« ブルックナーの第3(4) | トップページ | ブルックナーの第3(2) »

2006年6月 4日 (日)

ブルックナーの第3(3)

第3はブルックナーの交響曲中、最も手を入れられた回数が多く、取り組んだ年数も長い作品です。そのことはご承知かも知れません。
校訂報告書("Bruckner III . Symphonie, Revisionsbericht" ANTON BRUCKNER GESAMTAUSGABE 1997 ISBN 3-900270-15-5)363頁以下に、その詳しい来歴が載っていますが、説明文を除いても3頁86行、82項目にわたる記述となっています。
いま、「ブルックナー その生涯と作品(原題はThe Life and Symphonies of Anton Brucknerでして、彼の重要な宗教曲やその他の作品についての言及は伝記部分にしかありませんから、お読みになる際はご注意下さい)」デルンベルク 1960 訳書新装復刊1999 白水社)によって概略を各稿の完成日についてのみ見ておくと、
・第1稿 1873年12月31日(74年に手を加えている)
・第2稿 1877年4月28日
・第3稿 1889年2月27日?(第3楽章の改訂を以て全楽章の改訂終了)
 〜校訂報告書を見ますと、さらに5月にも3・4楽章に手が加えられ、
  9月には弟子シャルクがさらなる改訂を加えていることが分かります。
  (シャルク版の元になる改訂だったのでしょうか。)
  シャルクは「勝手に」手を加えた、とも言っている本がありますが、
  そうではなくて、ブルックナーがまかせたのだ、という話もあり、
  真偽は(素人である私には)わかりません。
ちなみに、ブルックナーがしつこく第3に手を加えている間に作曲した交響曲は
・第4番(第1稿=1874、第2稿=1879)
・第5番(1878。改訂なし)
・第6番(1881。改訂なし)
・第7番(1883。改訂なし)
・第8番第1稿(1887。改訂版は1890)
すなわち、第4番「ロマンティック」以降の、完成に至ったすべてのものであることには、第3を観察する場合には注意しておく必要があります。ヘタをするとこれが作品を見るときの色眼鏡になりかねないからです。
上の事実から、「交響曲第3番の第3稿には、ブルックナー晩年の書法も取り入れられている」と研究者達は言っています。
・・・ですが、私には、ほんとうにそうなのかどうかは分かりません。というのも、稿を重ねるにつれて音楽は凝縮されていく一方ですから、創作態度は第4以降とは明らかに逆行しているものと考えられますし、凝縮された結果で耳に与える効果が変化した箇所は少なからずあるものの、スコアを眺める限り(分析、などとだいそれたことではなくて、ほんとうに瞥見しただけで、です)、第3交響曲の骨格となる要素は第1稿で既に確立されているとしか思えないのです。・・・あ、いけない、主観が入ってしまいました!

さて、第1稿から第3稿までの相違点について、当初は転調の読解までやっちゃえ、と欲張ったことを企んでいたのです。それで、しばらくは第3稿でメモを取りつつ電車に乗っていたりしていたのですが、やっているうちに、「これは、あんまり意味がないかも知れないな」と感じだしました。
読み取り能力がないのでデタラメ分析になる恐れが大であったこともあります。
しかし何より、ブルックナーの半音上昇したり1音下がったりすることによる転調の効果は、ここまでしつこくその効果をアピールしたのは彼が初めてであったにしても、既に古典派といわれる時代にはわりと常套手段になっていたことに気がついたためです。
ほんの小さな例では、ベートーヴェンの「エロイカ」第1楽章で、ホルンがなぜかヘ長調でソロを吹くくだりなどもそうですネ。
ハイドンやモーツァルトのスコアを眺めていても、結構お目にかかりました。で、「なあんだ、そうだったか」というだけで、どこに例があったかを書き留めておかなかったので、具体例をあげられません・・・「考察」としては、これはまずいオチだなあ。

下の画像は第1稿の第1楽章冒頭です。
Br312_3

|

« ブルックナーの第3(4) | トップページ | ブルックナーの第3(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/2064334

この記事へのトラックバック一覧です: ブルックナーの第3(3):

« ブルックナーの第3(4) | トップページ | ブルックナーの第3(2) »