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2006年6月15日 (木)

定家と千載和歌集(6)

『千載集』に採られた定家の8首がいつの、どのような作品であるか、は、俊成が『千載集』で狙ったことを探る一つの指標となるように思われます。それを瞥見しておきましょう。
資料を充分に所持しておりませんので、最初の一首だけ出所が分からずじまいでした。申し訳ございません。それ以外は「拾遺愚草」で確認しました。
頭の番号は『千載集』の中でのものです。

355:しぐれゆくよものこずゑの色よりも秋はゆふべのかはるなりけり(巻第五:秋歌下)

400:冬きてはひと夜ふた夜を玉ざさの葉分けの霜のところせきまで(巻第六:冬歌)〜養和元(1181)年「初学百首」52=「源氏物語」藤袴中の蛍兵部卿宮の歌が本歌。

414:しぐれつる真屋の軒ばのほどなきにやがてさし入る月のかげかな(巻第六:冬歌)〜文治二(1186)年「二見浦百首」54。

497:別れても心へだつな旅衣いくへかさなる山路なりとも(巻第七:離別歌)〜「初学百首」90=「古今集」の貫之の歌が本歌。

951:しかばかり契りし中も変りけるこの世に人を頼みけるかな(巻第十五:恋歌五)〜「二見浦百首」69=「後拾遺集」哀傷のなかの、藤原義孝の亡霊の歌が本歌。

1004:いかにせむさらで憂き世はなぐさまずたのみし月も涙おちけり(巻第十六:雑歌上)〜文治三(1187)年「皇后宮大輔百首」34

1073:いづくにて風をも世をも恨みまし吉野のおくも花は散るなり(巻第十七:雑歌中)〜「二見浦百首」16

1113:おのづからあればある世に永らへて惜しむと人に見えぬべきかな(巻第十七:雑歌中)〜「二見浦百首」72=「後拾遺集」哀傷の中宮内侍の歌が本歌。

大きな特徴は次の2点でしょうか。
1.本歌取りの歌が4首を占める。うち2首は本歌が『後拾遺集』巻第十:哀傷に存在する。
2.20歳のときの「初学百首」から2首、西行の勧進で読まれた「二見浦百首」(定家25歳)から4首取られている。(参考までに、『千載集』中には西行の歌は18首採られています。)

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