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2006年10月29日 (日)

「価値観」で「見落とし」がないように祈ります

ベーム/ウィーンフィル来日の一連の映像が、やっと発売になりました。
リハビリ中の私は欠勤が多いので、今月は薄給です。時間の都合で、お医者の証明が必要な給付申請書にまだ記入出来ていないのも痛い。

ですが、おととい全て買いました。(合宿費、払えるかな〜)
早退せざるを得なかったオノレに活を入れるつもりでもあったのか、衝動的に、ではなかったつもりなのですが。
ともあれ何より、いちばんの理由は、少年時の思い入れが深いからです。


カール・ベーム ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1975年日本公演

TMFのみなさまも、今日の練習が終わってご帰宅なさったか、飲み会で盛り上がっているか・・・でしょうね。(TMFの方への内向きメッセージですが、よろしければ)どなたもお付き合い頂ければ幸いです。その時分の思い入れのこと、思い入れでは見えなくなっていた記憶が映像という客観的な媒体でよみがえったこと・・・これらから感じた大事なことを、上手に、とはいきませんが、お伝えしておきたいと思います。たぶん、かなり冗長になります。

ベートーヴェンの生誕200年が1970年。私がオーケストラをやってみたくなったのは、この年からでした。
ベーム/ウィーンフィルの組み合わせでの初来日が、その5年後。今回出た映像のうちの、75年。最後が、ベームの亡くなる前年の80年。憧れの組み合わせでした。それまでの3度の来日、聴きにいきたくて親に何度も頼み込みましたが、自分は無収入の学生生徒、家は地方の貧乏長屋、ではチケット代はともかく、旅費も調達しようがなく、泣き寝入りでした。それでも時代は既に好景気、テレビでベームに会える、というだけでも恵まれていたと言うべきでしょう。

75年の初来日は、ブラームスの1番が終楽章で異様な盛り上がりを見せた、という記憶が強烈にありました。その演奏はCD化されるまでにかなり年数がかかりました。発売と同時にさっそく買いましたが、記憶にあった鮮やかな音とはどうしても同じものには聞こえず、ガッカリしました。

そんなこともあって、今回発売された映像にも、当初まったく期待をしていませんでした。
期待しなかったのが、幸いしました。
まず昨日、ブラームス1番の映像を見て、私は3度、本当に泣いてしまうハメに陥りました。・・・この映像のことのみ中心に綴ります。きりがなくなるので。
一度めは、第2楽章のソロを弾き終えたヘッツェルさんが、はにかんで笑うところ。
二度目は、終楽章の長いコーダの前の、弦楽器が溢れんばかりの愛に溢れたテーマを奏でる箇所で、今度は未だ頭のてっぺんに毛の残っている若いキュッヘルさんが、ヘッツェルさんのほうを見てにこっとする一瞬。キュッヘル氏は「ドナウ」でも同じ笑顔を見せますし、他のパートの人も笑顔でいるのが何カットか映し出されています。
もうひとつは、終楽章全体を通じて、ですが、団長ヒューブナーさんが明らかに顔色が変わり、それまでの、どちらかというと普通のときのウィーンフィルらしい客観性の強い取り組み方を突然のようにやめてしまい、熱血セカンドヴァイオリンマンに変身してしまったこと。「あれれ!」と思って見ていたら、変身したのはヒューブナー氏一人ではありませんでした。

中継時に見た、憧れのベームの印象は
「あらまあ、こんなにお歳で。だから指揮もヨボヨボなのね」
・・・ずっと後年、映像が豊富に出るようになってから、あれは決して年齢のせいではなかったことが分かりましたけれど。若くしてすでにあの振り方だった。ということは・・・80年にも未だ、ベームは老いてはいなかったわけです(本番では疲労の色が濃いのですが、終楽章後半で勢いが戻ります。リハーザル映像のほうは矍鑠としていますし)。
75年のブラームスでのベームは、あらためて目にすると、とてもカッコいい。
商業用の録画でも、「ああ、こうじゃないんだ、お前たち!」となると、彼は体をヒョコヒョコ上下に揺さぶりだす。なんだかやだなあ、と感じたものでした。
ところが、75年のブラームス(ベートーヴェンでも、シュトラウスでも、シューベルトでもそうでしたが)では、一切、このヒョコヒョコがない。
「あ、上下に動いた!」
と意地悪な期待をして眺めていると、残念ながら当てがはずれて、1、2度で上下運動が終わる。

目が、いい。
いま、私は体調がいいとき、周りの人に
「今日は目ヂカラがあるな!」
と言ってもらえて、たいへん嬉しい思いをします。
その、目ヂカラが、このときのベームにはかなり強くあります。
棒も、既に見た幾つかの商業映像のどれに比べても、ずっと客観的で、オケまかせです。
そんなベームが、アンコールの「青きドナウ」を振っていて、途中ヒキツリ笑いしてしまうのも、愉快です。嬉しかったんでしょうね、このコンサートで何が起きたんだか、もうなんだかわけが分からなくって。

新鮮でした。泣きました。
75年のものだけ2枚組ですが、どうせならこれを見て下さい。最低でも買える予算を1万円確保し、75年映像を選択して下さい。私たちには学ぶべきものが多くあります。モトが商業映像ではないこと、ホールがムジークフェラインザールではないために、他では得にくい情報が豊富にあること、も非常なメリットです。
当時をご記憶の方には、記憶を確かめなおすために。
知らない方にも、いろいろ有益な情報を得て頂くために。

印象面ばかりでしたので(泣いた、というのも割り引いて下さいネ)、有益な情報のほうに、2、3触れておきます。

まず、弦楽器陣にとってはボーイングがこれほど観察しやすい映像は珍しいと思います。常々菊地先生がおっしゃっている自由なボーイングとはどういうものか、一目瞭然です。

金管陣がクローズアップされる場面では、アンブシュアにご注目下さい。個々人でそれなりの癖はありますが、口元とマウスピースの間の自由度がどれだけ高いかを、はっきり見ることが出来ます。

木管陣については、最も難解です。アンサンブルのタイミングをどうとっているか、ポイントを発見すれば、あとは容易に感じ取れるのですが・・・それを言葉では表現できません。少なくとも、ソロを吹いているときの彼らの「計算方法」をよくご観察下さい。
(11月2日付記:ベートーヴェンの7番は75年と80年の2つに収録されています。80年のベームは体を気遣ってアンサンブルをオケ任せにしている箇所が多く、その箇所での木管各自の振る舞いを観察すると、分かりやすくなります。ただし、75年との見比べがベターです。)

管楽器陣に注意してみて頂ければ有り難いのは、弦とのバランスの巧妙さです。
ブラームスでのボーイングは、これは一流オケならでは、でもあるのですが、信じられないほどゆっくりで、かつ長いフレーズをたった一つのダウンボウアクションで弾いてしまったりしています。それが映像に移っている間、管は映りません。本当はそっちを合わせてみられると嬉しかったのですが、無い物ねだりです。ですが、他の場面で、「こんなとき管はどう対処しているか」は充分類推できます。類推できるまで繰り返し観察頂けるとありがたいなあ、と思います。

弦側も、似たことに注目が必要です。
主題をアピールしたいときには、逆に、我々素人では想像もつかないような箇所で弓を返したりします。・・・運休の極意が、そこではっきり目に出来ます。管楽器陣も、弦にきちんと舞台を譲っている。そうしたとき、弦の弾き手としておじけづくことがどれだけマズいか、をご理解下さい。

打楽器は・・・ティンパニだけなんですよね。。。ボスコフスキー指揮のニューイヤーコンサート映像のほうが、打楽器のかたにはずっとお勧め、ということになりますね。残念。

総じて、ウィーンフィル(ベルリンフィルやロンドン響、パリ管などにも同様のことを感じますが)のアンサンブル技術は非常に真似しづらいものです。一見、動きがないようだから、です。
「なのにどうしてぴったり合うのか?」
そこを、是非ご発見下さい。

実際には、動きの烈しいオーケストラ(ただし、アンサンブルはきれいなところ)の映像を比較の対象にすることを、強くお薦めします。
動きの烈しいオケには、動きを烈しくしなければならない、なんらかの必要性があります。
初めて(本当に)いいオーケストラでのメンバーを経験すると、
「あんたは、トップの指を見てでも、音のタイミングを合わせなさい」
と叱られたりするものです。。。
自分自身が思い込んでいる「いい音楽」の中には、少なくとも大勢で一つの音楽に取り組まなければならないオーケストラには、何の有益な意味も存在しません。
どうか、そのことを肝に銘じて下さいますよう。

先日ご紹介しました井阪紘著「一枚のディスクに」中に、こんな一節があります。

「(若手ピアニスト)ヴラダーは言う。『我々はレコードというメディアに遅れてきた世代だ。もうカタログは埋めつくされていて、しかも大家の名演が多い。でも、我々の世代にとっても、自分の演奏を多くの人に聴いてもらうために、CDというメディアが必要なのだ』と。」

アマチュアオーケストラは、録音で演奏を聴いてもらうのが主旨ではありませんが、聴いてもらうために考えなければならないことは、この一節の意味するところと何ら変わりがないはずです。
今まで後生大事にしてきた価値観を捨てて、原点に帰った精神を、自己の内側に探っていく必要があるのではなかろうか、と考えます。如何でしょうか?
さらに。

CDと同じことが言えるDVDを素材に話を進めてきましたし、これまでの記事もそちらのほうが圧倒的に多いのですが、そこからたどれるのは演奏し、享受したことの『記憶の冷凍』です。冷凍には冷凍の高い価値があることは、しかし、否定できません。グールドやカラヤンは、むしろ冷凍の高い付加価値にいち早く目覚めた天才だったとも言えます。そこから学ぶことも、決して僅かではありません。録音でこそ得られる芸術性も、もたらされる感動も、否定はしません。

ただ、そうした媒体を通じて
「本当の音楽とはこういうものだ!」
と断定することには、・・・それが過去への賛美を意図したものであっても、私は絶対に賛同できません。

たとえば不器用なベームの笑顔は、音楽が冷凍であることは望まなかった類いのものだったと思っております。
そんなベームの『冷凍』をもって
「これが本当の音楽だ」
と断定したとたん、彼の音楽を愛してきた人は、すべてその現在的で実存的な存在意義を失います。・・・おっしゃっているご本人も、です。待っているのは、おのれも冷凍庫詰めになる運命だけ。北野武最大の駄作映画といわれた「みーんな、やってるか!」状態。(この映画、私は大好きですけどネ!)
どうぞ、冷凍になってしまう自分の、その重さだけは、強く感じておいて下さい。
ダイエットだけでは重さから解放されない、由々しい事態に陥りますからね、

本当の音楽は、それを生み出し、奏で、喜び、尊敬する全ての人の中の「いま」にこそ、その人その人それぞれの心にふさわしい姿で、愛に溢れた笑顔を見せてくれるのです。

笑みを生み出せない演奏、希望をもたらさない作品が、いかに「音楽もどき」で終わってしまうかは、
"Shostakovich against Stalin The War Symphonies" PHILIPS 074 3117(DVD)
(日本語盤有り)を、
プロオーケストラが演奏にあたる時に遭遇するさまざまな苦労と緊張と喜びについては
茂木大輔『はみだしオケマン挑戦記』中公文庫2006.10.25
を、是非ご覧下さい。

そうしたことを踏まえて、ベーム来日時の映像で、ご自身の現在のために『音楽』を学び、得るべきものを得、存分に楽しんでみましょうヨ。


・・・飲み会の終わる時間になってしまったなあ。。。 ・・・ひとりで酔っても、空しくて寂しいもんだなあ。。。 って、ボク、いまドクターストップ禁酒ですから。

追伸)TMFの合宿には、『エロイカ』映像3種持参します。前もって屁理屈はこねません。。。ワイワイガヤガヤ見ましょうね。



ボスコフスキー/ニューイヤー・コンサート 1963-1979


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著者:茂木 大輔

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