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2006年10月24日 (火)

シューマンを聴く:「女の愛と生涯」

ゴールドベルク夫人山根美代子さん逝去(各リンク先にぜひお目通し下さい)
グレン・グールド映画上映 in New York(もうDVDで出ているものですが・・・記事を「誤訳」しました。)



Lucia

演歌張りの邦訳タイトルがついた、シューマン作品42のこの歌曲集、美空ひばりが歌ったらどんなだったんだろう、と、ふと思いました。
演歌ファンにもクラシックファンにも爪弾きされるかしら。

テレビによく出るあいだは
「こんなにヤキが回って!」
と嫌味ばかりを感じさせられる気がした美空ひばり。
「ヤキが回った」
はとんでもない誤解であることを、彼女の死のだいぶあとに放映された広島ライヴを見て、聞いて、強烈に印象付けられたものでした。

歌を仕事にする人が、大病の後で健康なときの艶やかな声を取り戻すのは、どれだけ困難なことか。これも病気を乗り越えて頑張った村田英雄を思い起こすと理解できるはずなのですが、彼の晩年の声を、 私にはしかとは思い出せません。

美空ひばりは、単に病気を乗り越えただけではありませんでした。広島で歌った彼女の声は、病前よりずっと色彩豊かで、繊細で、かつ大きな振幅にも耐えるゆとりがありました。

技術を維持し、さらに高めるには、おそらく機械的な練習だけではダメなのでしょう。では、どんな要因が決め手となるのか・・・ちょっと私ごときの手に負える問題ではありません。

極端な例として、『愛の喜び』で名高いクライスラーは、普段ちっともヴァイオリンを練習しないのでも有名でした。それでも録音で確認できる限り、晩年まで腕の衰えを見せていません。

「女の愛と生涯」の作曲者シューマンは、クライスラーとは正反対でした。激しい激しいピアノ練習を重ね、激しくやりすぎて薬指を損ない、ピアニストの道を断念したのですから。
その死も自殺未遂の果ての精神の荒廃だったという、悲しい人生を送った人ですが、シューマンの描く謎めいた薄暗がりの音楽は、いまも数多くの名手の心を捉えて離しません。

ドイツリートを勉強する女学生にとって、シューマンの歌曲も必須だとみえ、かつは歌うに大変難しくもあるからでしょう、ウチにも家内が学生時代レッスンに使った「女の愛と生涯」の楽譜が、顔じゅう入墨をされたまま書棚にずっと直立不動でいます。

Schwalzcopf_2今年亡くなったシュワルツコップが1974年にこの歌曲集を録音しています。解説によると、満を持して臨んだ録音だったそうです。引退まであと5年、おん年58歳。
自身の録音を耳にするたび
「こんな出来でホントにゴメンナサイ」
見えないファンに向かってそう謝っていた、と、インタヴューで語ったことがあるほど自分に厳しかった人です、「女の愛と生涯」を歌うにあたっても、たいへんな工夫をしています。
1曲1曲の最高音は、彼女の声域では当時の年齢でも悠々出せるはずでした。ですが、殆どの曲でシュワルツコップは低く移調して歌っているのです。それにより、シューマン独特の深い低音が、いっそう掘り下げられて響きます。

シューマン:女の愛と生涯

この歌曲集、他にもクリスタ・ルードヴィヒ、ブリギッテ・ファスベンダーやフォン・オッター、滅多に人を誉めなかったシュワルツコップに絶賛された白井光子など、錚々たる顔ぶれの録音が出揃っています。
けれど、熟成の頂点に達したところで惜しくも世を去った、愛らしい歌手ルチア・ポップが詩への共感をベースに示してくれた、デリケートな歌いぶりほど、私の耳に残っている声は他にありません。

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