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2006年9月 1日 (金)

定家:九条良経の知遇〜『松浦宮物語』(4)

ただし、定家筆写本の恩恵をつくづくと感じられるのは後世の私たちだからであって、そもそも何故、定家が「物語に詳しそうだ」と目をつけられたかは、この時期には筆写とは別の理由によると考えなければなりません。
その理由とは、定家自身が物語の書き手であった、ということだったと思われます。
俊成卿女(俊成の養女、実は孫。定家には姪に当たる)が綴ったとされる『無名草子』に
「定家少将のつくりたるとてあまたはべめるは、まして、ただ気色ばかりにて、むげにまことなきものどもにはべるなるべし」(小学館 日本古典文学全集40 257頁)
とけなされていますから、定家は少なからず物語を創作したものと想像されますが、現在読むことが出来るのはひとつだけです。
『無名草子』で上記引用に続く文で
「『松浦の宮』とかやこそ、ひとへに万葉集の風情にて、『うつほ(物語)』など見る心地して・・・」
とあることから定家が作者だと思われている<松浦宮物語>が、それです。

古い物語を筆写した、という想定で書かれている<松浦宮物語>の筋立ては、まるで昭和三十年代の子供向け時代劇のように壮大かつ荒唐無稽なものです。
橘氏忠という若者が唐に渡って皇帝に気に入られ、皇帝の死後は反乱軍を平定して皇后と怪しい仲になり、かつは正体の知れない美女と深い仲になり、帰国してまた、唐から連れ帰った絶世の美女と夫婦になり、云々。
書いていて、しまいには定家も照れくさくなったものか、末尾部分は原典が朽ち果てて分からなくなった、などとお茶を濁しています。この気分は、何となく分かるように感じます。
かつ、
「この奥も、本朽ち失せて離れ落ちにけり、と、本に」
などと下げにかかっているところなど、<松浦宮物語>作者の古典籍の状態への通ぶりが伺われ、この時期には定家は古典筆写にも既にかなり力を注いでいる(定家作で間違いない、としてですが)ことが分かって興味深くもあります。

物語熱は良経・定家主従に共通のものとなっていったかと思われ、数年後に行なわれたと思われる『六百番歌合』で、この熱は二人の絵画的な歌いぶりへと結晶していきます。

新編日本古典文学全集 (40) 松浦宮物語・無名草子

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