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2006年11月23日 (木)

シューマンを聴く:自国語オペラへの夢、潰えて

Genovevamazur新作オペラが上演される、と大きく話題になるのは最近まれなようですが、web上の外国の新聞や音楽ニュースによれば、メトロポリタンをはじめ、世界各地の劇場で、ときどき注目作というのが発表されています。オペラに情熱を傾ける作曲家は、決していなくなったわけではないのですね。ただ、それらが日本でベストセラーCDやDVDになることは、おそらく、なかなか無いのかな、とは思います。
もうひとつ、東洋系の人の「自国語オペラ」は欧米ほど数が生まれていない・・・そんな気がするのですけれど、
「ソウデモナイヨ」
なのだったら、ごめんなさい。(ご教示下さい。)
ただ、『 HERO(英雄)』などの映画音楽で有名な中国出身の作曲家タン・ドゥン氏に、近年いくつか素晴らしいオペラ作品があるものの、私がCDやDVDという媒体で見聞きすることが出来た彼のオペラ3つ(『鬼戯』【1994】、『マルコ・ポーロ』【1996】、『The Tea』【2002、NHK交響楽団演奏のDVD・・・不思議かつ残念なことに国内盤がありません】)は、舞台こそ東洋であるものの、詞はすべて英語なのですよね。いずれも傑作だと思います。しかし、世界中の人に傑作だと認められるオペラを書くには、詞は東洋系の言葉ではまだまだダメだ、ということなのでしょうか? 分かりません。
とはいえ、たとえば日本でも山田耕筰以来、日本語オペラの試みは絶えず続けられており、とくに先年亡くなった團伊玖麿さんの『夕鶴』は海外でも評判が高いと聞いていますし、当然日本国内でも長く上演し続けられる作品だと信じております。
子供でも分かる日本語オペラとしては林光さんの『森は生きている』という楽しい作品もあり、その舞台を我が家の子供たちも大笑いで見させていただきました。これは、ドイツだとジングシュピールという言葉でくくったら良さそうな作品で、日本にも「ジングシュピール」にあたるような新語が出来ないかなあ、と、マニアックで変人の私は本気で考えたものでしたが・・・思い付きませんでした。
「賞金出しますから応募して!」
なんていうことをのたまうには懐も寂しすぎるしなア(出せる賞金は、せいぜい千円!)。そういうこと言ってくれるスポンサー、見つからないかなー(百万円くらいの賞金出してくれるなら、私も応募したいデス)。

と、余計なことばかり・・・のようですが、実は、完成作としてはシューマン唯一のドイツ語オペラ『ゲノヴェーヴァ』のことを考えていたら、今まで綴ってきたような、さまざまなことが、つい頭の中を駆け巡ったのでありました。

ドイツ語オペラ、といえば、ベートーヴェン以後、シューマンより前にこの世界で大きく当たりをとったのは、申し上げるまでもなくウェーバーでした。『魔弾の射手』はいまでも、たとえば外国語音痴の私がCDで聴いても、中身がさっぱりわかっていないにも関わらず、舞台の情景が目に浮かぶような傑作です。
ウェーバーに好感を持っていたシューマンは、また自作の速度表示や表情の用語を、それまでイタリア語で書かれるのが常識だったところ、自国のドイツ語で書くよう積極的に取り組んだ人でもあり、この点で後輩たちに大きな影響を与えたのでした。(自国語による表記についての提唱者は別の人で、それに対するシューマンの考え方は、シューマン自身の評論集『音楽と音楽家』[吉田秀和訳、岩波文庫、42頁参照]に述べられています。)
シューマンにも、ドイツ語でオペラを書く、という夢がありました。
それも、従来のレシタティーヴォとアリアの連続のような、いわば科白劇の延長としてのオペラではなく、音楽そのものの流れの中に身を委ねて鑑賞出来るようなオペラを、何とか作りたいと意欲を燃やしていたのでした。
暗中模索の上作り上げたのが、『ゲノヴェーヴァ』でした。

古い伝説に題材をとったもので、筋はおおよそ次のようなものです。
・・・レコンキスタ運動に参戦するため出兵することになったジークフリートは、貞節な妻ゲノヴェーヴァの留守中の保護を、信頼する友ゴローに頼んでいきます。ところが、前からゲノヴェーヴァに恋していたゴローは、この機会に彼女を自分のものにしようと、必死に試みます。しかし、いくら試みても、ゲノヴェーヴァはゴローの誘惑に屈しません。ジークフリートは無事生還しますが、あろうことか、ゲノヴェーヴァの乳母が出迎えと偽って出向き、彼を毒殺しようとして失敗します。妙な事態にジークフリートはゲノヴェーヴァの貞節を疑いますが、ゴローが彼女の潔白を明かして遠くへと立ち去り、ジークフリートは疑いを解き、ゲノヴェーヴァはあらためて永遠の貞節を誓います。

素材とした伝説に基づいた台本が良くなかった、ということだそうで、1850年6月25日にシューマン自らが指揮してライプツィヒで上演された、この意欲作は、興行的に失敗し、以後久しく、序曲を除いては演奏もされることが無かった、とのことです。

1976年、クルト・マズアは手兵ライプツィヒゲヴァントハウス管弦楽団とともに全曲初録音に挑みました。ゲノヴェーヴァをエッダ・モーザー、ゴローをシュライアー、ジークフリートをフィッシャー=ディースカウという錚々たる歌手陣が歌っているおかげもあり、これはオペラ『ゲノヴェーヴァ』の真価をくっきりと浮かび上がらせる名録音となっていますが、CD化されたのは16年後の1992年、とリーフレットの説明にありました。

実際にCD聴いて見ると、シューマン生前の上演失敗が「台本が良くないせいで」という説がウソだったのではないか、と思えて仕方がありません。
まず、管弦楽が非常に色彩的です。
シューマンの交響曲は、過去の名指揮者たちまでが「オーケストレーションが悪い」と酷評してきましたが、最近ではこちらも作品本来の色彩の豊かさを浮かび上がらせることに力を注いだ演奏・録音が増えてきています。
ところが、『ゲノヴェーヴァ』については、シューマンは文句無く、平明で効果的なオーケストレーション手法で実力を発揮しており、劇の場面転換が聴覚だけではっきりと、しかも興奮を伴って認識することを可能にしています。
次に特筆すべきなのは、各幕ごとに音楽が途切れることなく流れ続ける点でしょう。語るようなレシタティーヴォも、くっきりここからだ、と分かる見せ場的なアリアも無く、音楽はストーリーの波の高低によって融通無碍に変化しつつ、休むことを知りません。非常に明瞭にワーグナー(ローエングリンやトリスタン)の先駆であることを示しているこの音楽的特徴が、しかし初演当時は逆に聴衆を戸惑わせる斬新さとなってしまい、興行を失敗に終わらせる原因となったのではないかとさえ思われてきます。
合唱曲の名作者でもあったシューマンは、劇中での効果的な合唱の用い方もよく心得ていて、合唱の響く場面が大きな聴きどころともなっています。
最近では、演奏会形式ながら上演される機会も増えてきたのだそうで、機会があったら、ないしはCDをお見つけになったら、是非ご一聴をお勧めしたいと思います。

・・・名作です。スコア、見てみたいです。

余談ですが、私がまだ学生だったか、会社員になって数年経ってだったかは忘れましたけれど、マズア/ゲヴァントハウスの来日公演に出かけたとき、コンサートマスターは名ヴァイオリニスト、カール・ズスケでした。曲はチャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』でしたが、ズスケのコンマスぶりに、本当に驚かされたことといったらありませんでした。
最近では某マイナーオーケストラ(ウチらだ!)の超ヘタコンマスが、屠殺前のブタほどパンパンに太った体を指揮者も食わんばかりによじらせるので悪名高くなっておりますけれど(誰だ?)、一説には、あれは彼がズスケを気取って身の程をわきまえなくなったからだ、とのことです。それくらい、というか、そのブタ以上に、ズスケは曲が高まれば身を上下左右に大きく振り、静まっていくと大袈裟に身を縮め、
「あれ、チャイコフスキーが作ったんだから、『ロメオとジュリエット』もバレエ音楽だったんだっけかな???」
と、私は以後しばらく悩み続けることになったのでありました。。。
ハイ、まったくの蛇足です。

マズア盤
アーノンクール盤

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