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2006年12月25日 (月)

のだめのいいとこ:最終回のはずだったが残念!(付:家内死去)

恐るべし、ノロウィルス!
恐るべし、日頃の行いの悪さ。

家内が昼に救急車で病院へ。
大事には至りませんでしたが、いま(22:30)やっと連れ帰って寝かせたところです。



付記:翌26日朝、家内が死去しました。大動脈隔離、という病名でした。
2時まで付き添っていましたが、「大丈夫だからもう寝な」と言われ、それでもと思いつつまどろんで、ふと気づいて、何故か時計を見ました。4時ちょうどでした。
家内は洗面所のところで、気絶した顔で倒れていました。
すぐ病院に運ばれましたが、6時に死去を確認しました。
臨終の言葉を受けて、初めて家内の顔が、にこやかになりました。
僕の永遠の神様になってしまいました。
(以後、連日記事を綴っていましたが、事情があって4月初旬に全部削除しました。せめてここに、事実を記し留めたく、2007年8月8日に綴りました。)


先週はからずも自分で予言した通り、
最終回については何も語れなくなってしまいました。。。(T_T)

乞う、詳細情報。我が家は録画が出来ません。。。(T_T) × 2。

せめて、国際フォーラム展示品からのしょぼい写真をアップして、名残を惜しみたいと思います。
安物ケータイのチンケな写真でゴメンナサイ。
しかも、バッテリー切れでこれしか写せなかった。。。(T_T) × 3。

のだめと千秋の衣装、小物
Nishou

千秋、恐怖の飛行機他
Nchiaki

ヴィエラ先生との写真
Nviera

手前が、ハリセンのハリセン、奥は首都レーゼマンの指揮棒とバッグ
この奥に真澄ちゃんのカツラとティンパニがあった。
Nharisen

プリごろ太のパペット。
フィギュアの方は撮影失敗。
Npurigoro

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2006年12月24日 (日)

忘れ得ぬ・・・クリスマス:「メサイア」


ヘンデル:メサイア(ハイライツ)

学生時代は、クリスマスというと、
・高校生中心のオーケストラに混じって、ホールまたは教会でミサ曲の伴奏に加わる
・M女子学院附属中・高の生徒たちが歌う「メサイア」の伴奏をする
という2大イベントがスケジュール化されていました。

前者ではシューベルトとモーツァルトのミサ曲を体験でき、これはこれで素晴らしい思い出ですが、「メサイア」経験の方は、イベントに限らず、自分にとって、様々な意味で因縁深いものがありました。

まず、この作品のLPが、私にとって初めての大きな買い物だったということ。
これは小学6年生の頃まで遡ります。
布製の箱に入った、立派なものでした。楽器屋に行っては「欲しい、欲しい」と憧れていた品物でした。半年ほど小遣いを貯め、それにお年玉を足して、やっと買ったものです。

カール・リヒター指揮の、ドイツ語版の演奏でした。
(残念ながら、今は売っていません。後年の録音である英語版の方は出ているようですが、こちらは発売当時、あまりに新奇だと物議をかもしました。いまの多様な演奏から見れば、少しアーノンクール【ハルノンクール】に近くはあっても、おとなしい演奏だったのですけれど。上のリンクは、その英語版演奏のハイライト盤です。)
このころは、
「ヘンデルはドイツ人だからドイツ語で歌っている方がホントだろう」
と思い込んでいて、別の演奏で出ていた英語版を無視して、こちらを選んだのです。
しかも、独唱・合唱・オーケストラのどれもが、澄んだ厳かな色合いを持っていて、私には長い間・・・いえ、近ごろ急激に変わってしまったこの作品の演奏様式に興味を持ちつつ、今でも、リヒターのドイツ語版演奏は「心の決定盤」であり続けています。

会ったことのない伯母が修道女で、27歳で亡くなっていたことも、キリスト教の家族ではなかった私にキリスト教音楽への興味を強めさせた要因でもありましたが、入り口はこの「メサイア」であって、カトリックの音楽ではありませんでした。

で、M女子学院附属中・高での伴奏。
これは、下心ありありで、全く清らかでも澄んだ気持ちでもなく参加しておりました。
大学入学前の浪人した年から、この学校に、私のお目当ての美人さんがいて、もうとにかく、演奏の前後に彼女に会えて話せる、というだけが目的だったのです。
ただし、女の子との付き合い方、などというモノに気合いを込めるのはオトコとして失格だ、などという面白くないテツガクに毒されていた私は、彼女にはそれ以上どう切り込んでいいか分からず・・・就職した数年あとに、転勤で実家から通い始めたばかりの頃、偶然会って
「電話ちょうだい!」
と言ってくれたにもかかわらず、それをする「根性」がなかったので、やっと
「これで配管」じゃない、「これではイカン」(変換、って、ヘン!)
と、ダイヤル(そう、思い出した! まだダイヤル式電話でした!)した時は既に遅し。
「わたし、結婚するんだ。」
「あ、そう。。。」
おめでとう、も言いませんでした。

家内に「つかまった」のもクリスマスでの出張コンサートで、でしたが、こちらはその前3年間も顔見知りでしたのに、その3年、私は私で違う女の子を次から次と追いかけては失敗を繰り返し、家内は家内で私にはまったく興味がなかったそうです・・・はい、こっちのクリスマスには、「メサイア」は全く関係しておりません。

が、娘が生まれた日、私は「メサイア」本番に出ることになっていました。
前日に家内が産気づき、気が気でないうちに、予定より早く、朝7時頃に娘が生まれました。本番に出かけるのに間に合った! これが私への最高の親孝行で、その後、早くも私を虐待する方へと向きを変える残酷な娘になって行くのでありますが、そんなことはまだ私は知るヨシもありません。
(例:夜中まで寝ない・・・赤ん坊の頃も、今も。1歳で既に父をおちょくる。「お父さん」といえなくて「イトータン」と発音したのを祖父が面白がり、それを見て取ったコイツは、ニッ、と不敵な笑みを口元に浮かべ、私を冷たい視線で見つめながら言ったのです。。。「イトータン。」)

まあ、とにかくこの日はめでたかった。もう、演奏は有頂天でやっていました。
終演後、独唱の内山太一先生の息子さんが、
「メサイアやった日に生まれたんだから、名前はメサ子がいいよ!」
と言ってくれたのが忘れられません。。。もちろん、違う名前を付けました。

話は学生時代に戻ります。
4年生のときだけ、S学院という、また別の女子校での「メサイア」伴奏を経験しました。
このときは、独唱者もプロの方ではなく、S学院で英語を教えていらした若い英語の先生がアルトを歌っていらしたりしました。イギリス人でした。お名前を記憶していません。
いかにも素人、ではあるのですが、細いながらもノンヴィブラートの素直な声で、私はヴァイオリンを弾きながら純な気持ちで
「ああ、きれいだなあ」
と・・・先生に見とれたわけではなく、歌に聞き入ったのでした。

私にも、清らかなときがあったのだ。

(ということで、「メサイア」にはモーツァルト編曲版だとか、リヒターが演奏したドイツ語版の由来だとか、突き詰めて行くと面白い話題もあるのですが、今日はやめておきます。)

Merry X'mas!

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2006年12月23日 (土)

臨時のだめ:のだめフェスティバル at 東京国際フォーラム

(今日はカタめのネタで行くはずだったんですが・・・)



Nodamefes息子のたっての要望で出かけました。自分までまんぐーすと一緒に写真に写ってニヤケてしまいました。
何考えてんだ、このオヤヂ!

「のだめフェスティバル」は今日が初日。
昼前に会場に行きましたが、特別なイベントもないので、空いていました。
午後になって人がだいぶ増えました。
アニメ「のだめカンタービレ」の予告編や、「プリごろ太」予告編(夏に公開!?・・・ウソですって。)が繰り返し映されています。

まんぐーすと写真を撮ったのは「丸ごとお絵描きコーナー」。撮れる時間が決まっていますので、会場で係の人に確認して下さい。遅い時刻になるほど長蛇の列でした。



楽器体験コーナー、というのがあるのですが、大人の方向けに平たく言いますと、YAMAHAの電子楽器デモブースだと思って頂ければ宜しいかと思います。体験できるのは、電子ドラム、電子ピアノ、サイレントヴァイオリン、サイレントチェロ、エレクトリックヴァイオリン(五弦・・・C、G、D、A、Eすなわちヴィオラからヴァイオリンまでの音域をカヴァー。ドラマの中で峰君が弾いていたのはこれだそうです。これさえあれば、ヴィオラパートはショスタコーヴィチも楽勝!と言いたいところですが・・・そのためにはスピーカーもいります!)・・・トランペットの音もしていましたが、息子が興味を示さず、電子ものかどうか確認出来ませんでした。YAMAHAでは最近、声を出すとそのままトランペットの音になる、という電子楽器も出していますから、それなのかなあ。

実は、みんな電子楽器ではなくて、ヴァイオリンやチェロなら木の、ラッパなら金属の「ホンモノ」を期待して行ったのですけれど・・・ま、そういうものではありませんので、これから行かれる方はご承知置き下さい、ということで。
※(12/24付記)島村楽器が、実物楽器のブースを出すそうで・・・今日行けばあったのかしらん?



小規模ですが一番おもしろいのは、ドラマで使った品々の展示コーナー。
ケータイで少し写真は撮ってきましたが、出かける方のためにはお楽しみにとっておくべきかと思いますので、掲載しません。有る物を報告するブログなんかもあるかもしれませんが。。。あ〜、迷うけど、言わずに置きます!


他のブースは基本はショッピングブースです。「のだめマート」は正面から見て右手は<のだめバッグ>などを売っており(ああ、バッグは高かった!2つも買わされた!イタかった!)、左手(出入口寄り)は新星堂の出店で、「のだめ」関連CD、書籍、音楽監修者の茂木さんの著作2点3冊、楽譜を販売しています。


真ん中は今日は休憩スペースで、電気ゴタツが2箇所ありました。電気につながっていないから、あったかくも何ともありません。ですが、うちのガキは変わりもんなので、そこに足を入れて10分以上もご満悦の静かな笑みをたたえておりました。。。この変わり者ぶりは、遺伝か?


以下、基本情報です。

日時:12月23日〜31日、毎日11:30〜22:00(31日のみ元旦3時まで)
会場:東京国際フォーラム展示ホール
最寄:JR山手線「有楽町」駅、東京メトロ・都営地下鉄「日比谷」駅(A2出口)

※会場へは、JRの線路沿いに行った方が分かりやすいです。
 有楽町駅の北側出口の右手にビックカメラがあります。
 ビックカメラの北側の大きな通りから行くと、会場がどこだか分からず
 迷います。(地下なので余計に分かりづらいです。)
※(12/24付記)東京駅からでも5分くらいで行けるんでしたね。
東京駅からなら、有楽町・日比谷方面からよりも分かりやすいでしょう。

飲食:7店出店。ただし、明日24日までは2店のみ(?)
※・・・パンフに誤植があり、他5店出店がが明日17:00からなのか明後日17:00からなのか分かりません。



イベント予定:
25日〜奥村愛&内海源太(STAGEA)コンサート>17:30〜
    武蔵野音楽大学金管五重奏>19:00〜、20:30〜
    オペラアリア・クリスマスソング>19:45〜、21:15〜

26日〜のだめカンタービレ杯>管楽器12:30〜、ピアノ17:00〜

27日〜同上(オーケストラ部門)15:00〜

28日〜国立音楽大学クラリネット・アンサンブル>17:30〜、18:15〜
    東京メトロポリタンブラスクィンテット>19:00〜、19:45〜
    rush!&下村真有美(D-DECK)コンサート>20:45〜

29日〜デュオ内田>17:30〜、19:45〜
    フルート・トリオ>18:15〜、20:30〜
    弦楽カルテット「Aqua」>19:00〜、21:15〜

30日〜のだめオーケストラ ピアノ&カルテット>15:00〜、20:30〜
    ※オーケストラの演奏ではなく、室内楽です。
    「カノン」コンサート>16:00〜、19:30〜
    SUEMITSU & THE SUEMITH>18:00〜

31日〜カウントダウンコンサート関係が13:00より盛りだくさん。
    23:30からのカウントダウンコンサートには、
    山下洋輔さん、指揮者:本名徹次さんが出演

他には28、29日に「キッズプログラム」というのがありますが、事前募集した子供さんと書道家さんが「書くって楽しい!」イベントを公開する、というものだそうです。

ということで、基本的には「のだめ」ファンの大人向けイベントということになりますね。

3時間もいましたので、疲れました・・・寝ます。

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2006年12月22日 (金)

忘れ得ぬ音楽家:2)山本直純


山本直純フォーエヴァー~歴史的パロディー・コンサート

有名な「ホフナング音楽祭」というのがあります。
オーケストラ奏者たちの生態を奇抜なカリカチュアにして一世を風靡したイギリスの漫画家、ホフナングが、1956年に創始したものです。
絵だけで飽き足らなくなったホフナングが、「クラシック」と呼ばれる音楽そのものまでをカリカチュアにしたくなったものでしょうか。そのために彼はペンではなく、音そのものを、実際に演奏するオーケストラそのものを必要としたのでした。
そのコンサートの内容たるや、「クラシック」の名曲をコラージュしたり、あるいは名曲の間にジョークとなるような演奏を挟んだり、およそ楽器とは思えないようなものを楽器に使ったり、と、様々な工夫で「通(ツウ)」を抱腹絶倒させるという代物で、ホフナング生前には2回行われています。
ホフナングの死後は夫人とその協力者たちによって継続されていましたが、最近の動向は私は把握していません。
CDは何回分か出たかと思いますが、映像は1992年にプラハで収録されたものが手に入ります。
ホースでレオポルト・モーツァルトのホルン協奏曲を演奏したり、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番を、ディキシー風のバンドを登場させるなど「さんざん」な編曲でおおいに笑わせてくれたり、と、今見ても楽しい音楽会です。

この「ホフナング音楽祭」に触発されて、
「じゃあ、日本でもっと面白いものを」
と企んだ人物がいます。
山本直純さんでした。
「ウィット・コンサート」という、1967年から1972年まで実施されたシリーズが、ホフナングへの対抗企画です。
もっとも、私にとっては、かようなコンサートがあったというのは、ついこの間まで「伝説」に過ぎませんでした。

まさか、CDがあるとは、夢にも思っていませんでした。
その存在を「くわしっく名曲ガイド」で知らされたときには、慌ててCD探しにすっ飛びました。

直純さんといえば、子供時代のボクらにとってはTVスターで、まず何と言っても「森永エールチョコレート」でしたし、その存在を大きく感じさせられたのは、「オーケストラがやって来た」でした。これは1972年から1981年にかけて10年間も続いた番組だったそうです。ときどき「小澤征爾」が洒落た服装で登場すると、もう画面にかぶりついて見ていました。直純さんと小澤さん、さらには岩城宏之さんが兄弟弟子関係だったということは、中学生のときに雑誌で知りました。
でも、TVでも「お笑い」みたいなことばっかりやっているし、雑誌で喋っても、内容は「酒飲んで二階から飛び降りた」みたいなことばかり。写真が載っていても、「弟弟子のあまりの優秀さに世をはかなんで死のうとフラフープで首つりを試みているところ」って具合で、およそ真面目に「音楽」している人とは全く感じられませんでした。

大人になってしばらくしてから、
「我々の中でいちばん耳がいいのは、何と言っても直純さんだ」
ということを、岩城さんと小澤さんが別々の本の中で、しかし異口同音に発言しているのを読んだときには、ですから、大変仰天しました。
そこまで「耳のいい」人が、なんで岩城さんや小澤さんのような名声への道を辿ることをしなかったのか・・・名声というのが凄いことだ、という信仰をまだ持っていた頃の私には、全く納得のいかないことでした。

直純さんのご著書に
「オーケストラがやって来た」
「ボクの名曲案内」
というのがありました。「やって来た」の方は、出たての頃に読んだので、実家のどこかにあるはずです。
直純さんの没後、この二つの著書が1冊になって復刊されています。標題は直純さんの代名詞とも言える「オーケストラがやって来た」の方が採用されています。
この復刊本の「前書き」より前に、小澤さんが<直純さん、ありがとう>という、淡々とした談話を提供しています。そこにこんな言葉がありました。

Naozumisanぼくが二十四歳でヨーロッパに渡るとき、直純さんにこんなことを言われました。
『音楽のピラミッドがあるとしたら、オレはその底辺を広げる仕事をするから、お前はヨーロッパへ行って頂点を目指せ。征爾が日本に帰って来たら、お前のためのオーケストラをちゃんと日本に用意しておくから』
(『オーケストラがやって来た』 ii頁、実業之日本社 2002)

・・・そういうこと、なのでした。

「ウィット・コンサート」に戻ります。
CDは、『山本直純フォエヴァー〜歴史的パロディコンサート〜』というタイトルで、コロンビアから出ていました( COCQ-83645-46)。うかつなことに、もう3年前に出ていたのを、私は知らなかったのでした。
本音で言って、ホフナング音楽祭より大笑いできただけでなく、ショッキングでもありました。
音楽はどれも当時までに有名になっていたヨーロッパのクラシックの「さわり」を軸にした接続曲です。1967年の<交響曲第45番『宿命』>・志ん朝のナレーションによる、狸の登場する<ピーターと狼>・アンコール<星条旗よ永遠なれ>は、初年度の聴衆の熱狂ぶりを知らしめさせてくれますし、68年のピアノ狂騒曲『ヘンペラー』(独奏:伊達 純)と69年のヴァイオリン狂騒曲『迷混』(独奏:ルイ・グレーラー)は、曲の接続の巧みさ、それを見事に演奏しのける独奏者にただ圧倒され、もう笑いを通り越してある種の感銘が会場に漂っているのまで伝わってくるようです。

それにしても、曲をただ繋げるのではない。
名曲の名旋律に似た日本の歌を、和声が崩れようがどうなろうが平気で重ねたり、音楽が突然ディキシー調になったり、カントリーになったり。。。コンマスのグレーラーさんも知恵を貸したそうではありますが、カントリー部分は直純さんが確実にコープランドの音楽を熟知していたことを示しているように感じます。
特に壮絶なのは、ヴァイオリン狂騒曲『迷混』で、オケのヴァイオリン全員がヴィヴァルディのイ短調協奏曲を、それこそヴァイオリン教室に通う子供が弾くそのままのへたくそさで弾く箇所です。これは、教養主義で育児をする母親たちへは、こんにちでも充分通用する、強烈な皮肉です。そのあたりは、是非、実際にCDをお手に取って耳を傾けてみて下さい。

まあ、しかし、当時の日本フィルの人たちが、よくぞこんな「とんでもなく複雑な」音楽を演奏し切ったものだ、と、それにもビックリしてしまいました。お聴きになってどうお感じになられるかは分かりませんが、当時の世界中のオーケストラと比べても、私はこれは高水準に位置する演奏技術ではないかと思います。

出てくるフラグメントは豊富な作曲家陣の手になるものではありますが、少なくともこのCDに収録されたものには、直純さんの、ベートーヴェンへの素直な畏敬の念が染み込んでいます。『宿命』だの『ヘンペラー』だのと、標題こそふざけてみせてはいますが、日本の歌を上乗せした「大笑い」の部分であっても、芯にしているベートーヴェンだけは、絶対に破壊しない。『迷混』でのメンデルスゾーンやチャイコフスキー、その上バッハまでもがかなりコケにされているのを聴いたあとで『宿命』を聴き直すと、そのことが一層強く印象に残ります。

こうした編曲を、直純さんは「クラシックマニア」の為に、と考えてやったわけではないのだろうな、と、どうしてかは言葉になりませんが、そう思わされざるを得ません。オーケストラだって面白いことが出来るんだぞ、真面目なだけが取り柄じゃないんだぞ、そう直純さんは言っていたのでしょうか?・・・いや、それではまだまだ直純さんの思いとは隔たりがありそうです。

とにかく、彼がはっきり自覚していたのはこういうことでしょう。

「これは、クラシック、ではないですからね! 間違えないでちょうだいね!」

彼には、ちょっと早かった晩年まで、大阪で「1万人の第九」を続けた、という業績もあります。が、こちらは私は関西人ではないために、意義を語る資格は全くなかろうかと思います。

「ボクの名曲案内」でベートーヴェンのレオノーレ序曲第3番を取り上げ、直純さんは誇らしげに書いています。

「ボクは、実は中学高校時代、七年間にわたってこのレオノーレとともに育った。」

なぜこう書いているかの理由は、『オーケストラがやって来た』をお読みになって探して頂ければ有り難く存じます。

2009年1月27日附記:『宿命』のアイディアは、先日『クラシック埋蔵金』を出版なさった玉木宏樹さん(4年間、直純さんのもとにいらしたとのこと)のアイディアをはじめ、当時のお弟子さんの手がかなり加わっているとのことです。・・・それが、直純さんのお弟子さんたちには、キツかったけれどかなり勉強になった由。

・参考

<>
ホフナング音楽祭・ライブ
DVD ホフナング音楽祭・ライブ

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント

発売日:2004/06/23

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2006年12月20日 (水)

音楽をテツガクする?

「中国の古代音楽」も、シューマン・モーツァルトの次の曲も、「忘れ得ぬ音楽家」の次の候補者も・・・ああ、みんな決まっているのに、資料を消化し切れない!
それというのも、シカクシカクに無縁だったはずのワタクシがついに四角勉強、じゃない、資格勉強をする必要に迫られているからでありまして・・・

でも、「ブログやるなら毎日何か綴れ!」というのが最初のご指導(誰からだっけ)だったので、10分で間に合わせを綴ります。

とは言っても、最近本当に<面白れえ!>と思った本の紹介ですので、まあ、「場つなぎ」とばかりも言えないですヨ。

とにかく面白いのは、コレ。



音がなければ夜は明けない


Book

音がなければ夜は明けない


著者:山下 洋輔,筒井 康隆,村松 友視

販売元:光文社

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読んで行くと、
「あ、この人、清純派であるこのボクなら付き合えない!」
なんて人から、
「忘れてたけど、大好きだったなあ!」
なんて人まで、実に多彩で多才な人が、山下洋輔という懐の広い人物に「音楽についてこういうことを書け!」と無理強いされて、そのくせみんなまんざらでもない様子で、それぞれの音楽観を自由自在に語っているのです。
「ワシの音楽観、これでいいのか?」
という人も、
「オレ様にとって音楽とはこうだ!」
という人も、絶対読んでみて下さい。
喫茶店でいちばん安いブレンドを飲み、いちばん安いサンドウィッチを昼飯にほおばりながらこの本を読むあなたの脳ミソが、頁を開いたとたん、カオスに陥る不思議な魅力にとりつかれ、つい午後の始業時間も忘れてテツガクしてしまうこと、請け合いです!

上掲書では卒倒してしまう清純派のあなたにはこちらをお勧めします。



私が独裁者?モーツァルトこそ!―チェリビダッケ音楽語録


Book

私が独裁者?モーツァルトこそ!―チェリビダッケ音楽語録


販売元:音楽之友社

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チェリビダッケの毒舌満載。叩かれている有名作曲家・同業者は古典派時代から20世紀まで数知れず。
でも、それより爽やかなのは、けなされた指揮者を代表して、
「天国のトスカニーニから」
チェリビダッケに感謝のお手紙が届いていて、その手紙までがこの本に載せられていること。
編集にチェリビダッケのご子息も関わっていることを考慮すると、
「やっぱり大陸文明はユーモアの幅が違う」
と、感動さえ覚えます。
(ついでながら、「天国のトスカニーニ」の手紙はカルロス・クライバーが<代筆>したものです。)

先日紹介した「音楽の現象学」に比べると、書籍の内容そのものは「純粋理性的」ではないですけれど、それだけに読者がテツガクする自由度が高いと言えます。

どちらかひとつでも、是非、読んでみて下さい!

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2006年12月19日 (火)

スコアを読む:ブラームス「交響曲第1番」(1)

「スコアの勉強部屋」カテゴリは、TMF演奏会でやる曲を中心に、当面自分自身の勉強をしたいと思って設けたカテゴリです(ので、丁寧語は使いません)。間違いがあったとき、異見がある場合、等コメントを頂けると嬉しいです。


当面の課題は3作曲家で4曲です。
・ブラームス:交響曲第1番、ヴァイオリンソナタ第1番
・グリーク:ピアノ協奏曲
・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番
資料情報がありましたら、是非お知らせ下さい。
※今日はブラームスの第1交響曲の1回目のレポートです。


ブラームス「交響曲第1番」

・第1楽章:(1)
・第2楽章:
・第3楽章:
・第4楽章:


<スコア>
・Breitkopf Urtext Studienpartitur PB3204(1991)〜読譜用
・全音楽譜出版社ISBN4-11-891101-9 c3073(1956)〜書込用
  (普段持って行ける大きさなので。音友のは大きくてダメだった。。。)
※日本版のスコアは区切り箇所等、見づらい。
   ブライトコップフ版と比べると歴然とする。
   音友版はブライトコップフ版と同じ大きさなので、ガッカリ。
   モトの版は、どこの会社なんだろう? これもいずれ探り出したい!
   (全音と音友で微妙に違うはずだが、後者未購入で確認し切っていない。)
   (2006年12月22日、音友版はオイレンブルクが下敷きらしいと確信。
    ただし、今出ているオイレンブルク版がいつ出たのかものかは、判明せず!
    ずるいそ、オイレンブルク!)

<メモ>
成立史から辿ろうかとも考えたが、
・手元にあるのはスコア2種、日本語文献3(創作史に触れているものは1冊のみ)だけ
・英文文献未着(2月か?)
・関連作品については情報収集中であり、かつ未理解でもある
・そもそも「成立史」を先にするのは、楽譜を読む勉強という主旨からすればしっぽと体が逆になるようなもの
ということで、やっぱり仕方がないので、ホントは最も難しーい「スコアそのものを読む」から始めることにするものであってあるのである!


第1楽章(1)序奏部

※「成立史」からいくと第1楽章では最後に作られた部分なのだとのこと。(ノリントンが言っていた。フリッシュ「ブラームス 4つの交響曲」には、クララ・シューマンが残した手紙から、第1楽章を構想したらしい当初【1962年6月】には序奏部がなかったことがわかる、とだけ述べている。訳書44頁。天崎さん訳のこの本、古本屋サイトでもなかなかみつからなかった。何でこういう良書が先に絶版になるのか、出版社の考えることは分からない!)
スコアを一通り読んでみると、ノリントンの言葉は「ホントなんだろうな〜」と思ってしまう。ホントじゃなかったらどうするんだ!?

※ 楽譜に書き込んだ方が一目瞭然のことばかりだが、手書きは汚くなっているし、PC上でやるには時間を食うので、それは後日アップする。

<概要>
1〜37小節。Un poco sostenuto c-moll 6/8拍子(8小節目のみ9/8拍子)
構成は5節(1〜8小節、9〜20小節、21〜24小節、25〜28小節、29〜37小節)
モチーフは大きく3種で、それぞれリスト化した通りの要素からなる。
・・・なお、各々のモチーフを表す略号は思いついたときにはどうしてその記号にしたかの理由があったはずだが、適切性に欠ける場合が多かったので、その理由は忘れたことにする。単なる記号として使う。)

<モチーフ>〜最初の8小節で出尽くす。
※主要主題(略号[M]):またの名を「姫」。ヴァイオリン2つ、チェロが担当 
(チェロはBr版ト音記号、全音アルト記号開始)
〜前半4小節上行、後半4小節は下降を軸とし、最後だけ未練がましく半音・半音と上行する。
・a:他のメンバーが先に行くのに、こいつは後ろが気になってが仕方なく、半音階を2拍ずつ繋留させることで「振り返る」仕草を見せる。1〜2小節目。bを挟んで3〜4小節目も(a'、ただしこちらは最後は全音下降)。
・b:2小節目後半(4拍目裏から6拍目まで)の16分音符による急速な上行型。「否、こうしてはいられないんだ!」との心のせかし役
・c:5小節目に現れるオクターヴ下降・6度上昇・3度上昇の音型。初登場のこの場面では16分音符でbとは逆の「ためらって<やっぱり戻るワ>と素早く後ろを振り返るためらい足」役。でいて戻るわけじゃないところが「姫」の性悪な、もとい、謙虚な性格を表している(のであろう)

※副主題(略号[LM]):またの名を「乳母」木管群(コントラファゴットを除く)およびホルン
ヒロイン[M]姫の脇にすがっておろおろしている風情、というところか。
・α:第1小節目。芯は3拍ずつの全音下降。次のβと一体と見なす方が妥当か?もしくは[M]a'と双子か?
・β:第2小節目:4拍目で半音、6拍目でさらに半音下降する。
・γ:第3小節目の、7度上行。
・δ:4〜6小節目の「シーー/シドレ」もしくは「ミーー/ミファソ」の音型。
・ε:7小節目。正体はオーボエにだけ隠されている・・・上行音型と見せかけながら、じつは「ラ・ソ・レ」もしくは「ファ・シ・ラ」の下降音型なのだ! 曲者である。。。38小節からのAllegroで、正体を遺憾なく発揮して現れる妖怪「般若」的存在

※ずっとなり続く低音(略号[OP]):トランペットの最初のひと吹き、コントラファゴット、コントラバス。最初の8小節はずっとC音でジッと我慢。後ろに控える、護衛役なのか黒子なのか背景画なのか・・・今のところ、そこまでは分からない。

「なんでもいいけどさあ、[M]姫、[LM]殿、早いとこどうするか決めてよ〜」

などという泣き言は言わない。えらい人たちだ。。。演奏者もそういう人格の人ばかりであって欲しい。。。
(だが、ひょっとしたら主部で牙をむき出すかも・・・不気味だ!)

以上のモチーフが38小節目以降の主題を作り上げる要素ともなっているのが非常に面白い。
が、その点は主部を読む時あらためてじっくり観察する。

<調性的特徴>
骨格は一貫してハ短調だが、次のような工夫で「神秘化」している。
・冒頭の音はC音のみ、25小節目フォルテシモの音はG音のみ。
・・・そうなんです、ここでは他の音は混じっていないんです
      気付いてましたかぁ?・・・と、音楽の神様にあざ笑われたボク。
  (でありながら既に短調を感じるのは何故?聞き慣れ? 
    25小節目ではティンパニはトレモロとなり、凄みを増している。)
・9〜20小節の部分は半音進行に聞こえるような書法をとっている。
  ところが、実は減五の和音で無調的に聴かせているだけで、骨組みは
  前半2小節は[LM]γの反行型、後半2小節は[LM]βを使用し、
  調も
    c moll - Ges Dur(= es moll) - c moll(増四度上行)
    Ces Dur(= b moll) - c moll(全音上行) ->ただし、f mollにゴールするが。
  という、ある意味でアルカイックな、したがって耳に優しい動きしかしていない。
・21小節(練習記号A)から4小節間、音はGとEsのみから成っている。
  ---25小節目から始まる新たな調性を不明確なままに保留する効果。
      (ト短調になるのだが、28小節後半でハ短調となる)

<カデンツの特徴>
(あってるかどうか分からん。。。)
・1〜8小節:ハ短調T〜S〜D〜T(〜S〜T)〜D
・9〜20小節:曖昧化〜D〜T〜D〜T〜(転調)〜D〜T〜D
・21〜24小節:曖昧化〜D〜T〜D〜T〜(転調)〜D〜T〜(転調)〜D〜T〜D〜T〜S(=下属調S)
・25〜28小節:T〜Sでハ短調へ。
・29〜37小節:D〜T〜S/D〜T〜S〜S〜S〜D

以上。

*読解内容未記入ですが、レポートをチェックし私に訓戒を与えて下さる方のために、ブライトコップフ版スタディスコアの序章部部分(3葉)は掲載しておきます。
全3頁。
P.1
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P.2
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P.3
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2006年12月18日 (月)

のだめのいいとこ:10)Frei, aber froh !


のだめカンタービレ (9)

どんでん返しをちゃんと用意して、きっちり最終回に備えたエンド。
・・・あれえ、やっぱり、九州へは、行くんですねえ。。。
そうこなくっちゃ! ではあります。

原作の各場面を、人が演じるものならでは、に、よりリアルに転換する・・・
本を仕立てた人も、演出した人も、演じた人も、素晴らしい。

今まで私を除いて笑いっぱなしだった家族も、本日は家内だけはホロッときていたようでした。
のだめが、バスの中で鬼と化して譜面を指で追う場面が、それでした。

多賀谷彩子が「いい女」で、大人の恋の終わりかたを見せてくれた場面、
・・・娘は将来ちゃんと参考にするだろうか。。。
・・・いや、その前に、この父よりいい男に出会えるなんて、有り得るのだろうか!?

やっと出て来た紀之君、しっかり自己主張。

峰君、最高。ああ、自分の昔を見るようだった。。。

ナンテ。
(あれくらいカッコよくて思い切りが良かったら、ホントにいいオトコだったんでしょうけどね。)
瑛太さん、メイクのせいだけでなく、回が重なって、本当にお顔が変わりましたよね。
すごいことだなあ。。。

瀬川悠人とのだめのピアノ、弾き分けていらしたのは、やはり演奏者に脱帽でした。
上野樹里さんの演奏姿、迫真、などという言葉では尽くせなかった。
R☆Sオケのみなさんの涙も、素晴らしかった。
来週はもっと素晴らしいでしょう!

「自由に楽しくピアノを弾いて」〜何がいけなかったのか?
コンクールだから?
まわりのひとが勉強勉強って言うから?
・・・それとも?

きっと、みんなの涙が、来週その答えを僕たちにくれるに違いなかんべ!

サントリーホールにハズレてしまったワタシ。
もう他に言うことはございません。
最終回では何も語れないかもしれません。

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2006年12月17日 (日)

新モーツァルト全集の無償PDF公開

な、なんと、「新モーツァルト全集」が無償公開されました。PDFでダウンロードできてしまいます!


今日は綴れることがないのですが・・・(ここのところ「あれも聴きたい、これも読みたい」と買い込み過ぎて、なにひとつ完全に消化していません)。

(08.01.21リンク修正しました。)

生誕記念年だった某作曲家の全作品解説本が、予定日を遥かに過ぎてやっと出ました。
で、楽しみにしてちょっとお店で立ち読みしたのですが、
「音楽学の学者さんって、これくらいのお仕事で満足なさるの?」
という内容で、翻訳者の皆さんも専門家ばかりだそうですが、最近手にしている、別の作曲家の音楽解説書に比べて、翻訳者による付加価値も見いだせず、ガッカリして購入しませんでした。・・・そちらの訳者は音楽ではなく、社会学を勉強なさった方です。ある別の音楽学者さん(日本人)の著作に原著及び翻訳を文献リストに載っていますが、リストに載せた音楽学者さんの該当する部分の記述は
「文献を本当に熟読したのだろうか?」
と疑問になるほど、関連情報については的をはずした議論を書きなぐっているように・・・自分に都合のいい解釈を施すためにだけ突っ走っているように見受けます。

全ての音楽学者さんがそうだ、とは思いたくありません。
ですが、作品解説のような、小事典として使いたくなるこの手の内容だったら、編纂については歴史学者さんの方が遥かに優れています。
たとえば、日本史関係の「便覧」的な本でも、中世史関係なら素人には中世史が俯瞰できるように、専門的な学習者向けには文献等の所在が明確に分かるようになっています。
「日本史だから当たり前じゃないか」
と言われそうですが、日本人の手になる世界史の啓蒙的な便覧書にも、典拠を示すだけでなく、使い手が著者の論拠を日本語翻訳で探しやすいような便宜まではかってくれる丁寧な作りのものも少なからずあります。
あるいは、演奏家の方が、よっぽど良い本を書けるほどの研究をしているのではないか、とも感じます。
ただし、演奏家はよりよい演奏に資するために研究するのですから、研究書を書くまでのゆとりはないでしょうし、あってもイケナイのでしょう。。。残念ですが。(極めて少ないとはいえ、ラインスドルフやパドゥラ=スコダ、朝比奈隆など、「演奏のための」楽譜の読み方を徹底的に教えてくれるものも皆無ではありません。ピアノですと日本の人にも著書が多いですね。)

まあ、ガタガタ言っても仕方ありません。
実は、その「全作品解説」をネタにするつもりでいたのですが、パーになってしまって、つい愚痴に屁理屈を上塗りしてしまいました。

代わりに、JIROさんに頂いた貴重なネタを、再度、きちんと公表してお茶を濁します。
(というか、この記事のトップに、もうリンクを貼りました。本文まで読んで下さった方、愚痴に付き合わせて大変申し訳ありませんでした。)

実は、昨日"Exultate, jubilate"の記事を綴った末尾に載せました通り、新モーツァルト全集がPDF形式で無料ダウンロード出来るようになった、というビッグニュースなのでした。

・・・それだけ、なんです。ホント、失礼しました。
まずは記事冒頭のリンクから実際に覗いてみて下さい。
それで充分、今日のお粗末のお詫びになるかと存じます。

JIROさん、あらためて情報ありがとうございました。)

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2006年12月16日 (土)

Mozart:Exultate, jubilate K.165

モーツァルト作品関係の記事は、ケッヘル第1版番号順のリストを作ってあります。
こちらをご利用下さい。


「ルチオ・シッラ」一応の成功の置き土産として、ヴォルフガングがミラノに残して行ったソロ・モテットが、この有名な「エクスルターテ・ユビラーテ(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)」です。
これがイタリアのための最後の作品になる・・・もう二度とイタリアを訪れるチャンスはない、とは、当時のモーツァルト親子は考えだにしていなかったでしょう。。。
アルフレート・アインシュタインは自著の中で、この作品が声を独奏楽器とした見事な協奏曲である、という点に手放しの賛辞を贈る以上には、饒舌になることを避けています。
海老澤敏教授は、この作品のオペラ的華やかさがモーツァルトの他の宗教作品に限らずハイドン等古典派時代のキリスト教作品に共通してみられる特徴であること、それ故に19世紀中葉盛り上がった禁欲的な<セシリア主義>から目の仇にされ、以降20世紀に至るまで(深刻な作風である若干の例を別として)モーツァルトやハイドンの宗教音楽が「献呈先の王侯貴族から貰える金を目当てにしたものだ」と不当に評価された経緯を丁寧に記述しています(「超越の響き」405〜411頁)。
「エクスルターテ・ユビラーテ」の自筆譜は第二次世界大戦で逸失してしまった、と長い間信じられており、新モーツァルト全集編纂にあたっての典拠は、そのためザツツブルクにある筆者譜によらざるを得なかったはずです(レオポルトが重用していた写譜家の手になるもの、だったと思いますが、この件は Carus版スコアの曲末尾にドイツ語の注釈はあるものの私は読みとばしてしまっています。誤りでしたら是非ご指摘下さい、感謝してお受け致します。なお、新全集でのこの作品の楽譜は1963年校了)。
ところが、1977年、ポーランドのクラカウに、戦時中多くの貴重な自筆譜類が疎開していたことが判明、かつそれらをポーランド政府が東ベルリン(当時)に移譲するという劇的事件があって(そのなかには「ジュピター」交響曲の自筆譜も含まれていました)、その中から運良く「エクスルターテ・ユビラーテ」の自筆譜も再発見されたのでした。
これにより校訂しなおした楽譜は2000年にシュトゥットガルトのCarusから出され、2006年(今年)、ポケットスコアのかたちで私たちも容易に手に出来るようになりました。
自筆譜再発見そのものからは、第1曲と、続くレシタティーヴォの歌詞が、新全集版を含む従来流布していた楽譜とは異なっていることが判明しています。
またCarus版と新モーツァルト全集版をざっと見比べただけでも、以下のような点に違いが確認出来ます。

・真偽不明だったスラーが、自筆譜によりほぼ確実に分かり、Carus版に反映されたこと。また、不自然だった第1楽章47小節目のフォルテッシモも、フォルテに是正されている。

・Carus版では作曲後に付け加えられたと思われる従来楽譜のスタカートを除去するとともに、新モーツァルト全集ではすべてダッシュ型で表示されていたスタカートを、ダッシュ型とポイント型に区別した(とくに第2楽章)。

・Carus版が自筆譜に忠実な数字付低音記載を行なっていると見なし得るならば(最初の頁のファクシミリしか掲載されていませんが、それと比べる限り、全部ではないが大部分が自筆譜で是正されたとみなして差し支えないように思われます・・・残念ながら、またもスキャナトラブルで、引用掲示できません)、自筆譜が低音に付した数字は新全集版の典拠とした楽譜よりはシンプルで、したがって即座の演奏にはより実用的であること。

・レシタティーヴォは新全集版は和音を補っているが、Carus版はバス音と数字のみを印刷しており、自筆譜では「ルチオ・シッラ」(や「ドン・ジョヴァンニ」)同様、もともと和声を補った書き方はとっていないこと

なお、曲の構成は以下の通りです。(なお、Carus版の修正を反映した演奏の実施ないし録音のCD化については、私は情報を持っておりません。ご教示頂ければ幸いです。)

・第1楽章(アリア1): Allegro ヘ長調、129小節
・レシタティーヴォ 12小節
・第2楽章(アリア2): Andante イ長調 115小節
・第3楽章(アリア3):アタッカで。 Molto allegro ヘ長調 159小節

初演は1773年1月17日、ミラノのサンタントーニョ・アバーテ教会にて。初演歌手は「ルチオ・シッラ」のプリモ・ウォーモであったカストラート、ヴェナンツィオ・ラウッツィーニ(当時25歳)(カルル・ド・ニ「モーツァルトの宗教音楽」80頁、他参照。なお、ソロモテットのクヴァンツによる定義については、ド・二の記述の他、海老澤前掲書に邦訳がありますので、ご参照下さい。)

※新全集版(ペーパーバック)は第3分冊の頁通し番号で385頁( Serie1 WERKGRUPPE3 S.157)
※Carus版は "Werke zum Kirchenjahr"115頁から。 ISMN M-007-08739-5

なお、JIROさんから教えて頂き驚愕したのですが、新全集版の楽譜は無償でPDFにて入手できるようになりました!ワシ、なんのために全冊買ったんや!  (T_T)
・・・まあ、印刷手間を考えれば冊子で持っているのはいいことですから。。。
とはいえ、コピーしての利用に頼らなくて済むのは、アマチュアの演奏のためにも多いに有り難い話です。ご活用下さい。
(パート譜は、別に購入が必要です!)

"Exultate, jubilate"の現在出ているCDいくつか:
タワーレコードのサイト
HMVのサイト

関連書籍:
超越の響き?モーツァルトの作品世界
モーツァルトの宗教音楽

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2006年12月15日 (金)

チェリビダッケ 音楽の現象学


チェリビダッケ 音楽の現象学―28のオーケストラとのコンサート記録付

「古典」となるべき本を発見しました。

勤め帰りに、娘に頼まれたCDを買おうと寄った店で見かけ、頼まれたCDを見捨てて、すぐこちらを手にとってしまいました!
11月には出ていたんですね。知らなかった!

電車の中で、ほぼ一気に読みました。
母国でも未出版の「講演テープ筆記原稿」が、なんと邦訳で出版されたのですから、貴重です。

まず、チェリビダッケの講演そのものは47頁。
それに先立って挨拶ないし講演をした方の分は23頁。
講演後の質疑応答が13頁。

短い。
簡潔。
しかし、難解。
哲学と数学にも深い素養を示していたというチェリビダッケですから、文字通りの本当の「現象学」上の用語が駆使されていて、それに目くらましされると、先を読むのが覚束なくなります。

ところが・・・「目くらまし」さえうまく逃れる方法を見つければ、実に分かりやすい。

素人は、作曲家の書簡集やエッセイにはその人の作品についてあまりに触れられていないことに愕然としたりします。
で、ピアノ曲はピアニストの、管弦楽曲は指揮者の「解釈(そう呼んでいいのなら)」で綴られたものが案外豊富にありますので、ついそれらを頼りに音楽作品を理解したようなつもりになったりします。

チェリビダッケの、この講演録は、その点、まったく異なります。
彼が本講演の中で語り、ディスカッションで答えている話は、具体的な音楽作品とは一切関わりがありません。
彼が語っているのは「音楽そのものとは何か」、のみです。

講演の初めの方で、彼が導入として語っている言葉の中から、一節のみ引用します。

「音楽は、今在る何物かではないのです。唯一無比の条件のもとで、何かが音楽に成り得るのです。そして、この何かとは、響きです。つまり、響きは音楽ではないが、響きは音楽に成り得るのです。」

じつに、明解です。と同時に、難解です。

明解と難解が、少ないページ数の中に集約されている・・・まさにこの点に、本書が「古典」となっていくしかるべき品格を感じざるを得ません。
(日本の古典で言えば「花伝書」のような実用を目指したものよりも、藤原定家の思想の結晶とも言うべき「毎月抄」に相当する、と言うべきかもしれません。)

私が電車のなかで夢中で貼付けた付箋は、講演部分とディスカッション部分を併せ、今数えたら19に達していました。これらの部分の総ページ数の、3割強が、即座に心に突き刺さった、というわけです。

音楽を模索している誰にでも、それぞれの方によって違いはあったとしても、同じくらい、あるいは真面目な方だったらもっとたくさん、この本から「出会い」を見つけて頂けることを、保証します。

(ついでながら、なぜチェリビダッケが「録音」を避けて来たのか、という点についても、「録音嫌いだったから」という俗説ではない、彼にとっての真実が、この講演録の中から浮かび上がってきます。チェリビダッケがお好きな方にはとくに、必読と申し上げたく存じます。・・・じつのところ、私はチェリビダッケの強烈なファン、というわけではありません。それでも本文の3割に、あっという間に目から鱗を落とされたのです。そのこともご勘案頂ければ幸いです。)

チェリビダッケ 音楽の現象学―28のオーケストラとのコンサート記録付 アルファベータ社

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2006年12月14日 (木)

2007年が記念年!

某BBSで近代の何人かの名前が飛び交っていて面白くなりました。
で、どんな作曲家・音楽家たちが記念年、というより、生没10年キザミを迎えるのか、ちょっとリストにしてみます。

オケゲム:1497没(没後510年)
モンテヴェルディ:1567生(生誕440年)
リュリ:1687没(没後320年)
ブクステフーデ:1707没(没後300年)
ヘスラー:1747生(生誕260年)
テレマン:1767没(没後240年)
ドメニコ・スカルラッティ:1757没(没後250年)
ヨハン・シュターミッツ:1757没(没後250年)
プレイエル:1757生(生誕250年)
アドルガッサー:1777没(没後230年)
ヴァーゲンザイル:1777没(没後230年)
グルック:1787没(没後220年)
レオポルト・モーツァルト:1787没(没後220年)
シューベルト:1797生(生誕210年)
メユール:1817没(没後190年)
ベートーヴェン:1827没(没後180年)
フンメル:1837没(没後170年)
フィールド :1847没(没後160年)
メンデルスゾーン:1847没(没後160年)
チェルニー:1857没(没後150年)
エルガー:1857生(生誕150年)
ボロディン:1887没(没後120年)
ブラームス:1897没(没後110年)
コルンゴルト:1897生、1957没(生誕110年、没後50年)
ヨアヒム(ヴァイオリニスト):1907没(没後100年)
グリーク:1907没(没後100年)
フォルトナー:1907生(生誕100年)〜オペラ『血の婚礼』初演50年記念
松平頼則:1907生(生誕100年)
尹伊桑:1917生(生誕90年)
ラヴェル:1937没(没後70年)
ガーシュウィン:1937没(没後70年)
シマノフスキ:1937没(没後70年)
シベリウス:1957没(没後50年)

・・・うーん、名前しか知らない人も、全然知らない人もいるゾ!
(これでも知らない人は省いたんですけれどね。)

きりのいいのは、ブクステフーデ、D.スカルラッティ、J.シュターミッツ、プレイエル、チェルニー、エルガー、ヨアヒム、グリーク、コルンゴルト、フォルトナー、松平頼則、シベリウスの12人ですかね。

それにしても、生誕記念は9人。没後記念が25人。あれまあ。

ウィキペディアで見つかった人物名にはウィキペディアへリンクを貼りました。
見つからなかった人は、探した中で人物概要などが少しは分かるかな、というものを選びました(へスラー、アドルガッサー、ヴァーゲンザイル、ヘスラー、フォルトナー)。これらの人たちについてもっといいサイトがあったらお知らせ下さいますよう、伏してお願い申し上げます。 m(_ _)m

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2006年12月13日 (水)

忘れ得ぬ音楽家:1)岩城宏之

(このカテゴリで取り上げる方たちとは、私はTV画面上で一方的にしかお会いしていないか、お会いできても末席でお話を聞いていたか、程度の接点しか持っていないのが普通です。失礼の無いようには気をつけますが、ヘンな点があったらご指摘頂れば幸いです。)



子供のとき、オーケストラ番組を見ていたら、真中に立っている人が何やら次々に色紙を・・・もっとも、白黒テレビでしたので、色まではわからなかったのですが・・・とにかく、色紙を次々にとっかえひっかえ掲げていました。で、紙が変わると、たとえばクラリネットの人たちがお面をつけて出てきて、ひとしきり音楽らしき不思議なものを吹く。で、次に紙が変わると、クラリネットの人が引っ込んで、ラッパの人たちが出てきて似たようなことをする。あるときには、どっちの楽器の人もいっぺんに出てきたりする。
記憶が定かではないのですが、こんなヘンテコリンなオーケストラ番組を見たのはそのときが初めてでした。
(12月17日付記:「色紙」というのは記憶違いで、アルファベットか記号を書いたカード・・・それも手品用の大型とランプみたいなヤツだったかも知れません。イタリア人作曲家の「マスク」という作品ではなかったかなあ〜。。。ご存知の方、教えて下さい!)

「君はどうしてクラシック音楽なんか好きになったの?」
とは常々聞かれる質問で、だいたい私はこう答えます。
「宇宙飛行士にあこがれていて、プラネタリウムに良く通っていたんですけどね、そのプラネタリウムで、場面の変化にばっちり合わせて<新世界より>の第2楽章がバックグラウンドに流れたんです。それでコロッときました。」
自分でも、長いこと、このとおりだったと思い込んでいました。

3年程前に気の病になりまして、それから妙に昔のことをクドクド考えてしまうときがあります。
すると、自分にとって音楽の原風景としてよみがえってくるのは、どうも、<新世界より>では、ない。
あのプラネタリウム経験よりずっと前から、家で大声で音痴な歌を歌うのが好きだったし、テレビでオーケストラをやっていると、かじりついて見ていたような気がします。

で、中身こそちゃんと覚えていないものの、初めて
「へえ、こういうのもあるんだ!」
面白い、と感じたのは、どうも、上に綴った「色紙とお面」のシーンだったようです。

色紙を掲げていたのが、岩城宏之さんでした。
岩城さんの名前は、ほぼ確実に、このときのTVで覚えたのでした。
プラネタリウムとの前後関係は、忘れましたが。

で、岩城さんが何のためにとっかえひっかえ色紙を掲げていたのかというと、これは「指揮」というものだったのでした。だから、「指揮」というのがオーケストラでも小学校の先生と同じように「腕を振り回す」ものだ、と、ちゃんと知ったのは、もう少しあとのことだったはずです。

そう、岩城宏之さんは、「指揮者」だったのでした。

色紙で「指揮」をしちゃう、岩城さんという人が、私はなんだか好きになってしまいました。ほとんどはTVを通してしか演芸なるものに接する機会がありませんでしたし、祖母に連れられて演歌ショーとかクレージーキャッツ【ハナ肇・植木等さんたちのグループ】を見に行ってケラケラ笑った他には、木馬座(ご存知です?)の児童劇を見に行くくらいでしたから、ちょっと新しい見ものが出来た、という感じで、とても面白かったのです。
・・・「クラシック音楽」が演芸、と言ったら叱られますよね。きっとね。でも、私にとっては、岩城さんの見せてくれた「クラシック音楽」には演芸との境界線なんてまるでなかった。そのことには、ある意味、今でも感謝をしています。(これは、決して故人に失礼なことではないですよね?そうであって欲しい。。。)

学生時代と勤めてからと、ご著書も何冊か拝読しましたが、今は実家のどこかに埋もれています。ゴラクとしてしか読んでいなかったのですね。今度帰省したときに探せるだけ探してみようと思っています。

CDは、というと、最初の出会い方が出会い方だったので、現代物、それも黛敏郎さんと武満徹さんの作品を数枚持っていただけでした。黛さんのは「涅槃交響曲」と「曼荼羅交響曲」で、武満作品は「小沢征爾指揮で」を基本にしていたので、たぶん金沢で演奏なさった「系図」の1枚だけだったと思います。・・・これは、リーフレットも満足に読まずに聴いていて、
「岩城さんがオーケストラ・アンサンブル金沢でも出来るように規模を縮小して編曲した」
と知ったのはお亡くなりになった後でした。加えて、岩城さんも、小澤氏に劣らず武満作品の多くの初演、紹介に尽力していたことも、同じ時に知ったのでした。

訃報をネットで見つけて、ショックから大慌てでCDを探し回りました。
それから仕入れたCDの数々は、上の3枚と合わせて、後ほど御紹介します。

出された本は、
「あ、これ読んでもオレ、痩せられないや」
と、岩城さんが意地悪に思えて買わずじまいだった
<男のためのヤセる本>(タイトルを間違えているかもしれません)
を始め、いまはなかなか見当たりません。
最近かろうじて文庫3冊を発見し、1、2週間、むさぼるように読みました。
読んでいて、
「ああ、こんなにオーケストラを愛していた人って、他にいなかったのでは?」
と、大きな錯覚も伴いながら、故人の本であるにもかかわらず、げらげら笑いながら・・・でも、巻末に近づくにつれ、どの本にもホロッとし、胸をキュンと締め付けられたりしたのでした。

理由は分からないけれど、岩城さんをあまり評価していない人も、私の身近にはいます。人の常、というものでしょうか。
ですが、いまは私の感じたままに、(お会いしたことはないけれど)、岩城さんのステキさを強調したいと思います。(媚びる意図は全くありません。亡くなったかなに媚びて、何の得もありゃしませんし。)

こんな永遠の素人にも、本当に、音楽の・オーケストラの面白さに目を開かせて下さった方でした。
亡くなったあとでも、ご著書を通じて、なによりも人間の面白さを教えつづけて下さる方でもあります。

私の手に出来た文庫本とCDを、品名のみ(ちょっとはコメントつけて)ご紹介します。


<書籍(文庫本)>

光文社 知恵の森文庫
Ongakukyoshitu_1
「岩城音楽教室」2006年4月15日 2刷
*歯に衣着せぬ物言いがさわやかです。恩師の一人である斎藤秀雄氏の指揮教育について「リズムは点だ」と教えたことは間違いだ、と言い切っているお弟子は他にいらっしゃらないでしょう。それでいて、師にはかえって見込まれたのでしたし、いまも同門の人に憎まれることは無いだろう、と安心しきって読めるのは、やはり故人の人柄ゆえ、と、頭が下がります。


文春文庫
Sikinookeiko_1
「指揮のおけいこ」2006年2月1日 第3刷


Syokunin_1
「オーケストラの職人たち」2006年6月15日 第2刷
*どちらも著者の豊富な実体験によるエピソードに満ちていて、心を奪われます。
*「指揮のおけいこ」は、愉快ながら切ない本です。長年の同僚、外山雄三さんの「解説」も、今となっては、他の人では書けなかっただろう、岩城さんへの最高のオマージュです。
*「オーケストラの職人たち」などという本を書くほどに、スタッフにまで関心・好奇心を持つ指揮者は、後にも先にも岩城さんだけかも知れませんね。愛情に満ちた1冊です。


<CD(私の聴いたもの)〜末尾にまとめてアフィリを入れておきます>

黛敏郎「涅槃交響曲」N響
DENON(携帯再生機に入れていて、原盤は棚から取り出せず!)

黛敏郎「舞楽/曼荼羅交響曲」N響(1967/1965)
DENON COCO-70506

武満徹「弦楽のためのレクイエム」
外山雄三「ラプソディ/子守歌」
小山清茂「管弦楽のための木挽き歌」
渡辺浦人「交響組曲<野人>」
尾高尚忠「フルート協奏曲」(独奏:吉田雅夫)
メシアン「ばら色の扉〜5つのリュシャン/天国の色彩」
(N響 他:1961,1973)
追悼盤:KING KICC 3068

*以上の日本人音楽家の作品は、とにかく、これらの演奏で聴いてみて下さい。
  ホントはもっといろいろ、たくさん出ているハズなんですが
  ・・・お店で見つけたのは今のところこれだけです。
  ネットで探すと山ほど出てきます。

ブラームス:交響曲第1番・悲劇的序曲・大学祝典序曲
(バンベルク交響楽団:1968)
DENON COCQ84214
*大変興味深いのは、この演奏、曲からイメージされるしかつめらしさとは正反対の、明るい音色で満たされているのです。当時の岩城さんの性格と生き方を垣間見る思いがします。

ベートーヴェン交響曲全集(N響:1968〜1969)
追悼盤:DENON COCO 84209-13 5枚組+特典盤
*欧米のベートーヴェン交響曲全集にも、これだけ良質の演奏が揃ったものは殆ど無いと思います。2番、4番、6番、8番と、偶数番が揃ってよい演奏であり、かつ若々しいのが最大の魅力です。

三善晃「三つのイメージ」
武満徹「系図(ファミリー・トゥリー)」
(オーケストラ・アンサンブル金沢:2002/2003)
WarnerClassics WPCS-11722
*いずれも谷川俊太郎さんの詩による音楽。武満「系図」が岩城さんの編曲だということは、先に触れました。

権代敦彦「84000×0=0 for orchestra Op.88」
ブラームス:交響曲第2番
(オーケストラ・アンサンブル金沢:2004/2005)
WarnerClassics WPCS-11861
*権代作品については「のだめ9話」の記事の中でふれました。

ブラームス:交響曲第3番、ワルツ作品39-15(編曲者についての解説無)
間宮芳生「オーケストラのためのタブロー2005」
間宮芳生「コントルタンツNr.1<白峯かんこ>」
(オーケストラ・アンサンブル金沢:2005/2006)
WarnerClassics WPCS-11925(生前最後の録音・・・でしょうか?)
*リブレット中の間宮さんのメッセージは岩城さんの生前に書かれたものですが、少しだけ引用します。
「病をのり越え、のり越え、無限のエネルギーを感じさせる岩城宏之さんの仕事ぶりが、私にこの音がいっぱいつまったスコアを書かせた。」

で、聴くべき1枚は、と言われたら・・・
黛敏郎「曼荼羅交響曲」N響(1960年ヨーロッパ演奏旅行の際のライヴ。貴重な記録でしょう。)
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」N響 1996年、定期演奏会最後の指揮
追悼盤 NHK(キングレコード)KICC 3067
*カラヤン54年の単身来日時か、57年、59年のどの来日時か分かりませんでしたが、岩城さんは彼から<悲愴>を題材に指揮者の心得を訓戒されたとのことです(このこと自体には触れていないものの、「いわき音楽教室」の記述から推定するに、たぶん59年かなと推測しています。ですが、岩城さんが<悲愴>を指揮して本格デビューを飾ったのは1956年なのですけれど)。
「じゃあ、カラヤンと似た演奏なのだろうか?」
幸いにして、1954年単身来日したカラヤンがN響と残した<悲愴>の録音がCD化されています(DEUTSCHE GRAMMOPHON POCG-10175)。こちらは、まだ生長途上のN響によるとはいえ、本質的に後年ベルリンフィルでカラヤンが指揮したのとほとんど変わりのない、優雅で滑らかな演奏が求められていることは明確に分かります。
岩城さんの、1996年のライヴは、カラヤンのものとは全く異質です。岩城さん自身の、ベートーヴェンやブラームスの若き日の演奏とも、ぜんぜん違います。本場ロシアのものとも、似ていません。
ですが、こんなに素晴らしい<悲愴>を聴いたことはなかった。
演奏こそ巧みで艶やかながら、人間としてもっとも素朴な悲喜の発声が聴き取れる、日本という枠を越えた、独特な味わいがあります。

「極東の<悲愴>」。

これは、世界の人に、耳を傾けてもらう価値がある録音ではないでしょうか?



黛敏郎:涅槃交響曲
黛敏郎:曼荼羅交響曲/舞楽
武満徹:弦楽のためのレクイエム
ブラームス:交響曲第1番
ベートーヴェン:交響曲全集
武満徹:系図(ファミリー・トゥリー)
ブラームス:交響曲第2番
間宮芳生:オーケストラのためのタブロー2005(委嘱作品・世界初演)
チャイコフスキー:交響曲第6番

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2006年12月12日 (火)

雑感:「違法阻止」だけでいいの? 著作権

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まるわかり著作権ガイド
Book まるわかり著作権ガイド

著者:編集部

販売元:彩図社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

恥ずかしながら、一進一退の「ウツ」で、今日は欠勤。
朝のニュースで「著作権」のことが話題になっていたような気がしましたが、薬の関係でそのまま爆睡。
昼に目覚めて、喫茶店へ昼食をとりに行って、ボンヤリとシューベルトのことなんか考えていました。

「未完成交響楽」という映画のワンシーンです。

記憶の世界なので間違っているかも知れませんが、シーンは、シューベルトが長屋街の真ん中にある井戸端に行くと(って、もうこの時点で記憶が日本の時代劇になってます。チョンマゲを結ったシューベルト。)、水を汲むお姉ちゃんたちが
「わーらーべーはーみーたーりー、」
なんて、どっかで聴いたような歌を歌っている。
「あ、この歌・・・ボク、まだ出版していないのに!」
なんでみんなもう知ってるんだ? 
「あなたの作った歌って、楽しくってすぐ覚えちゃうのよ」
と、シューベルトに惚れてる町娘。
といったようなお話。

これ自体フィクションですし、かたいことを言えば、今の世の中で言う「著作権」とは異質なんですが、「歌」というものは、人間がそれを生み出して以来、すでに
「この歌はオレらの種族しか歌えない」
「この神様を信じていないものが歌ったら天罰が下る」
とかいった発想は、どうも、あったらしいのです。

ですが、そのことは、無視。

権利がどうの、って言われたって、流行る歌ってのは口伝えで広まりますよね。
「大きなのっぽの古時計/おじいさんの時計」
とかね。
一方で、今のまじめな作曲家がせっかく素敵な曲を作っていても、そしてそれが決して難しくない作品だったとしても、なかなか世に知られない。

で、シューベルトのシーンの次に頭に浮かんだのが、「Piano」臨時増刊「のだめ号」にある、服部隆之さんの言葉。
「曲は世に送り出したらひとり歩きを始めるものだから。」(43頁)

思い出した瞬間、私の脳内イメージは、早退した昨日、ガックリきながら乗った電車で目にしたポスター。
「音楽の違法ダウンロードは著作権侵害です!ゼッタイにやめましょう!」
みたいな文句。正確には思い出せませんでした。
(ついでながら「違法ダウンロード」という言い方だけでは、何が違法だか分かりませんよネ。なんか、ニセの印籠でも三葉葵が入っていれば水戸黄門、みたいな。。。)

(CD業界は、あいかわらず売上減にあえぎ苦しんでいるのか・・・)
そんなことを漠然と思っただけで眺めたポスターでしたが。
(でも、あまりに通り一遍じゃない? 工夫が無いよ!)
同時にそう感じたことも思い出しました。

ネット配信が伸びてきたとはいっても、あるいはCD屋さんに行っても、ユーザーとしては試聴出来る機会もサンプルも、まだまだ決して多いとは言えないのが実情ではないでしょうか。
そのときに、「違法行為」禁止だけを声高に訴えても、音楽を産業として捉えた場合には、自分で自分の首を絞めていることにしかならないのでは?
そのことが、とても気になります。

法律の文章は、私たち一般庶民には大変読みにくい。意味がわかりにくい。
その上、あいかわらずわたしたちは時代劇そのままの気風で生きているのでありまして、
お代官様:「法律で禁止じゃ!」
百姓たち:「(一同平伏)うへ、へへェ!」
お代官様:「ときに、五左衛門」
五左衛門:「う、・・・」
。。。と、ここで五左衛門、突然立ち上がって、逃げようとする。
。。。お代官様の配下たちが五左衛門を取り囲む。
お代官様:「この、まっしろいCDじゃがな、おぬしのものに間違いなかろう。」
五左衛門:「な、何かの間違えでごぜえますだ、お代官様!」
お代官様:「(ほくそ笑んで)ムフ。。まあ、話は後でゆっくり聞かせてもらおう。」
五左衛門:「わしには、何の覚えも・・・!」
お代官様:「それ、ひっ立てい!」
配下たち:「かしこまって候」
てな具合なわけです。

音楽普及道、此れにて絶たれたり。

ブログを始めるとき、「音」をアップロードするのはどこまで可能かな、と著作権法を調べましたが、結論は
「個人運用、かつ引用であれば可」
というものでした。ただし、個人運用というのは法律そのままの言葉ではないし、「引用」というのにも気をつけなければならない制約がありますから、充分な注意は必要です。
でも、どこかで
「口コミで拡がる音楽の輪」
があってもいい。その材料としてのブログがあってもいい。それで結果的に日本のたくさんの素敵な音楽家が潤って、より素敵になっていってくれれば、本望だ、とも思うのです。

著作権協会の方、業界の方には、そんな口コミを拡げるための
「正しい引用の仕方・・・音楽振興のために」
なんていう積極策も望みたいナ。

と、私には全く似合わない話題を綴ってしまいましたが。
もし業界の方がお目に留めて下さるようでしたら(って、いつも言いますがマイナーブログですから、可能性には殆ど期待していませんけれど)意をお酌み頂ければ幸いです。

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2006年12月11日 (月)

のだめのいいとこ:9)拭い去れない、それぞれの煩悩


のだめカンタービレ (8)

うーん。またもや、シナリオにしてやられた!

千秋はカニだけじゃなくてウニや「白い愛人」まで買ってしまうのか!
シュトレーゼマンが合コンしに来日か!
のだめが千秋を強烈に叱るのか!
ハリセンがあんなにいい男に変貌するのか!
しかも・・・瀬川悠人をのだめ幼時の「トラウマ」に利用してしまうとは!

残り回数の少なさによる脚色の難しさを「屁」ともしない、このホンの書き方
・・・この発想の方法論は、ぜひ学びたいです! 
いろんなことに活きるはず。

あいかわらず爆笑の我が一家。
私は、というと、実はもう、コンクールに取り組むのだめの場面になってからは
涙無しには見られませんでした。。。

シューベルトのあのソナタ、何度聴いてもいいですね。
音符への取り組み・・・
一音一音、ムダな音なんてないんだ。本当だ。
なのに、見えてこないことが多いのは、何故?
弾けるか弾けないか、ではないんですよね。
音符一つ一つにこもっている魂の、その輪郭が、未熟なままの私にはまだ見えないんだ。
薄ぼんやりと輪郭が見えた、と思って、手を伸ばしてみると、
でも、今度は掴むことが出来ないんだ。
見えること、掴むことを妨げようと立ちはだかるのが、
飛行機恐怖症でも、愛する人との心のすれちがいでも、瀬川悠人でも、
なんでもおんなじだ。。。

「ああ、見えるようになりたい、掴まえられるようになりたい。」
何度そんな煩悩に囚われたことか。
そして今でも抜け出せずにいるか。

痛感しました。
訳の分からないこと綴ってスミマセン。

いま日本で最も注目すべき作曲家の一人である権代敦彦さんに
「84000×0=0 for orchestra Op.88」
という作品があります。
84000は煩悩の数、0はそれをぬぐい去る大日如来を表現しているそうです。
故・岩城宏之さんの素晴らしい功績の一つである、
オーケストラ・アンサンブル金沢のコンポーザー・イン・レジデンス制から生まれた
なかなか素晴らしい作品です。
2005年のライヴが、ブラームスの第2交響曲との組み合わせでCDとなっています。
こちらを、今回の参考曲としてご紹介しておきます。

下記アフィリのCD併収です。



ブラームス:交響曲第2番

Music
ブラームス:交響曲第2番

アーティスト:オーケストラ・アンサンブル金沢

販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

発売日:2005/04/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年12月10日 (日)

のだめ)"Piano"別冊、税込1,000円!


ドラマ 「のだめカンタービレ」 ミュージックガイドブック 2006年 12月号 [雑誌]

もう読みましたか? ・・・とっくに読みましたか。。。(T_T)

おとといやっと見つけて、狂喜して買い帰ったのも束の間。
いつものコミック同様、ウチの鬼娘に取り上げられて、涙にくれておりました。
で、夜、鬼の寝てるまに・・・ああ、手に出来てよかった!
ドラマ前半までの写真なんですけれどね、どの写真も捨て難い。
(とくに「のだめ」の部屋、千秋の指揮姿。オケ全景の写真は真澄ちゃんがちょうど真ん中で見えない!YAMAHAさん、これはないでしょ!と、唯一のクレーム。黒木君がまだ出てこないのが残念)

真澄ちゃん役の小出恵介さんのポートレイト、真澄ちゃんとの落差があまりに激しくて(男っぽい!)仰天。タレント界に疎いと、こういう発見もたのしい。
でも、なによりいいのは、それぞれの意気込みや日常の心構えを読み取ることの出来る、役者さんや関係者の皆さんのインタヴュー記事。どれも素敵なお話です。とくに若い方のお話は、オヤジでも教訓受けることしきりです。
まだお手になさっていない方、これこそゲットの価値ある品ですヨ!

なお、この増刊号、後ろから開くと「夢色☆クラシック」になっています。シュトレーゼマン/千秋共演のラフマニノフのピンナップは必見!

インタヴューを受けている人のお名前のみ、以下、参考までに列挙します。
・上野樹里さん
・玉木宏さん
・竹中直人さん
・NAOTOさん
・茂木大輔さん
・外山啓介さん
・ジェイムズ・デプリーストさん
・服部隆之さん

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2006年12月 8日 (金)

シューマンを聴く:「ライン」、2人の作曲家のアプローチ

私の聴いたのとは違う盤ですが・・・

シューマン:交響曲全集

こんにち私たちが安く購入出来るクラシックのCD(録音)は、大体が1960年代から1980年代のものかと思います。この時期の演奏は、第二次世界大戦終結以後高まった「楽譜に忠実な演奏」を標榜したものでした。・・・が、「楽譜に忠実な」という言葉には様々に入り組んだ難しい問題があります。
そもそも、忠実であるべき「楽譜」とは、どんなものを指すのか。
「作曲者の自筆に忠実なもの、もしくは自筆が残っていなければ出来るだけ早期に出版されたもの、という優先順位の元に校訂された<原典版>」
正確な要約ではありませんが、おおよそそういうものが、演奏家にとって忠誠を誓うべき楽譜だったのではなかろうかと思われます。

しかし一方で、クラシック商品の中心を占めるドイツ古典派作曲家の自筆譜は、第2次大戦でドイツが敗戦した影響から、60〜80年代には実質上、再発見、再研究が為されている真っ最中でした。ベートーヴェンの交響曲にしても、この点では当時まだベーレンライターが「より自筆譜に忠実」と称したスコアを出版するまでに至っていませんでした。(しかも、出版を終えたとはいえ、今度は別の出版社が別の角度から研究し直した印刷譜を出したりしていますので、原典版問題は今なおイタチごっこが続いている状況です。)
自筆譜には、一作品でもそのファクシミリをご覧になればお分かり頂ける通り、作曲家のその時々の考えの変化まで書きとめられています。
印刷譜の方は、実用も考えると、そうした作曲家の「頭の中の幾通りものヴァリアント」から、どれか一つを選択せざるを得ません。
となると、完璧な<原典版>なるものを印刷し得るのは殆ど不可能事となります。
したがって、現在より自筆譜(および初版譜)の研究が進んでいなかった60〜80年代の演奏は、現実には<原典版>によるものは存在しない、と極論してもいいくらいではないかと考えられさえします。

では、演奏者は「恣意的に改変した」楽譜に基づいて演奏していた、ということになるのでしょうか?
・・・これはこれで、また非常に難しい問題です。
良いほうに解釈すれば、少なくとも、彼らは「その時点で、優れた先人が採用していた最も信頼すべき楽譜」には忠実であろうと努めたはずなのです。
ベートーヴェンの交響曲で言えば、それは、ワインガルトナー(1863-1942)が著書「ある指揮者の提言」(訳書がありましたが、絶版の上、古書でも出回っていません。持ち主に大事にされている証拠でしょう。私は恩師から拝借して読みました)で数多くの譜例を揚げながら展開している解釈に則る、というものでした。

ここに、問題の根本が存在します。
ワインガルトナーのベートーヴェン解釈は、ベートーヴェンの早期の出版譜、あるいは自筆譜からみれば、大きな改変を伴うものだからです。たとえばいわく、
「(第九の第2楽章のヴァイオリンパートは、あるテーマの箇所で)オクターヴ上げて弾くべきである。何故なら、ベートーヴェンの記譜は彼生前の旧弊な方法に仕方なく依存しているのであって、現在の演奏技術をもってすれば、彼はオクターヴ上げての演奏の方を望むに違いないからである。」
これは私の記憶によるもので、ワインガルトナーの原文には忠実ではありませんが、おおよそこんな調子だったはずです。すなわち、あくまで、ワインガルトナーが、ワインガルトナーの時代から見て過去の作曲者の「本来そうでありたかった願望」を「推測」したに過ぎない。
その「推測」を金科玉条としていたのが、80年代頃までの演奏です。

ワインガルトナーは、ほかにモーツァルト、シューベルト、シューマンの交響曲についても同様な解釈を公表していたとのことですが、私はそれらは目にしたことがありません。
ただ、たとえばシューマンの交響曲第3番「ライン」の第1楽章のヴァイオリンパートが、私の学生時代頃には、先に揚げたベートーヴェン「第九」第2楽章と同様オクターヴ上げて演奏されるのが通例だったことを記憶しています。

あるいは、ワインガルトナーは、最小限だった、とは感じていますが、場合によっては初版譜に指定された楽器を入れ替えることもしていたのではなかったかと思います。
「古典派」管弦楽作品演奏に際しての楽器の入れ替え・音符の割当替えは、19世紀後半から20世紀初頭には平気で行なわれていた、と聞いてはいるものの、真相についてはまとまった研究もなさそうですし、本当にどこまで平気だったのかはハッキリとは分かりません。
ただ、ワインガルトナーより先輩格のマーラーがベートーヴェン「第九」のスコア上でそうした入れ替え・音符の割当換えを行なったものは、渡辺裕『マーラーと世紀末ウイーン』【岩波現代文庫 文芸82】などに写真版が掲載してあって、確認することが出来ます。
面白いのは、このマーラーが手を入れた楽譜での第九の演奏はウイーン市民にははなはだ不評だった、ということが前掲書に書かれていることです。・・・そんなこともありますので、楽器の入れ替え・音符の割当替えは、どんな演奏家がどの程度行なっていたのか、聴衆はどの程度許容していたのか、を、今後誰かが面白い研究発表をするかも知れず、興味が尽きません。

と、だらだら回り道をしたところで、やっと本題にたどり着きます。

Ceccatoシューマンの4つの交響曲について、マーラーがオーケストレーションをやり直した、というものが存在します。楽譜を見ることが出来ませんでしたので、CDはないか、と思って探しましたら、ありました。
アルド・チェッカート指揮ベルゲンフィルハーモニー管弦楽団の演奏で、輸入盤です(非常に良い演奏です)。
マーラーが楽譜にどれだけたくさんの変更を加えたのかは、したがって確認は出来なかったのですが、何度も聴いてみて、次の3つの特徴を感じ取りました。
1)楽器法、ディナミーク付けがマーラーの個性で潤色されているものの(例:第1楽章でホルンにゲシュトップ奏法をさせている)、シューマンのオリジナルな楽器配置には基本的には大手術といえるような変更は加えていない
2)改変は、「主題」と「応答」を、シューマンのオリジナルよりも際立たせたい、と考えた場合に行なっている(主題・応答旋律の補強、または伴奏部のディナミークのランク下げ)
3)さらに、オリジナルでは響きが分厚く色合いが不鮮明になる危惧が感じられる箇所については「多すぎる髪を梳く」手法での改変、すなわち楽器を減らす手段をとっている(例:第1楽章冒頭部のティンパニ、あるいは第3楽章全般)
第2,4,5楽章は、私の鈍い耳では、あまり改変の跡を把握出来ませんでした。
『マーラーと世紀末ウイーン』の記述によれば、ある研究者は、マーラーが「ベートーヴェンの時代よりもオーケストラの弦楽器奏者の人数が増えることによって崩れてしまった弦と管のバランスを回復する目的で」(82頁)弦楽器奏者の削減や管楽器奏者の増強を行なった、述べているとのことであり、この記述を前提にみれば、耳で確認し得た、マーラーによる上の3点の改変は、おそらく当時の肥大したオーケストラを前提に考えたときには、単純にオリジナルに忠実であるよりはむしろ、「音楽に忠実であろうとした」健全な精神の反映だった、と、前向きに評価したい気持ちになります。

さて、マーラーとは逆のアプローチで『ライン』に臨んだ作曲家がいます。
バーンスタインです。
彼はウィーンフィルとシューマンの交響曲全曲の録音を2,3種残していたと思います。私が耳にしたのは、「ライン」については1984年にムジークフェラインザールでセッション録音したものです。
こちらは、シューマンのオリジナルに(少なくとも楽器法と表情記号については)全く手を加えていません。
当然、「髪梳き」を施したマーラー版よりも、分厚く重い響きになっています。
・・・ですが、マーラー版の意図したと思われる、この交響曲の色彩感は、ほかにも「色彩的だなあ」と感じさせてくれたどの演奏にも増して、豊かでもあり、陰影にも富んでいます。
よく聴くと「コロンブスの卵」なのですが、オリジナル楽譜を使っての演奏、だとは言っても、バーンスタインのしていることはマーラーと大同小異です。
音符の上での「髪梳き」や「補強」をするのではなく、演奏上際立たせるべきパートを際立たせ、スコアの同箇所で主パートと同じディナミークを持つ伴奏部は、このときワンランク落としたディナミークで演奏させる。バーンスタインがとっているのは、たったそれだけの、当たり前といえば当たり前すぎる手法です。とはいえ、これは単純な指揮者の発想ではない、やはり「作曲家」としての彼の耳がとらせた解決法だったのだな、と、あらためてバーンスタインを尊敬し直した次第です。
バーンスタインの功績は、
「シューマンは決してオーケストレーションのヘタな作曲家ではなかった」
ことを、初めて証明してみせたことにあります。
逆の角度からみれば、これは同時に、
「シューマンはオーケストレーションがヘタだったから」
色合いのでない演奏になってもやむを得ない、としてきた従来のプレイヤーたちには非常に厳しいお灸が据えられた、ということにもなるでしょう。

今月(2006年12月)にはメルクル指揮NHK交響楽団による「シューマン交響曲全集」もでます。テレビでしか耳に出来ませんでしたが、この組み合わせでの第1番は、これまた今まで耳にしたことが無いほど豊かな響きを持つ演奏でした。バーンスタイン/ウィーンフィルをも上回っているのではないか、と、非常に期待し、予約して到着を楽しみにしているところです。

追伸)この記事の前文に使うはずだったネタは、じつはちゃんと手元にあったことを、今晩になって確認出来ました。でも、結局使いませんでした・・・恥。(なんだったか、は、ナイショ。)

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2006年12月 7日 (木)

STING "Songs from the Labyrinth"


ラビリンス

本日のネタは、実は以前ガメラさんのブログで知ったものでして・・・逃げネタです。
(今日綴ろうと思っていた件、前置き用に考えていた一節の裏付け資料が、帰宅したら見当たらず・・・前置きさえ変えればいい話なのですが、明日までちょっとこだわって探してみたいので、と言いつつ、今日はもう寝るんですけど!)

ロックには疎い私です。STINGさん、って、有名な方なんですね。
ロック歌手なのに、この人、ダウランドの歌曲だけで1枚のCDをリリースしてしまいました!
発売して間もなくだったのか少したってなのかは分かりませんが、ガメラさんのところで拝見して
「これは聴かねば!」
と、いつも行く大きなCD屋さんに即日駆け込みましたが、ロックのコーナーにSTINGのアルバムは幾つも有るものの、このダウランドを歌ったCDだけが、ない。
「じゃあ、ダウランドだからクラシック売場に行けばあるかな?」
大急ぎでクラシック売場に行き、たぶん、1時間くらい探しました。
やはり、見つからず。

数日後、別の店のロックのコーナーでようやく見つけたときには、あまりに嬉しくて気が狂ってしまいました。

ところが、いまではこのアルバム、行きつけのCD屋ではクラシックのコーナーにもロックのコーナーにも置いてあります。
私はひたすら、痩せるために走った、ということだったのか!?
・・・神慮ですね、これは。

かねがね、
「昔は本当にいま復元演奏されているような発声で歌われていたんだろうか?」
と疑問に思っていました。
歌は、発声法などに拘泥しなくて済んでこそ、初めて人々の間に浸透するはずだ、と考えていたからです。
STINGのダウランド・アルバムは、そういう意味で、歌の本質を非常に良く伝えてくれる貴重品です。

イギリスの声楽曲がお好きな方は、是非従来のダウランド演奏と聴き比べてみて下さい。そうしてみれば、このアルバムの真価がわかっていただける、と、確信しております。

これを継ぐものを、どなたでもいいから、もっと出して下さったら嬉しいな!
(映画でカラー版の「未完成交響楽」は、確かイタリアのポピュラー歌手がシューベルトに扮していたはずでしたが・・・すいぶん前のことなので忘れてしまいました。調べがついたら追記します。)



ラビリンス

Music
ラビリンス

アーティスト:スティング

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2006/09/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年12月 6日 (水)

Mozart:1773年の作品概観


モーツァルト

西川尚生「モーツァルト」所載作品表によります。断片は除きます。
また、編曲作品1作がありますが、含めませんでした。
(コンラートによる作品表での補足は行なっておりません。)

拾い落としにお気づきの場合は、是非ご一報をお願い申し上げます。

全般的に目立つ特徴として
*イタリア旅行の最終決算、「踊れ、喜べ・・・」の作曲と上演
*25番(小ト短調)を頂点とする7作の、一層充実した交響曲
*新たな様式による弦楽四重奏曲6作、とりわけ第6作目ニ短調
*初の完全自作協奏曲(ピアノ1作、ヴァイオリン1作)の誕生
*増加傾向の見られる社交音楽(セレナード、ディヴェルティメント)
といったところがあげられるでしょうか。

※ミサ曲
・「聖三位一体の祝日のミサ」ハ長調 K.167(6月、ザルツブルク)

※教会音楽小品
・モテット「踊れ、喜べ、汝幸いなる魂よ」K.165(1月、ミラノ【初稿】)
・レシタティーヴォとアリア「されば大切なことは/高きを求め」K.143

※劇音楽
・「エジプトの王ターモス」の為の合唱と幕間音楽(ウィーン?)

※交響曲(すべてザルツブルクにて)
・ニ長調K.161+163(<シピオーネの夢>序曲の交響曲稿)
・変ホ長調K.184(第26番、3.30)・ト長調K.199(第27番、4.10 or 16)
・ハ長調K.162(第22番、4月)・K.181ニ長調(第23番、5.19)
・変ロ長調K.182(第24番、10.3)・ト短調K.183(第25番、10.5)

※セレナード、ディヴェルティメント、管弦楽のための舞曲
・「アントレッター・セレナード」ニ長調K.185
  (および行進曲ニ長調K.189。7-8月、ウイーン)
・ディヴェルティメント変ロ長調K.186
  (2Ob,2cl,2eng hn,2hn,2fg 3月、ミラノまたはザルツブルク)
・ディヴェルティメント変ホ長調K.166(2Ob,2cl,2eng hn,2hn,2fg 3.24ザルツブルク)
・ディヴェルティメント ハ長調K.188(2fl,2tpt,timp、73年中旬、ザルツブルク)
・16のメヌエットK.176(12月、ザルツブルク)

※協奏曲
・ピアノ(クラヴィア)協奏曲第5番ニ長調K.175(12月、ザルツブルク)
・ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調K.207(春、ザルツブルク)

※弦楽四重奏曲
・ヘ長調K.168、イ長調K.169、ハ長調K.170、変ホ長調K.171、
 変ロ長調K.172、ニ短調K.173(8-9月、ウイーン)
 
※ソナタ
・4手のクラヴィアのためのソナタ変ロ長調K.358(年末か翌年、ザルツブルク)

※クラヴィアまたはオルガンのための小品
・11のメヌエットK.176(12月、ザルツブルク。オーケストラ稿あり)
・8つのメヌエットK2.315a(年末?ザルツブルク)

次からまた、1ジャンルごとに楽譜に取り組んでみたいと思います。

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2006年12月 5日 (火)

曲解音楽史8:インドに歴史は必要ない?

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ
    4)言葉と音楽   5)トランス   6)古代メソポタミア
    7)古代エジプト

インド神話?マハーバーラタの神々

インドは歴史を持たぬ国だ、とは、私が子供時代に近所にいらしたインド哲学の先生に教えて頂いたことです。
この先生、いいお寺さんのご子息でしたが、学問に専心するあまり、当時は大学の非常勤講師で月給3万円。奥さんもお子さんもいらしたのに、今思っても凄いことです。もうそういう暮らしはなさっていないのですけれど。いまは貧乏我が家には想像できない、権威あるお暮らしぶりなのではないかな。

中世以降は「歴史を持たぬ国」などというのは存在しなくなりました。それまでやはり「歴史を持たな」かった中央アジアや東南アジア、アフリカに於いても、またローマ帝国滅亡後のヨーロッパでも、国家は次々に現れては消え、安定していき、近代における安定後は、地球の殆どの地域について、「歴史」の輪郭をフォローすることは素人にとっても容易になってきます。

インドも例外ではありません。
ですが、いにしえを探ろうとすると、五千年の「歴史」を誇る中国とは大違いで、インドについては「アショーカ王」だの「カニシカ王」だの、叙事詩に現れる英雄などの固有名詞、若干の民族名、その存在したおおよその時代くらいが伺えるに過ぎません。インダス文明にいたっては、いまだに何もかもがヴェールの蔭です。古代インドの史実を正確に時系列に追いかけるのは、イスラームのインドへの浸透がすすむまでは、ほとんど無理なのではないかと思います。

もっとも、インドの古典籍の発想はじつに面白く(私などは翻訳で少数のものしか読めませんが)、こういうものの考え方をするのなら「歴史」なんてメじゃないよなあ、と納得させられてしまいます。

「いたる所で水が溢れている時、井戸は無用である」
(「バガヴァッド・ギーター」第2章、上村勝彦訳 岩波文庫39頁、1992)

ヒンズー教で最も有名な聖典の中にある言葉です。これを読んでいると、日本の教育ではカーストの弊害ばかりが伝えられるこの宗教、実は特定の神を崇拝するのではなく、人間が自分自身の生き方を日々の暮らしの中で浄化していくことが最大の目的であることが伺えます。この「聖典」、たとえばサラリーマンに対しては
「<利益>をブラフマン(至上の境地)とし、そのためにのみ純粋な心で奉仕せよ」
という読み替えも可能なテーゼを持っています。深読みすれば、これではいささか本筋からズレている気もしないではありませんけれど。
ともあれ、こんな「歴史を持たぬ」インドの肝心の音楽については、古代的なものなど、いったい確認出来るのでしょうか?



インド音楽の最も古代的な姿をなんとか調べようと、数冊の本も読み、民族音楽のCDも何枚か聴き、破産の憂き目に遭いながら七転八倒しました。
ですが、残念ながら皆目見当がつかなかった、というのが正直な気持ちです。
原因として、
(ア)最初のインダス文明の担い手(私らが学生時代にはドラヴィダ系と推定される、となっていましたが、今どうなのかは良く知りません)はアーリア系に殲滅されてしまっていること
(イ)インダス文明の担い手が仮にドラヴィダ系であったとして、その子孫は南インドの狭い範囲にしか残っておらず、その言語も音楽も、既に四千年の時を経、多彩な宗教などの影響を受けており、彼らの歌い奏でる音楽を耳にしてみても、古代の面影を残しているような印象はないこと(ヒンズー教の音楽に単純なリフレインのものがありましたが、文学的特徴面でいえば、リフレインはアーリア系の古典で確認し得るものではありますが、インダス文明期まで遡り得るかどうかは不明というほかありません。)
(ウ)インダス文明はメソポタミア文明と頻繁に交流していたことが判明しているものの、記録として何とか読み解けるものは、いまなお交易された文物の出所および商業的帳簿くらいで、文明の有り様自体は遺跡から推定するしかなく、その中には(私の狭い視野に入った限りでは)音楽関係の史料は皆無であること
の3点が上げられるかと思います。
とはいえ、時代が下ってアーリア人の文化期になると、音楽に対する考え方は神話や叙事詩から少しは伺うことが出来ます。
かつ、その神話は(素で読んでも分からないので、上村勝彦「インド神話(マハーバーラタの神々)」【ちくま学芸文庫マ14、2003】の整理したところ、また辻直四郎訳「リグ・ヴェーダ賛歌」【岩波文庫7194-7197、1960】の註から整理してみると)古代ペルシャの拝火教(ゾロアスター教。ゾロアスター=ツァラトゥストラ)との密接な関係が明らかです。
したがって、メソポタミアとの交流はアーリア人も先住民から継承しており、音楽のあり方についても同様の継承を50%の確率では想定できるのではないかと思います。
次項で、そうした例を幾つか具体的に並べてみましょう。

バガヴァッド・ギーター
インド神話?マハーバーラタの神々



数少ない古典の訳書しか読めなかった素人の私が唯一発見出来た、具体的な奏楽の例は、次のようなものです。

「栄光あるクルの長老、祖父(ビーシュマ)は、彼を歓喜させつつ、獅子吼をして、高らかに法螺を吹き鳴らした。/それから、法螺、太鼓、小鼓(パナヴァ)、軍鼓(アナカ)、角笛(ゴームカ)が突然打ち鳴らされ、その音はすさまじいものであった。(以下略)」(上村訳「バガヴァット・ギーター」26-27頁)
これは軍隊を鼓舞する奏楽のケースで、記述内容は旧約聖書のヨシュア記などを連想させてくれます。楽器がどのようなものなのかまでは分かりませんが、訳語から伺う限りでは(法螺が日本のほら貝と同一と思っていいのかどうか、原語を知りませんので断定出来ない、等)、太鼓の種類を中心としている点で、中東地域の軍楽と近似していたさまは充分に伺われます。ちなみに、「バガヴァット・ギーター」の成立時期は西暦紀元後1世紀だと推定されており、いままで見てきたメソポタミアやエジプトよりも、また古代ギリシャよりも遥に時代が下ることになります。時代としては残念ながら、奏楽の具体的な有り様をこれより前に遡ることは、私には出来ませんでした。

祭祀で賛歌の朗詠が重んじられたこと、宴会で歌舞がなされたことは神話や叙事詩から判明はするものの、前者は「リグ・ヴェーダ」からだけでは具体的な朗詠の仕方、後者は要約された神話を読んだ程度では用いられた楽器などについて、いずれも知ることは出来ません。時間が許すときに再度チャレンジしてみようかと思います。
とにかく、それでも古代インドにおいてもやはり、音楽は宗教と結びついて非常に重要視されていたことは、たとえば「リグ・ヴェーダ」の次のような記述から理解することが出来ます(訳文は私が適宜補注をそのまま本文にしたり省略したりしました)。

「太初の人は・・・旋律をオサ(註:糸を通す機織り道具。訳文で当てられている字は木偏に「俊」のつくりの部分)となせり。織らんがために。/何が規範なりし、何が影像なりし、何が原因なりし・・・(中略)・・・何が韻律なりし、何が讚誦なりし、何が賛歌なりし。一切の神々が太初の神に祭祀を捧げたるとき。/(註:以下、旋律名とそれによって祭祀を受ける神の名)ガーヤトリーはアグニ(火神)の伴侶なりき。サヴィトリ(激励の神)はウシュニハーと結合せり。賛歌により威力を増すソーマ(神酒)はアヌシュトゥプと結合せり。プリハティーはプリハス・パティ(「祈祷主」)の言葉を支援せり。/ヴィラージュはミトラ・ヴァルナ両神の美観なりき。トリシュトゥプはここにインドラにとり祭祀の日の分け前なりき。ジャガティーは一切神群に入れり。それにより人間なる聖仙たちは祭祀を整備したり。/(一節省略)/祭事は讚誦を伴い、韻律を伴えり。・・・(以下略)」(辻訳238-239頁)

ここには7種の旋律名があげられています。それぞれ、どんな旋律だったのか、知りたいものです。。。

実際の祭祀に当たっての歌詞、旋律は「サーマ・ヴェーダ」に集成されているとのことですが(服部正明「古代インドの神秘思想(初期ウパニシャッドの世界)」講談社学術文庫2005)、素人の悲しさで、それを目の当たりにすることは私にはいまのところ可能性さえありません。
古代インドについては、こんなところで。

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2006年12月 4日 (月)

のだめのいいとこ:8)心の傷を超えて

のだめ関連CD・書籍:のだめオーケストラLIVEくわしっく名曲ガイドはみだしオケマン挑戦記



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のだめカンタービレ (8)

いつものように1分に1度笑っているうちに、オーボエ協奏曲のシーンも、ブラ1のシーンも、あっという間に終わってしまいました。
それぞれの楽器の演奏を「演じる」役者さんには、本当に頭が下がります。黒木君の運指は、さすが、豪華トレーナー陣と、演じる彼(「純情きらり」で大活躍でしたね)の「ホネ」の太さを見る思いでした。。清良の運弓も瞬く間に改善。しかも、オーケストラ全体が映ったときに見事にはまっていたことも特筆すべきでしょう。真澄ちゃん、峰君、桜ちゃん・・・みんなお見事。
千秋の、ブラームスの締めは、拍を振る振付でないほうが良かったと思います。本職若手指揮者も顔負けのタクトをとれるようになってきていたのだから、すこし大袈裟な演出を付けたほうが、演奏会の感動を盛り上げる画面になったような気がします。・・・それにしても、玉木さん、上野さん、やはりドラマの顔になりうる貫録には、この歳で与太りっ放しの自分はもう、なにも言葉がありません。

シナリオが、やっぱりすごーく上手いです。
黒木君の失恋、清良の寝違え・・・いろいろな心の傷が上手に積み重なって、
「これでコンサートが山場、で、アトパッパでおわるのか・・・」
と思いきや、ミルヒーから貰った時計でのだめが千秋に催眠をかけ、その大事な時計を千秋の手に握らせ、(原作のセリフをきちんと活かしながら)千秋の心の傷をいやしたのだめ自身が、この先乗り越えていかなければならないものに静かな挑戦を始める。
ここまで鮮やかに組替えが出来るライターさんの手腕には並々ならぬものを感じます。

「音楽する」
ということは、自分の心の傷の埋め合わせでは、決してありませんから。
(これを錯覚したまま楽器を手にしていませんか? 私は30代初めまでそうでした。)

千秋はそこまでは克服している。

のだめは、まだそこにも至っていない。

このあたり、次回ミルヒーを出演させてのシナリオは、どんな展開で私たちに知らしめてくれるのか。
予告編を見た限りではかなり期待出来そうです。

これ以上何も語れません。ひたすら、楽しみです。

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2006年12月 3日 (日)

エローラ:ご来場・お手伝い御礼

本日、私ども東京ムジークフローの「田園ホール・エローラ」での演奏会にお越し頂いた皆さま、本当に有り難うございました。
暖かい視線を頂き、優しさ溢れる拍手を頂きましたこと、団員一同心から御礼申し上げます。
今後とも何とぞ宜しくお願い申し上げます。

また、いつもご無理をご快諾下さるハープのHさん始め、演奏にお手伝い頂いた弦・トロンボーン、チューバ、打楽器の方々にも、非常に助けていただけ、なんとか無事にプログラムを終えられたことを、併せてここで御礼申し上げます。
来年6月の定期演奏会もご助力ひとえにお願い申し上げます。

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2006年12月 2日 (土)

エローラ演奏会<見どころ>12.3埼玉県松伏町 TMF

どうせですから「聞き所」じゃなくて「見どころ」をご紹介します! アマオケならでは、の奇観奇景(団員の皆様、失礼。)を楽しんで頂けます・・・たぶん。
曲目はご存知のものばかりだし、解説は中学校の教科書にも、当日のプログラムにもありますしネ。



1)開演

*普通の場合、当団の演奏会では、指揮者登場とともに、スポットライトがあるわけでもないのに、指揮者の頭上がそこだけ急に強い光を発し、光は天井に映って、指揮者が歩くのと一緒に移動します。指揮者が登場したら、まず天井をご確認下さい。

*ヴァイオリンで一番前、指揮者の一番そばにに座っている太ったオジサンは、オーケストラの演奏中のコミュニケーションを保つため、指揮者の合図に合わせて動いたりします(コンサートマスター、というお役目です)。
が、当団のコンサートマスターは、いつもダイエットを意識してオーバーに動きすぎるので、イスに体重の何倍もの力をかけてしまいます。
本番中よくイスを壊し、各地のホールで非常に不評を被っております。
また、団の赤字の大きな原因にもなっており、一同いつも悩まされております。
・・・さて、今回はイスをいくつこわすでしょう?



2)「英雄」・・・最初の曲

*私に身近な中学生ども(うちの姪と娘)は、この曲が鳴り始めると
「・・・こおきょーきょくだい3ばん。」
「ひでお。」
「クククク・・・」
と訳の分からぬ笑いを繰り返します。運悪く隣にお座りになった方、お許し下さい。
アタマの造りに問題はあるものの、不審人物ではありませんので。。。スミマセン。



3)「白鳥の湖」・・・2つ目の曲(休憩のあと始まります)

*最初の曲の有名で繊細なメロディを吹くのは、オーボエの、大きな体のお兄さんです。
心の優しいお兄さんです。ふだんでも、美しいメロディを吹きながら、オデットに同情して目に涙をうかべているほどです。
吹いていて、だんだん「白鳥オデット姫」に成り切ってしまいます。
それで練習中は、お兄さんが踊り出そうとするのを、みんなで必死になって押さえ込み、とめてきました。
でも、本番では、何が起こっても、もうだれも止めることが出来ません。
もし踊り出してしまったら・・・どうなるか、ドキドキしながらお兄さんを見つめて下さい!
(あ、Hさん、プレッシャーかけるつもりは全くありません!! おラクにどうぞ!!)



4)「モルダウ(ブルタヴァ)」・・・3つ目の曲

*最初のところはフルート2人で始まるのですが、これを吹く二人のオジサン、いつも仲が悪いので
「またタイミングが合わないぞ!」
「ちゃんと合わせろよ!」
「なんだと、お前こそ!」
「クソォ!」
と、いつも胸ぐらを掴みあって喧嘩をします。(・・・YさんMさんゴメンナサイ、ウソですよね。)


*この曲、全体の作りと各パートの起こすトラブルは次のようになっておりますので、楽しんでご見物下さい。

・弦楽器(ヴァイオリンとヴィオラとチェロとダブルベース)は「川の流れ」を表わすのですが、みんな、水のきれいな川を見たことが無いので、流れをジャマするゴミを額に汗しながら払いのけ払いのけ弾いています。どんどん顔が真っ赤になっていき、湯気まで出ます。よく目を凝らしてご覧下さい。(なお、現実のブルタヴァ【モルダウ】川は温泉ではありません。「湯気が出た!」からといって、くれぐれも誤解したままお帰りにならないように、ご注意下さい。)

・木管楽器(フエ)は川沿いに暮らす人達の気持ちを表しますが、これが、いたって明るくてノンキで、「白鳥の湖」ではお兄さん一人で済んでいたものの、この曲ではみんなで踊り出しちゃったりします。それでギックリ腰になってしまったオジサンが一人いるので・・・心配です。さて、どのオジサンがギックリ腰を起こした人か、みていて分かるかな?

・金管楽器(ラッパ)の方が、風景の変化を表します。そそりたつ岩や切り立った崖を通り抜けて、川が美しいお城の脇を流れるまでに・・・町が洪水で流されないか、または建物が崩れて川を埋めてしまわないか・・・ハラハラ、ドキドキのスペクタクルに、彼らはどのように挑むのでしょうか?お楽しみに!

・打楽器、ハープは、絵でたとえれば、川が人々の笑顔や暮らす町・村、そこを照らすお日さま、お月さまの光を表現する絵の具です。どんな色づかいなのか、音から見えてくるでしょうか? 見えた、と言っていただけたら、とても嬉しいです。あとで実際に絵に描いてみていただけたら、もっと幸せです。



12月3日(あす日曜日)14:30に開演します。
宣伝ばかり致しておりますが、ご容赦下さい。

アクセス等の詳細情報はこちら(色の変わっているところ)をクリック下さい。
団員一同、ご来場を心よりお待ち申し上げております。

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