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2006年7月19日 (水)

流行歌マニアの嚆矢:後白河法皇(4)

さて、後白河法皇は「梁塵秘抄」における「今様の収集家」ではあっても、作者ではありません。法皇の興味は、レパートリー確認と拡大のための歌詞集の編纂にあったかと思われます。
其の傍ら、前回触れた通り、法皇は定家の父、藤原俊成に「千載和歌集」の編纂を命じています。
この「千載和歌集」には、後白河法皇自身の歌も七首掲載されています。

78:池水にみぎはのさくら散りしきて波の花こそさかりなりけれ
360:もみぢ葉に月のひかりをさしそへてこれや赤地のにしきなるらん
606:幾千代とかぎらざりける呉竹や君がよはひのたぐひなるらん
717:恋ひわぶるけふの涙にくらぶればきのふの袖は濡れし数かは
797:万世を契りそめつるしるしにはかつがつけふの暮ぞ久しき
798:今朝問はぬつらさに物は思ひ知れ我もさこそは恨みかねしか
866:思ひきや年のつもるは忘られて恋に命の絶えんものとは

どうでしょう、和歌としては平凡で平板に過ぎるかも知れず、よい詠み手であったとは到底思えない出来でもあるかと思います。
一方、死後に孫の後鳥羽上皇が編んだ新古今和歌集には、四首が載ります。

146:をしめども散りはてぬれば桜花いまは梢をながむばかりぞ
579:まばらなる柴の庵にたびねして時雨にぬるるさ夜衣かな
1581:露の命消えなましかばかくばかりふる白雪をながめましやは
1726:浜千鳥ふみおく跡のつもりなばかひある浦にあはざらめやは

最後の歌は、千載集に何とか載せて頂きたい、と申し出てきた、あまり優秀ではない歌い手に対する慰めとしてのものであり、その前の「白雪」の歌は、臨終近くに詠んだもののようです。
それにしても、こちらの四首は千載和歌集の七首に比べると、素直な気持ちから詠まれている点ではかわらずとも、歌の情趣は遙かに深いものばかりだ、というのは、素人の詠み手の浅はかな印象でしょうか?
だとしても、二つの歌集で取り上げられた後白河法皇の歌ぶりの相違は、各々の歌集を監修した人物の撰歌眼の違いを非常に明確にしていることは疑えないと思います。
「新古今」の監修者、後鳥羽上皇は、西行や慈円と並び、「千載集」の撰者である俊成をも、其の素直な歌ぶりで敬慕していました。俊成自身、おそらく式子内親王に乞われて著した『古来風体抄』の中で、
「必ずしも錦縫物のごとくならねども、歌はただよみあげもし、詠じもしたるに、何となく艶にもあはれにも聞ゆる事のあるなるべし」
と、詠歌に当たっては妙に凝ったりする必要はない事を説いています。
しかしながら、俊成は当時の歌人に大きな影響をもたらしていた『俊頼髄脳』の著者、源俊頼を大変尊敬していました。この俊頼は、歌の姿かたちは決して凡俗のものではあってはならないことを盛んに訴えているようですし、彼のライヴァル達も、この点では一致していました。歌人たちの主張は、すなわち、和歌の中には俗語を用いてはならない、ということでした。『梁塵秘抄』に集められた今様の、何とこの規則に反していることでしょう! そうしたアウトサイダー的、非正統的な歌が、政界の頂点にいた後白河法皇にとって最大の生き甲斐だったことは、何という皮肉でしょう。俊成が選んだ後白河の和歌が平板なものばかりになってしまったのは、俊成の歌に対する考え方からすれば他に選択の仕様がなかったため、であったとしか思えません。
一方の後鳥羽は、俊成のように「歌の家を守らなければならない」といった意識を持つ必要もなく、したがって既成の和歌観に囚われる義務もなく、新古今の編纂は歌所を設けて複数の人間の目を通しながら行ったこともあり、祖父の和歌の中にも・・・言い過ぎではありますが・・・西行や慈円同様に「素直で深い」歌があることを見逃すことがなかったのかも知れません。

さて、定家は歌の言葉に関しては父、俊成よりも過激になっていきます。数編著した歌論集のうち、『近代秀歌』では
「詞は古きを慕ひ、心は新しきを求め、及ばぬ高き姿をねがひて」
行くべきだ、という、じつに峻烈な言葉を吐いています。
これは日本史上最大のホモ・ルーデンスであった後鳥羽と様々な葛藤を生んでいくことになる筈ですが、そのことはまだずっと先に見ていくことになるでしょう。

この次は、定家の本源的な歌風を育てるのに最も資したと思われる、九条良経との(歌の面での)交情を見ていければいいなあ、と思っております。

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