« K22からK33まで-長旅の終り(2) | トップページ | しちまった!大きな買い物 »

2006年6月20日 (火)

K22からK33まで-長旅の終り(1)

モーツァルト一家あげての長旅は1766年11月29日のザルツブルクへの帰着を以てようやく終りを迎えます。1763年6月9日の出発でしたから、3年6ヶ月弱(1764年が閏年なので、総日数1242日)にも渡る旅だったわけです。

家長レオポルドは、当初ここまでの長旅になると考えていたわけではなさそうですが、まずはパリで周囲にロンドン行きを強く勧められたこと、そのために決意して向かったロンドンでレオポルド自身が3ヶ月近くも重い病に伏してしまったこと、ようやく帰ろうと思った矢先にオランダから誘いが来、レオポルドは断る腹積もりだったところが娘ナンネルが「どうしても行きたい」と懇願したことからハーグへ向かう結果となったこと、そのハーグで、今度は二人の子供たちがあいついでチフスに襲われたこと、等々を考慮すると、すくなくともレオポルドの見積もりよりは2年は伸びてしまった勘定になります。
「この長旅でヴォルフガングの得たものはあまりにも大きかった」
とは、伝記がおしなべて語ることですが、それにしては伝記の列挙する成果は表面的で、中には将来のヴォルフガングにとってなんの意味も成さなかったこともあります。
・・・「神童としてその名が世界に広まった」。
このことが後年ヴォルフガングの精神にとって有る意味ではマイナスに作用したこと、また、大人になってしまった彼には世間が殆ど力を貸してくれなかった事実には、各伝記はその項になって初めて触れるので、読者はおしなべてこの点にだまされることになります。
この点、西川尚生さんが述べていらっしゃるように「旅行前には、小さなクラヴィーア曲しかか書かなかった少年は、今や交響曲や各種の声楽曲を作曲するまでに成長していたのである。レオポルドがロンドン滞在中に『ザルツブルクを発ったときにあの子が知っていたものは、現在あの子が知っているものからすれば影に過ぎません』と記したように、この旅行中の息子の成長ぶりは、レオポルドの予想をはるかに上回るものであった」のは間違いないことです。

ヴォルフガングが「ロンドンの楽譜帳」で成し遂げた数々の試行錯誤を、もう一度かえりみてみましょう。
・曲の中間部でのどのような転調がどういう効果を発揮するかを確認
・とくに中間部を短調にしてのコントラストの強調の試み
・旋律的アルペッジョの導入による音楽の豊潤化
・本格的なソナタ形式への試行錯誤

また、ロンドン滞在中に書いた曲種は以下のとおりです。
・任意のヴァイオリン(フルート)助奏、チェロを伴うクラヴィアソナタ(6曲)
・交響曲(残っているのは3曲。少なくとも1曲ないし2曲は散逸)
・管弦楽伴奏付アリア(ロンドンでは1曲)
・モテット



モーツァルト


Book

モーツァルト


著者:西川 尚生

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« K22からK33まで-長旅の終り(2) | トップページ | しちまった!大きな買い物 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/2301936

この記事へのトラックバック一覧です: K22からK33まで-長旅の終り(1):

« K22からK33まで-長旅の終り(2) | トップページ | しちまった!大きな買い物 »