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2006年8月11日 (金)

Schostakovich第5CD(4):テンシュテット

最近、最も売れているショスタコーヴィチの第5交響曲の演奏は、テンシュテット/ミュンヘンフィルの「倉出し」録音のようです。放送用録音だったものをCD化した商品です。
この演奏、しかし、テンシュテットにはいささか気の毒な記録かも知れません。

聴く限り、テンシュテットはこの作品をずいぶん読み込んだと思われます。
第1楽章の序奏の遅さはこれまで採り上げた演奏の中では群を抜いていますが、テンポの緩急は基本的に、どうもムラヴィンスキーの演奏を参考にしたのではないかと思われます。ですが、それに偏ることなく、どちらかというとメトロノーム記号の速度指示に忠実に行こう、という姿勢が見え、序奏を例外として、結果的にテンポの遅いところはメトロノーム記号より二回り遅く、速いところはひとまわり速くなっています。
ただし、楽譜に忠実、というのではなく、描かれた「歌」に忠実であろうとしているため、この点ではムラヴィンスキーよりもむしろ、コンドラシンの系列に属しています。

何が気の毒か、というと、49歳のときのこの演奏、彼はオーケストラと一体になることが出来ずにいるのです。
ミュンヘンフィルとの共演は珍しいそうですし、なによりオーケストラ側が、後年のロンドンフィルと違い、テンシュテットの意図を理解し損ねているようです。そのため、まず第一に、起伏が甘くなっています。
第二には、特定のパート、とくにトランペットがどんどん先に行ってしまうと、もう制御が効かなくなっているのです。第1楽章、第2楽章、終楽章で、これは明確に耳に入ります。
他にもたとえば第3楽章で(スコア練習番号95番の前後1小節)まずハープが、次にセカンドヴァイオリンが音程を間違えているのはご愛嬌でしょうが、そこまで手直しするゆとりがなかったのではないか、と勘ぐることも可能です。・・・ショスタコーヴィチは十二音音楽にはおそらく心底から否定的でしたが、彼の転調は違った意味で無調的であり、こうした音取りのミスを招きやすいと言えます。しかし、これが指揮者に起因するミスだとは、どうも考えにくいのです。
こうしたあたりが、このCDでテンシュテットを始めて聴いた人には、テンシュテットの能力を疑わせてしまう要因となりかねません。
第三に・・・ある意味でこれが最も決定的ですけれど・・・テンシュテットがこの作品に読み取っているものは、マーラーに近い歌であって、それだけは音色感によくあらわれいているのですが、そのためショスタコーヴィチの曲にしてはちょっとロマン的すぎる、と捉えられてしまう恐れがあります。
「ドイツ圏のオーケストラだから、ロシアには無い柔らかさがある」
という評が付いていますけれど、私はこの評は的を得ていないと思います。(でも、この評を付けた批評家さんは最近では一番好きな人です!)音色作りにはあきらかにテンシュテットが一枚噛んでいます。でなければ、トランペットが何故これだけ無制御になるのか、説明がつきません。のちにロンドンフィルと成し遂げたマーラーの素晴らしい成果に良く耳を傾けていると、トランペットにはテンポの正しさよりも鋭角な色合いを優先することで妥協を図ったらしいと考えるのが、最も自然だからです。

それでも、おそらくはかなり短い準備期間でなされたこの演奏は一聴の価値があります。
なぜなら、この演奏の存在によって、テンシュテットの基本形がこの時期既に完成していることを、充分感得出来るからです。
ショスタコーヴィチの音楽の
「ロシア的な、とりわけソ連的な沈潜」
を聴くにはムラヴィンスキーが、
「自然の中の歌」
を聴くにはコンドラシンが、しかし、彼の音楽の根底にある流れを聴くにはこのテンシュテットの演奏が、最も適しているのではないでしょうか。

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