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2006年8月 9日 (水)

Mozart:宗教音楽1771年

Mozart:宗教音楽1771年

この年の交響曲作品についてはこちらをご覧下さい。
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1771年、ミラノにおける「アルバのアスカーニョ」上演で大成功をおさめた同じ年に、モーツァルトが作曲した宗教音楽は、「救われたベトゥーリア」を除くと、オッフェルトリウムK.72・レジナチェリK.108・リタニアK.109の3曲です。3曲とも、第2回イタリア旅行へ出発する前の5月に、ザルツブルクで作曲されています。
K.115とK.116のミサ・ブレヴィスは偽作であることが判明しており、K.116は父レオポルドの作品であることが、おそらくは1984年から1989年の間に判明しています。K.115もレオポルドの作ではないかと考えられているそうです。この2作は残念ながら、いずれも耳に出来ず、楽譜も見ておりません。

今回採り上げた曲のうち、K.72は単独盤にも収録されていると思われますが、全集はフィリップスの輸入盤国内盤があります。
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K.72の、洗者聖ヨハネの祝日(6月24日)のためのオッフェルトリウム『女人より生まれし者のうちで』(NMAペーパーバック版スコア3-332)は、これまでのヴォルフガングの宗教音楽としては、『孤児院ミサ』共々もっとも有名な作品です。
「ヨハーネ、ヨハーネ、バプティスタ」
と歌う旋律を耳にすれば、
「ああ、きいたことがあるなあ」
とお思いになるはずです。
これは、旋律が、ザルツブルクの民謡「私のハンス、可愛いハンス」から採られていて、親しみやすいせいでしょう。ちなみにハンスはヨハネスの愛称で、ヴォルフガングがこの体が踊り出すような民謡を選択したのは
「聖母マリアが聖者ヨハネの母エリザベートを訪ねた時、エリザベートの胎内で子供がおどった」
というルカ福音書(第1章40節〜46節)の故事に基づくのだそうです(カルル・ド・ニ『モーツァルトの宗教音楽』訳書63頁)。
なお、Carus版のスコア"Werke zum Kirchenjahr"[ISMN M-007-08739-5]の序文でもド・ニの上記著書でも、のヴォルフガングがこの作品を
「ゼーオンのベネディクト会修道院の神父ヨハネスと遊び戯れながら」
作った、という故事を紹介していますが、いずれもこの故事は真実ではない、と結局は否定しています。
編成は2つのヴァイオリンと低音部(チェロ、バスとオルガン)で、ザルツブルク向けの作品であることが分かります。歌詞は次の通りです。誤訳があったらお許し下さい!

Inter natos mulierum(女人より生まれし者のうちで)
non surrexit major(かれより偉大なる者は無し)
Joanne Baptista,(そは洗者ヨハネなり)
qui viam Domino praeparavit(彼こそ主の道を整えたり)
in eremo.(荒野の内に。)

Ecce agnus Dei,(神の子羊を見よ)
qui tollit peccata mundi,(世の罪を除きたもう彼を、)
Alleluja.(ハレルヤ。)

歌詞の最初の2行は『マタイ福音書』第11章の11によるかと思われます。
次の二行は洗者ヨハネと結びつきの強い『イザヤ書』の有名な詩句(第40章3節)によります。『イザヤ書』は、旧約聖書中でもきわめて中東的な書で、古代の動乱の時代を反映して興味深いものがありますから、歴史のお好きなかたはお読みになってみて下さい。そうした書と結びついた言葉にこの曲のような明るい音楽を付けたことで、19世紀にはモーツァルトのザルツブルク時代の宗教曲は
「俗っぽい」
と、非難の的となります。
でも、この曲の清らかさのどこに、「俗っぽさ」があるというのでしょう!

なお、<洗者聖ヨハネの祝日>は北半球の夏至との関連が深く、この祝日の前夜に摘んだハーブ(とくに聖ヨハネの名前を負うセントジョンズワート)は薬効が高い、といった面白い話もあります(八木谷涼子『キリスト教歳時記』平凡社新書164〜168頁、2003)。
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「レジナ・チェリ(天の皇后)」K.108(NMAペーパーバック版スコア3-302、Carus版"Werke zu Marienfesten" ISMN M-007-08735-7)は、Allegro-Tempo moderato-Adagio un poco Andante-Allegroの4章から成り、編成もオーボエ(第2楽章ではフルートに持ち替え)、ホルン、トランペット各2本にティンパニ、弦はヴィオラも2部に別れる、という、この時代では規模の大きな作品です。あるフレート・アインシュタインがこの曲を「声楽部を持ったイタリア風シンフォニア」だ、と述べたのに対し、『モーツァルトの宗教音楽』の著者ド・ニは作品を軽んじるものとして憤っていますが(訳書62頁)、アインシュタインのほうは音楽の壮大さに魅かれ、幾分ロマン派的な発想をもって(翌年のK.127の「レジナ・チェリ」も含め)
「両作品は壮麗でコンチェルタントになっている」(アインシュタイン『モーツァルト その人間と作品』訳書443頁、白水社 新装復刊1997)
と口を滑らせてしまったに違いありません。
ヴィオラが2部になっていることで、ザルツブルク大聖堂向けの作品ではない、と論じられていますが、モーツァルトはヴィオラを2部に分けるのが好きで、これ以前にもそうした曲が幾つかあることを考え合わせると、当時のザルツブルクのオーケストラ編成について詳細な検討をしない限り簡単には断言出来ないのでは?との素人考えを持っています。・・・ただし、間違っているかも知れません。この件はもう、良く調べられているはずですから。
ホモフォニーながら単純にではない、対位法的な流れで作られた壮麗な合唱の取り扱いに、まだ15歳ながら巨匠の腕前が存分に発揮しているモーツァルトの、誇らしげな、それでいて素朴な笑顔を感じます。第2楽章のソプラノソロと合唱の交錯、終楽章のパートソロと四部合唱による「アレルヤ」の交代は、見事としか言いようがありません。
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リタニア『ロレトの連祷』K.109(NMAペーパーバック版スコア2-679)は、3本のトロンボーン(合唱の補強)とヴィオラ無しの弦を伴奏に持つ作品で、Kyrie(Allegro)-Sancta Maria(Andante)-Salus infirmorum(Adagio)-Regina angelorum(Vivace)-Agnus Dei(Andante)の5章から成りますが、各楽章はそれほど長くありません。オーケストレーションから言って間違いなくザルツブルク向けの作品で、かつ聖母マリアの昇天祭の月である5月に演奏するために作曲されたことが明らかです。
「ロレト」というのはラテン語のlauretumに当たるそうで、調べると「桂のある場所」という意味だそうですが、イタリアにそういう名前の町があるとのことです。アドリア海の沿岸にある、現在1万人ほどの人口の町で、「聖母マリアの家」が1294年に天使によって運ばれてきた、という奇跡で有名な聖地です。モーツァルト父子は、このロレトへ1770年に旅しています(海老澤敏『超越の響き』385頁、小学館1999)。この巡礼の直前に父レオポルドが馬車の事故で足に重傷を負っており、足の病に公験あらたかな、ロレトの聖地を訪れたようです。
「ロレトの連梼」というのは、聖母とかかわりが深いその詩句の名称です(K.195も『ロレトの連祷』)。ちなみに、レオポルド自身、『ロレトの連祷』を5作残しているそうです(前掲海老澤著書388頁)。リタニアは、同じ書の同じ箇所に「ギリシャ語のlite(願い)、litaneia(切なる願い)に由来する」との音楽之友社の辞典からの引用説明があります。とりわけ18世紀の南ドイツでもてはやされたジャンルだとのことです。

余談ですが、フランスには
「五月の結婚には、決していいことはない」
ということわざがあるそうで、これは五月が聖母マリアの月だから、というのが表向きの理由だそうですが、実はこの月に妊娠すると、興奮まっただ中のカーニヴァルの月(2月)に子供が生まれることになり、母胎に良くない、ということらしいです(鹿島茂『フランス歳時記』中公新書2002)。

脇道はともかく・・・
この作品、Agnus Deiの終結部が変ロ短調で文字通り謙虚な祈りのうちに美しく響くので、あるフレート・アインシュタインが絶賛しています。
Kyrie、Agnus Deiはミサ曲とは歌詞が異なりますから、お聴きになる場合にはご注意下さい。

参照した書籍のうち、モーツァルトに直接関わるのは下記三点です。


Book

モーツァルトの宗教音楽


著者:カルル ド・ニ

販売元:白水社

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モーツァルト―その人間と作品


Book

モーツァルト―その人間と作品


著者:浅井 真男,アルフレート・アインシュタイン

販売元:白水社

Amazon.co.jpで詳細を確認する




超越の響き―モーツァルトの作品世界


Book

超越の響き―モーツァルトの作品世界


著者:海老沢 敏

販売元:小学館

Amazon.co.jpで詳細を確認する

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