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2006年9月 6日 (水)

Mozart:4つのキリエ(1772)

第2回イタリア旅行から帰り、第3回目のそれに出発するまでの間、モーツァルトは2種の重要な習作を行なっています。
ひとつはクリスチャン・バッハのクラヴィアソナタ3曲をコンチェルトに編曲する試み。
もうひとつは、対位法のより深い習熟を目指した2つの"Kyrie"の創作です。

後者に触れてみましょう。

1772年、彼が作曲を試みた単独楽章の「キリエ」は、4つあります。
そのうちの2つは、おそらくミサ曲に仕上げるつもりで書き始められ、何らかの理由で継続を断念した、オーケストラ伴奏付きの断片(K.Anh.19ニ長調12小節およびK.Anh.18ハ長調49小節)。いずれもオーケストラにヴィオラを含むため、イタリアに向けての作品ななるはずだったと考えられています。とくにK.Anh.18はトランペットとティンパニも伴っており、完成していれば、この頃までにモーツァルトが作っていた「イタリア風シンフォニア」同様、明るい響きをもつものに仕上がっていたであろうことが、スコアの顔つきから伺われます(NMA Geistliche Gesangwerke II Band6 ペーパーバック版2/251〜30にかけて、この2断片を掲載)。

対位法深化のための習作となっているのは、他の、完成した2曲(K.89とK.90)です。

K.89ハ長調は71小節から成る、完璧な同度カノン(Canon ad unisonum)です。響きとしては単調さから脱することが出来ていません(と思われる)が、これほど大規模なカノンを仕上げたというだけでも、まず脱帽・敬服です。ソプラノ5声部で歌われるこの曲は大きく2部から構成されており、それぞれさらに2つのセクションで出来ています。ただし、前半部と後半部では創作に当たっての方針が明確に違います。
前半部は9小節からなるテーマを、ソプラノ1から5へと、次の声部に2小節遅れで渡していきます。これが2度繰り返されるのが基本です。ソプラノ2が模倣を終える10小節目で、再び同じテーマをソプラノ1が歌い始めますが、この2度目はソプラノ1はソプラノ4が模倣を終えるまで歌わずに待ちます。このことで声部が薄くなっていき、前半部と対照的な響きになることを狙ったものと思われます・・・が、残念ながら思ったほどの効果を上げていません。
後半部は第26小節から、アウフタクトを持つ16小節にもわたる新主題が採り上げられ、これは今度は3小節遅れで次の声部、次の声部へと受け継がれていきますが、ソプラノ1が主題を歌い終わる2小節後、ソプラノ2が模倣を終えるところ(この2小節間でソプラノ1は新テーマ8〜9小節目を補足的に歌う)で一旦切り上げます。第43小節から次のセクションに入ります。発想は後半部最初のセクションと同じく3小節遅れでの模倣で、ソプラノ2の模倣終了までで打ち切られることを念頭に置いています。ただしテーマは24小節もの長さを持つ新しいものとなり、曲の最後を締めくくるのに、さらに2小節が付加されています。

K.90ニ短調は、さらに二重カノン風の試みを取り入れていますが、カノンとすることに、ではなく、曲としてのまとまり・締まりを重視しているため、26小節とコンパクトに仕上がっています。最後の和音は3度音抜きの5度ですし、ニ短調という調性もあってか、成熟して後の彼の宗教音楽を彷彿とさせる重厚な響きがするものと思われます。

いずれもア・カペラの作品です。K.90のスコアには通奏低音部が補われているものもありますが、NMAでは数字だけを付し、通奏低音の演奏は任意との姿勢を示しています。
K.89、K.90とも、音は全集盤のCDにしか収録されていない秘曲(?)です。

・・・さて、以前作成した「簡単なカノンの作り方」のメモを添えてみます。
カノン作りが如何に大変か、しかしまた如何に面白いかを、是非ご自身でも体験なさってみて下さい。K.89の楽譜をご覧に成った際、その価値や考え方もよく分かってくると思います。
Canonsample_1
(もう流行っていないけれど)ナンクロ気分で楽しめますヨ。
(「手順」の数字は無視して下さい。)

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コメント

はじめまして。
トラバから飛んでまいりました。

なるほど「簡単なカノンの作り方」!

これなら私も・・・・

ごめんなさい。私、音楽理論どころか、楽譜も読めないんです(涙)。


私は英語教師の端くれなので、英語がなんとか喋れまして、それゆえ「英語ができるといいですよね」と言われることがありますが、私からすれば楽譜が読める人・書ける人なんて、本当にうらやましいです。

またちょくちょく寄らせてください。

それでは!

投稿: ガメラ | 2006年9月 7日 (木) 12時19分

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