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2006年12月22日 (金)

忘れ得ぬ音楽家:2)山本直純


山本直純フォーエヴァー~歴史的パロディー・コンサート

有名な「ホフナング音楽祭」というのがあります。
オーケストラ奏者たちの生態を奇抜なカリカチュアにして一世を風靡したイギリスの漫画家、ホフナングが、1956年に創始したものです。
絵だけで飽き足らなくなったホフナングが、「クラシック」と呼ばれる音楽そのものまでをカリカチュアにしたくなったものでしょうか。そのために彼はペンではなく、音そのものを、実際に演奏するオーケストラそのものを必要としたのでした。
そのコンサートの内容たるや、「クラシック」の名曲をコラージュしたり、あるいは名曲の間にジョークとなるような演奏を挟んだり、およそ楽器とは思えないようなものを楽器に使ったり、と、様々な工夫で「通(ツウ)」を抱腹絶倒させるという代物で、ホフナング生前には2回行われています。
ホフナングの死後は夫人とその協力者たちによって継続されていましたが、最近の動向は私は把握していません。
CDは何回分か出たかと思いますが、映像は1992年にプラハで収録されたものが手に入ります。
ホースでレオポルト・モーツァルトのホルン協奏曲を演奏したり、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番を、ディキシー風のバンドを登場させるなど「さんざん」な編曲でおおいに笑わせてくれたり、と、今見ても楽しい音楽会です。

この「ホフナング音楽祭」に触発されて、
「じゃあ、日本でもっと面白いものを」
と企んだ人物がいます。
山本直純さんでした。
「ウィット・コンサート」という、1967年から1972年まで実施されたシリーズが、ホフナングへの対抗企画です。
もっとも、私にとっては、かようなコンサートがあったというのは、ついこの間まで「伝説」に過ぎませんでした。

まさか、CDがあるとは、夢にも思っていませんでした。
その存在を「くわしっく名曲ガイド」で知らされたときには、慌ててCD探しにすっ飛びました。

直純さんといえば、子供時代のボクらにとってはTVスターで、まず何と言っても「森永エールチョコレート」でしたし、その存在を大きく感じさせられたのは、「オーケストラがやって来た」でした。これは1972年から1981年にかけて10年間も続いた番組だったそうです。ときどき「小澤征爾」が洒落た服装で登場すると、もう画面にかぶりついて見ていました。直純さんと小澤さん、さらには岩城宏之さんが兄弟弟子関係だったということは、中学生のときに雑誌で知りました。
でも、TVでも「お笑い」みたいなことばっかりやっているし、雑誌で喋っても、内容は「酒飲んで二階から飛び降りた」みたいなことばかり。写真が載っていても、「弟弟子のあまりの優秀さに世をはかなんで死のうとフラフープで首つりを試みているところ」って具合で、およそ真面目に「音楽」している人とは全く感じられませんでした。

大人になってしばらくしてから、
「我々の中でいちばん耳がいいのは、何と言っても直純さんだ」
ということを、岩城さんと小澤さんが別々の本の中で、しかし異口同音に発言しているのを読んだときには、ですから、大変仰天しました。
そこまで「耳のいい」人が、なんで岩城さんや小澤さんのような名声への道を辿ることをしなかったのか・・・名声というのが凄いことだ、という信仰をまだ持っていた頃の私には、全く納得のいかないことでした。

直純さんのご著書に
「オーケストラがやって来た」
「ボクの名曲案内」
というのがありました。「やって来た」の方は、出たての頃に読んだので、実家のどこかにあるはずです。
直純さんの没後、この二つの著書が1冊になって復刊されています。標題は直純さんの代名詞とも言える「オーケストラがやって来た」の方が採用されています。
この復刊本の「前書き」より前に、小澤さんが<直純さん、ありがとう>という、淡々とした談話を提供しています。そこにこんな言葉がありました。

Naozumisanぼくが二十四歳でヨーロッパに渡るとき、直純さんにこんなことを言われました。
『音楽のピラミッドがあるとしたら、オレはその底辺を広げる仕事をするから、お前はヨーロッパへ行って頂点を目指せ。征爾が日本に帰って来たら、お前のためのオーケストラをちゃんと日本に用意しておくから』
(『オーケストラがやって来た』 ii頁、実業之日本社 2002)

・・・そういうこと、なのでした。

「ウィット・コンサート」に戻ります。
CDは、『山本直純フォエヴァー〜歴史的パロディコンサート〜』というタイトルで、コロンビアから出ていました( COCQ-83645-46)。うかつなことに、もう3年前に出ていたのを、私は知らなかったのでした。
本音で言って、ホフナング音楽祭より大笑いできただけでなく、ショッキングでもありました。
音楽はどれも当時までに有名になっていたヨーロッパのクラシックの「さわり」を軸にした接続曲です。1967年の<交響曲第45番『宿命』>・志ん朝のナレーションによる、狸の登場する<ピーターと狼>・アンコール<星条旗よ永遠なれ>は、初年度の聴衆の熱狂ぶりを知らしめさせてくれますし、68年のピアノ狂騒曲『ヘンペラー』(独奏:伊達 純)と69年のヴァイオリン狂騒曲『迷混』(独奏:ルイ・グレーラー)は、曲の接続の巧みさ、それを見事に演奏しのける独奏者にただ圧倒され、もう笑いを通り越してある種の感銘が会場に漂っているのまで伝わってくるようです。

それにしても、曲をただ繋げるのではない。
名曲の名旋律に似た日本の歌を、和声が崩れようがどうなろうが平気で重ねたり、音楽が突然ディキシー調になったり、カントリーになったり。。。コンマスのグレーラーさんも知恵を貸したそうではありますが、カントリー部分は直純さんが確実にコープランドの音楽を熟知していたことを示しているように感じます。
特に壮絶なのは、ヴァイオリン狂騒曲『迷混』で、オケのヴァイオリン全員がヴィヴァルディのイ短調協奏曲を、それこそヴァイオリン教室に通う子供が弾くそのままのへたくそさで弾く箇所です。これは、教養主義で育児をする母親たちへは、こんにちでも充分通用する、強烈な皮肉です。そのあたりは、是非、実際にCDをお手に取って耳を傾けてみて下さい。

まあ、しかし、当時の日本フィルの人たちが、よくぞこんな「とんでもなく複雑な」音楽を演奏し切ったものだ、と、それにもビックリしてしまいました。お聴きになってどうお感じになられるかは分かりませんが、当時の世界中のオーケストラと比べても、私はこれは高水準に位置する演奏技術ではないかと思います。

出てくるフラグメントは豊富な作曲家陣の手になるものではありますが、少なくともこのCDに収録されたものには、直純さんの、ベートーヴェンへの素直な畏敬の念が染み込んでいます。『宿命』だの『ヘンペラー』だのと、標題こそふざけてみせてはいますが、日本の歌を上乗せした「大笑い」の部分であっても、芯にしているベートーヴェンだけは、絶対に破壊しない。『迷混』でのメンデルスゾーンやチャイコフスキー、その上バッハまでもがかなりコケにされているのを聴いたあとで『宿命』を聴き直すと、そのことが一層強く印象に残ります。

こうした編曲を、直純さんは「クラシックマニア」の為に、と考えてやったわけではないのだろうな、と、どうしてかは言葉になりませんが、そう思わされざるを得ません。オーケストラだって面白いことが出来るんだぞ、真面目なだけが取り柄じゃないんだぞ、そう直純さんは言っていたのでしょうか?・・・いや、それではまだまだ直純さんの思いとは隔たりがありそうです。

とにかく、彼がはっきり自覚していたのはこういうことでしょう。

「これは、クラシック、ではないですからね! 間違えないでちょうだいね!」

彼には、ちょっと早かった晩年まで、大阪で「1万人の第九」を続けた、という業績もあります。が、こちらは私は関西人ではないために、意義を語る資格は全くなかろうかと思います。

「ボクの名曲案内」でベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番を取り上げ、直純さんは誇らしげに書いています。

「ボクは、実は中学高校時代、七年間にわたってこのレオノーレとともに育った。」

なぜこう書いているかの理由は、『オーケストラがやって来た』をお読みになって探して頂ければ有り難く存じます。

2009年1月27日附記:『宿命』のアイディアは、先日『クラシック埋蔵金』を出版なさった玉木宏樹さん(4年間、直純さんのもとにいらしたとのこと)のアイディアをはじめ、当時のお弟子さんの手がかなり加わっているとのことです。・・・それが、直純さんのお弟子さんたちには、キツかったけれどかなり勉強になった由。

・参考

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ホフナング音楽祭・ライブ
DVD ホフナング音楽祭・ライブ

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント

発売日:2004/06/23

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