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2006年7月19日 (水)

流行歌マニアの嚆矢:後白河法皇(3)

ここで頼りに出来るのは、西郷信綱著『梁塵秘抄』(ちくま学芸文庫サ16)くらいです。
梁塵秘抄に関する読み物、解説書は優れたものがありますが、おおかたは文学鑑賞や歴史考証の材料として今様をとらえているだけで、歌謡としての追及は「不可能」視されています。
そうした中、古事記の研究で深い造詣を示した西郷氏は、梁塵秘抄の「歌謡」としての特質にも鋭い目を注いでいて異色であり、しかもそれが文庫で読めるのは大層嬉しいことです。

「喉声の歌」だから、謡曲なんかと似ていたのかな、と期待しつつ読みすすむと、そういうことはいっさい書いてありません。母親が老いの手すさびで「謡い」を習っていますが、「喉を壊した」という話はこれまで一切なく、その点でも私の推測は的外れかも知れません。
また、平曲(琵琶法師が平家物語をうたったもの)に片鱗が残っていないかどうかも、全く分かりません。
私自身は、いちおう「平曲か謡曲、あるいは幸若あたりに今様の名残がある」
と信じています。。。ただし、主観に過ぎません。

西郷氏の記述は、今様の歌い手に催馬楽の名人が多かったことを指摘しています。
現在聴くことのできる催馬楽は、発声法の上で神楽歌と異なるところは全くありません(平曲の唱法は催馬楽などと似ているといえば似ているかも知れませんが、私にはいまのところ断言できません)。ただ、西郷氏は記紀歌謡・神楽歌、催馬楽、今様の違いについて、概ね次のようにまとめています。
・記紀歌謡はことばの意味が音楽よりも前面に出ており、その結果、歌詞の繰り返しが殆どない。
・神楽歌は基本的に記紀歌謡を継承しているが、現在残っているものには雅楽の影響が残っている場合がある。(基本は笛と和琴のみで伴奏されたのですが、雅楽の影響を受けた印に、録音では篳篥も伴奏に加わっています。)
・催馬楽は歌詞を観察すると「音楽に合せて繰り返しを行う歌詞が多く含まれている」ことから、雅楽(註:日本にはいってきた雅楽は、唐では燕楽と言われていたものです[<アジア音楽史>といった類いの書籍で確認できます])の流入に影響を受けた歌謡だと、ほぼ断言できる。従って、言葉は音楽に従う結果となり、記紀歌謡とは有り方が逆転した。伴奏も雅楽の楽器である。
・今様は、梁塵秘抄他に残っている詞章から伺う限り、囃子詞は挟まれていても、歌詞が繰返されることはない。伴奏も太鼓のみであることが普通だった。従って、ことばを主とし、歌い方もあるていど自由度が高かったと推測される。(前掲文庫収録の「梁塵秘抄における言葉と音楽」を参照。文庫151頁以降。なお、まとめに誤りがあれば私の責任ですので、ご指摘下さい。)

・・・ということで、仏教音楽(説教節など)の影響を受けたとされる平曲や謡曲との接点については、西郷氏には言及がなく、私にも知りうる他の資料や見識はありません。
ただ、今様の歌い手に名人が多かったとされる「催馬楽」は、現代人がクラシックピアノを習うような感覚で、古典教養として貴族社会に深く浸透していたものであり、九条兼実の日記「玉葉」にも、その長子良通が師匠に付いて催馬楽を習っている記事が何度も出てきます。今様の担い手は令外の民である傀儡・遊女集団であったとはいえ、遊女も催馬楽を歌っていたという記録もあるそうで、今様の歌い方は催馬楽を簡略化し「現代風(もちろん平安時代での)」にアレンジしたものだった、というあたりが実態だったのかも知れません。
もう一点、西郷氏の論文から孫引きしますと、
「今様は長たらしく歌うものではなかった。体源抄にも、『忠季云ク、今様近来其程延タリ(歌が長ったらしくなった)。今様ハ四句ナリ、而一句各一息ナリ。・・・今様ノノビヌルハアサマシキモノナリ』と見える。」(164頁)

ちなみに、この論中で西郷氏が例示している催馬楽と今様を一つずつあげると、
・(催馬楽)「我が門に」
我が門に(我が門に)表裳の裾ぬれ 下裳の裾ぬれ 
朝菜摘み 夕菜摘み(朝菜摘み)
朝菜摘み 夕菜摘み 我が名を知らまく欲しからば 御園生の(御園生の)
(御園生の 御園生の) 菖蒲の郡の 大領の 
まな娘といへ おと娘といへ

・(今様)
そよや 小柳によな 下がり藤の花やな 咲き匂ゑけれ ゑりな
睦れ戯れ や うち靡きよな 青柳のや や
いとぞめでたきや なにな そよな

催馬楽の()内は無くても歌詞の意味に違いは生じませんが、歌う際に省くことは出来ません。
今様の方は「そよや」や「ゑりな」「や」「そよな」などははやし言葉で、歌のリズムを整える以上の役割はなく、歌詞に意味を加えるものでも無いことは聴き手にも明確です。



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