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2006年9月25日 (月)

ショスタコーヴィチ百歳

<海外の記事から>
時代の鏡としての交響曲?
2台のピアノによる「バビ・ヤール」

生きていれば、今日(2006年9月25日)百歳でした。

彼の肉体が滅んでから36年経ちました。ですが、先日ドイツの記事での対談でも見たとおり、その作品は生前の彼を苦しめた世俗の束縛を越え、国境をも軽々と越えて、今日も世界のあちらこちらに音の空襲を続けています。日本の怨霊・・・『雨月物語』で凄まじい形相を見せる崇徳上皇も顔負けの怨念なのでしょうか?

非ポピュラー音楽の分野では、彼は作曲者と演奏者が分離してしまった20世紀の、最初の世代に属します。次世代の代表的人物はバーンスタインでしょうが、自作自演の音楽家としてのバーンスタインは晩年には存在が霞んでしまいました。

ショスタコーヴィチは、管弦楽については作品の演奏を指揮者に委ね、自身はいつも客席で苦りきった顔をしていました。演奏の出来が悪いから? そういうときもあったでしょう。ですが、多くの場合はニコチンが切れたからだったのではないかと思われます。
それでも、第1回ショパンコンクールに入賞しただけ腕に覚えのあったピアノでは自作をよく弾き、室内楽に参加し、協奏曲のソリストを務めました。
自分を隠すかと思えば、変わった性格で女弟子を困らせたりもしました。
サッカーについては浦和レッズのファンよりも分析が得意でした(あ、怒られるかな!)。

とはいえ、世間は彼がオープンであるより内省的人物であることを望み、彼はそれに応えました。・・・応えたフリだったのかも知れません。

彼の作品はほんとうに、戦争の苦しみを謳ったものなのでしょうか?人生の痛みを叫んだものなのでしょうか?
それにしては、たとえば第5以降の交響曲は、聴けば聴くほど、ドン=キホーテのように生真面目な道化を感じさせてはくれないでしょうか?
ドン=キホーテ」の文学世界が、作者セルバンテスのレパント海戦での経験を自分自身で戯画化した力強いものであるように、ショスタコーヴィチが、彼の交響曲やスターリン賛美映画(「ベルリン陥落」)につけた音楽にまでも仕掛けている「道化」た爆弾は、現世の利害や悲喜をあざ笑うたくましい威力をもって、毎日毎夜、私たちの頭上で炸裂しています。
これは果たして本当に、「怨念」といえる類いのものなのでしょうか?

まあ、屁理屈はこれくらいにして、もう肉体を持っていない彼の代わりに、バースデイケーキは我々で頂いてしまいましょう!(こ、これ以上太れない・・・)

Happy birthday, Mr.AgainstWars !
これが正しい呼びかけではないことを重々承知しつつ。
違う呼びかけを思いつく知恵もないままに。
(おお、自分に酔ってる! おめでとう! 乾杯!)
・・・また百年後、彼にはどう呼びかければ良いんでしょうね?

ふるたこさんのページ
工藤さんのページ(凄すぎる!)
 工藤さんの「ショスタコーヴィチ全作品解読」は売り切れ状態!
 予約すればよかった(T_T)
ダスビのページ

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受信: 2006年9月26日 (火) 06時42分

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