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2006年10月 3日 (火)

曲解音楽史4:言葉と音楽

Bairishev
(ボロット・バイシェフ氏)

前の回:1)音という手段  2)リズムの成立 3)音程から音階へ


音という記号に、人間は高低・長短のほか、もうひとつ便利なものを見いだしました。集約すると、音の『質』とでも言ったらいいのでしょうか? 音の騒がしさ(大きさ)や硬さ軟らかさ(色合い)です。それを混然一体としたままにして置くのではなくて、騒がしさの度合い、硬さの度合いで様々に分類することを、人々はいつの間にか身につけたようです。

分類は受け身の姿勢からは、音が音そのものとして作用すべき場を特定する方向へと向かいました。
たとえばラッパは、専ら戦いの合図として用いられます。カエサル(シーザー)の『ガリア戦記』(前52年)や『内乱期』(前47年頃)からは、戦闘態勢を段階的に整える手段としてラッパの合図を活用している様子が、よく分かります。
遡って、旧約聖書ヨシュア記には、ラッパの大きな響きでイェリコの城壁が崩れたという有名なエピソードが記されています(第6章)。

かたや、人間は自分たちの口からたくさんの違った音を作り出せることも悟りました。能動的に発することの出来る音を、長い時間をかけて整理し、共同体の意思疎通に利用するようになったのが、『言語』であったと思われます。
現在使われている言語がどのような原初形態に集約でき、その原初形態はどんな性質を持っていたか・・・たとえば擬音語と指示語だけで成り立っていたのか、音の高低や長短とどれほど密接していたのか・・・を究明するのは、よほどの博覧強記でないと無理でしょうし、こんなことを究明するのが、いまさら言語学の課題でも何でもないのでしょう。ですが少なくとも、音の利用という側面に関する限り、人間がそれを行ない始めた頃には、音楽と言語はさほど分離していなかったのではなかろうか、想像してみたいところです。

・カエサル「ガリア戦記」 國原吉之助訳 講談社学術文庫1127
・同「内乱期」 國原吉之助訳 講談社学術文庫1234



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音楽と言語の混在は、人間の営む音楽が複雑な行為へと変わっていくのを助長したかと思われます。すなわち、楽音を使うやり方が、自然の具象的な模倣(これはカラスなどもできるようです)から、言語が現わす抽象的な概念(天 ->神など)を描いたり、単に言語の音節に沿って意味を離れた発音がなされたり、というふうに高度化していく結果となったわけです。

音楽と言葉の混在が最初どのようなかたちをとっていたか、は、もはや伺うべくもありません。ですが、世界各地に今も残る口承文化は、言葉の伝承に単純な旋律やリズムを重要な補助手段として用いていますから、それに近いものだったと推測してもいいのではないでしょうか。

裏付けとしては、カエサルがガリア人の習俗について述べた中の、次の一節を挙げておきます。ただし、ここで彼はリズム付けや節(ふし)付けに付いて言及はしていませんから、やや弱い裏付け、ではあります。

「彼らは教義を文字に書きとめることは、宗規で禁じられていると考えている。(中略)このような習慣が成立した背後には、2つの理由があると思われる。つまり、一つはドゥルイデス(註:司祭階級)の教義が世間に広く知れ渡ることを欲しなかったためであり、もう一つは修行者が文字に頼って、それだけ記憶に熱中しなくなることを恐れたためである。事実、文字に依存して暗唱や記憶を怠るという例は、よく見られるのである。」(『ガリア戦記』第6巻14節、國原吉之助訳)

・・・ちょっとピントのずれた引用ですが、古代人が口承を大事にした様子を伺い知ることのできる、貴重な言及です。背後には「文字に依存しない」というだけではない、言葉の音の重みにも深い意味を感じる精神があるのではないか、と勘ぐりたい気持ちをそそられる証言です。この証言は、のちのち、宗教詩・叙事詩の文章化や記譜法の成立問題とも関わってくることになります。



さて、これまで弦楽器についてはいちども触れずにきました。
弦楽器と「口・言葉」とは、案外結びつきが強いのではないか、という考えから、ここまで保留をしてきました。

弦楽器のいちばん原初的なものは、楽弓(ヴァイオリン族の弓を指す用語になっていますが、それとは違います)、すなわちほとんど弓そのもののツルをはじいて楽器にしたものである、と言われているようです。本当にそうなのでしょうか?

はじくと糸が音を出す、という発見は、弓を持たなかった民族にも、あるいは弓を楽器としなかった民族にもあったものと思われます。一例として、パプア・ニューギニアの人々は、海外と交流する以前には竹筒に糸を張った弦楽器しか持っていなかったそうです。

興味深いのは、どの民族の弦楽器も、共鳴胴を持っている点です。糸はそれだけでは大きな音が出せませんから、共鳴を利用するようになったのですが、さて、この共鳴というものの利用を、人間はどうやって思いついたのでしょう?

日本列島にもアイヌの「ムックリ」が存在しますが、これはモンゴルの人などの遊牧民族が広く用いている「口琴」の仲間です。口琴は、口腔内を共鳴胴として用います。こちらの方が共鳴を活用しているだけ、広く分布する弦楽器の祖先としては楽弓よりもふさわしいもののように感じます。そう感じるもう一つの理由は、弦楽器が基本的にユーラシア大陸のみに分布しており、南米にはもともと全く存在しなかったらしい、ということにもよりますが、そのあたりは機を改めて詳しく見ていきたいと思います。

口そのものとの繋がりはともかく、撥弦楽器は現在でも言葉と密接な関係を持っています。弾き語りはクラシック音楽の世界ではもう消え去りましたけれども、トロヴァトゥール・トルヴェールに遡るまでもなく、また洋の東西をも問わず、ギターや琵琶などが連綿として「弾き語り」の伴奏楽器として用いられていることは、今さら言うまでもないでしょう。

言葉、といえば声ですが、声と口琴の不思議な組み合わせの例を、最後に聴いてみて下さい。

モンゴル北隣のアルタイ共和国の名歌手、ボロット・バイシェフ氏に惚れ込んだ日本人が、バイシェフ氏の妙技を録音したものです(「アルタイのカイ:秘密の夢〜英雄叙事詩の世界」KING RECORDS KICC 5301 [2000年録音] です。曲名の、色の変っている部分をクリックして下さい。音はモノラルにしてあります)。


Music

アルタイのカイ


アーティスト:ボロット・バイルシェフ

販売元:キングレコード

発売日:2001/10/30

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