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2006年8月 2日 (水)

「長い休符」の過ごし方(6)

打楽器によってもたらされる色彩感の素晴らしさについては、言うまでもありません。したがって、打楽器について特別な話題は綴りませんでしたが、ご容赦下さい。

ピアノ曲や弦楽四重奏曲・弦楽合奏曲は、モノクロの世界です。モノクロ映像にスポットで強烈な赤を加えるTVコマーシャルが、時に強烈なインパクトを与えますが、これは音楽の上ではまず協奏曲の世界で実現されました。次第にシンフォニア重視になってくるに至り、オーボエ・ホルンに始まって徐々に、オーケストラに管楽器・ティンパニが増強されてきた、という過程が、一方では「強い色彩はなるべく限って、印象的に用いる」という作曲家側の抑制による、管・打楽器使用の頻度抑制につながってきたのではないでしょうか? それが故に、長い休止が多いとは言え、管楽器、打楽器は弦楽器奏者から見れば「曲のヘソ」「音楽の肝」を担当する割合は休符の長さに反比例して高く、実はうらやましい限りだ、ということは、管・打楽器の方には是非承知をしておいていただきたい点ではあります。

ローマの古典に
「(世俗の欲に囚われる人は)山羊や羊ならどれだけ持っているか言えるのに、友人を何人持っているかは言えない」
という格言めいた文があります(キケロ「友情について」)。山羊や羊は、いま、音譜の数だと思って下さい。
「友人」とは、音楽の中でもっとも大切にすべき精神、とでもなるのでしょうか。
それを担っているのだ、という自負は、とくに金管・打楽器の方は常に御持ちだとは存じますが、その分、長い休符の間にどうやって自分の出番が用意されて行くかに人一倍理解を深め、弾くことだけで忙しい弦楽器連中に良いアドヴァイスを頂けるほど見識を深めていただければ、これに勝る喜びは無いと存じます。

・・・たいした結論でなくて本当にすみません!
こんなところで。

夏が終わるまで、また考察に値するものを見つけておきたいと思います。

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コメント

「長い休符」の過ごし方… 楽しく拝読しました。

先日の演奏会でお世話になりました、tubaのtです。

実はtuba奏者は、長い休符に対して苦痛に感じない人が多いです。かく言う私もそうです。

確かにtubaは派手な楽器ではないです。見た目は別として…
tubaの醍醐味は、オーケストラの音色をたった1本で変えることができる。この一言に尽きます。100小節先の白玉に、胸をときめかせ、今か今かと思いを馳せています。

長い長い休符の過ごし方… 人によってまちまちですが私の場合、弦楽器の弓を眺めています。後列からの眺めは絶景です。弓の動きが、まるで風にそよぐ草木のようでとてもキレイですよ。この風景を見れる休符があるから、私はオーケストラが大好きなのだと思います。

弦楽器のみなさんには少々申し訳ない思いもありますが…

投稿: N.T. | 2006年8月11日 (金) 17時22分

貴重なチューバの例のコメント、大変有り難うございました。弦は、金管のきらきらしたファンファーレに見とれるゆとりがあるときは嬉しいんですけれどね、練習上のステージの真ん中に座ると、後ろを振り返れないんですよネ。。。悲しい!

投稿: Ken | 2006年8月12日 (土) 00時52分

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