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2006年9月16日 (土)

曲解音楽史2:リズムの成立

「声」と来れば、人間にとって次に連想されるのは「歌」と「言葉」です。が、「歌が先か、言葉が先か」は、「ニワトリが先か、卵が先か」と同じようなもので、答えを出せる材料が全くありません。
で、自然の例を見ます。いろいろな動物の声の利用には二つの重要な方法がありますネ。
たくさんは知りませんので、やはり鳥の例で、ウグイスの「ホー、ホケキョ」を口ずさんでみて下さい・・・自然の、素晴らしい音楽の一つですもの。
気がつくこと。
A.音の高さ、二つ以上の音の相互関係(音程)が、相対的に固定されている。
B.音の並び方に一定の規則がある。
ウグイスの歌を音符にしてみると(不正確かもしれませんが)、
Uguisu
階名(移動ド)で読むと、シーー|ド・ラ・ラb  です。
(うん、やっぱり正しくないです! 歌い終わりの音の方が歌い始めより高いはず!)
歌いだしの音程には個体差があるようですが、体の大きさで決まるのでしょうか、最高音は個体を問わずほぼ同じピッチのようです。それはともかく、ウグイスの歌は、歌われる音の高さは一羽一羽で違っていますが、音程関係の描く図形は位相が同じである、と言えます。
チンパンジーなどの類人猿が、個体ごとに決まった一定音で「ホーーーッ、ホッホッホッホッ!」と互いに呼び交している映像もしばしば見たことがあります。こちらもA,B二つの条件を満たしています。
こうしたことから考えると、
「歌が先なんじゃなかったのかなー」
というのが正直な印象です。



発声だけでは、しかし、「歌」はそのときそのときで全く同じ歌われ方がされる保証はありません。
前項の2条件のうち、Aについては後日見ていくこととし、とりあえずBを検討しましょう。

B.音の並び方に一定の規則がある。

これは、歌が歌であるためには「リズム」の確立が必要であることを現わしていると思えます。
人間は集団で狩猟や農業、お互いの縄張り争いをする生活スタイルをとることになり、個々で餌と縄張りを確保する動物たちとは違う、連帯行動が必要になりました。連帯のためには、「敵」に立ち向かう動作を味方同士で揃えることが、当然のごとく大前提となったはずです。
動作を揃えるためには合図がいりますが、合図のための最も手軽な手段が、音を発することだったと思われます。それも、単に並び方だけでなく、音から音への速度も一定にさだまっていなければ用をなしません。
また動物に戻ります。戯画的な話ですが、闘牛の場面でウシが足でトン、トン、トンと、一定の速さで地面を蹴る仕草がよく描かれます。狩猟であれ農業であれ、「敵」に向かう気合いを充分蓄えるには、蹴る、叩くなど、手近なものを決まったリズムで打撃するのが生理的に自然な行為なのでしょう。
ゴリラならば胸を叩きます(かなり大きな音がするようです)。
人間は手が自由になっていました。ですから、手のひら同士を叩き合わせます。あるいは、漫画に出てくる闘牛のように、地面を蹴ります。たくさんの人数でやればやるほど、けっこう大きな音がします。集団がまとまって暗示にかかるには、効果抜群です。
手拍子、足拍子のリズムに乗って、これも決まったメロディをみんなで歌えば、効果はさらに増すわけです。
現在でも狩猟生活をしているアフリカやパプア・ニューギニアの集団儀礼(悔しいですが実際を見たことがなく、映像のみからの印象です)には、激しい手拍子足拍子を打ちながら歌っている光景が豊富に見られるようです。

一方で、声だけでリズムを示す例もあります。
バリ島のケチャは1935年頃ドイツ人の指導で成立したそうですが、その元となったサンヒャン(呪術的な音楽)のうちの激しいものは、ケチャにも取り入れられた「チャッチャッ、チャチャチャチャ」という活発なリズムが、声だけで刻まれます。手拍子足拍子を伴わないサンヒャンのようなもののほうが、手拍子足拍子によってリズムを刻む行為よりも高度なのかどうか、その前後関係は必ずしも明確だとは言えないでしょう。
あいまいな言い方ですみませんが、ここまでで、息を利用する音(声)、打撃を利用する音が音楽に取り入れられたいきさつを推測してきました。



さて、リズムですが、「変拍子」という言葉があります。3拍子系、4拍子系以外の拍子を指す言葉です。
アイヌの人々が唱える「ユーカラ」を聴きますと、囲炉裏の縁を叩いているのだそうですが、叩く音がずっと2拍子を刻んで崩れません。4拍子の中に急に2拍子が入る場合は厳密には変拍子を含むことになりますが、「ユーカラ」をはじめ、アイヌの語り(単純なメロディは持っています)や歌には、基本的には変拍子はないと捉えて差し支えないと思います。
ところが、ずっと「2拍子・3拍子」で続けられる歌や語り物、というのは、世界的には珍しいようです。
前節の狩猟民族もですが、遊牧民族であるユーラシアの人々の音楽などは、「変拍子」、しかも五線譜に書いた場合には小節が変わると拍も変わる、という事例の方が多く見られるように感じます(日本の青森民謡などもそういう楽譜で採譜されているのを見かけましたが、これは誤りです。じょんから節は2拍子ですし、津軽山歌は・・・変拍子で緩急もありますけれど・・・7拍子で全曲採譜できます)。
バルトークコダーイが、まるで珍しい昆虫を採集するように地道に集めたルーマニア及び周辺の民謡にも、変拍子の譜例が豊富にあります。
若林忠宏「世界の民族音楽辞典」(東京堂出版2005)によりますと、「変拍子」というのは
「おそらく日本だけの言い方。アジア諸国(主にインド以西)では『変と感じないのか』と聞いたら『変だからよい』という答えが多かった。」
とのことです。
変拍子の「自然さ」に気付いたバルトークが、「リズム」を強調して作った例を、バルトーク本人も加わった演奏でお聴き下さい。1940年の録音ですので、お聴きになりづらい点はご了承下さいませ。


Bela Bartok, Ditta Psztry-Bartok(Pianos)/ H.J.Baker, E.J.Rubsan(Percussion)
"Bartok plays Bartok" Pearl GEM 0179から

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コメント

初めて拝見しました。
私は、戦前というかその時代に育ち戦後の音楽とか美術とかに縁のない時代のせいかトラウマになるほど音楽と絵を描くことが嫌いでした。

 縁があって囃子と云う物に引き込まれ、独自の勉強はしましたが音楽理論は全くだめです。
平成2年に新宿区の無形文化財に指定される前に、区の調査を受けました。

音大の教授がこられ、色々と質問を受けました。
調査の最大の目的は、戸塚囃子の楽譜を作ることになってました。
私は無学でしたが、囃子をどう楽譜にするのか大きな希望と疑問を持っていました。

小さいときから化学が大好きで、数学も好きでした。
あるとき先生から「音楽は、数学で出来ている」と・・・

調査の先生から、「私のか書いている楽譜を見せて欲しい」と
私が習ったときは、口伝の鏡稽古でしたし楽譜は太鼓の○譜だけでした。

先生は、楽譜を見て驚いていました。
私は希望と疑問のことを話したら、いっそう驚いていました。

このことから大きな自信を持ち、ドイツ・ハレのマルティン・ルター大学音楽部では講義もどきをするまでになりました。

こんな稽古がお弟子さんたちのレベルを上げ、あちこちから声がかかるようになったと思っています。
邦楽は、どうしても紙に書くことが苦手というか公開したくない性格が災いのようです。

それで学校で教えにくいためというか、先生が知らなすぎるのでしょう。

前に学校で、生徒に向かって話したことがあります。
世界中どこの国にも自分達の音楽(民族)が有ります。
日本には、日本の音楽が有ります。
この中(約500名の使途と先生)で日本の音楽楽器を出来る人、手を挙げてください。

残念ながら誰一人手が挙がりませんでした。   (残念ながら是が今の日本です)
どうして日本人なのに、日本の音楽が出来ないの!      笛吉
世界中どこの国でも,自分達の音楽ができるんだよー!

無学の私がつまらないことを永く書きました。
申し訳ありません。
                        凸家笛吉 こと 吉田紘一 

投稿: 凸家笛吉 | 2009年5月 2日 (土) 11時07分

吉田様(笛吉様)

ご丁寧なコメント、本当にありがとうございました。
興味深く拝読しました。

無学だなんてとんでもございません。経験は最大の学問です。
採譜(あるいはお書きとめ)なさったお囃子の楽譜は、他yん巣があれば是非拝見したいと存じます。

恥ずかしながら、わたしも邦楽器はまったく演奏できません。実家で母が「謡」を習っていますが、謡本もキチンとは読めません。
ですが、日本の音楽は大好きです。
歌舞伎を初めて見た時には、洋楽で合奏(とくに少人数でやるもの)をするときの呼吸と全く同じものがあるので、大変に驚き、恩師に興奮してその話をしたところ、
「そういうのは世界共通なんだよ」
と言われました。その恩師は、民族音楽への造詣も深いのです。
歌舞伎に驚いて以来、チャンスは少ないのですが、西洋音楽を仕事にしようとしている若い人を誘ってつれて行くことがあります。連れて行った限りの人は、
「日本にいて、こういうものを知らなかったとは!」
と一様に驚き、喜んでくれます。

実情、邦楽の方が、洋楽よりも専門教育はしっかりしていると思います。
ですが、残念ながら初等教育には浸透していないのも事実でして、音楽の教師だった家内の生前に、やっと「中学でも邦楽の実習を」というお触れが出たのですが、如何せん、音楽の教師のなり手は日本音楽のことなんか勉強して来ていませんし、学校の備品として邦楽器を入手するだけの予算が割いてもらえるようになったわけでもなく、かなり苦慮していました。
それでも、私の邦楽や中国音楽についての情報(歌舞伎の演じられかたの詳しい内容、今様など、また、京劇についても)は家内が集めて来てくれたものでした。

日本の音楽の理論は宮中奥深くで専門の人たちが伝えて来たものですが、中国の音楽理論を単純に輸入したものではなく、日本人ならではの「数学的な」理論付けをやり直されたものになっているのには、表面に触れただけに過ぎないものの、やはり大変驚かされました。
ただ、それを西洋で発達した楽譜にそのまま引き写すことは出来ないので、西洋的な・・・いま普通に出回っている・・・楽譜に書き落とすことは笛吉さんにとっても楽しみであると同時に大変なご苦労だったことと思います。
民謡の採譜などは間違ったままのものが出回っており、非常に遺憾に思っております(たとえば、津軽山唄という民謡は、たしか、よく聞くと7拍子であったかと思いアmスが、唄う時に緩急をつけるので、それをそのまま同じ速さで唄っていると勘違いしたままだと、無理やり単純な拍子(2拍子だとか)に押し込むか、逆に奇妙に複雑な拍子(5拍子と3拍子が入り組んだりとか・・・先の山唄の例ではそう言う楽譜は見たことがありませんが)になっていたりします。

もう少し時間が出来たら、私なりに採譜をやり直してみたい、程度の野心はもっておりますが、それまで元気を保たなければなりませんね。

再度、心から御礼を申し上げます。

投稿: ken | 2009年5月 4日 (月) 21時22分

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