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2006年8月20日 (日)

Mozart:「救われたベトゥーリア」K.118(74c)

1771年の作品(各項をクリック下さい)
交響曲宗教曲救われたベトゥーリア
アルバのアスカーニョ・シピオーネの夢(未)・その他(未)
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1770年、オペラ・セリア「ポントの王ミトリダーテ」の成功により、ヴォルフガングは次々と大規模な劇作品の注文を受ける事になります。翌1771年3月4日に、まずは2年後のミラノの謝肉祭用のオペラ「ルーチョ・シルラ」作曲を請け負い、その直後、帰路にさしかかったところで、パドヴァの街向けにオラトリオの注文を受けます。これはザルツブルクに帰った後、この年8月のパドヴァへの旅行までには完成されたようです。もう一つは、同年10月に一大センセーションを巻き起こす事になるセレナータ(祝典劇)、「アルバのアスカーニョ」ですが、これはザルツブルク帰着後にウィーン皇室からマリア=テレジアの名の元にもたらされた注文です。「アルバのアスカーニョ」については、別途記述します。

さて、71年8月に始まる第2回イタリア旅行へと持参されたオラトリオ「救われたベトゥーリア」ですが、せっかく完成されていながら上演記録が残っていません。記録がない理由は判明しておらず、今日ではおそらく上演されなかったのではないか、と考えられています。
旧約聖書外典(カトリックでは第2正典)「ユディト書」をもとに、メタスタージオが1734年に作成した台本に基づくこの作品は、約30人の作曲家によって曲が付けられており、その中にはサリエリとその師ガスマンも名を連ねています。

「救われたベトゥーリア」のあらすじは以下の通りです(講談社版「聖書」記載のユディト書を参照し、メタスタジオの筋に合わせ調整しました)。

ユダヤはサマリア地方の町ベトゥーリアは、折しもバビロン捕囚の実行者ネブカドネザル(いろいろな解説でアッシリアの王とされていますが、歴史的に正しくは、彼はバビロニアの王です)の配下ホロフェルネス率いる12万の歩兵、1万2千の騎兵からなる大軍に取り囲まれています。普段から対立していた隣の民族がその配下に回って水脈も断ってしまったため、ベトゥーリアは滅亡を待つばかりかに見えました。嘆く住民に、町の長オジア(テノール)は
「あと5日、神の救いのみしるしを待とう」
と短慮を制します。
一方、ホロフェルネスは、ベトゥーリアに住むユダヤ人について情報収集を重ねますが、アキオル(バス)という老人が
「彼らは神に守られている。攻めて勝てる相手ではない」
と忠告したのには腹を立て、アキオルをベトゥーリアへと追放します。
アキオルを受け入れたベトゥーリアは、彼からバビロニア軍の強大さを聞かされ、恐れおののきます。また、アキオルはオジアにユダヤ人の神を信ずるよう勧められますが、「唯一のその神のみを信じる」べきである、というユダヤ人の信仰姿勢に疑問を隠せず、信仰は拒否し続けます。
貴婦人のアミタール(ソプラノ)をはじめバビロニアを恐れおののくばかりのユダヤの民の前に、3年前夫を失ったユディト(アルト)が現れ、
「神のはかりごとに身を任せ、私がバビロニア軍の陣営に赴きます」
と言い放ち、下女一人を連れ、身をきらびやかに飾って、ベトゥーリアを出て行きます。
四日後、ユディトは戻ってきて、
「神のみ旨は果たされました」
と、町の一同を前に敵将ホロフェルネスの首を持参します。彼女はホロフェルネスに取り入り、四日目の夜、酒宴の後に彼と二人になるチャンスをものにし、ホロフェルネスが酔いつぶれたところを、その首を斬って脱走してきたのでした(これはラファエロカラバッジョをはじめ多くの画家にとり恰好の画材となりました。とくにカラバッジョの作品はユディトがホロフェルネスの首を取る瞬間を残忍に描いており、「こんな絵を描けるからには、カラバッジョは人を殺した事があるに違いない」と噂されたそうです)。
将のぶざまな死を知ったバビロニア軍は潰走し、今まで信仰を拒んでいたアキオルはユディトの業に気絶した後に唯一神信仰へと回心し、ベトゥーリアの町には再び平和が戻ります。

アキオルの回心はメタスタジオの創作であり、貴婦人アミタールも原典には登場しない人物ですが、オラトリオという性格上、ユディトが敵将の首をとる場面を直接書くわけには行かず、この2つの創意、およびベトゥーリアの町に帰ってきてからのユディトの口から「斬首」の一部始終を語らせるという間接的な描写手法により、メタスタジオは台本が「宗教劇」から離れたスペクタクルになる事を回避しています。
その分言葉が多く、冗長になっている嫌いもあり、メタスタジオの「救われたベトゥーリア」台本には当時でも賛否両論があったかとも思われ、メタスタジオ作品の素晴らしい作曲者と考えられていたハッセなどは、この台本には曲をつけていません。

ヴォルフガングは、台本の冗長さを回避すると同時に、作品を聴衆に分かりやすくするため、

・アリアのダ・カーポ部分は縮小し、
・とくに重要な脇役アミタールとアキオルには前半と後半で対照的なアリアをあたえ、
・後半のアリアはヘンデルを思わせる重厚な仕上げを施している(高橋英郎氏が「ヘンデルは最もモーツァルトに遠かった」といったことを書かれていましたが、私にはモーツァルトのこの工夫を考慮すると、到底賛成出来ない言葉です)。

・ユディトのレシタティーヴォはアコンパニャートとする
・族長オジアの祈りに民の祈りをラップさせた合唱曲を反復利用する
・大詰めのバビロニア軍の潰走はユダヤの長老の一人に短調の動的なアリアを与えて暗示
・最後の神への讃美と祈りの合唱は、ユディトのソロと交互に現れ、少しずつ変化する事で喜びの広がりを巧みに描写して見せる

といった工夫を凝らしています。
なお、最終の合唱部は3巡目まではレクイエム入祭唱のソプラノ独唱"Te decet hymnus Deus in Sion, et tibi redetur votum in Jeruzsalem"と同じ旋法、旋律線です。協会旋法の第七旋法(ミクソリディア)は「異国旋法」とか「巡礼調」と呼ばれているとの事で、モーツァルトがこの部分で意識的に用いていると指摘されています(ド・ニ「モーツァルトの宗教音楽」)。

まだまだバロックオペラの流儀を脱していない作品である上に、メタスタジオの混み入った意図が災いして、筋書きや言葉、役割分担があらかじめ理解出来ていないと、我々日本人にはどうしても馴染みにくい点もあります。
しかし、一度事態が飲み込めれば、このオラトリオ、言葉を超えて訴えかけてくる力を充分に備えている事が分かります。

調性構造については触れませんが、序曲(クラリネット、ティンパニを含まない二管編成)は「ドン=ジョバンニ」以外で唯一の短調であること、しかも、「ドン=ジョバンニ」とは違い、3楽章からなるイタリア風シンフォニアで、3楽章とも短調に終始する事は、この作品の際立った特徴のひとつでもありますので、この点付言しておきます。ただし、ここで短調を採ったのはベトゥーリアの町が窮状にあるという「風景」の表現を意図したものであり、2つのト短調交響曲や同じ調の弦楽五重奏曲、ピアノ協奏曲、二短調弦楽四重奏曲などに感じられる激しさまたは哀感等を求めるのは妥当ではありません。

CD単独盤(国内)はペーター・マーク指揮パドヴァ・ヴェネト室内管弦楽団の1991年録音のもの(DENON COCQ84144-5、2枚組 2,520円)があります。フィリップスの全集(輸入盤)では11巻目に収録されています。
スコアはNMAペーパーバック版第3巻に含まれます。

この作品の長所につき、もっとも熱心に語っているのはカルル・ド・ニ著「モーツァルトの宗教音楽」訳書70〜79頁です。ご一読頂ければ幸いです。


Book

モーツァルトの宗教音楽


著者:カルル ド・ニ

販売元:白水社

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コメント

こんばんは。

僕はこの作品の序曲しか聴いたことがないので
語れることはほとんどありません。
しかし研究者に特に軽視されているわけでもなく、
カルル・ド・ニに至っては「傑作」と読んでいたりする
オラトリオの録音があまりに少ないのが残念です。
初期のオペラ・セリアには質でも量でもそれなりに
録音が存在するにもかかわらず、
この作品は不思議なくらい等閑視されていて
軽い憤りさえ感じます。
ナクソスあたりで出してくれないかなあ、
と期待しているのですが…。

投稿: Bunchou | 2009年3月 8日 (日) 20時20分

Bunchouさん、こんばんは!

これは、確かに傑作です。
ナクソスで出るかどうかは分かりませんねぇ。そう願いたいなあ。

CDは記事中のペーター・マーク盤と全集盤におさまっているくらいしか知らないのですが(PHILIPS COMPLETE MOZART EDITION 11、ハーガー指揮 ザルツブルクモーツァルテウム管弦楽団・合唱団、ハンナ・シュヴァルツ、ペーター・シュライヤー他)、DVDも出ているようです。
HMVへのリンクを貼っておきましたから、お役に立てば幸いです。

投稿: ken | 2009年3月 8日 (日) 21時34分

ナクソスはヨーゼフ・ハイドンの「トビアの帰還」を
古楽器で録音していたりしますから、
十分期待することは出来ると思うのですが
今のところは難しいかもしれませんね。

「ベトゥーリア」の録音はkenさんが紹介してくださっている
3種類のものしか、僕も知らなかったりします。
個人的な好みとして古楽器陣の演奏で聴きたい
という思いもありまして、どれも所持していないです。
あっても不思議じゃなさそうなんですが…。
古楽器でやってくれそうなのはナクソスか、
cpoかブリリアントあたりでしょうか。

投稿: Bunchou | 2009年3月10日 (火) 00時36分

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