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2006年12月24日 (日)

忘れ得ぬ・・・クリスマス:「メサイア」


ヘンデル:メサイア(ハイライツ)

学生時代は、クリスマスというと、
・高校生中心のオーケストラに混じって、ホールまたは教会でミサ曲の伴奏に加わる
・M女子学院附属中・高の生徒たちが歌う「メサイア」の伴奏をする
という2大イベントがスケジュール化されていました。

前者ではシューベルトとモーツァルトのミサ曲を体験でき、これはこれで素晴らしい思い出ですが、「メサイア」経験の方は、イベントに限らず、自分にとって、様々な意味で因縁深いものがありました。

まず、この作品のLPが、私にとって初めての大きな買い物だったということ。
これは小学6年生の頃まで遡ります。
布製の箱に入った、立派なものでした。楽器屋に行っては「欲しい、欲しい」と憧れていた品物でした。半年ほど小遣いを貯め、それにお年玉を足して、やっと買ったものです。

カール・リヒター指揮の、ドイツ語版の演奏でした。
(残念ながら、今は売っていません。後年の録音である英語版の方は出ているようですが、こちらは発売当時、あまりに新奇だと物議をかもしました。いまの多様な演奏から見れば、少しアーノンクール【ハルノンクール】に近くはあっても、おとなしい演奏だったのですけれど。上のリンクは、その英語版演奏のハイライト盤です。)
このころは、
「ヘンデルはドイツ人だからドイツ語で歌っている方がホントだろう」
と思い込んでいて、別の演奏で出ていた英語版を無視して、こちらを選んだのです。
しかも、独唱・合唱・オーケストラのどれもが、澄んだ厳かな色合いを持っていて、私には長い間・・・いえ、近ごろ急激に変わってしまったこの作品の演奏様式に興味を持ちつつ、今でも、リヒターのドイツ語版演奏は「心の決定盤」であり続けています。

会ったことのない伯母が修道女で、27歳で亡くなっていたことも、キリスト教の家族ではなかった私にキリスト教音楽への興味を強めさせた要因でもありましたが、入り口はこの「メサイア」であって、カトリックの音楽ではありませんでした。

で、M女子学院附属中・高での伴奏。
これは、下心ありありで、全く清らかでも澄んだ気持ちでもなく参加しておりました。
大学入学前の浪人した年から、この学校に、私のお目当ての美人さんがいて、もうとにかく、演奏の前後に彼女に会えて話せる、というだけが目的だったのです。
ただし、女の子との付き合い方、などというモノに気合いを込めるのはオトコとして失格だ、などという面白くないテツガクに毒されていた私は、彼女にはそれ以上どう切り込んでいいか分からず・・・就職した数年あとに、転勤で実家から通い始めたばかりの頃、偶然会って
「電話ちょうだい!」
と言ってくれたにもかかわらず、それをする「根性」がなかったので、やっと
「これで配管」じゃない、「これではイカン」(変換、って、ヘン!)
と、ダイヤル(そう、思い出した! まだダイヤル式電話でした!)した時は既に遅し。
「わたし、結婚するんだ。」
「あ、そう。。。」
おめでとう、も言いませんでした。

家内に「つかまった」のもクリスマスでの出張コンサートで、でしたが、こちらはその前3年間も顔見知りでしたのに、その3年、私は私で違う女の子を次から次と追いかけては失敗を繰り返し、家内は家内で私にはまったく興味がなかったそうです・・・はい、こっちのクリスマスには、「メサイア」は全く関係しておりません。

が、娘が生まれた日、私は「メサイア」本番に出ることになっていました。
前日に家内が産気づき、気が気でないうちに、予定より早く、朝7時頃に娘が生まれました。本番に出かけるのに間に合った! これが私への最高の親孝行で、その後、早くも私を虐待する方へと向きを変える残酷な娘になって行くのでありますが、そんなことはまだ私は知るヨシもありません。
(例:夜中まで寝ない・・・赤ん坊の頃も、今も。1歳で既に父をおちょくる。「お父さん」といえなくて「イトータン」と発音したのを祖父が面白がり、それを見て取ったコイツは、ニッ、と不敵な笑みを口元に浮かべ、私を冷たい視線で見つめながら言ったのです。。。「イトータン。」)

まあ、とにかくこの日はめでたかった。もう、演奏は有頂天でやっていました。
終演後、独唱の内山太一先生の息子さんが、
「メサイアやった日に生まれたんだから、名前はメサ子がいいよ!」
と言ってくれたのが忘れられません。。。もちろん、違う名前を付けました。

話は学生時代に戻ります。
4年生のときだけ、S学院という、また別の女子校での「メサイア」伴奏を経験しました。
このときは、独唱者もプロの方ではなく、S学院で英語を教えていらした若い英語の先生がアルトを歌っていらしたりしました。イギリス人でした。お名前を記憶していません。
いかにも素人、ではあるのですが、細いながらもノンヴィブラートの素直な声で、私はヴァイオリンを弾きながら純な気持ちで
「ああ、きれいだなあ」
と・・・先生に見とれたわけではなく、歌に聞き入ったのでした。

私にも、清らかなときがあったのだ。

(ということで、「メサイア」にはモーツァルト編曲版だとか、リヒターが演奏したドイツ語版の由来だとか、突き詰めて行くと面白い話題もあるのですが、今日はやめておきます。)

Merry X'mas!

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コメント

メサイアには私も想ひ出があります。
學生時代、聲樂を學んでゐる音大生とお付き合ひしてゐて、その彼女に誘はれた初めてのコンサートがメサイアでした。
クラシックコンサートなんぞ、それまでに殆ど行つたこともなく、私はクラシック好きな友人にレコードを借りて豫習しました。
確か、オットー・クレンペラーだつたと思ひます。
嚴肅な、壯大な音樂といふ印象でした。
で、そのレコードには立派な解説(數十ページ)と譜面の一部と歌詞がついてゐました。
解説によると、どこかの場面(忘れてしまひました)では、聽衆が立上がるところがあるとか・・・
コンサートを聽きに行つて、その立上がるところのタイミングをどきどきしながら待つてゐたのです。
でも、結局、誰も立上がりませんでした。
そんな、つまらないことでどきどきしてゐた自分が、今となつてはいとほしいです(笑)

投稿: 仙丈 | 2006年12月25日 (月) 09時09分

仙丈さん、いつもありがとうございます!
ヘンなTBして失礼しました!

「メサイア」でドキドキ・・・
いいですよねぇ。(訳分からんか。)

LPの頃は、解説書も充実していてましたしね。
クレンペラーのも重々しくて、味があるんでしょうね。
残念ながら聴いたことがありません。
「メサイア」は、どうしてもリヒター盤以外手が出ません。
でも、クレンペラーの第九、映像が残っていますけれど、
とってもいい。
彼のモーツァルトも好きです。
なんといっても、女好きで失敗ばかりしていた、その人柄が好きです!

投稿: ken | 2006年12月25日 (月) 10時20分

そういえば・・・

私らが弾くときは、高校生たちは「晴れるや」コーラスだけは全員歌っているので、全員起立、は当たり前でしたっけ。

そうじゃないときでも、お客が立つのは見たことないなあ。

私は、お客で聴いたことがないので、当然立ったことはありません。
ホントはヴァイオリン弾きながら立たなきゃいけないのかな?

投稿: ken | 2006年12月25日 (月) 10時23分

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