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2006年7月 5日 (水)

定期演奏会反省

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昨日、ご好意で一足先に定期演奏会の録音を聴くことが出来ました。
(TMF-Soundsamplesへのアップは7月末までお待ち下さい。)

長文になることをご容赦下さい。

「いいところ」からいきましょうネ!
・前よりレベルが(少し?)上がった、と言って下さったお客様がいた。
・家族の話では、「金管、よかったね。とくにブルックナーのトランペットで高い音を吹いていた人、誰? 良く通っていた」
私の、録音を聴いての最初の感想・・・うん、クリスチャン・バッハの第2楽章とブルックナーの第1・第2楽章は歴史的録音になるゾ!

・・・で、5,6回、冷静に戻って聞き直した結果。キツいなあ・・・でも綴ります。

<さまよえるオランダ人>
序曲は毎回ですが、散漫になりますね。まだ「自分」ないしは「音楽」を掴んでいないうちに演奏が始まっています。今回も例外ではありません。「迫力不足だった」という感想がお客様からあったのは、「集中」が欠けていることを見抜かれているとしか言えません。音量の問題ではないことはご認識下さい。数ケ所、管1本になるところで音程が浮くのも曲の勢いを落としています。要は「集中」の焦点がズレたりボケたりしているわけです。
それでも、最初に静かになる部分の木管の連繋プレイは、山蔭女史がかつてない冷静さを保ったゆえか、久保さんがうまく引き取ったゆえか、なかなかいいと思いました。
大きな課題として、これから出す「音程」の狙い方に、パートを問わず問題があります。
弦は、普段の練習で「この音はココかな」と弓でチョンチョンと探るクセがありますね。まずこれをやめましょう。難しいと思うハイポジション・半音階的音程も、「左手だけでポジションで測って準備する。弓を使って音を確かめることは絶対にしない」習慣を付けなければいけません。普段の欠点は今回はヴァイオリンについては冒頭部に顕著に聴かれます。
管はマウスピース・リードの構造によってそれぞれの難易があるとは思いますが、「この音程を狙うときにはこの口とこの息」という認識が不足している方はいませんか?その点が心配です。「息」に頼る人はディナミークがピアノに近づくほど音の当たる確率が下がります。それなら、まず確実に「この音」に当たる息の強さで、狙った音を確実に出すイメージトレーニングから始めるべきではないでしょうか? アンブシュア依存型は逆に、ディナミークの可変域が狭いと思われます。なかなか大変ではありますが、ディナミークに変化を付けてもアンブシュアが崩れない計算が出来る見通しを立てておくべきでしょう。以前の繰り返しになりますが、ディナミークの決定は息の量あるいは速度といった限定された要因で決まるものではありません。ご一考下さい。金管・木管同士でどうバランスをとるか、という配慮にも欠けるところが多かったと感じております。

<クリスチャン・バッハ>
正直に告白しますと、普段の練習を聴きながら、「音程感のない方」を中心に(完全にそうは出来なかった点に私自身の反省があります)外れていただきました。ご自身で気づいて下さることを切に祈っております。(音程感は本来は人の数だけ存在します。しかし、アンサンブルの際には自己のではなく、全体の音程感覚に寄り合えなければいけません。私なんか、よく「おまえのは演歌の音程だ」とケチがついたもんです。。。でも、こういうことはなかなかはっきり言ってもらいにくいものです。ましてや、「演歌」の音程感さえも確立されていないとしたら・・・申し訳ありませんが、その段階の方も結構いらっしゃいます。)
音程の面では、おかげさまでいくらか整理はつきました。
問題はアンサンブルで、とくに弦。第3楽章の冒頭は、録音で確認したところ、実はファゴットがいち早く対応しておりました。おかげで自分も即座に追随できたのだな、と思い知りました。
第1・第3楽章の規範になるような演奏は他でもなかなか聴けません。名指揮者・名管弦楽団の録音でも、それがいかに「スコアに沿って考えた」演奏でも、見本にならないものはなりません。規範とすべき曲ならあります。モーツァルトの「ハフナー」交響曲や、「ルスランとリュドミラ」序曲です。前者はオトマール・スウィトナー指揮ドレスデンシュターツカペレの、後者はカルル・アンチェル指揮チェコフィルの録音に出会った衝撃を、私個人はいまだに忘れることが出来ません。後者は最近販売されておらず、前者は単体では希少盤で、セットもので安いのを見つけたので、近々にお聞かせできると思います。何十人ものオーケストラが、管・弦・打を問わず1本の糸、いえ、縄、いや、なんなんだろう・・・見事なばかりに各自の音の粒子を1点に集めることに成功している例は、昨日今日と確認しましたが、やはり過去に記憶した2つの演奏に勝るものはありませんでした。
彼らはもちろん「耳」も使っているのですが、ホールに乱反射する音に惑わされないために、もう一つ重要なことを行っています。「目」を使うのです。
・まず、同一セクション内の「中心人物」を決めてあります。(管の方、決めていましたか?この曲では大丈夫でしたが、他の2曲では曖昧でした。)
・「中心人物」の微細な動きも見逃さず、自分の動きをそれとピッタリ合せます。(弦の方、そういう観察と考慮のゆとりをお持ちですか? 極端なことを言えば、パートトップが指を動かすそのスピードとタイミング通りに、自分の指を合わせて動かす、なんてことから始めてみると良く分かります。)
・「中心人物」は、指揮を見て合せればいいのではありません。指揮からアンサンブルのキーポイントを「読み取って」、アンサンブルで合わせるべき「相手」を定めなければなりません。クリスチャン・バッハの第2楽章が有る意味で成功事例だったとするならば、それは「相手」がオーボエソロだということが明確だったからです。他の楽章が失敗しているのは、まず「中心人物」に目を働かせる機微が把握できていなかったという重要な課題があることを、この際どうぞ肝に銘じて下さい。

<ブルックナー>
個人的に悔いが残るのは、
「ああ、難しい音程、微小な動きのところは人任せにすべきではなかったなあ」
という点です。前者は今回は充分練習し尽くしませんでしたし、後者はことばにしての注意喚起が足りませんでした。そういう箇所がボロボロだったり不明瞭だったりした責めは、ひとえに私にあったのではないかと思います。
ホルン・金管陣はコケそうになるとうまくコントロールして自然に復帰している点、今回はあらためて脱帽です。録音を御聴きになる際は、どなたもそこに耳を傾けていただきたいと思います。この「精神」が重要です。
コラール的な主題の、木管同士の音程感の揃え方にも集中力が出来ていました。
これで「微細な」表現にも思いが致せるようになると・・・それが分かりやすいはずのブルックナーだったからなおさらそう思うのですが・・・より素晴らしい演奏になったのではないかと思います。

ケチばっかりつけましたが、自分にも向けてですので、ご容赦下さいネ。
まあ、しかし、大健闘でした。
さらにより良く、が楽しみです。

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