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2006年8月28日 (月)

Mozart:シピオーネの夢 K.126


1幕のセレナータ、「シピオーネの夢」は、結局私にはピンとこない作品でした。

「シピオーネ」は古代ローマの英雄スキピオのイタリア語読み。スキピオは大アフリカーヌスと小アフリカーヌスと言われた2人が有名ですが、この作品の主人公は小アフリカーヌスの方です。もっとも、彼の夢の中に、(義理の)祖父、大アフリカーヌスも「プブリオ」の名で登場します。

台本はキケロの『国家について』第6巻9章以下(スキピオの夢)をメタスタジオが翻案したものですが、読み比べると、メタスタジオの翻案はキケロの意図が分かりにくくなるほど冗長です。原作に示されているキケロの意図は、前掲書第19章にある言葉に尽きます。
「そのとき(大)アフリカーヌスは言った。『わたしはおまえがいまもなお人間の住居と家(訳書通り)を眺めているのを見る。もしそれが事実のとおり小さくおまえに見えるなら、つねにこの天界の夜景を眺めるように。そして、あの人間のもの(=住居、財産、名声)を軽蔑するように。じじつ、おまえは人間の噂からどのような名声を、あるいは追求に値するどのような栄光を得ることが出来るのか。(以下略)』」(「キケロー選集8』岡道男訳、岩波書店)
メタスタージオは、この大アフリカーヌスの暗喩のうち、「財産、名声」をフォルトゥナータ(ソプラノ)、上記には語られていない部分の「事実の通り小さく見える人界への誠実な奉仕」をコンスタンツァ(ソプラノ)という2人の女神に集約し、2人の女神が小アフリカーヌスに
「どちらを伴侶に選ぶか」
を選択させる、という筋立てを取っています。

ヴォルフガングはメタスタジオの台本を全部そのまま作曲したものか、たった1幕の劇作品であるにもかかわらず、「シピオーネの夢」は演奏に100分を要します。しかも、メタスタジオ流の旧式な台本構成は前半3分の2ほどがほとんど単調なレシタティーヴォとアリアの反復で、ヴォルフガングは間に1曲、素晴らしい合唱曲を挟んでいるものの、仕上がりとしては大詰に至るまで起伏を欠いており、筋をたどりながら聴いていても退屈です。

音楽そのものは、それでも1曲ずつ見れば、1772年以後充実していくヴォルフガングの個性を予見させる、素晴らしいものだけに、全体の「つまらなさ」は、この作品に私たちが興味を抱く上で最も大きな障壁となってしまい、返す返す残念だなあ、と思います。単独盤CDは古楽式の演奏ですが、序曲の演奏に難がある気がします。本来あるべき演奏より間が抜けた感じです。惜しい。

この作品は、1772年、ザルツブルクの大司教シュラッテンバッハが死去したことにより後任となったコロレドを迎え入れるために作曲されたもの、と思われてきました。しかし、その後の自筆譜などの研究で、実は1771年のうち(おそらく第2回イタリア旅行中)にシュラッテンバッハの大司教就任50周年祝賀の為に作られたものであることが判明しました。スキャナ不調で、その証拠となった部分の図版が添付出来ず、残念です。
シュラッテンバッハは、皮肉なことにモーツァルト父子がイタリアから帰郷した翌日、1772年1月16日に亡くなったのでした。後任のコロレドは3月までには赴任しましたが、その歓迎の宴で「シピオーネの夢』が演奏された形跡はありません。シュラッテンバッハ時代の財政破綻を立て直すことを急務としたコロレドは、上演されたとしても喜ばなかったでしょう。
したがって、「シピオーネの夢』は1979年にザルツブルク<モーツァルト週間>で録音されたものが初演となる、ということだそうです(海老沢敏「超越の響き モーツァルトの作品世界』479〜480頁)。
なお、平凡社新書「モーツァルト オペラのすべて」108頁の記述
「すべてが終わり、リチェンツァ=献辞がシピオーネの徳を讃える。」
は誤りで、リチェンツァは「シピオーネに喩えたザルツブルク大司教(もともとはシュラッテンバッハ、あわてて直したあとにはコロレド)というのが正です。ご注意下さい。
二人のスキピオの事蹟は、塩野七生「ローマ人の物語」ハンニバル戦記(文庫では4〜6巻)を参照。
ローマ人の物語 (3) ― ハンニバル戦記(上) 新潮文庫
ローマ人の物語 (4) ― ハンニバル戦記(中) 新潮文庫
ローマ人の物語 (5) ― ハンニバル戦記(下) 新潮文庫

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