストでお目にかけますように、ヴォルフガングも冒頭楽章に変奏曲を置いたものを1曲、フィナーレにフーガを置いたものを2曲作っていますから、ハイドンのこれらの作品に接して深い印象を受けたであろうこと自体は確実だろうと思います。
しかしながら、作品20を作ったとき、ハイドンは既に40歳でした。ヴォルフガングがどれだけ強烈にハイドンを意識していたにしても、音楽の深みの面では、まだとうていハイドンに太刀打ちできていないことが、作品を比較してみると、きわめてはっきり分かります。専門家の方は、この点をもっと強調すべきではないかな、とも感じます。そうすることによってかえって、ヴォルフガングがただ天才に任せて四重奏曲を書き流したのではないことが浮き彫りになるからです。・・・実際に、KV.168終楽章のフーガにはいったん書き終えてから抹消して直した自筆譜がありますし(可能であれば後ほど図版でお目にかけます)、KV.173終楽章(これもフーガです)には異稿があって、全集(NMA)に印刷・収録されています。
「フーガだから苦労した」
そんな側面もあるでしょう。「ジュピター交響曲」終楽章のフーガなども、自筆稿には訂正の後が多くあり、かつ、いったん下書きをしたと推測されているほど、小節割りも他の楽章より丁寧に行なっていることが見て取れます。
ですが、一方で、フーガ楽章の修正や異稿の存在は、ヴォルフガングが
「大人の風格を持った音楽を作りたい」
と精一杯背伸びをした印でもあるように、私には感じられてなりません。

ハイドンからの影響と断言してよいかどうか分かりませんが、6曲中の最終作であるKV.173は短調作品です。ハイドンは作品9の4で初めて「ニ短調」の四重奏曲を書いており、以降、作品17の4でハ短調、作品20では3がト短調、5がヘ短調、という作品を作り上げています。この中でヘ短調のみはハイドンが特別な機会に使っている、ハイドンにとってのみ意味深い短調です。他は3つとも、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトという人物にとっても非常に重要な短調となっていくものです。KV.173は、とりわけモーツァルトにとって意味深いと考えられている「ニ短調」を採っています。・・・何故意味深いか?「ニ短調」は、「レクイエム」に用いられた調でもあった、と述べておけば充分でしょう。

なお、ハイドンはハイドンで、もっときちんと探求すべき対象ではあり、いずれ取り組みたい魅力的な存在です。が、作品が山のようにありすぎます! しかも、駄作が無い。

で、モーツァルトのほうの四重奏曲ですが、以下に各曲の構成を箇条書きします。
6曲とも、スコアを「絵」として眺めるには恰好の材料ですので、図版も掲載したいところですが、今回は断念いたします。ご容赦下さいませ。(一部情報が不完全な部分は後で補います。)
*各楽章の特徴は、譜面から読み取れるものを記しました。
   実演では必ずしも記述どおりのムードで演奏されていないものがありますのでご容赦下さい。

K.168(第8番、ウィーン四重奏曲としては第1曲)ヘ長調
参考:ハイドン作品20の6
i.    Allegro  108小節
ii.   Andante(ヘ短調)~4小節単位のカノンを骨格に持っている。
iii.  MENUETTO 24+20小節。4度下降・5度上昇の音型でトリオとの統一感に配慮。
iV. Fuga テンポはレオポルトが記入。自筆稿の最終頁の前頁に抹消あり。

K.169(第9番、ウィーン四重奏曲としては第2曲)イ長調
i.    Molto allegro 117小節
ii.   Andante(ニ長調)~ベートーヴェン「悲愴」ソナタ第2楽章と似た構造。
iii.  MENUETTO 35+16小節。大人びたメヌエット。
iV. RONDAUX allegro ふざけっこの風情。

K.170(第10番、ウィーン四重奏曲としては第3曲)ハ長調
i.    Andante 主題と4つの変奏、最後に主題を再奏。参考:ハイドン作品9の5
ii.   MENUETTO 32+16小節。第1楽章がAndanteのため、ここへ持ってきている。
iii.  Un poco adagio 58小節。テンポはレオポルトが記入。K.169より叙情的。
iV. RONDAUX allegro 130小節。テンポはレオポルトが記入。

K.171(第11番、ウィーン四重奏曲としては第4曲)変ホ長調
i.    Adagio 14 + Allegro asssai 128 + Adagio 17小節。
     影響を受けたとされるハイドン作品にはみられない、野心的な形式を採用。
ii.   MENUETTO 26+24小節。第1楽章が序奏・後奏をAdagioとしているため、ここへ持ってきている。
iii.  Andante con sordino ハ短調を採用し、幻想的に仕上げている。
iV. Allegro assai クリスチャン・バッハの急速な作品に類似した雰囲気。

K.172(第12番、ウィーン四重奏曲としては第5曲)変ロ長調
i.    Allegro spiritoso(ただし、モーツァルト父子以外の第三者がテンポ指示記入)
     ・・・トニカ(いわゆるドミソ)の3連打で曲を開始する点、エロイカの発想の原点を感じます。
ii.   Adagio 明るく伸びやかで歌謡的。伴奏音型をK.169の第2楽章と比較すると面白いです。
iii.  MENUETTO 8小節目までにはカノンの手法が使われている。
iV. Allegro assai 200小節と、最も大規模。後年のモーツァルトの交響曲に近い風格。

K.173(第13番、ウィーン四重奏曲としては第6曲)ニ短調
参考:ハイドン作品9の4および作品20の5。
i.    Allegro ma molto moderato(レオポルトの手による記入) 136小節
     ・・・主題動機は、モーツァルト愛好のソファミレド(短調なのでミレドシラ)である。
          この音型の代表作は、K.136他多数。
          テンポ指示は、父が与えているとはいえ、なかなかに意味深い設定になっています。
         ma molto moderatoと加えることで、悲しみが疾駆するのではなく、胸のうちに篭るのです。
ii.   Andantino graziozo(ニ長調)94小節。
iii.  MENUETTO 42+28小節。主部が拡大していることに注目。
iV.Allegro (Fuga)  異稿があり、現行演奏されるものと比較論をしたいところですが、いまはゆとりがないので断念します。主題は半音階的下降が特徴的です。この点でのハイドンの四重奏曲との比較までは達成できませんでした。あとで分かれば付記します。

モーツァルトの方の四重奏曲は、ミラノ四重奏曲7曲と併せ、ペータース(だったかな?)で比較的廉価なパート譜セットが出ています。成人後の作品より演奏しやすいため、アマチュアは初心者がアンサンブルを覚える際によく利用されています。が、ド素人が演奏するにはきれい過ぎる作品ばかりで、ベテランはよく、初心者の演奏にケチをつけまくり、アマチュア楽隊の不和の根源ともなっている罪な作品群でもあります。
ハイドンも同じようにパート譜が出ていますが、作品9、17、20の18曲を完全に収録はしていなかったと記憶しています(間違いでしたらごめんなさい)。

いずれも、これらの四重奏曲だけでまとまったポケットスコアは見つけておりません。
1曲1曲手に入れようとすると、大変薄っぺらな冊子なのに、1冊1,500円以上もしたりします。
かつ、楽譜屋さんの店頭でいっぺんに全部入手するのは、まず不可能です。

ハイドンの方は最近CDが増えました。私はエオリアン弦楽四重奏団による全集盤を保有しております(UCCD-9349/70)が、輸入盤なら、たとえば作品20だけまとめたものなども入手可能なはずです。
(ピリオド楽器での演奏もありますが、こちらはいまのところ私には納得の行く出来ではありません。)

モーツァルトの初期弦楽四重奏曲は、それだけで出ているCDは、あまりお目にかかっていません。
スペインの若手らが組織したカザルス弦楽四重奏団による演奏のCDを持っています。若い人たちらしく生き生きした演奏ではありますが、モーツァルト自身が聴いたら怒るんじゃないかな、と感じる個所があまりにたくさんあるので、お聴きになるのでしたらご留意下さい。(モーツァルトが書簡にときどき書いているテンポ観を参照しておくと良いでしょう。書簡集は岩波文庫でも出ていますし、吉田秀和訳の講談社学術文庫のものもあります。オリジナル旧全集を海老澤・高橋両氏が訳した全集が、白水社から「高価で」出ていますけれど、それを読むのだったらドイツ語を少し勉強すれば新全集が3分の1ほどの値段で買えてしまいます。さ、ドイツ語勉強しようっと。・・・実は、読めもしないのに家内に内緒で買って隠してあるのです。。。きっと、もうバレていますね。。。)
モーツァルトの弦楽四重奏曲全集は現在でも数種類出ており、それならば名作「ハイドンセット」・「ホフマイスター」・「プロシャ王セット」も併せて聴くことが出来ますから、いっそ全集でお聴きになってみてはいかがでしょうか? ただ、私にはとくに推薦盤はありません。(「ハイドンセット」以降ならばお勧めできるものがあるのですが・・・初期のほうが「それらしい」演奏は大変難しいような気がします。)あえて、というなら、無難なのは、過去の人たちになってしまいましたが、イタリア弦楽四重奏団によるものでしょう。

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コメント

こんばんわ。なにかご意志を曲げさせたみたいですみません。でも大変興味深く拝見させていただきました。haydnは今現在、作品33以降しかもっておらず、作品20、時間を見つけて探してみます。ウィーン四重奏曲としては5曲目のK.172の第二楽章がお気に入りであります。いつもながらロマンチストですいません(笑)。あっ、それから、この6曲は、ご指摘の無難な「イタリア弦楽四重奏団」のもので聴いておりますぞ。いつもありがとうございます。それではまた。

投稿: ランスロット | 2007年1月31日 (水) 20時42分

ランスロットさん、むしろ、視野が開けた感じでありがたかったんです。あらためて御礼申し上げます。
イタリア四重奏団、好みが別れているみたいなんですけれどね、彼らの明るい音は、たとえばそれでベートーヴェンをやってもしっくり来る気がして、私は昔から「うらやましい人たちだなあ」と思っています。
ロマンチスト・・・素晴らしいことです!

私は、ハ長調の第1楽章が、じつはわりと気に入っているのであります。テーマ、変奏とも、ハイドンの大人び過ぎてしまったかもしれない変奏楽章に比べると、素直に伸びやかなのが、もう何とも言えません。

投稿: ken | 2007年1月31日 (水) 23時49分

なるほど、32音符の遊びと3連符刻みが好きなんですね。

投稿: ランスロット | 2007年2月 2日 (金) 22時24分

その楽しさも、確かにありますね。
弾いてみると強く感じる、ハイドンとの違いもあります。
モーツァルトの初期の四重奏には、ファーストヴァイオリンも他と平等に「参加する楽しみ」があるんです。
ハイドンは、というと、ファーストは文字通りのプリマドンナじゃなくちゃいけない。で、私がおデブさんだとする・・・実際そうなんですけどね。
おデブさんが「瀕死の白鳥」を演じるところを想像してみて下さい・・・そうなりがちなんで、つらいんですよ。。。弾いているときはいい気持ちでも、それを隠しどりされたのを聞かされようものなら、入る穴を探したいですね。そんなでかい穴が無いのが、また、つらい。

投稿: ken | 2007年2月 2日 (金) 23時05分

≪かなり長いコメントです。≫

この曲集、真剣に聴いてみると
その多彩さが面白くて仕方ないです。
なんというか、
「過渡期的なバラエティの豊かさ」
とでも言えるような。

これらの6曲セットではよくハイドンの影響が指摘されますが、
それのみをあげつらうのは、よく考えれば変なコトですよね。
確かにハイドンの影響が感じられる楽章もあるとはいえ、
同時代者が皆、無能だったわけでも無いし、
それにモーツァルト自身がミラノ四重奏曲までに得たノウハウ(?)も
しっかり引き継いでいますものね。
それを「後退」であるかのように表現した解説を
目にすることが多いように感じます。
でもそれはモーツァルトが

>ただ天才に任せて四重奏曲を書き流したのではない

ことに対して目を曇らせてしまう要因になりかねませんよね。


>音楽の深みの面では、まだとうていハイドンに太刀打ちできていない

同感です。
「ウィーン四重奏曲」には「背伸び」と思える雰囲気もありますね。
特に第一曲。(そのまた特に第一楽章。)
同様の現象は例えばシューマンやブラームスの
弦楽四重奏曲にも通じるものがあるかもしれません。
(ただ、ハイドンの作品20にもある種の微妙さ、
「もうこれ以上ムリ!」な雰囲気も漂いますが)

>作品が山のようにありすぎます! しかも、駄作が無い。

ハイドンの弦楽四重奏曲はホントいいですね。
今のところ、作品20、33、76、77、103しか聴けていませんが、
おっしゃる通り、駄作が無い!!

>これらの四重奏曲だけでまとまったポケットスコア

これら6曲で、とはいきませんが、
ベーレンライターから初期13曲をまとめたポケットスコアが
出ていたように思います。
紺色の表紙でポケットスコアとしては大きめのサイズのものです。
是非、探してみてください。
(今やご存知かもですが。)

それでは、もう遅いのでこの辺で。

投稿: Bunchou | 2008年12月28日 (日) 01時45分

>「過渡期的なバラエティの豊かさ」

言い得て妙で、そのとおりですね。
それをもって「後退」に繋げるような意図で曲を評価している人がいるのであれば、そのひとは実作の経験がない人ですね。ヘタクソでもいいから、素人なりに曲を作ってみればいいのです。そうすれば、曲を作るということの本当の苦労が、私のような能無しでもちょっとは分かったくらいです、才能がある方はもっとよくお分かりになると思います。・・・批判的なことしか書けないかたというのは、たぶん、とても「優秀」なかたなんだろうな、と思っております。

スコアの情報、ありがとうございます。捜してみます!

投稿: ken | 2008年12月28日 (日) 17時52分

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