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2006年6月21日 (水)

「見直す」ということ(5)

昨年初めのころでしたか、近所のCD屋に大量の「モーツァルト」が置かれているので、ビックリして店の人にきいてみたことがあります。
「生誕記念年は、来年ですよねえ」
「ええ、でも、もう今、だいぶ売れるんですよ」
「クラシックなのに?」
「なんか、『癒し』の音楽だから、最高だ、っていうことで」

この会話以降、じつは秘かに「モーツァルトを見直してみよう」と考え始めていました。
何故か? 
家に帰って女房に先の話をしたら
「へえ、私にゃモーツァルトは『癒し』になんかきこえないけど」
とのことでした。私も学生時代はモーツァルトの弦楽四重奏で先輩にかなりイジメられた経験があって
「オレみたいな弾き方ではモーツァルトは無理だ!」
という、身に付いた劣等感もあったし、作品は好きなものが多いにも関わらず、出来れば避けたい存在だったからです。「神童モーツァルト」への盲目的な信仰もありました。
『癒し』どころではない、厳しい楽譜ですし、音楽もまた『厳しい』作品が決して少なくはない。

・・・そんな考えじゃ、いけないんじゃない? 今なんで「モーツァルト」なのか、この機会をのがしたら僕には永遠にわからない・・・

そう思ったのがキッカケです。

しかし、何せ切り口が見つかりませんでした。
それが、やはり昨夏、知り合いの方が指揮するアンサンブルで「モーツァルトのレクイエムをやりませんか?」と声を掛けていただいたことで、ヒントを得ることになりました。
それまでに、材料は3つだけ揃っていました。といっても、自筆譜のファクシミリが3冊。
最初に手にしたのは、たまたまヤマハ銀座店で見つけた、モーツァルト初期の弦楽四重奏のものです。次が、アーノンクールのCDにPDFで併載されていた「レクイエム」ファクシミリのデータ。これは全部印刷して眺めました。最も高価だったのが、「ジュピター」のファクシミリ。
これらのファクシミリを見て、「これは!」と思った共通点があったのです。
学生時代に読んだ「モーツァルトの諸相」という本の中に、「彼の自筆譜は書き直しの跡がなく、きわめて流麗である」・・・ある外国の論者が書いた文にそうあったのを、ずっと鮮烈に覚えていました。が、現物(の写し)を手に取ってみると、違うのです。
まず、初期の弦楽四重奏曲は終楽章がフーガなのですが、終結部はいったん完成された後、3小節抹消され、その裏に新たに12小節書き直されています。
「レクイエム」は複数の人物の手が入っていることで知られていますけれど、たとえばキリエの中には明らかにモーツァルト自身の手による1小節の抹消があります。
「ジュピター」については、団内の方にはサンプルをごらん頂いたことがありますが、まず第2楽章の終結部が、やはり抹消の上書き直されていて音楽上の改善が図られていますし、終楽章のフーガは数多い「消し跡」の性質から、清書稿以前にスケッチをしていたことさえ伺われます。
Mozart412_1
(ジュピター第2楽章の抹消部分。次ページで書き直されている)


こうした抹消・修正が、ではモーツァルトにとって特別なものだったかというと、そうではないのです。
その後入手したファクシミリは「ドン・ジョヴァンニ」の抜粋とピアノ協奏曲2曲だけですが、どれをとっても必ず「抹消・訂正」が存在するのです。
「だから、モーツァルトは天才ではなかった」
と言いたい訳ではありません。
彼の天才が、いかに本人の苦心と努力から生まれたか、を、もっと認識すべきではないか、ということなのです。
この点、最近ある民放の番組でモーツァルトを特集し、その中で私の大好きなある音楽家がせっかく自筆譜ファクシミリまで持参なさいながら「モーツァルトの努力の跡」に言及なさらなかったので、「それを取り上げないのは『違う』と思います」と、生意気にも電子メールをお送りしました。思いがけずお返事を下さり、「じつはその話もしたかったんだけど、却下された」とのことで・・・そういう条件下でお仕事を受ける苦しい胸中をお察しした次第です。
・・・でも、文化的な番組では、その辺の本屋で手に入るようなありきたりの知識で視聴者を満足させてしまう、という、ある意味で「視聴者のレベルの低さ」みたいなものを想定した軽い番組作りは、ぜひやめて欲しいと思いますが。みんな、そんなに「レベル低」くはないですよ!・・・あ、そんな意見を言いたくて綴ってきたわけではありませんので。

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投稿: ヤマチョイ | 2006年6月23日 (金) 13時01分

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