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2006年10月21日 (土)

心にせまるグールドの映画

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(どうぞ、記事中の各リンク先にお目通し下さい。)

Glenn
Harold Whyte/CBC Still Photo Collection

(うちの)森さん必読!

20日に、グレン・グールドのドキュメンタリー映画がニューヨークで封切られたそうです。これはDVDとしても発売されているものです。
いつもよりさらに、誤訳ご容赦下さい(毎度ですが、思い付きでの俄か訳だし、外国語センスないし)。なにせまっとうに読んだのは本日(21日)夜が初めてだし、力もないのにそれからたったの数時間で殆どを訳した次第です。ですので私自身が読み解けておらず、こなれていない箇所があります。オリジナル記事は次のリンクをクリックしてお読み下さい。直すべき箇所は、是非ご教示下さいネ。

なお、「お茶の間で、テツガクするブログ」さんを拝読したら、こちらでグールドの映像が見られるのですね! 世の中、進んどるというか・・・おそろしい。。。

Original:
"Films About Glenn Gould Arrive, Providing a Path Into the Mind of a Musician"

NewYorkTimes Web
By JAMES R. OESTREICH
Published: October 20, 2006

(本文訳)

「グレンにとっては音楽とは心の作用(流れ)だったのです」と、ブリュノ・モンサンジョンはその新作映画『来世のグレン・グールド』(註:このタイトルの訳に自信なし!原題は“Glenn Gould: Hereafter”)の中で述べている。映画はグールド氏の音楽精神の深い内面へと観衆を引き込むだろう:それはすさまじく、決して常に心地良いとはいえない。

「いろんな場合があったよ。練習しようと月曜10時にスタジオ入りすると、まったくもって16もの・・・たった2つだけの心じゃない、どうしなければならないか、16もの違った懸念があるわけだ」グールド氏は自信の素晴らしい才能に没入する。「であるからにして、この意見の意味するところはとっても贅沢なんだよ」

ほかのときには、被害妄想に助長されたのだろう人間嫌いから、「僕は聴衆が大嫌いなんだ。個々人の集団として、のじゃなくってね、固まりでドンと、というのがさ。聴衆なんて大嫌いだよ。奴らは悪の力だと思うね。」少なくとも彼は確信を持ってそう思い込んでいた。1964年には華々しいコンサート活動を放棄し、故郷トロントに隠棲した。「ハワード・ヒューズの隠居、みたいなもんさ」

Gouldhereafter_2今回の映画は、素晴らしい仕上がりで、今夜(註:=20日)リンカーンセンターの催す偉大な演奏家シリーズの「ベールを脱ぐグレン・グールド」月間映画祭の一環として、ワルター・リード劇場で封切られる。これは最近イデアーレ・オーディエンスによりDVDリリースされている。

今夜はさらに続けて、モンサンジョン氏監督の別の映像、グールド氏が死の前年の1981年にバッハの「ゴールドベルク変奏曲」を演奏しているものも続けて上映される。モンサンジョン氏はリンカーンセンターシリーズのほかの映画をも監修しているが、グールド氏を良く知っていたし、映画「英雄としてのグールドとともに」7作のパンフレットにコメントを寄せただけでなく、グールドについての23のテレビ番組シリーズ、4つの著書をものしている。

「来世のグレン・グールド」でのグールド氏を英雄と呼ぶのは控えめな言い方だ。映画には疑似宗教的な賛美の空気に包まれており、出てくるのはグールドの死後にとはいえ強烈に彼に触れた、奇妙なキャラクター・・・ほかに喩えていうならば、作為的なタトゥのようだ。(おっと、こんなことを言ってはいけない。ディレクターはこうしたキャラクターを若い女性の秘密って呼んでいるんだっけ、なので、タトゥってなに、だなんて考えなくて宜しい。)

Gouldbachこんな類いの敬意には、グールドに深い感銘を覚えている視聴者にしてみれば、坊さんや予言者や教祖様の説教で飽き飽きしているし、鼻にもつき始める。・・・とくに、CBSによるより熱狂的な「ゴールドベルク変奏曲」2度目の録音に関しては、そうだ(最初のレコーディングは1955年で、これがグールド氏を有名にした)。それでも、モンサンジョン氏がモスクワの伝道師とあだ名している、さるロシア女性がグールド氏について「なんというか、神話的で、神秘的なおかた」と言っているのが、なお想起されるだろう。

モンサンジョン氏は、彼のあるごもっともな言明の中で、こう言っている。「グールド氏に不自然な何かがあったことなど決してない。実際、後年グールド氏の公的全人格(ペルソナ)は、作為的ではなかったと言い切れないにしても、最小限、注意深く計算された作為しかなかったと思う。」

彼(註:グールド)は常に撮影されていたし、映画作成中でもまた、(演奏に)没入していた。ある写真家がスタジオで彼に近づき、「写真はいかが?」と尋ねた。グールドは大変な抗議ぶりで、怒ってプッツンし、「撮んなきゃなんないの?」

グールド氏の・・・演奏面での・・・全後半生には、彼の聴き手としての全世界人が、野次馬根性をそそられる。グールド氏はエアピアノのようなもの(註:グールドはしばしば想像上のピアノを空間に描いていたことが、諸々の本に言及されています)で、片手でショパンの運指を練習していた・・・(血行が悪かったせいだと言われているが)いつも手袋をしていて、それが手操りの人形のように見えたものだ。彼はマーラーを、動物園のゾウの前で指揮し歌った。

それでも必然的に、大多数の映像が断片的であるにも関わらず、映画はグールド氏の音楽的演技をベースにしている。そうした断片的性質は、多かれ少なかれグールドファンの美学から、細心の注意により選ばれ集められて、なめらかに、首尾よく監修されている。

グールド氏の音楽が、指の魔術などに関わらず、スコアも無しにどれほど実り多い精神を経巡っているかを見ると、とても不思議な気がする。(R.シュトラウスのぎゅう詰めにオーケストレーションされたオペラ「エレクトラ」からの、烈しい悲嘆のヴォーカルラインが徹底している音楽? 無問題。)最も驚くべき瞬間はこうだ。グールド氏はバッハの「フーガの技法」最後の、未完のフーガのクライマックスへとするする進んでいき、そこで主題の分析とアルバート・シュヴァイツァーを引いてしゃべりまくるのだ。

奇癖ぶりを割り引いてみてもなお、グールド氏に関してはなされなければならぬことが常に何かあるのであって、この点において「来世のグレン・グールド」はモンサンジョン氏の35年にわたる主要で豊富な精髄となっている。しかも、リンカーンセンターでの上演は、ほんの始まりに過ぎないのだ。

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