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2006年12月 8日 (金)

シューマンを聴く:「ライン」、2人の作曲家のアプローチ

私の聴いたのとは違う盤ですが・・・

シューマン:交響曲全集

こんにち私たちが安く購入出来るクラシックのCD(録音)は、大体が1960年代から1980年代のものかと思います。この時期の演奏は、第二次世界大戦終結以後高まった「楽譜に忠実な演奏」を標榜したものでした。・・・が、「楽譜に忠実な」という言葉には様々に入り組んだ難しい問題があります。
そもそも、忠実であるべき「楽譜」とは、どんなものを指すのか。
「作曲者の自筆に忠実なもの、もしくは自筆が残っていなければ出来るだけ早期に出版されたもの、という優先順位の元に校訂された<原典版>」
正確な要約ではありませんが、おおよそそういうものが、演奏家にとって忠誠を誓うべき楽譜だったのではなかろうかと思われます。

しかし一方で、クラシック商品の中心を占めるドイツ古典派作曲家の自筆譜は、第2次大戦でドイツが敗戦した影響から、60〜80年代には実質上、再発見、再研究が為されている真っ最中でした。ベートーヴェンの交響曲にしても、この点では当時まだベーレンライターが「より自筆譜に忠実」と称したスコアを出版するまでに至っていませんでした。(しかも、出版を終えたとはいえ、今度は別の出版社が別の角度から研究し直した印刷譜を出したりしていますので、原典版問題は今なおイタチごっこが続いている状況です。)
自筆譜には、一作品でもそのファクシミリをご覧になればお分かり頂ける通り、作曲家のその時々の考えの変化まで書きとめられています。
印刷譜の方は、実用も考えると、そうした作曲家の「頭の中の幾通りものヴァリアント」から、どれか一つを選択せざるを得ません。
となると、完璧な<原典版>なるものを印刷し得るのは殆ど不可能事となります。
したがって、現在より自筆譜(および初版譜)の研究が進んでいなかった60〜80年代の演奏は、現実には<原典版>によるものは存在しない、と極論してもいいくらいではないかと考えられさえします。

では、演奏者は「恣意的に改変した」楽譜に基づいて演奏していた、ということになるのでしょうか?
・・・これはこれで、また非常に難しい問題です。
良いほうに解釈すれば、少なくとも、彼らは「その時点で、優れた先人が採用していた最も信頼すべき楽譜」には忠実であろうと努めたはずなのです。
ベートーヴェンの交響曲で言えば、それは、ワインガルトナー(1863-1942)が著書「ある指揮者の提言」(訳書がありましたが、絶版の上、古書でも出回っていません。持ち主に大事にされている証拠でしょう。私は恩師から拝借して読みました)で数多くの譜例を揚げながら展開している解釈に則る、というものでした。

ここに、問題の根本が存在します。
ワインガルトナーのベートーヴェン解釈は、ベートーヴェンの早期の出版譜、あるいは自筆譜からみれば、大きな改変を伴うものだからです。たとえばいわく、
「(第九の第2楽章のヴァイオリンパートは、あるテーマの箇所で)オクターヴ上げて弾くべきである。何故なら、ベートーヴェンの記譜は彼生前の旧弊な方法に仕方なく依存しているのであって、現在の演奏技術をもってすれば、彼はオクターヴ上げての演奏の方を望むに違いないからである。」
これは私の記憶によるもので、ワインガルトナーの原文には忠実ではありませんが、おおよそこんな調子だったはずです。すなわち、あくまで、ワインガルトナーが、ワインガルトナーの時代から見て過去の作曲者の「本来そうでありたかった願望」を「推測」したに過ぎない。
その「推測」を金科玉条としていたのが、80年代頃までの演奏です。

ワインガルトナーは、ほかにモーツァルト、シューベルト、シューマンの交響曲についても同様な解釈を公表していたとのことですが、私はそれらは目にしたことがありません。
ただ、たとえばシューマンの交響曲第3番「ライン」の第1楽章のヴァイオリンパートが、私の学生時代頃には、先に揚げたベートーヴェン「第九」第2楽章と同様オクターヴ上げて演奏されるのが通例だったことを記憶しています。

あるいは、ワインガルトナーは、最小限だった、とは感じていますが、場合によっては初版譜に指定された楽器を入れ替えることもしていたのではなかったかと思います。
「古典派」管弦楽作品演奏に際しての楽器の入れ替え・音符の割当替えは、19世紀後半から20世紀初頭には平気で行なわれていた、と聞いてはいるものの、真相についてはまとまった研究もなさそうですし、本当にどこまで平気だったのかはハッキリとは分かりません。
ただ、ワインガルトナーより先輩格のマーラーがベートーヴェン「第九」のスコア上でそうした入れ替え・音符の割当換えを行なったものは、渡辺裕『マーラーと世紀末ウイーン』【岩波現代文庫 文芸82】などに写真版が掲載してあって、確認することが出来ます。
面白いのは、このマーラーが手を入れた楽譜での第九の演奏はウイーン市民にははなはだ不評だった、ということが前掲書に書かれていることです。・・・そんなこともありますので、楽器の入れ替え・音符の割当替えは、どんな演奏家がどの程度行なっていたのか、聴衆はどの程度許容していたのか、を、今後誰かが面白い研究発表をするかも知れず、興味が尽きません。

と、だらだら回り道をしたところで、やっと本題にたどり着きます。

Ceccatoシューマンの4つの交響曲について、マーラーがオーケストレーションをやり直した、というものが存在します。楽譜を見ることが出来ませんでしたので、CDはないか、と思って探しましたら、ありました。
アルド・チェッカート指揮ベルゲンフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、輸入盤です(非常に良い演奏です)。
マーラーが楽譜にどれだけたくさんの変更を加えたのかは、したがって確認は出来なかったのですが、何度も聴いてみて、次の3つの特徴を感じ取りました。
1)楽器法、ディナミーク付けがマーラーの個性で潤色されているものの(例:第1楽章でホルンにゲシュトップ奏法をさせている)、シューマンのオリジナルな楽器配置には基本的には大手術といえるような変更は加えていない
2)改変は、「主題」と「応答」を、シューマンのオリジナルよりも際立たせたい、と考えた場合に行なっている(主題・応答旋律の補強、または伴奏部のディナミークのランク下げ)
3)さらに、オリジナルでは響きが分厚く色合いが不鮮明になる危惧が感じられる箇所については「多すぎる髪を梳く」手法での改変、すなわち楽器を減らす手段をとっている(例:第1楽章冒頭部のティンパニ、あるいは第3楽章全般)
第2,4,5楽章は、私の鈍い耳では、あまり改変の跡を把握出来ませんでした。
『マーラーと世紀末ウイーン』の記述によれば、ある研究者は、マーラーが「ベートーヴェンの時代よりもオーケストラの弦楽器奏者の人数が増えることによって崩れてしまった弦と管のバランスを回復する目的で」(82頁)弦楽器奏者の削減や管楽器奏者の増強を行なった、述べているとのことであり、この記述を前提にみれば、耳で確認し得た、マーラーによる上の3点の改変は、おそらく当時の肥大したオーケストラを前提に考えたときには、単純にオリジナルに忠実であるよりはむしろ、「音楽に忠実であろうとした」健全な精神の反映だった、と、前向きに評価したい気持ちになります。

さて、マーラーとは逆のアプローチで『ライン』に臨んだ作曲家がいます。
バーンスタインです。
彼はウィーンフィルとシューマンの交響曲全曲の録音を2,3種残していたと思います。私が耳にしたのは、「ライン」については1984年にムジークフェラインザールでセッション録音したものです。
こちらは、シューマンのオリジナルに(少なくとも楽器法と表情記号については)全く手を加えていません。
当然、「髪梳き」を施したマーラー版よりも、分厚く重い響きになっています。
・・・ですが、マーラー版の意図したと思われる、この交響曲の色彩感は、ほかにも「色彩的だなあ」と感じさせてくれたどの演奏にも増して、豊かでもあり、陰影にも富んでいます。
よく聴くと「コロンブスの卵」なのですが、オリジナル楽譜を使っての演奏、だとは言っても、バーンスタインのしていることはマーラーと大同小異です。
音符の上での「髪梳き」や「補強」をするのではなく、演奏上際立たせるべきパートを際立たせ、スコアの同箇所で主パートと同じディナミークを持つ伴奏部は、このときワンランク落としたディナミークで演奏させる。バーンスタインがとっているのは、たったそれだけの、当たり前といえば当たり前すぎる手法です。とはいえ、これは単純な指揮者の発想ではない、やはり「作曲家」としての彼の耳がとらせた解決法だったのだな、と、あらためてバーンスタインを尊敬し直した次第です。
バーンスタインの功績は、
「シューマンは決してオーケストレーションのヘタな作曲家ではなかった」
ことを、初めて証明してみせたことにあります。
逆の角度からみれば、これは同時に、
「シューマンはオーケストレーションがヘタだったから」
色合いのでない演奏になってもやむを得ない、としてきた従来のプレイヤーたちには非常に厳しいお灸が据えられた、ということにもなるでしょう。

今月(2006年12月)にはメルクル指揮NHK交響楽団による「シューマン交響曲全集」もでます。テレビでしか耳に出来ませんでしたが、この組み合わせでの第1番は、これまた今まで耳にしたことが無いほど豊かな響きを持つ演奏でした。バーンスタイン/ウィーンフィルをも上回っているのではないか、と、非常に期待し、予約して到着を楽しみにしているところです。

追伸)この記事の前文に使うはずだったネタは、じつはちゃんと手元にあったことを、今晩になって確認出来ました。でも、結局使いませんでした・・・恥。(なんだったか、は、ナイショ。)

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