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2006年10月25日 (水)

録音の内側をかいま見る:「一枚のディスクに」井阪紘著

Isakaゆうべシュワルツコップのことを綴っていて、ふと思い出しました。
「そういえば彼女のご主人は有名なプロデューサーだったな」
それで、オーディションのとき、彼女に同じ箇所を納得がいくまで執拗に繰り返し歌わせ、あまりのしつこさに、同席していたカラヤンも逃げ出した、という話があったはずでした。
名前を思い出せませんでした。

なにか、思い出すきっかけになる本でもないだろうか、と思って昼休みに本屋を覗いたら、ありました。

井阪紘「一枚のディスクに レコードプロデューサーの仕事」
(春秋社、2006年8月)

<レコード芸術>誌に連載されていたものが、1冊にまとまって出版されたのでした。この本の存在を知らなかった私。たいへんラッキーな出会いをした、と、今夜は幸せな気分です。

そうそう、ウォルター・レッグ氏でした。

掲載されているエピソードの一つ。

フルトヴェングラーの「トリスタンとイゾルデ」録音の頃、指揮者とレッグは仲違いの最中でした。
しかし、指揮者が
「あいつをプロデューサーに使ってくれるな」
とEMIに申し入れていたにもかかわらず、レッグはこの録音をプロデュースしました。
イゾルデを歌ったフラグスタートは、高音が出ませんでした。そこでレッグは、妻のシュワルツコップを、高い音要員で待機させていたとか。
「え、そんなことあったの?」
と思って、いままでちゃんと目を通していなかったCDのリーフレットを見たら、しっかり書いてありました。
「あったんだよ。」
って。
録音は、私の鈍い耳では気がつかないほど、上手く仕上がっています。(あ、私がニブいだけなんだろうナ。。。)
出来に満足したフルトヴェングラーは
「レーベルにはプロデューサーの名前もぜひ載せてくれ」
とまで言ったそうですが、井阪氏によると、未だに不記載とのことでした。
これも確かめました。2001年にプレスされたリーフレットには、レッグの名前がしっかり書いてありました。レーベルに、ではありませんでしたが。

それはともかく。

「映画なら監督の名前を知っているのは当たり前でも、CD録音のプロデューサーなんて気に留めたこともないでしょう?」
この本がはじめのほうで投げかけてくるそんな意味の問いかけには、
「うーん、そうだよなあ」
とへこんでしまうしかありません。クラシック演奏の繊細な録音に全てをかけるプロデューサーの意気込みが、1行1行から熱気を発して読者に伝わってくるこの本、とくに「ライヴ」尊重主義のかたは、いったん自身の理想を空っぽにして、その言わんとするところに耳を傾けてみる価値が充分にあると思います。・・・その結果、井阪氏がグールドの言葉などを引いて強調する「セッション録音(部分部分を録音し、良いものを選りすぐり、最終的に一つの曲に仕上げる)」のメリットにも納得するか、やはりライヴに勝るものはない、とお考えになるか・・・読者次第ですネ。

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