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2006年6月21日 (水)

「見直す」ということ(4)

演奏される主要作曲家についても、お気づきとは存じますが、とくにこの50年で大きな変化がありました。
まず、現代作曲家の作品が正面切って脚光を浴びる時代は、ショスタコーヴィチの死を以て終りを遂げました。武満作品にしても、初期作品以外で比較的聴かれているのは映画音楽作品でしょうし、演奏されるのは器楽よりも合唱曲が多いでしょう? 現代作品はそんなに「聴くに値しない」のでしょうか? 日本にも吉松隆さんや一柳慧さん、権代敦彦さんといった優れた作曲家が頑張っています。ペルトの美しい作品群もあれば、タン・ドゥンの雄渾ながら不可思議なオペラなどもあります。・・・ですが、彼らの作品だけでプログラムを組んで興行的に大当たりをとる、というのは、少なくとも日本では難しいのが現状です。せいぜいタン・ドゥン氏の書いた映画音楽が、作曲者の名前とではなく、映画の場面(たとえば「英雄」)とだけ結びついて記憶されているくらいです。
過去の作曲家についても、一番目がベートーヴェンだった時代は、気がつかれないままに過ぎ去りました。ベートーヴェンの交響曲全集が新録音で出続ける現象は続いていますけれど、コンサートで聴く機会は、統計こそとっていないものの、随分減ったのではないか、というのが実感です。
代わりに台頭してきたのがモーツァルトですね。・・・このあたりの事情は、井上太郎著「モーツァルトと日本人」で伺うことが出来ます。欧米も同傾向なのかどうか分かりませんが、たとえばフルトヴェングラーが残したモーツァルト作品の録音は、交響曲では39番と40番、オペラはダ・ポンテ三部作と「魔笛」、他には「グラン・パルティータ」と「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」くらいではなかったでしょうか? モーツァルトを愛したとされるワルターでさえも、もう少し数はあるかとは思いますが、所詮大同小異だったように記憶しています。
それが、「交響曲全集」だってラインハルトとベームのもの以外に存在しなかった時期が長く続いていたというのに、いまではホグウッド、ピノック、テイト、レヴァインのものまであるし、アーノンクールも全集ができるにはあと僅か(全集を作る気があるかどうかを別として)にまで迫っています。オペラでも「イドメネオ」や「牧人の王」、「ミトリダーテ」といった、従来日本人には無縁だった作品がDVD売場に当たり前に存在し、その他全作品もCDが出ているというところまできてしまいました。単独盤では購入できないものの、カノンに至るまでCDが存在するのだから、驚きです!
ベートーヴェンの場合は、わりと熱狂的だった生誕200年の際にも、録音化されなかった作品が残っていたというのに!



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