« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006年6月30日 (金)

ザルツブルクでの他の成果(1767年)

「アマオケでラクに演じるには」はこちらをクリック下さい。

短い帰郷の間に、ヴォルフガングは少なくともあと2つ、音楽上で重要なことをしています。

ひとつはカンタータを作ったこと。"墳墓の音楽"K.42,がそれですが、おそらくこの年の聖週間の為に作曲され、4月7日の聖金曜日にザルツブルクの大聖堂、あるいは他の教会で演奏されたと考えられています。
台本はドイツ語、という点がカトリック圏であるザルツブルクでは珍しいことかもしれません。内容は具象的でない受難劇、とでもいうべきものです。
カンタータの編成は
Solo soprano(天使)
Solo Bass(魂)
Chorus (四部合唱)
2Ob(最後の合唱にだけ使われます), 2Hr, 2Vn, Vla, Vc e Basso, Organo

Mozartk421
最初のレシタティーヴォの自筆譜(クリックすると拡大します)

音楽の構成は以下の通りです。
1.Recitativo(solo Bass)
2.Aria(solo Bass,Allegro, D dur[2/2], 196bars.
〜中間部[Bars 119-163] は印象的な、激しいニ短調です。
3.Recitativo(solo Soprano)
4.Aria(solo Soprano, Andante Alla breve,g moll[2/2]74bars. )
〜穏やかながら美しいアリアです
5.Recitativo acompagniato(solo Bass)
6.Duetto(Andante, Es dur[3/4],142bars)
7.Recitativo(solo Soprano)
8.Coro(速度表示等はありません。 C dur[3/4]187bars)

基本的な調の構成は D-g-Es-Cです。

このカンタータの新しいスコアは2005年にCarus (51.042/07)から出ています。
---------------------------------------------------------------------------

一方で、ヴォルフガングは、父の指導のもと、4つの "パスティッチョ"協奏曲とでも言うべき編曲作品を仕上げています。
どのクラヴィア協奏曲も3楽章からなっていますが、どの楽章も自身の作ではなく、おそらく当時高名だった作曲家たちのものです。
研究者たちのおかげでこんにち私たちはオリジナル作品がなんであるかを(K.37の第2楽章を除いて)知っています。けれども、そのオリジナルそのものを聴くことは、音楽学の門外漢で素人たる私たちには困難です。

K.37
1.Allegro, F dur[4/4],168bars:Hermann Friedrich Raupach, op.1-5
2.Andante, C dur[3/4],66bars:(Unknown)
3.Allegro, F dur[3/4],189bars:Leontzi Honauer, op.2-3

K.39
1.Allegro spiritoso, B dur[4/4],133bars:Hermann Friedrich Raupach, op.1-1
2.Andante staccato, F dur[2/2], 92bars:Johann Schobert, op.17-2
3.Molto Allegro. B dur[2/4],121bars:Hermann Friedrich Raupach, op.1-1

K.40
1.Allegro maestodo, D dur[4/4], 152bars:Leontzi Honauer, op.2-1
2.Andante, A dur[2/4],72bars:Johann Gottfried Eckard, op.1-4
3.Presto, D dur[3/8], 224bars:Carl Philipp Emanuel Bach, Wq117

K.41
1.Allegro, G dur[3/4], 193bars:Leontzi Honauer, op.1-1
2.Andante, g moll[2/4], 81bars:Hermann Friedrich Raupach, op.1-1
3.Molto Allegro, G dur[3/4],140bars:Leontzi Honauer, op.1-1

C.P.E.Bach以外のオリジナル作者はモーツァルト一家が西方旅行中に面識を持った人たちばかりです。
モーツァルト親子がどういう方針で編曲に臨んだかは、オリジナルの楽譜を知らない私にはコメント出来ませんが、おそらく父レオポルドは、オリジナル作品の第1部分を使って序奏部を作ること、ただし、序奏部ではオリジナルの第1部に含まれる属調への転調をしないこと、というアドヴァイスはしたことでしょう(K.107に触れる際は1つだけ原曲と対比出来るサンプルがありますので、そのときあらためて考えてみたいと思います。)

K.37の第2楽章にレオポルドが施した修正が分かる自筆譜のサンプルをお目にかけましょう。
(クリックすると拡大します。)
Mozartk372

ちょっと見にはヴォルフガングのもともとの思いつきの方が面白いんじゃないか、と思うのですが、実際に弾いてみると、そちらは協奏曲のなかで効果的に響かないことが判明します。レオポルドの修正がいかにふさわしいものだったか、思い知らざるを得ません。
1989 年4月21日に収録された映像(「旅路のモーツァルト」ディスク1収録)、ハイドルン・ホルトマンは基本的にはレオポルドの修正に添って演奏していますが、ヴォルフガングのアイディアにも配慮することを忘れていません。こうした姿勢で演奏に臨んだ例は他の録音などでは聴いたことがなく、「脱帽!」でした。

さて、モーツァルト一家は9月11日に再びザルツブルクを離れます。すでに11歳になったヴォルフガングですが、神童を売りにする時期は過ぎつつあり、それを見込んでなるべく早く、一層ふかい教育を彼に施すのがレオポルドの目的だった、と言われています。
これまでの最初期作品も、眺めてくると発展過程は興味深いものでした。
いまのところ、彼は形式観を身に付け、台本のある音楽も無難にこなすほどの力量まで備えたところです。
この先は、そんな彼に複雑な社会条件が試練をもたらしていきます。
どんな条件が、どんな作用を彼の音楽にもたらしていくのでしょう?
・・・きちんと見渡せる自信は私にはまだまだありませんが・・・



モーツァルト生誕250年記念企画 旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集


モーツァルト生誕250年記念企画 旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2006/01/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月29日 (木)

アマオケでラクに「演じる」には(0)

アマチュア・オーケストラは、所詮、アマチュアです(と決めつけてすみません。中に混じって助けて下さる方は別ですから、ご了承下さい)。
「水準が高い」のが自慢であろうが、「メンバー仲良し」だけが取り柄であろうが、失敗が許される、という点では職業人に比べて「恵まれた条件(?)」があることには違いがありません。
今は、演奏会が終わってどう楽しく打ち上げをするか、とか、どんな厳しい反省会でヘタなワタシが涙にくれるか、どうしょうもないアイツをいぢめて泣かせるか、とかいうことまではまだ考えず、ひたすら、「本番をラクに乗り切る」ことだけを念頭に置きます。

ということで、条項を3つ上げましょう。
各条項ごとに、のちほど節を分けて私の身勝手な解説を致します。多少抽象的なので、ご斟酌の上ご理解下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

<1>緊張を保つこと

<2>ストーリーを見失わないこと

<3>自分の「技術」を疑わないこと

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマオケでラクに「演じる」には(1)

<1>緊張を保つこと

「あがる」なんてことがない方も、ちょっと読んでみて下さいネ!

遠い「受験」時代を思い出すと、「あがるな」・「あがると自分の力が発揮出来ない」という言葉をずいぶん聞かされた気がします。
けれども、「あがって力が発揮出来ない」のは、「あがった」せいであるより、「あがってしまった、どうしよう」と思う結果、焦ってしまうという副次的な問題が生じるせいだ、と考えるべきだと思います。
「あがって」しまったら、
「あ、あがってるんだ」
という自分を認めることが肝心です。
「あがる」人は、「あがる」ことが自分にとってあたりまえなんだ、ということを、言葉は矛盾するようですが、冷静に受け止める。だって、いつもそうなんだから、変えようがないでしょう?

「あがらない」人は、じゃあ、それでいいのか、というと、それは次項以降で思わぬ苦戦を強いられる結果を生む場合もありますから、ステージに昇ったらまず逆に、
「緊張しよう」
と思うことも必要です。

程度は様々ですが、とにかく、
「自分が緊張状態にいる」
ことを明確に意識し、緊張がどの程度かを客観的にみつめておけるようにする。
その状態を最後まで保つ。
(「緊張」の程度の高い人は疲労しますが、自分の「クセ」ですからやむをえません。)

これで、次項を可能にする集中力が保てるようになります。
それが、第1項のミソです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマオケでラクに「演じる」には(2)

<2>ストーリーを見失わないこと

さて、緊張状態を「冷静に」保てる、ということは、物事が客観的に観察出来る状態にある、ということです。
ですから、これから演奏する曲についても、その曲が持つ「ストーリー」が客観的に思い出せる(あるいは初見に近いまま本番を迎えている場合には、曲の流れの先読みが出来る)わけです。
音楽には、たとえ標題や途中の筋書きが作曲者によって決められていたとしても、言葉で歌われるパートを含まない限りは、文学的な意味での「ストーリー」がありません。
ですが、必ず「構造としてのストーリー」を持っています。
「構造上にストーリーを持たせない」作品もないことはないですが(早い例ではショスタコーヴィチの第2や第3とかがそれに近いですね)、それはそれでやはり「構造としてのストーリー」です。
・・・屁理屈お許し下さい。

ということで、前段階で「緊張の保持」に使っていた集中力を、今度は曲の「構造としてのストーリー」に振り向けましょう。・・・これでおのずと「緊張」も途切れません。

本番までの練習は、初めての山に登るために「登山マップ」の読込みをしていたのです。
いよいよ山に登るわけですから、ここで深呼吸して、今まで読込んで来た「登山マップ」を開きましょう。
山は結構高いので、隊員の役割分担も決まっています。
さて、自分に割り当てられた役割は何だったか、を、しっかり思い出しましょう。
これで、いざというときに「火事場のバカヂカラ」を発揮出来る条件も整うわけです。

以前昇ったことのある山だ、マップなんか思い出したりする必要はないや、という自信たっぷりの方の場合も、山は気候によって様子が変わるものだ、ということはお忘れなく。しかも、今回の隊の編制では、あなたに求められる役割は必ずしも前と同じだとは限りません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマオケでラクに「演じる」には(3)

<3>自分の「技術」を疑わないこと

あえて、勘違いされやすい条文にしてみました。
「自分の技術に自信を持つ」
という意味ではないのです。その逆では、もちろんありません。

また登山隊に例えると、周りのメンバーがどうであれ、自分の歩調は自分のレベルで決めるしかない・・・ただし、歩調がなめらかな人はそうでない人をサポート出来るわけですし、滑らかでない人はサポートを受けられるのです。
これは各々がそれに応じて役割も分担されているわけだし(というのが世の常でないことは留意すべきで、今回上手く行ったかどうかを反省する際に重要なポイントになります・・・が、そのことは、今回は措きます。)、いざという箇所は各々が登山マップで確認し終えているのです。
ですから、
「そう、私が安全に頂上まで昇れる歩調はこの程度、下りるときにはこれくらい」
ということを再認識しておく必要があります。かつ、
「もっと出来るんじゃないかな」
とか
「これ以下かも知れないな」
という、希望的あるいは絶望的観測は絶対にしてはなりません。
周りの評価よりも自分を過大視したり、過小に見積もってはいけません。
(これが非常にむずかしいのですけれどね、本番になっちゃったんだから、いまさら四の五の考えている時間はありません。)

音の話に戻しますが、ディナミークの話題に限ります。
ディナミークは「息の量・弓に加える力」だけで変えるものだ、という風に、我々素人は思い込みがちです。
私はそれで何度もたっぷり叱られましたが、愚かな故に何べん叱られても懲りませんでした。いまとなってみれば、こういう鈍い人間にはそれで良かった気もします。
ですが、私と同じ間違いは、出来るだけ避けて下さい。

ディナミークの変化は、自分の持っている技術の水準に合わせ、合わせうる限りの最良の方法でつけるべきものです。

またまた話が逸れますが、怪談の舞台が現代でも充分こわいのは何故でしょう?
怖い形相の幽霊が最初から舞台にドーンと居座っていたら、こわくもなんともないでしょう?
あれが、ときには「ソロソロ出るぞ」と予告しておきながら、出てくる場所は絶対に分からないようにしてあって、予期しない場所からそっとにらんで来たりするからこわい。
あるいは、何の予告もなく、突然ふっ飛んでくるから、お客ものけぞる。
クラシック音楽だと、マーラーにはそういう設計が沢山ありますよね。

馬鹿みたいに(まあ、私の場合、馬鹿だから、なのですが)いつも力づくで弓を押し付けたり、思い切り息を吹き込んだりしてフォルテシモを出すのは、いかにも芸がありませんし、素人とは言え、これではやっていて楽しくも何ともありません。

背景によって、ピアニシモで使っていた息の量でも、息のスピードを変えるだけでフォルテシモが出せる場合があります。たくさん息を使ってもピアニシモを出す、という芸当も、同じようにして可能になります。
あるいは、ユニゾンの場合には、各自の音量よりも、音程の一致のほうがディナミークを強く聞こえさせる上では絶対に効果があります。

他メンバーとの役割分担を見直しておけば、
「あ、フォルテシモだ、息をたっぷり吹き込もう・・・しまった!頑張り過ぎて、次のフォルテシモがもう吹けないや!」
とか
「ピアニッシモだ、弓をゆっくりにして・・・あ、ダメ、手が震えて弾けない!」
などということは起こりません。
本番当日前にマップ(スコア)を可能な限り見直して、
「ここのフォルテシモは彼奴らとユニゾンだ、音程を揃えよう!」
「ここは自分だけのソロだ、背景が抑えてくれるよう、わざと弱めに吹いてみんなを試してやろう、ヘッヘッヘ!」
などと、親切も意地悪も含めて、まずは戦略作りを楽しんでおいて下さい。
ただし、それは「自分の技術の程度」を自分が理解していないと出来ないことです。
そのかわり、ありがたいのは、仕事とは違い、「無理」を強いられることはまずありません。自分を自分なりに理解している限り、そしてそれがメンバー公認の「あなたの技術水準」である限り、誰も「あなた」を否定することがないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

アマオケでラクに「演じる」には(おまけ)

「あ、指揮とズレちゃった!」
「あいつ、指揮とズレて演奏しやがった!」
・・・こういう場合は、諦めて、みんな一緒にズレましょう。
それが、むしろ再び「合う」ためには好都合だったりしますから。
指揮者へのお詫びは、皆さんご一緒に!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月28日 (水)

K.34,35,36,38 短い帰郷の間に(1)

恐れ入ります、トピック毎の記事を見るには右の「カテゴリ」をクリック下さい。

K.34 & K.36

K.34(Offertorium"Scande coeli limina")がヴォルフガングの真作か否かははっきりしていません。自筆譜が残っていないのです。 (最初期の写譜は1988年に見つかっています。)
このオッフェルトリウムは79小節のアリア(ソプラノ独唱。Andante,2/4)と75小節の合唱(ヴィオラパートのない、クラリーニ2本とティンパニ(C,G)を含むオーケストラが伴奏)から成っています。
H.Federhofer (1962) , A.Einstein やCarl de Nys(1981) は K.34が当時のフランス風のスタイルによっていると見ています。同時に3人とも、合唱が歌うべき歌詞を独唱に割り当て、独唱(それもバス)に当てるべき歌詞を合唱に歌わせている、というこの作品の妙な構造に言及しています。(以下の歌詞翻訳をご覧下さい。)

<Aria(典型的な"ダ・カーポ" アリア)>
Scante coeli limina, (天の高みへと昇り給え,)
anima sanctissima,(崇高なる精神よ,)
per lampadum luces (灯火の光もて)
quos superi duces itineris obviam dant.(天はそなたを迎え入れる)

Sed questo? quid nati? (だがいかにして、いかなる秩序が,)
qui tacti amore,afflicti dolore, (密やかなる愛と傷つけられた痛みもて,)
hic orphani stat.(この身無し児を認めるのか?)

<Chorus>
Cara o pignora, protegam vos, (愛しき子らよ, 私がお前を守ろう,)
Coeli ut partia societ nos. (天にて我らが結ばれるように.)

新モーツァルト全集はアリアの旋律がK.330(ピアノソナタ、第1楽章) や K.358 (4手のためのピアノソナタの、おそらく第2楽章)と似ているとコメントしています。

ところで、姉ナンネルはヴォルフガングが1766年、ザルツブルクへの帰路、バイエルン滞在中に"Stabato Matel"を作り上げたと言っています。しかし、該当作は全く見当たりません。H.Federhoferは"Stabato Mater "が作られたというのはナンネルの記憶違いで、事実はゼオン修道院から依頼されて作ったこのK.34 がそれに該当するのではないか、と推測しています。ですがEinsteinによれば、ヴィオラのないオーケストレーションはザルツブルクの宮廷オーケストラの為の作品であることを表している、と示唆しています(実際、ザルツブルクで作られたヴォルフガングのミサはヴィオラパートを欠いており、Einsteinの発言の証左となっています)。

いずれにせよ、K.34 は K.33("Kyrie")共々、評価の低い作品です。

それはともかく、ザルツブルクへの帰郷後、ヴォルフガングは将来への布石となるべき3つの重要な仕事をしています。
一人前の作曲家とみなしてもらえるには、カンタータやオラトリオ、オペラといった、きちんとした声楽曲を作れるようになっていなければなりませんでした。
ただし残念ながらザルツブルクには少しでも規模の大きいオペラを上演出来るような常設会場はありませんでした。そこで、ザルツブルク向けには、ヴォルフガングは劇場用作品は2、3の小規模なものを残しているに過ぎません。

ザルツブルクでの初仕事は"Or che il dover"-"Tail e contanti sono(務めが我を強いる今こそ〜かくも偉大なるはジギスムントの事蹟にして:タイトルの訳は西川尚生氏「モーツァルト」による)"K.36でした。
これは「リチェンツァ」という類いのもので、レシタティ−ヴォとアリアからなりますが、特定の人物を讃える目的で書かれるのが通常の「レシタティ−ヴォとアリア」と異なります。
"Or che il dover"-"Tail e contanti sono" はザルツブルク大司教シュラッテンバッハの叙階式記念日(1766年12月21日)の為の作品です。
43小節の劇的なレシタティ−ヴォ・アコンパニャートと115小節の壮麗なアリアからなり、演奏に9分程度を要しますが、ヴォルフガングにしては個性的な作品とは言えません。
それでも、このK.36が彼の実り多き将来への第1歩となるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K.34,35,36,38 短い帰郷の間に(2)

K.35 "第一戒律の責務"

(この記事、誤りがありますので後日修正します。)
K.35とK.38は私は対訳等を持っておらず、また、初期作品は「大いに参考になる」ような日本語書籍がないため、スコアからタイプしたり苦手な辞書を引き引きして台本を読みました。読み誤りがあるかもしれません。修正すべきお気づきの点がありましたら、是非ご教示下さい。

"第一戒律の責務"は1767年3月12日に初演されました(ヒューバーの日誌、ザルツブルク大学付属ギムナジウムの日誌に記録が残っています)。
この作品にまつわる伝記的な逸話については、ここでは言及しません。
新モーツァルト全集 I/4/1[TB3]にこの曲の装飾音やカデンツァをどう歌うべきかが掲載されていますが、その点も触れません(鑑賞や演奏の際には有益な情報です)。

アリアの調性、レシタティーヴォのなかでのキャラクターの動きを、以下に並べてみます(最初のレシタティーヴォのみ、転調の巧みさを観察する参考に供する目的で調性の変化にも触れておきます)。

<台本>
ドイツ語

<登場者>
()内のアルファベットは、構成を示す際に使用する略号。
Barmherzigkeit[慈悲](Bk):Soprano
Gerechtigkeit[正義](Gk):Soprano
Weltgeist(Wg)[世界精神]:Soplano〜高橋英郎氏によれば「世俗精神」
Christgeist(Cg)[キリストの霊]:Tenor
Christ(C)[キリスト(の肉体)]:Tenor〜高橋英郎氏によれば「信者」

<物語と音楽>
「慈悲」と「正義」が「キリストの霊」に、世の中にはクリスチャンの道徳を守っている人が殆どいないのではないか、と問いかけます。「キリストの霊」は、それではやれるだけのことはやってみよう、と請け合い、深い眠りについていた彼自らの肉体を目覚めさせます。
運悪く、その場に「世界精神」が通りがかります。「キリストの霊」からすれば、こやつはとんでもない怠け者の厄介者なのです。
案の定、急に起こされた「キリストの肉体 」は、その不幸を嘆きますが、それを「世界精神」が慰めて言います。
「全ては夢なんだぜ。だから毎日をおキラクにすごさなくっちゃ。食って、飲んで、遊んで、狩って、とかさあ」
「キリストの霊」はこの光景に堪えかね、医者に変身して自分の肉体の前に現れます。「キリストの霊」と「キリストの肉体」の会話はカウンセリングと化し、自ずと道徳の方へと向いていきます。
「とんでもねえ」
と「世界精神」が会話に割って入ろうとしますが、二人は耳も貸そうとしません。しかたなく「世界精神」は立ち去りますが、去り際に
「この医者はきっとヤブだぜ」
と言い置いていきます。
最後は「キリストの霊」が「慈悲」と「正義」との3人でカトリックの道徳を謳歌し、大団円。

・・・以上がヴォルフガングの作曲した部分ですが、これには第2弾、第3弾があり、それぞれミヒャエル・ハイドン、アドルガッサーが作曲したことが分かっています。遺憾なことに、M.ハイドンとアドルガッサーの作曲したものは残っていません。

音楽はsinfonia,と7つのアリア、最後の三重唱からなっていて、間にレシタティーヴォが挟まれています。アリアは第6番を除いて、あいかわらずダ・カーポアリアです。

Sinfonia:C dur , Allegro[4/4],90bars. 2Ob,2Fg,2Cor and Strings(with 2 viola section).二部形式

Recitativo(secco):[Gk]D dur-e moll-a-D-[Cg]B-Es-c-[Bk]c-[Cg]b-[Bk]B-[Cg]C-d-e-G-a-E

No.1 Aria[Cg]:C dur, 78bars Allgro[2/2],middle part is F dur ,20bars Andante[2/4].

Recitativo(secco):[Bk]-[Gk]-[Bk]-[Gk]-{Bk]-[Bk]-[Gk]-[Bk]-[Gk]

No.2 Aria[Bk]:Es dur,62bars Allegro[4/4],middle part is C dur, 22bars Andante[2/4].

Recitativo(secco):[Bk]-[Gk]-[Cg]
Recitativo(acomp.):[Cg]-[Bk]-[Cg]-[Bk]-[Cg]
Recitativo(secco):[Cg]-[Bk]-[Cg]-[Bk]-[Gk]-[Cg]

No.3 Aria[Gk]:A dur 98bars Andante[2/4]-6bars Allegro-12bars Adago-9bars Allegro, the return to the first Andante(90 bars).

Recitativo(secco):[Cg]-[Bk]-[Gk]-[Cg]
Recitativo(acomp.):[C]
Recitativo(secco):[Wg]-[C]-[Cg]-[C]-[Wg]-[C]-[Wg]-[C]
Recitativo(acomp.):[C]
Recitativo(secco):[Wg]

No.4 Aria[Wg]:F dur, 239bars Allegro grazioso[3/4],bars110-141 are B dur.
Recitativo(acomp.):[C]

No.5 Aria[C]:Es dur,197bars Andante un poco Adagio[2/2], middle parts are bars93-129.

Recitativo(secco):[Wg]-[C]-[Wg]-[Cg]-[Wg]-[Cg]

No.6 Aria[Wg]:G dur, bars1-70 are Allegro[4/4], 71-80 are Andante, 81-133 are Allegro, 134-150 re Andante[3/4] ,then 151-157 are Allegro[4/4].

Recitativo(secco):[Wg]-[C]-[Wg]-[C]-[Cg]-[C]-[Cg]-[C]-[Cg]-[Wg]-[C]-[Wg]-[Cg]-[C]-[Cg]

No.7 Aria[Cg]:B dur,266bars Allegro[2/2]. middle part is bars130-167 , but the theme is not change from the main part.

Recitativo(secco):[C]-[Cg]-[C]-[Cg]-[C]-[Cg]-[Wg]-[C]-[Cg]-[Bk]-[Cg]-[Gk]-[Cg]

No.8 Terzetto[Cg,Bk,Gk] 1-140 :D dur, Un poco Andante[2/2], 141-180: G dur,Andante grazioso[3/4](Cgのsolo) , 181-320:D dur, Un poco Andante[2/2]

D-C-C-Es-F-Es-G-B-D(G)Dという造りです。
No.4(「世界精神」のアリア)の「ヘ長調」という飛び出た扱いが、「世界精神」の性格を現わしているようで面白く思われます。

ヘンデルや大バッハのオラトリオなどと同じような雰囲気を期待してこの作品を聴き始めると、ビックリ仰天するハメに陥るでしょう。最初から最後まで、音楽が徹底して無邪気に陽気だからです。(ちなみに、サリエリが書いた「マタイ受難曲」にも、序曲だけ聴くと同じ驚きにあわされます。ところがこの受難曲、初演から結構長い間、非常に評判の良い作品でした。)
それでも、登場人物の名称が象徴的なことは、オラトリオの嚆矢となったカヴァリエーリの「魂と肉体の劇」を想起させます。このことは、ヴォルフガングの「第一戒律の責務」もカトリック作品の伝統の正当な後継者であることを示唆しています。(カヴァリエーリの「魂と肉体の劇」も、厳粛に始まりこそすれ、途中に民衆音楽的な要素を豊富に取り入れた面白い作品で、1600年当時ローマで大ヒットした理由がうなずけます。国内盤はないようですが、お見つけになったら是非聴いてみて下さい。私の持っているCDは、Alpha 065という2枚組のもので、2003年の録音です。)

付記しますと、「第一戒律の責務」ではレシタティーヴォが「キリストの霊」によって単独で歌われる場合のみオーケストラ伴奏となります。大バッハの受難曲と同じ手法です。ヴォルフガングは「アポロとヒュアキントス」でも、アポロが後半でその神性を顕す際にこの手法を使っています(「アポロとヒュアキントス」の方ではこの点に触れません)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K.34,35,36,38 短い帰郷の間に(3)

K.38 「アポロとヒュアキントス」

(この記事、誤りがありますので、後日修正します。)
1767年5月12日に初演された「アポロとヒュアキントス」ではK.35よりも技巧的な書法が とられています。作品全体は(おそらく演じるのがギムナジウムの生徒たちだったので)まだ充分に劇的とは言えません。それでもメリア役のソプラノが歌うアリアNo.4の独唱パートも素晴らしく、さらにNo.6から最後のNo.9に至る後半部には思わず唸らされます。
(ちなみに、初演したのがどんな生徒あるいは教官、研修生だったかは全て記録が残っており、台本に現れない・・・つまりまったく歌のない「アポロへの犠牲」役の二人の名前と年齢まで分かるのですから愉快です。)・・・付記7月7日:今日「超越の響き モーツァルトの作品世界」海老澤敏著 を入手。「アポロへの犠牲」は、「犠牲を捧げる祭司」の読み誤りであることを知りました。すみません。どいつ語モットオベンキョシマス。)

こちらも、アリアなどの調性の推移を追いかけてみましょう。ただし、編成、速度記号や小節数は今回は省略します。

<PROLOGUS(第1幕)>
Intrada(序曲):D dur[3/4]
No.1: 合唱(D dur [2/2])-Solo(オエバロス, G dur[3/4])-Chorus(D dur [2/2])
No.2 :ヒュアキントスのアリア(B dur[2/4]-F dur[3/8], then "da capo")
No.3:アポロのアリア(E dur[3/4]-E dur[2/4],then "da capo")
No.4:メリアのアリア(D dur[3/4]-G dur[3/4],then "da capo")
No.5:ゼヒュルスのアリア(A dur[3/4])
No.6:二重唱(メリア & アポロ. F dur[3/4]-B dur[2/4,アポロのSolo]-Fdur[3/4])
<CHORUS II dus(第2幕)>
No.7:オエバロスのAria(Es dur[3/8]-c moll[2/4],then "da capo")
No.8:Duett(メリア & Oebalis. C dur[2/4])この二重唱は、すぐ後にK.43の第2楽章となります。
No.9:Terzetto(メリア,アポロ and オエバロス. G dur[3/4])

D-D-B-E-D-A-F-Es-C-Gという推移です。 K.35と似ていて、計画性が伺われます。ただ、最後のト長調は、K.35に比べて、最後を華々しく効果を狙ったものとして注目しておくべきかと思います。

物語のオリジナルはオイディウス「変身物語」第10巻(岩波文庫では下巻の68頁から72頁)にあります。
しかし、オイディウスの「変身物語」には オエバロス(ヒュアキントスとメリアの父), メリア(ヒュアキントスの妹)やゼヒュルスは登場しません。他の伝承ではゼヒュルスがヒュアキントスばかり贔屓するアポロをねたみ、西風を操って(ゼヒュルス=ゼフュロスは西風の神です)アポロの投げた円盤をヒュアキントスに当て、死に至らしめることになっているそうです(私の探した限りでは出典は見いだせませんでした)。それでも、ゼヒュルスはK.38の物語のようなアポロのの恋敵、ということにはなっていません。
新モーツァルト全集の註によると、最初の台本用素材は「アポロとヒュアキントス」の話ではなく、ヘロドトスの「歴史」第1巻中の次のような話でした。 クロイソス王の子息アティスが、結婚を間近に控えているときに、イノシシ退治に出掛け、従って行った仲間が誤った方向に投げた槍で背中を貫かれて死んだ、というものです(ヘロドトス「歴史」I-35からI-45を参照。岩波文庫では上巻)。
したがって、台本はこの二つの話が組み合わさったものとなっています。
なお、たどった限りではヒュアキントスの親の名はオエバロスではありませんでしたし、弟の名は掲載されているものの、姉妹についての言及は見いだせませんでした。また、アポロという神の性質も大変に興味深いのですが、以上は話の本筋からあまりにそれますので止めておきます。、とくにアポロについてご興味のある方は「ホメーロスの諸神讃歌」(ちくま学芸文庫)をお読みになることをお薦めします。
なお、台本はラテン語です。ラテン語劇の上演はギムナジウムの伝統行事だったそうですが、そうなった経緯にはK.35同様、イエズス会の強い影響が伺われます。
(モーツァルトの伝記類をご参照下さい。)

<物語>
アポロが宮廷の大事な客として、また メリアの婚約者としてオエバロスに招かれてやってきます。アポロはオエバロスの息子、ヒュアキントスと以前から大変仲がいいのでした。そこでアポロとヒュアキントスはさっそく連れ立って円盤投げに出掛けます。メリアに片思いのゼヒュルスは、二人の後をこっそり追い、アポロの投げた円盤を風であやつってヒュアキントスの頭に当てます。
ゼヒュルスはその足でオエバロスとメリアに「ヒュアキントスが死にそうだ」と報告に戻ります。
あとから失意のアポロが戻ってきますが、メリアは彼を強く非難します。
しかし、オエバロスは瀕死の息子から真犯人がゼヒュルスであることを知らされます。 ゼヒュルスは行方をくらまし、メリアはめでたくアポロと結婚します。



Book

オウィディウス 変身物語〈下〉


著者:オウィディウス

販売元:岩波書店

Amazon.co.jpで詳細を確認する



ホメーロスの諸神讃歌


Book

ホメーロスの諸神讃歌


著者:ホメーロス

販売元:筑摩書房

Amazon.co.jpで詳細を確認する


Book

歴史 上 岩波文庫 青 405-1


著者:ヘロドトス

販売元:岩波書店

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月27日 (火)

バランス

新しい薬がキキが良く、今朝気付いたら、家族を送り出した後、床でごろっと寝ていました。慌てて食器洗いと洗濯をしました。
洗濯物を干していて、つい、吹き出してしまいました。
毎朝毎朝、ものを干す段になると、
「息子のパンツと娘のシャツはどっちが重いか?」
「カカアのパンツとこのタオルとではどっちが軽いか(当然、タオル!)」
などということを考えつつ、物干しが傾かないようバランスをとる。これが結構アタマを使う。
「バランス」をとるには、こんなことひとつにも「考えること」が必要なんだな。なにがバランスをとるためのポイントなのか。洗濯物なら、重さと干す位置くらい様子を見ながら調整すればいい。
アンサンブルは?
自分の「精神」は?
ふと、そんなことに思いが行きました。日記にメモしておこう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月25日 (日)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)1

音楽を評価する、ということに、そもそも基準はあるのでしょうか?
「そんなもの、聞いたことがないよ!」
・・・私もです。
音楽の評価、などということを考えるにつけ、思い出すのは次のような逸話です。正確な記憶ではないので、自分の中で作り上げてしまっている部分もあるかもしれませんが、大筋は間違っていないはずです。

近衛秀麿さんはプラハでメイドさんを雇っていたのですが、彼女の日頃の勤勉に対するお礼だったのだったかどうだったか、自身が指揮する「フィガロの結婚」に彼女を招待したのだそうです。
「フィガロ・・・」は、プラハでは誰でも知っている歌をたくさん含んでいるのは勿論です(モーツァルトの伝記をご参照下さい)。
招待された彼女は、その身近な歌が華麗な舞台の上で響き、演じられるのを見て、数日興奮が冷めやりませんでした。ですが、彼女はそれらの歌の作り手が誰なのか、全く知らなかったのです。それで近衛さんが「あのオペラはね・・・」と作曲者のことを説明しようとしても、全く聞く耳を持たなかったそうです。いわく、
「あれは、神様がお作りになったに違いない。」

どんな音楽をも、このメイドさんのように純真に愛すること・・・それが究極なんだろう、とは今でも思っています。しかし、人間、もちろん自分も含めて、ですが、なにかにつけ「評価」をしないと気が済まないところがあるようで、しかも、もし自分が
・好みの演奏を聴きたい
・思いどおりの演奏をしてみたい
と欲張り始めると、必要悪ではあっても、「評価」ということをせずにはすまされなくなります。・・・悲しかるべきならひ哉。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)2

最初に、市販の録音録画の類いについて考えてみましょうか。
職業の内容・拘束時間帯、料金の程度などの理由で、私たちはしんばしば、行きたい音楽会に行くことが出来ません。
そんな我々の間でも様々な曲に対する知識を莫大に所有出来るようになった大きな理由は、30センチ盤LPの普及に始まった「録音」の廉価化、その入手の容易化でした。それがなおCDという、大きさはより小さく、収録時間はより長く、途中で盤を裏返したり交換したりする必要性が少ない媒体の開発で加速され、さらにはあまり普及しなかったLDとは違い、CD並みの大きさでオペラ1篇をすっかり映像収録出来るDVDまでが誕生、現在では家庭にいながらにして名歌手の繰り広げる華麗な舞台を(たとえブラウン管やディスプレイの枠内でではあっても)存分に堪能することが出来るのです。
それに伴って、世間には「CD名盤XX選」とか「ダメCDを斬る!」とかいう類いの本もゾロゾロと現れ、店頭で試聴できない私たちは、そうした書籍を頼りに自分が「気に入る」かも知れないCD・DVDの目処を立てることになります。自然、書籍の著者でも見識がありそうな、マスコミ上で箔のついた人物ほどもてはやされるようになり、彼はそのうちいっぱしの音楽家になる(あるいはなったと思い込む)訳です。・・・読者も著者もそれでご納得、とは、まあ、素晴らしくお目出度いことですネ。
CDもDVDも商品である限り、「箔のついた評論家」に高い得点を付けてもらう必要がありますから、評価本の類いが数多く出版され、数多くの読者を獲得し、その結果目的のCDの売り上げが飛躍的に上昇することは、メーカーにとって歓迎すべきことです。ですから、メーカーは評価本の存在を否定する訳には行きません。読者もまた、こんな曲が聴きたいんだけれど、と手近なCDを探したいとき、人に尋ねて調べるよりは本をめくってメーカーや品番まで分かってしまった方が手っ取り早く、こちらも評価本の恩恵を被らないわけには行きません。
評価本のそうした「本来の」役割を見失わない限りは、別にそれらに対して非難すべき点は何もありません。
しかし、一方で、「評価本」に頼ることは「評価本の著者」の価値観に頼ることでもあり、へたをすれば「その評論家の信者にならなければならない」ということで、信者にまでなるようでは音楽も古代ギリシャのバッコス信仰みたいな宗教の世界に戻るしか無くなり、その結果「神に捧げる生贄」を血眼で探しまわる必要から逃れられなくもなります。
これは、先の項のプラハのメイドさんが持っていた「音楽」に対する純真さとずいぶん異なってはいないでしょうか?
さらには、「録音」というものが各々持っている意味合いも「評価本」の中では往々にして省みられていないことも、私には非常に気がかりです。
録画、録音とも、少なくともそれがなされた目的には幾つかの種類があり、評価をしたいのであれば、まずはその種類を見極めることから始めなければならない筈です。
思いつく限り、目的別を分類してみますと、少なくとも
・純粋に歴史的な記録として(いわゆる通常のライヴ)
・記念行事等の記録として(式典ライヴ)
・演奏、演技のサンプル(資料)として
・商品企画として〜修正部分は切り貼り
くらいはあると思います。
評論では、これらはだいたい最初に軽く触れられているくらいで、最初の2つは通常過大評価気味な誇大宣伝付きで評価され、資料的なもの(間違って「歴史を再現した録音」などと言われていることもあります)は専門用語の解説付きで、結局あんまり意味の分からない評価がつき、「商品企画」には「切り貼り」がなされている、などという事実は全く言及もされず、あたかも通しで演奏したものとして取り扱われ、実際は作業に数日かかっている点は述べられていません。
もちろん、「商品企画」として作られたものは「商品としての出来/不出来」は問われてしかるべきですが、それは手法としては映画評論と同じであるべきです(やってるのは「レコ芸」誌だけじゃないかな)。CD等への評論は、この点に対する方法論が全く確立されていないとは言えないでしょうか?

そもそも、私たちがCD・DVDを手にするのは、
・ライヴに接することが出来ないから
・一度聴いた曲が忘れられないから
・(もし演奏者なら)演奏の資料にしたいから
・(もし研究者で、手元で演奏再現が難しいなら)資料に使いたいから
等々、様々なニーズからです。
そのニーズ毎に、ニーズを絞って、「主観的な聴き手として」ではなく、評論家と名乗るからには「客観的な評価者として」評論を提供する姿勢を持つべきではないでしょうか? そういう評論家の方は音楽を分野とする方に、現在本当にいらっしゃるでしょうか? ミシュランよろしく、かつ客観的項目未整理のまま「星3つ」とかいう評価本には、そろそろお目にかかりたくないと考えておりますが、いかがでしょうか?

と、綴ってきましたが、この話が、実は、聴き手・奏者としての自分たちに返ってくるのです。
ギリシャ悲劇のオイディプスならずとも、
「それを聞くのが、やはり何よりも恐ろしい。だがそれでもどうしても聞かぬわけにはいかない」
のであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)3

他者の演奏を聴く場合から行ってみましょう。・・・自分・自分たちの演奏を「聴く」ということよりは一見容易ですから、こちらからとりかかってみるのが手っ取り早そうです。
人の演奏を聴くときには、聴き手としてのこちらの態度は、案外に冷たいものです。
以前のように「スコアをめくりながら」コンサートを聴き、ホルンが音をはずしては舌打ちをし、チェロが高音を引き損ねれば首を横に振り、などという輩はさすがに殆ど絶滅したかと思います。が、なまじっかCDで曲を聴き覚えていたりし、かつ自分の理想の演奏像をそのCDで固めてしまっていたりするものですから、CDでは際立って美しくクリアに聞こえたソロが実演ではちっとも聞こえないとなると
「こいつら、分かってねえ!」
と決めつけるのは日常茶飯事だったりします。
さて、この聴き手の「聴き方」は絶対に正しいでしょか?
演奏終了後、一緒に行った友達は彼ほどの自信はないのですが、
「ねえ、柔らかい響きで、いい演奏だったね〜」
と、思わずつぶやきます。すると、ツウの彼は
「とんでもない、メリハリをつけるべきところを理解していない、ポイントをハズした演奏だったよ」
「ふーん。。。」
自信のない方の友人の聴き方は、果たして間違っていたのでしょうか?

演奏するということには様々な要因があります。
・まず、目の前の楽譜をどう読むか〜たとえば、ディナミークがfになっていれば忠実にfにするのか、あるいはおのれのパートは伴奏だからワンランク落とすことを考えるのか
・表現に対してはどう臨むのか〜主要テーマを担ったら、周りに関係なく大きく吹くのか、それともdolceとあったら音量よりも柔らかさを優先し、伴奏者に「もっと抑えてくれ」と要求するのか
・作品トータルとしてどう解釈するのか〜「反戦」の曲なら「反戦」を声高く主張するため硬質な音作りを目指すのか、逆に「悲哀に沈む静けさ」を敢えて貫いてみるのか
などなど。
ポップス系やロック系なら、こうした点は最初からクリアにされていたり、歌詞の助けもあって、演者と聴衆に一体感が生まれやすく、大きな不一致が生ずることはありません。
ジャズになるとノレるかノレないかで不一致が出ますが、クラブでの演奏なら聴くも聴かぬもお客の勝手に委ねられられる点、奏者にも(店が気に入ってくれる限り)自由度が保証されます。
クラシックは・・・奏者側にとってはあまり露骨に「自分たちの演奏方針」を載せるのも嫌われますし、編成が大きいほど、方針自体が全員一致のものではなかったりしますし、まず、そこが厳しい。聴衆にとって厳しいのは、少なくとも前半の休憩が始まるまで、気に入らなくても演奏が終わるまでは会場を出ることが出来ない!
上の3つの順番で、下に行くほど「評価する、評価される」ということが、いかに難しくなっていくかが、お感じいただけるでしょうか?
ただ、ここまで採り上げて来た「評価」は、どちらかといえば好みに左右される「主観的評価」です。
少しでも客観的に評価したいと思ったら、言葉はよくありませんが、物理的に明確な指標を持って臨むことができるのですが、これは往々にして意識されていないのではないでしょうか?
例えば・・・
・音程〜集団内で統一されているか(曲種などによって統一されていない方がいい場合もありますが、「クラシック」の一般曲ではまずそんなことはありえません。)
・フレージングとアーティキュレーションの一貫性
・パート同士の音量のバランス
・リズムの一貫性(ボカした作品にはボカしたなりの一貫性があるものです)
・音色の透明度
まだまだあるでしょう。
そういう評価軸で冷静に聴けば、CDなどで養われた先入観から脱出して、その演奏会を心ゆくまで楽しめるようになるのではないでしょうか?・・・あまりにバラバラなアンサンブルを聴かされるようでは、楽しむわけには行きませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)4

じゃあ、自分たちの演奏は、自分たちはどう評価すればいいんでしょう?
他の演奏を聴いたときにとった「冷たい聴衆」としての立場は、今度は目の前の客席の方達のものです。ということは、「評価されるべき尺度」が自己に確保されているかどうか、を、(たとえアマチュアでも)可能な限り厳しく、客観的に、自己に対しチェックを掛ける必要が生じる、ということです。
(そこでのラクの仕方は今週の半ばに掲載します。)
「それが上手く行かなくても、普段から一緒に、一生懸命練習して来たんだ! 下手なまんまで本番ご披露でも、お客は殆ど身内だし、構うことはないヨ」
・・・そう、お考えですか?
私は反対です。
私だって技術がない分、どうしても出来ないところは残っています。
どうしたら、しかし、「音楽として最善」に聴いて頂くことが出来るだろうか?
演奏会当日まで、あきらめずに、そのことを考えたいと思います。
この項、非常に手短に終わらせてしまいますけれど、
「じゃあ、どうするか」
と考えて下さるお気持ちのある方は、もういちど(2)・(3)に戻ってお読みいただき、それが奏者としての自分にどう返ってくるかを、ご自身なりに考察して頂ければ幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)5

最後に、そもそも、演奏される「作品」とは何なのでしょうか?
「評価する」という行為の中に、「作品」そのものは、私たちの心の中でどれだけのパーセンテージを占めているでしょうか?

病休に入る直前から、
「そういえば、モーツァルトの伝記は色々出ているけれど、作品を網羅的に分析した本にはあまりお目にかかっていないな」
などと感じ、
「じゃあ、自分で全部接してみようか」
と大それたことを考え始め、楽譜・CDを片っ端から収集し、たどたどしいピアノで、なんと、ものによってはスコアまで弾いてみるという愚挙に出始めてみました。
ああ! なんと私は、モーツァルトをちゃんと知らなかったことか、と痛感しています。
最初の作品からたどっていってみると、彼の音楽は単なる「天の授けもの」では全くありませんでした。肉体の成長とともに、彼の精神も如何に成長していき、苦悩していき、時に浄化され、時に地獄に堕ちているか、が、まだほんの少しですが、感じられるような気がしてきました(まだまだ「気のせい」ですが)。

高校時代だったか、吉田秀和さんのある評論に、つい腹が立ってしまったことがありました。
譜例にモーツァルトの交響曲第39番第1楽章主部のホルンの「ドミソー」を引き、併せてヨハン・シュトラウスの「青きドナウ」の「ドミソソー」を並べて曰く、
「モーツァルトの方が耳が良かった!」
そもそも音楽に求められる性質(聴衆のニーズ)が違う作品に対し、なんたる差別的発言か、と、長年これには怒りを抱いてきました。
それが最近、別の方の若かりし頃の回想に、
「『君はモーツァルトの専門家だが、モーツァルトの何処が面白いんだい? どれをとってもドレミファソラシドかドミソばっかりじゃないか』、というのが当時の雰囲気でした」
とあったのを見て、ああ、そうだったのか、と思いました。「当時」とは吉田さんが上の評論を書いたのとほぼ同時期にあたるはずです。

評論をするということには、その文が書かれる本の一瞬の「時代」の反映もあるのです。そのことを、やっと知らされた思いでした。

「作品を見る」〜楽譜としてか、舞台としてか、音としてかの違いはあるものの、それそのものを素直に正直に成し遂げることは如何に難しいか、と感じています。
ついでに言えば、「音」というものは、決して「見えない」ものではありません。
コウモリは、我々には聞こえない叫びを発し、それが反射してくる音を「見て」、えさとなる昆虫を捕まえるのです。
人間である私も、演奏会で何度か、「音が見える」経験をしたことがあります。「色聴」というものとは違います。
たとえば、ある素晴らしいバイオリニストがコンチェルトを弾くのを伴奏したとき、そのバイオリニストがならした音が、ホールの最奥の壁の「この箇所にぶつかって」「こちらへ跳ね返って来た」のも見ました。
ロシアの名もない合唱団のコンサートで、バス歌手の声が耳に達する前に、まず低い音の波が同心円で広がってきた様子も、ありありと目に見えました。
「作品」は「楽譜」だけで見えるものでもないし、なおいっそう「演奏を通して」見える、というものでもありにくいのですが、究極は「作品の姿」が私たちの前に彫像のように、あるいは神々しい生物のように浮かび上がってくるさまを、是非目撃してみたいとはお思いになりませんか?
そうした思いで、自分が乗り番であるか降り番であるかに関わらず、自分たちの演奏会を厳しくみつめ、そこに浮かび上がる像の出来不出来をあとあとよく省みられるように臨んで頂けることが、私の心からの願いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月24日 (土)

音の遠近、音の融合

トピックを種類ごとにお読み頂くには、右の「カテゴリー」をクリック下さいネ。

シェーファー「世界の調律」はボチボチ読んでいて、まだ第3章目です。「田舎のサウンドスケープ」という標題で、「田舎」の私には抵抗のある標題ですが、中身は要は「田園は街よりハイファイ(音に遠近感がある)で、古代は現代よりはハイファイだ」という主旨。文学や古典からの豊富な引用には常々感心するばかりですが、中には今の日本人に縁遠い「狩りの音」という項目があります。狩りの際に鳴らされる自然倍音だけのホルンは、獲物の種類や大きさ、犬を集める時の合図などについて相応の信号が細々と決まっていた、という話です。興味深いのですが、CDなどでは実像が分からない話だろうな、と残念に思いました。もうひとつ、ポストホルンも同様に郵便の種類によって信号が違う、しかもポストホルンは現代のオーストリアの法律にも郵便業者の特権的な「鳴り物」であることが保障されている、とのことで、これも驚きでした。「ポストホルン」セレナーデは、どんな種類の郵便を表しているんでしょうね?
日本の鷹狩りや、遡って鎌倉時代の牧狩りでも、獲物を追い詰めるのにはやし声をたてたはずですが、どんなものだったのでしょう? または、古歌によく現れる「砧を打つ音」は、空間にどれだけ響き渡っていたのでしょう? そうした生活の音は、世界で、どれくらい「音楽」になっているのでしょう?
夜、ベランダに立っていると、今時期聞こえるのはヒバリじゃなければカラスの声、電車の通り過ぎる音、遠景に車の走行音・・・これらすべてが、はたしてひとつの音楽に結晶し得るのでしょうか? それ以前に、私たちの生活の中で、ひとつに融合し得ているのでしょうか?

調子が今ひとつで、昨日から薬を増やしてもらいました。「ひどいときだけ飲みなさい」ということで、まあひどいので定まった回数以内に抑えて飲むのですが、よく効きます。そのかわり、飲んだ後はコロッと寝てしまったり、本を読むのもままならなかったりします。・・・薬って、凄いと言うか恐ろしいと言うか。早く『薬が頼り」からは脱出したいですね。でないと、上のような妄想みたいなことしか考えないままで一日過ぎてしまいます。



世界の調律 サウンドスケープとはなにか


Book

世界の調律 サウンドスケープとはなにか


著者:R.マリー・シェーファー

販売元:平凡社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ショスタコーヴィチ第8ライヴ

モーツァルトと同じく記念年を迎えているショスタコーヴィチですが、自作自演録音も存在するのに国内盤は出ないし、これといった新刊本もありません。残念。彼の「秘密」がオープンになるには未だ時期尚早なのかもしれません。そんな中、タワーレコードが出しているユニバーサル音源シリーズ第2弾1(10種、1000円/枚、興味深いラインナップです)に「ムラヴィンスキーの第8レニングラードライヴ」が入ったことは大きな喜びです。BBC盤60年ライヴやコンドラシン(ライヴ/全集とも)だと爆発的に始まる冒頭部を抑制気味に鳴らし、以後効果的にクレッシェンドしていく心憎い計算は、当時「ようやくこの曲が分かった」とインタヴュアーに話していた(この場面はおそらく今回発売のライヴの翌日収録された演奏映像に併録されています)彼ならではのもので、第8の本当の凄さを知るには必聴です。

第8ライヴ(1982年3月)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月23日 (金)

買いだ!新モーツァルト全集

記事を種類別にご覧頂くには、右の「カテゴリー」をクリック下さい。
これは「10行話」の記事です・・・が、今回のみ10行を大幅に超えます。すみません。

新モーツァルト全集(NMA)のペーパーバック版スコアが届いて2日経ちました・・・が、まだ家内に内緒です。急いで本棚を整理しなおし、空いた箱に最近開いていない貴重本を詰め込み、スペースを確保。高さ23センチ、奥行17センチ、幅85センチあれば全20冊収まります!CDは全集で買っちゃうと好みに合う演奏ばかりとは限りませんが、楽譜は(ましてお墨付きの、白黒ですがファクシミリ資料も豊富ですから)貴重です。価値をお認めになる方なら、8万弱は絶対に買いです!参考までに、オペラのヴォーカルスコアでも、新全集準拠版だと1冊15,000円くらいします。NMAはまだ在庫がありそうです。早い者勝ちです!(編曲作品、疑作、偽作篇は含まれていませんが、そこまであったら置き場が大変!)
ただし、総目録がないので、併せてUlrich Konlad の"Mozart-Werkverzeichnis"Baerenreiter 2005 ISBN 3-7618-1847-5を入手しましょう(独語・英語版あり)。5,000円くらいです。これを開くと、たとえばKV201を調べようと思ったら、その作品の行の>NMA<という欄に、IV/11/5,S.1[TB11]とあります。これは全集PB版の11冊目(TB)、SERIE-IV(オーケストラ作品をさす。コンラートの巻頭註、独語版はP.13を参照。)のBand11の5分冊目に当たるところ(IV/11/5。これはPB版11冊目の最初に、それが何処から始まるかが載っています)の楽譜1頁目から始まっている、という意味です。この通りに調べて該当頁を開けば、間違いなくお目当ての作品の楽譜が見つかります。
「他に<交響曲全集>とか<ピアノ協奏曲全集>とかスコア買っちゃった」としても無駄になりませんヨ。(ホントかな?)上記NMA-PB版には収録されていない「オーデンセ」交響曲や、モーツァルトが先輩作曲家の作品を編曲したピアノ協奏曲が、そちらに入っていたりします。NMA自体も「新」とつきながらだいぶ前に編集が終わっているものも多いので、Carus版の宗教曲スコア集なども一緒に持っていて、資料的に助かる場合もあると思います。その他、これらのより新しい情報を含むセットはNMAと譜面上の表記が違う場合もあるはずで、まだ2、3例しか見つけていませんが、そういう意味でも「ああ買っちゃった!」と残念がるのは、買値より高く友達に売れる場合だけにしましょう!
TOWER@JP」と「アカデミア・ミュージック」のサイトをご覧下さい。

ああ、だいぶ超過してしまいました。本人が興奮しているものですから。
CDだと、こんな具合ですヨ。。。たとえば、偽作でも入っていて欲しいピアノ協奏曲K.107の3曲(J.C.Bachのソナタを編曲したもの)が収録されていませんが、どんなもんでしょう?



モーツァルト大全集 (全24巻/CD180枚組)(DVD付)


Music

モーツァルト大全集 (全24巻/CD180枚組)(DVD付)


アーティスト:オムニバス(クラシック)

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2006/01/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月21日 (水)

「見直す」ということ(1)

音楽の話とはちょっとズレて見える上に、漠然とした話になるかも知れません。
かつ、またクドクドと長くなって、毎度恐縮です。あらかじめお詫び申し上げます。
(昼に腹が減って目覚めてから、急に勢いがついてしまいました。)

「うつ」に関係する本は、つらいので、前回顕在化したときは極力読まなかったのですが、今回はさすがに1冊読みました。多少の不調でも文庫・新書程度は遅くても2日で1冊は読み終わるのが普通です。ですが、この本ばかりは、案の定、5日くらいかかって読むことになりました。

「うつ」になる要因は遺伝とか性格とか多種多様だということで、結局分からないのですが、性格面で言うと、「ひとつのことがアタマにこびりついて離れない」タイプがかかる確率がたかいのだそうで・・・じゃ、オレもそうなのかなあ、と、ちとガックリきました。やっぱり読まなきゃよかった。。。
ただ、治療は薬が一番で(これはもう私の学生時代の頃から分かっています。ウン十年前ですヨ)、この文をお読みで「うつ」、かつ「薬は飲んでいない」方は是非お医者で薬を頂いて下さい。
一方で、「カウンセリング」は殆ど効き目が無いことも分かっています。
何故か?
第1に、カウンセラーとの相性があります。人と人である以上、そうでなくてもお互いの信頼関係を築くには相応の時間がかかるのが常です。まして、「この人にどこまで話していいのかしら」という「身構え」は、意識的にせよ無意識にせよ、こちら(クライアント)側は必ずしてしまいますから。
第2に、その「どこまで話していいのかしら」が難しい。自分で判断する力が健全に働いていれば、いともあっさり決められるはずです。が、そこが分からなくなっていることが、そもそも有る意味で「病的」なわけです。
第3に、「じゃ、これなら話せる」と最初に思い付いたそのことは、殆どの場合「うつ」そのものの発症の「きっかけ」ではあっても、「原因」ではない。つまり、どんなに優れた「カウンセリング」を受けられ、症状が軽減されたとしても、「原因」は絶たれない。医学的にも未だ不明なんだそうです。
というあたりをみていくと、やっぱり、「薬」がいちばんいい。
「薬の副作用はどうなの?」
という点は、ネットでは意外とガセネタもはびこっていますので、大変でも本で読んで理解なさったほうが無難です。おすすめは、講談社現代新書「うつ病をなおす」です。
・・・で、長くなりましたが、ここまでは前置きです。



うつ病をなおす


Book

うつ病をなおす


著者:野村 総一郎

販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「見直す」ということ(2)

以下、内輪向けの話し方をします。すみません。

TMFに復団させていただいてから、団員の皆さんにどんなご恩返しができるのだろうか、と考えてきました。
「そうだ、自分がきっちり、音楽を勉強し直そう・・・雑学でもいいから。」
そんなことで、難しい理論書は読み飛ばし、伝記や雑学知識本は多少入手困難な書籍や洋書でも探しまくり、読みまくってはメーリングリストに綴ることから始めました。
・・・自分の中だけでやっておけばいいのに、メーリングリストにまでのっけたのは、みなさんには大迷惑でしたけれど。そのうえ、私の財布も迷惑顔です!(家に入れるべきお金はちゃんと入れてますからネ。念のため。)
で、ブログへ移行しましたが、発想はなかなか変えようにも変えられず(これぞ「うつ」的性格要因)、しかも毎週結構お読み頂いているようなので、・・・うーん、少しアイディアを変えていけないかなあ、と、思案しています。良いヒントがあったら、是非お知恵をお授け下さい。

かように、自分のことだけかえりみても、「価値観」・「先入感」等々を変えるのはたいへんむずかしいことです。
復団してもう3年、ですかね・・・そのあいだに、私なりの「偏った」価値観に基づく決意を出発点に勉強してきてみると、価値観などを「見直す」ということについて、
「そうなの?だが、しかし!」
という事実に結構突き当たります。人の振り見てわが振り治らず、が我々の常ですが、「そうなの? だが、しかし!」は面白い。週刊誌のゴシップと何の違いも無いからです。それが「クラシック中心の音楽の件」であるところがマニアックですが、政界・経済界・芸能界に疎い人、興味のない人には週刊誌のゴシップは面白くも何ともないわけだから、「互角」でしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「見直す」ということ(3)

最近、おそらくはじめて、「近衛秀麿」の伝記が講談社から出ました(1,900円)。
ご興味のある方はお読み頂ければと思いますが、この中には彼が様々な曲を有名な「近衛版」で演奏した(近衛さん若かりし日はヨーロッパでは指揮者がスコアを改変するのは常識でしたが、メンゲルベルクのケースほどクローズアップされるケースは多くありません。実際には生前「楽譜に厳格」と評判だったトスカニーニでさえ改変を行っていたことは、現在ではだいぶ広く知られるようになりました)エピソードも、勿論出てきます。また、思いの外欧米での評価が高かった事実も述べられています。
その他、山田耕筰との確執、斎藤秀雄式を絶対に認めなかったことなども、近衛氏の生前を知る人には当たり前のエピソードでしたが、活字で述べられたのは初めてではないかと思います。
この伝記を手にして(・・・まだ買っていません・・・置き場の問題で!)、私には感慨深いものがありました。
「こういう本が出るということは、日本も「近衛流」だの「斎藤流」だのという「流儀的」な発想が薄れてきた証拠なのかも知れないなあ・・・」
二十年前頃は、それこそ近衛式と斎藤式とどっちが優れているか、なんていう話題で、アマチュアである私たちまでが喧々諤々と言い争ったものです。私の身近には斎藤秀雄さんにお世話になった系統の人は全くいませんでしたから、無条件に「近衛流」で育てられたといっていいかも知れません。
ですが、もともと近衛さんとも斉藤さんとも別口だった朝比奈隆氏もいらしたわけですし、山田一雄さんなんか(学生オケに来て下さって、お茶をごちそうになりましたけれど)至ってマイペースでしたし、「流儀」だなんて話自体、実は「音楽」にとって根本的な話には全く関わりがなかったのではないか、というのが、いまの私の思いです。ここをくどくど言い始めると始末が付かなくなるので、ここはこれだけにします。
先日は岩城宏之氏が亡くなり(岩城さんに接したことのある方が、彼を「兄貴」と呼んで親しんでいたのを、忘れられません)、小澤征爾氏も七十代です。日本の「若手」指揮者達には有望株が混在し、誰が突出している、というふうにも未だなっていません。・・・指揮者中心の時代も終焉を迎えるのかも知れない。演奏の世界でも、1980年代から急速に脚光を浴び始めた「古楽」方式が瞬く間に敷延してき、内容も改善されてきたように思いますし、日本にも素晴らしい奏者達が大勢いますけれど、これはこれで今後どうなるのか見当もつかない。なにせ、「いわゆる古楽」の嚆矢であるアーノンクール氏自身が、「古楽、などというものは無い」みたいなことを言っていますから。



近衛秀麿―日本のオーケストラをつくった男


Book

近衛秀麿―日本のオーケストラをつくった男


著者:大野 芳

販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「見直す」ということ(4)

演奏される主要作曲家についても、お気づきとは存じますが、とくにこの50年で大きな変化がありました。
まず、現代作曲家の作品が正面切って脚光を浴びる時代は、ショスタコーヴィチの死を以て終りを遂げました。武満作品にしても、初期作品以外で比較的聴かれているのは映画音楽作品でしょうし、演奏されるのは器楽よりも合唱曲が多いでしょう? 現代作品はそんなに「聴くに値しない」のでしょうか? 日本にも吉松隆さんや一柳慧さん、権代敦彦さんといった優れた作曲家が頑張っています。ペルトの美しい作品群もあれば、タン・ドゥンの雄渾ながら不可思議なオペラなどもあります。・・・ですが、彼らの作品だけでプログラムを組んで興行的に大当たりをとる、というのは、少なくとも日本では難しいのが現状です。せいぜいタン・ドゥン氏の書いた映画音楽が、作曲者の名前とではなく、映画の場面(たとえば「英雄」)とだけ結びついて記憶されているくらいです。
過去の作曲家についても、一番目がベートーヴェンだった時代は、気がつかれないままに過ぎ去りました。ベートーヴェンの交響曲全集が新録音で出続ける現象は続いていますけれど、コンサートで聴く機会は、統計こそとっていないものの、随分減ったのではないか、というのが実感です。
代わりに台頭してきたのがモーツァルトですね。・・・このあたりの事情は、井上太郎著「モーツァルトと日本人」で伺うことが出来ます。欧米も同傾向なのかどうか分かりませんが、たとえばフルトヴェングラーが残したモーツァルト作品の録音は、交響曲では39番と40番、オペラはダ・ポンテ三部作と「魔笛」、他には「グラン・パルティータ」と「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」くらいではなかったでしょうか? モーツァルトを愛したとされるワルターでさえも、もう少し数はあるかとは思いますが、所詮大同小異だったように記憶しています。
それが、「交響曲全集」だってラインハルトとベームのもの以外に存在しなかった時期が長く続いていたというのに、いまではホグウッド、ピノック、テイト、レヴァインのものまであるし、アーノンクールも全集ができるにはあと僅か(全集を作る気があるかどうかを別として)にまで迫っています。オペラでも「イドメネオ」や「牧人の王」、「ミトリダーテ」といった、従来日本人には無縁だった作品がDVD売場に当たり前に存在し、その他全作品もCDが出ているというところまできてしまいました。単独盤では購入できないものの、カノンに至るまでCDが存在するのだから、驚きです!
ベートーヴェンの場合は、わりと熱狂的だった生誕200年の際にも、録音化されなかった作品が残っていたというのに!



英雄 ~HERO~ スペシャルエディション


DVD

英雄 ~HERO~ スペシャルエディション


販売元:レントラックジャパン

発売日:2004/01/23

Amazon.co.jpで詳細を確認する



モーツァルト:交響曲第40番


Music

モーツァルト:交響曲第40番


アーティスト:フルトヴェングラー(ウィルヘルム)

販売元:東芝EMI

発売日:2004/12/01

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

「見直す」ということ(5)

昨年初めのころでしたか、近所のCD屋に大量の「モーツァルト」が置かれているので、ビックリして店の人にきいてみたことがあります。
「生誕記念年は、来年ですよねえ」
「ええ、でも、もう今、だいぶ売れるんですよ」
「クラシックなのに?」
「なんか、『癒し』の音楽だから、最高だ、っていうことで」

この会話以降、じつは秘かに「モーツァルトを見直してみよう」と考え始めていました。
何故か? 
家に帰って女房に先の話をしたら
「へえ、私にゃモーツァルトは『癒し』になんかきこえないけど」
とのことでした。私も学生時代はモーツァルトの弦楽四重奏で先輩にかなりイジメられた経験があって
「オレみたいな弾き方ではモーツァルトは無理だ!」
という、身に付いた劣等感もあったし、作品は好きなものが多いにも関わらず、出来れば避けたい存在だったからです。「神童モーツァルト」への盲目的な信仰もありました。
『癒し』どころではない、厳しい楽譜ですし、音楽もまた『厳しい』作品が決して少なくはない。

・・・そんな考えじゃ、いけないんじゃない? 今なんで「モーツァルト」なのか、この機会をのがしたら僕には永遠にわからない・・・

そう思ったのがキッカケです。

しかし、何せ切り口が見つかりませんでした。
それが、やはり昨夏、知り合いの方が指揮するアンサンブルで「モーツァルトのレクイエムをやりませんか?」と声を掛けていただいたことで、ヒントを得ることになりました。
それまでに、材料は3つだけ揃っていました。といっても、自筆譜のファクシミリが3冊。
最初に手にしたのは、たまたまヤマハ銀座店で見つけた、モーツァルト初期の弦楽四重奏のものです。次が、アーノンクールのCDにPDFで併載されていた「レクイエム」ファクシミリのデータ。これは全部印刷して眺めました。最も高価だったのが、「ジュピター」のファクシミリ。
これらのファクシミリを見て、「これは!」と思った共通点があったのです。
学生時代に読んだ「モーツァルトの諸相」という本の中に、「彼の自筆譜は書き直しの跡がなく、きわめて流麗である」・・・ある外国の論者が書いた文にそうあったのを、ずっと鮮烈に覚えていました。が、現物(の写し)を手に取ってみると、違うのです。
まず、初期の弦楽四重奏曲は終楽章がフーガなのですが、終結部はいったん完成された後、3小節抹消され、その裏に新たに12小節書き直されています。
「レクイエム」は複数の人物の手が入っていることで知られていますけれど、たとえばキリエの中には明らかにモーツァルト自身の手による1小節の抹消があります。
「ジュピター」については、団内の方にはサンプルをごらん頂いたことがありますが、まず第2楽章の終結部が、やはり抹消の上書き直されていて音楽上の改善が図られていますし、終楽章のフーガは数多い「消し跡」の性質から、清書稿以前にスケッチをしていたことさえ伺われます。
Mozart412_1
(ジュピター第2楽章の抹消部分。次ページで書き直されている)


こうした抹消・修正が、ではモーツァルトにとって特別なものだったかというと、そうではないのです。
その後入手したファクシミリは「ドン・ジョヴァンニ」の抜粋とピアノ協奏曲2曲だけですが、どれをとっても必ず「抹消・訂正」が存在するのです。
「だから、モーツァルトは天才ではなかった」
と言いたい訳ではありません。
彼の天才が、いかに本人の苦心と努力から生まれたか、を、もっと認識すべきではないか、ということなのです。
この点、最近ある民放の番組でモーツァルトを特集し、その中で私の大好きなある音楽家がせっかく自筆譜ファクシミリまで持参なさいながら「モーツァルトの努力の跡」に言及なさらなかったので、「それを取り上げないのは『違う』と思います」と、生意気にも電子メールをお送りしました。思いがけずお返事を下さり、「じつはその話もしたかったんだけど、却下された」とのことで・・・そういう条件下でお仕事を受ける苦しい胸中をお察しした次第です。
・・・でも、文化的な番組では、その辺の本屋で手に入るようなありきたりの知識で視聴者を満足させてしまう、という、ある意味で「視聴者のレベルの低さ」みたいなものを想定した軽い番組作りは、ぜひやめて欲しいと思いますが。みんな、そんなに「レベル低」くはないですよ!・・・あ、そんな意見を言いたくて綴ってきたわけではありませんので。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

「見直す」ということ(6)

今回TMFにクリスチャン・バッハを取り上げていただいたのは、団員・先生の双方に
「なんとかモーツァルトを『考え直して』頂くきっかけにならないかなあ」
という思いからでした。
モーツァルト自身、幼いうちから「素人臭い演奏」を嫌った人で、現状の当団の力量ではとても本人の意に沿う演奏が出来ないのは明らかなのですが、そう言ってしまうと、
「じゃあ、他の団体は?」
というプライドにも関わってきます。事実、過去の経験上、他団体で弾かせていただいても
「あ、納得のいくモーツァルトが出来たな」
という経験は(お世話になったのに大変失礼ながら)皆無です。
じゃあ、他の作曲家のものは、となったら・・・なんだ、それだって違いがないじゃないか、とはお思いになりませんか?

モーツァルト本人にどう文句を言われようが、死人に口無し!(罰当たりだな!)
今回演奏する方も降り番の方も、自分達のクリスチャン・バッハ演奏をくれぐれも厳しく検討し、打ち上げででも今後の選曲の場でも、今後の進歩の種として、明確に演奏方法の是非を細かく「観察」していただければ、と、切に願っております。

どうやったらモーツァルトらしくきこえるかな、というヒントは、幸いにも現在では沢山の視覚的材料にさえ恵まれています。
「この演奏家が好きだから」
といって、特定の演奏家のものに固執することは、おすすめしません。
お高いので、「ボーナス貰えた!」方にしかお薦めできませんが、6枚組DVDのピアノ協奏曲集
<旅路のモーツァルト>(Geneon GNBC-1015 2万円!)
は、14曲を12人のピアニスト、7つのオーケストラ、8人の指揮者の演奏で「見る」ことができますから、できればご覧になってみて下さい。



モーツァルト生誕250年記念企画 旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集


DVD

モーツァルト生誕250年記念企画 旅路のモーツァルト・ピアノ協奏曲集


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2006/01/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する

自身の技量・知識等の不足から、私も
「モーツァルトの全作品を通じてモーツァルトを見直す」
ことがどこまで可能か、どんな結果になるか、まだ不安でいっぱいですが・・・まあ、それは自分が好きで勝手にやっていることか・・・ごめんなさい。

他に、「伝統音楽としての邦楽」が学校の授業に取り入れられていながら本当に成果が上がっているかどうか疑問に思っている点などもあり、当初はそれについても綴ろうと考えておりましたが、今回の趣旨がまとまらなくなりますので、機会をあらためることとします。

といいつつ、今夜は娘のデッキの上に『 声で楽しむ「平家物語」名場面』なる本を置いといて、知らん顔を決めつけようとたくらんでいるところです。。。
国語の授業で暗記に力を入れているみたいなので、いいチャンス!



CD‐BOOK 声で楽しむ「平家物語」名場面


Book

CD‐BOOK 声で楽しむ「平家物語」名場面


著者:鈴木 まどか

販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

しちまった!大きな買い物

天気予報は晴れだったのに、どんよりとして、雨さえ降り出しかねない空模様です。
健康な人でも、こう毎日の天気がデコボコでは気が滅入ることでしょう。
私は一昨日、昨日と、殆ど一日中ダウンでした・・・人が寝込んでいる最中、家族は内緒でデザートを食いまくっておりました!
それでも毎朝、なんとかみんなの通学・出勤にあわせて朝食はとり、一人になった後はまず洗濯と洗いものはする、という日課だけは崩さずに過ごせております。
困るのは「気のふさぎ」が前回に比べてなかなか解消しないことで、薬を変えなければいけないのかどうか、週末に医師と相談してくるつもりです。
一日も早く普通のサラリーマンらしい日々を送りたい反面、不安感も解消しませんが・・・なるようになる、そう自分に言い聞かせるのが一番の薬なのかも知れません。
そういう意味では、今回は上司に「休め」と決断してもらったタイミングが絶妙だったのではないか、と、今さらながら思い知る日々です。
昨日、ブログへのアップのためになんとか1時間半ほど起きていた間、ふと見た「タワーレコード」のサイトに「ベーレンライター版新モーツァルト全集特価販売」と出ていて、思わず「購入」ボタンを押してしまいました・・・しまった!奥歯が、じゃなくって置き場がない!奥歯はとうの昔に無い! モノは明日には着きそうです。明日心配しよう。まずは、自分に力が戻ってくることをするべきだ!・・・と言い訳出来たとしても、ココまで買いだめしたスコア類は・・・どうしましょう? モトも取れないし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月20日 (火)

K22からK33まで-長旅の終り(1)

モーツァルト一家あげての長旅は1766年11月29日のザルツブルクへの帰着を以てようやく終りを迎えます。1763年6月9日の出発でしたから、3年6ヶ月弱(1764年が閏年なので、総日数1242日)にも渡る旅だったわけです。

家長レオポルドは、当初ここまでの長旅になると考えていたわけではなさそうですが、まずはパリで周囲にロンドン行きを強く勧められたこと、そのために決意して向かったロンドンでレオポルド自身が3ヶ月近くも重い病に伏してしまったこと、ようやく帰ろうと思った矢先にオランダから誘いが来、レオポルドは断る腹積もりだったところが娘ナンネルが「どうしても行きたい」と懇願したことからハーグへ向かう結果となったこと、そのハーグで、今度は二人の子供たちがあいついでチフスに襲われたこと、等々を考慮すると、すくなくともレオポルドの見積もりよりは2年は伸びてしまった勘定になります。
「この長旅でヴォルフガングの得たものはあまりにも大きかった」
とは、伝記がおしなべて語ることですが、それにしては伝記の列挙する成果は表面的で、中には将来のヴォルフガングにとってなんの意味も成さなかったこともあります。
・・・「神童としてその名が世界に広まった」。
このことが後年ヴォルフガングの精神にとって有る意味ではマイナスに作用したこと、また、大人になってしまった彼には世間が殆ど力を貸してくれなかった事実には、各伝記はその項になって初めて触れるので、読者はおしなべてこの点にだまされることになります。
この点、西川尚生さんが述べていらっしゃるように「旅行前には、小さなクラヴィーア曲しかか書かなかった少年は、今や交響曲や各種の声楽曲を作曲するまでに成長していたのである。レオポルドがロンドン滞在中に『ザルツブルクを発ったときにあの子が知っていたものは、現在あの子が知っているものからすれば影に過ぎません』と記したように、この旅行中の息子の成長ぶりは、レオポルドの予想をはるかに上回るものであった」のは間違いないことです。

ヴォルフガングが「ロンドンの楽譜帳」で成し遂げた数々の試行錯誤を、もう一度かえりみてみましょう。
・曲の中間部でのどのような転調がどういう効果を発揮するかを確認
・とくに中間部を短調にしてのコントラストの強調の試み
・旋律的アルペッジョの導入による音楽の豊潤化
・本格的なソナタ形式への試行錯誤

また、ロンドン滞在中に書いた曲種は以下のとおりです。
・任意のヴァイオリン(フルート)助奏、チェロを伴うクラヴィアソナタ(6曲)
・交響曲(残っているのは3曲。少なくとも1曲ないし2曲は散逸)
・管弦楽伴奏付アリア(ロンドンでは1曲)
・モテット



モーツァルト


Book

モーツァルト


著者:西川 尚生

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

K22からK33まで-長旅の終り(2)

K.26-31

ハーグに渡ってからの作品も、すでに幾つか掲載してきました。
今回はその残り分について、さらっ、と触れて終えたいと思います。

まずは Op.4 としてアムステルダムで1766年4月16日に出版された「6つのソナタ」です。
これらは形式的にこれまでパリとロンドンで出版されたOp.1(K.6-7),、Op2(K.8-9) 、 Op.3(K10-15) と異なるところはなく、それらの後継と見なしえます。
Op.4 はヴァイオリンが以前より前向きにクラヴィアと会話する場面が多く、その分すこし面白みが増していますけれど、ヴァイオリンパートの使用音域が低めな点が先行の同種作品と同じで、ヴァイオリンの弾き手から見たら愉快とは言い難く思われます。
「この種のソナタは助奏部はなるべく簡単にひけるように書くもんだ! なぜなら尊いご身分の方にお捧げするんだからな!」と、お父ちゃんがアドヴァイスでもしていたのでしょうか?
各作品の楽章数等は以下のとおりです(手抜きですみません)。

K.26
I.Allegro molto, Es dur(3/4); 67bars; bipartita
II.Adagio poco Andante , C moll(2/4); 24bars; bipartita
III.RONDEAUX Allegro, Es dur(3/8); 144bars

K.27
I.Andante poco Adagio, G dur(2/4); 32bars; bipartita
II.Allegro, G dur (3/8:from bar 47 to bar 92 are Minore);Rondeau

K.28
I.Allegro maestoso, C dur(4/4); 60bars; bipartita
II.Allegro grazioso, C dur(2/4);64bars; bipartita

K.29
I.Allegro molto, D dur(4/4); 56bars; bipartita
II.MENUETTO Ddur(3/4); 28bars and 31bars(Trio).

K.30
I.Adagio, F dur(2/2); 53bars: bipartita
II.RONDEAUX Tempo di Menuetto Fdur(3/4:has no torio.)
(92bars. bars 69-84 are F moll and "Poco Adagio")

K.31
I.Allegro, B-Dur(2/2);64bars; bipartita
II.Tempo di Menuetto(Moderato,3/4);Theme and 6 variations.
(Each group has 16bars.)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K22からK33まで-長旅の終り(3)

K22,K.Anh.221

一方で、交響曲群は素晴らしい出来です。
ハーグで作られたと判明しているのは2作品ですが、ザルツブルク帰還後に修正を加えられたK.Anh.221(旧ランバッハ)が幾分古めの形式を保っているのに対し、K.22はクリスチャン・バッハから吸収したものを初めて存分に、のびのびと発揮した音楽として、より注目に値します。

交響曲変ロ長調 (第5番)K.22 completed December 1765 at Den Haag.

I.Allegro(変ロ長調[4/4],98 bars [繰返しなし]. 20小節の 展開部と10小節のコーダをもつソナタ形式) :はじめて本格的なソナタ形式を採用した楽章だと思います。フォルテとピアノの迅速な交替、より旋律的になった上昇音型・下降音型の採用、2つのヴァイオリンパートの間で交わされる会話の立体的な効果などには目を見張ります。(私の聴いた3つの録音ではピノックのもの以外、とくに3点目の立体的効果を出し損ねていて、残念です。)

II.Andante(ト短調[2/4], 57bars [繰返しなし].二部形式) :先行する作品にはなかった、深い嘆きを示すテーマは、ヴォルフガングの精神的な成長を示すものでしょう。美しい楽章です。

III.Molto allegro (変ロ長調[3/8],97 bars [繰返しなし].A-B-A-B'-A-Coda) :このテの陽気な音楽はヴォルフガングがこれまでに充分つくりなれたものですが、前2楽章の影響でより朗らかに響きます。B'の部分 ( 51小節から66小節まで)に、とくに注目下さい。3音から成るモチーフを彼がいかに巧みに展開させているかを感じ取れる部分です。

交響曲ト長調K.Anh.221("旧ランバッハ")第1稿は1766年にDen Haagで書かれており、第2稿はその改訂版としてザルツブルクへの帰還後に書かれています。第2稿はおそらく1769年に、その愛称の由来となっているランバッハで、父の作(新ランバッハ交響曲)とともに演奏されたものと考えられています。私は残念ながら第2稿の演奏しか耳にしていません。

改訂の主なポイントは、
・1st Oboe の5小節目の取り扱い
・第2楽章のバスセクションを、アルコからピチカートに変更
・第3楽章21-24小節のバス声部をオクターヴ下げたこと
などなど、です。

I.Allegro maestoso(ト長調[4/4],84小節.二部形式)
II.Andante(ハ長調[2/4],84 小節.三部形式).弱音器付弦楽器の響きが妖艶です。
III.Molto allegro(第2稿ではPresto.ト長調.[3/8],112小節.ソナタ形式に近いのですが・・・)

なお、偽作「オーデンセ」交響曲(ヴォルフガングの作品にしては全体が硬質です)については割愛します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K22からK33まで-長旅の終り(4)

19d,K.24,25 &32

愛らしい2つのクラヴィア変奏曲、およびそれに関連して、管弦楽曲ではありますが、K.32について、少し述べておきますが、その前にK.19dのナンバーを与えられた「4手のピアノのためのソナタ」について簡単に触れなければなりません。

長い旅の間、姉ナンネルとヴォルフガングはしばしば、公衆の面前で連弾をしています。K.19dもそんなおりに二人が弾いた作品だと信じてこられ、アンドレ・プレヴィンがナレーターを務めた「伝記」映像の一編でも、二人の連弾シーン(手しか出てこない)でこの曲の終楽章が演奏されています。ヴォルフガングの自作だと感じてもおかしくない佳品ですが、残念ながら、近年では「疑作」のリストに加えられています。
I.Allegro
II.Menuetto
III.Rondo-Allegretto

さて、K.24とK.25の2つの変奏曲ですが、レオポルドは友人に「たいしたものではありません」
と報告しています。ですが、なかなかに愛らしい、しかもヴォルフガングが「ロンドンの楽譜帳」で実験したことを活かした書法を随所に取り入れた作品でもありますので、ぜひご自身で弾いて楽しんでみて下さい。
いずれも1766年5月以前に、アムステルダムかデン・ハーグで出版されたもののようです。
K.24は8つの、K.25は7つの変奏から成っています。
K.24の主題はハーグのカペルマイスターだったラーフという人の歌曲から採られています。
K.25は当時のハーグでの流行歌だったらしい"Willem van Nassau(ナッサウのウィレムさん)"
を主題にしていますが、これがK.32終曲のフーガに取り入れられているのが面白いのです。

K.32(Galimathias musicum)はウィレム5世の戴冠を記念した祝賀会用に委嘱された小管弦楽曲集で、
Molto allegro- Andante-Allegro-Pasrorella-Allegro-Allegretto-Allegro-Molto adagio(合唱を伴う)-Allegro-Largo-Allegro-Andante-Allegro-Menuet-Adagio-Presto-Fuga
の17部分から成っています。
この最後の主題に「ナッサウのウィレムさん」が取り入れられたことの、歴史的な意味合いに興味が惹かれます。いずれオランダ史の本を読まなくては、と思っておりますが・・・体調が回復してからですね。手近にそんな本を売っている店はありませんから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K22からK33まで-長旅の終り(5)

33,33B:帰郷の途上で

1766年5月、モーツァルト一家はようやくハーグを出発し、帰路につきますが、途中再びパリによったり、リヨン、ジュネーブ、ローザンヌ、チューリッヒ、とあちらこちら立ち寄っての帰還ですから、帰るのにまた半年もかけているのです。そのあたりの詳しい事情は、良い伝記を探せば書いてあるかも知れません。今、私はその類いの資料を所持しておりません。
帰路でもヴォルフガングは少なからず作品を残したようですが、多くは散逸してしまいました。散逸した中には「スタバート・マーテル」、3つのソナタ、その他2つの器楽曲などが含まれています。
残っている数少ない作品が、「キリエ」K.33とクラヴィーア小品K.33Bです。

K.33のキリエを、カルル・ド・ニはあまり評価していないのですが、まず器楽伴奏なしの合唱で開始され、5小節目に至って豊かな弦楽器の響きがしみ出てくる作りは大変神秘的です。
K.33Bの小品は、映画「アマデウス」でヴォルフガングが目隠ししてクラヴィアを弾く場面に使われている曲、と言ったらお分かりになる方が沢山いらっしゃると思います。

帰還後のヴォルフガングは、いよいよ本格的な作曲家へと変貌を遂げていきます。
旅の収穫が本格的に発揮されるのは、それからのこととなるでしょう。


Book

モーツァルトの宗教音楽


著者:カルル ド・ニ

販売元:白水社

Amazon.co.jpで詳細を確認する



ロンドンの楽譜帳


Book

ロンドンの楽譜帳


販売元:全音楽譜出版社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月18日 (日)

ウチに来るノラネコ

けさ、家内が玄関先で
「あら、ひさしぶりだこと!」
と声を上げているので、なんだろうと思ったら、そこに娘も息子も集まってしゃがみ込んでいます。
見ると、あいだをネコが右、左と行ったり来たりしながらご機嫌な顔をしています。
このノラネコ、ときどきウチへ訪ねてくるのです。私が(いまは休職中ですが)勤務から帰ってエレベーターのところで出くわすこともしばしばで、そんなときは小さな会話をします。
「来るの?」
「ンニャ!」
「じゃ、おいで」
このコは当たり前顔でエレベーターに乗り込んで、私のウチの前まで来るのです。そこでとくに、息子の大歓迎を受けます。
それが、このところ音沙汰が無く、
「どうしたんだろうね」
などと家族で話していた矢先でした。
何を思ったのか。
ウチへ来ても、エサは貰えません。
近所にノラネコが増えているせいもあるので、規約でエサはやらないことになっています。
エサを貰えないのが分かってきているのか。
それとも、よっぽど腹が減って、
「もしかしたらあそこんちならもらえるか」
とでも思ったのか。。。

かわいそうだけれど。
何の獲物もなく。
帰りは女房と子供らに送られて、エレベーターで下へくだっていきました。

それにしても、ネコというのは思いがけず頭のいい、しかも、私みたいじゃなくってタフな生き物だなあ、と、彼(彼女)に会うたび、いつも感じます。
・・・で、ウチへくる、ちょっと目の悪いこいつが、やっぱり一番可愛いと思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

埼玉栄中高吹奏楽部演奏会

昨6月17日、さいたまの大宮ソニック・シティ大ホールで、埼玉栄吹奏楽部の演奏会がありました。家族の誘いで行きましたが、大変素晴らしく、感激しました。とくに驚いたのは、生徒たちの「音程感」です。「あ、すこしズレそうかな」と思っていると、即座にピッタリ吸い寄せられるように、きちんと合ってしまいます。これはきちんと訓練していないとできないことですが、10代の子供たちにこれだけの音程感を付けさせるのに、どんな指導をなさっているのか、非常に興味をひかれます。
曲目の中で素晴らしかったのは天野正道氏作「エクスピエイション(贖罪)」。ベテランのパーカッション陣をゲストとし(この人たちの躍動感にも打たれました)、途中に効果的な祈りの合唱を挟んだ「戦争への怒り、平和への思い、人類としての贖罪」の重さに、少しばかり涙してしまいました。奏者の皆さんに感謝。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月17日 (土)

アマガエル、ウシガエル

今日(ではなくて昨日になってしまいましたが)は、朝からひどい雨でした。
その3日前くらいから、今年に入ってまだ静かにしていたウシガエルが急に鳴き出したので、
「ああ、またうっとおしい時期が始まるなあ」
と思っていました。
ところが晩になって、面白いことに気がつきました。
今夜はウシガエルが全く鳴かないのです。
そのかわり、田んぼの多い西の方角から、アマガエルの声が気持ち良さそうに響いてきます。
・・・どういう加減で、こういうことが起きるのでしょう?
   ずっと休職して調べる価値があるかも知れない!学術的価値も高いかな?
   が、飯は食い上げ、になるから、やっぱり、そ、そんなことはしていられませんナ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月15日 (木)

定家と千載和歌集(1)

<定家関係記事>
千載和歌集:123456789
後白河法皇:1234
松浦宮物語:1234
六百番歌合:123
仁和寺宮五十首:123
(空白期):123
正治二年後鳥羽院初度百首:123
千五百番歌合:



「明月記を読む」と言ったって、何処から手を付けていいんだろうか。
これには迷いました。
最初の方は書いた年月日がだいぶバラバラですけれど、話題としては福原遷都のこと、その後の閑散とした京都の御所のことが出て来たりしますし、高倉院の崩御の際、院に心酔していたらしい定家がいわゆるお通夜に行こうとして、父の俊成にきつく戒められたり(政治的配慮だったとのことだそうですね)、と、結構内容が起伏に富んでいて面白いのです。
ですが、自分は定家という人の内面を知りたいがために『明月記』を読もうとしているのであって、あまりいろんなエピソードに首を突っ込んでも報いられずに終わってしまう気がしました。
・・・エピソード類も含めての豊富な接触は、堀田善衛さんがすでに名著を出されていることでもあるし、無くなってしまった「藤原定家ファンサイト」のような、多彩な史実から突っ込んでいくことも私には無理そう・・・古文の世界にしてからがど素人ですから。
かつ、上のような史実をより「面白く」知るには、藤原兼実の『玉葉』のほうがずっといい材料です。だからといって、『玉葉』に走っては、自分の目的とはズレてしまいます。

ですので、まず、定家と父俊成が和歌の上で持った関係を、『明月記』中はじめて記事にしたとも言える、文治四年四月二十二日の条からはじめてみることにしました。
父、俊成が後白河法皇に『千載和歌集』を届けに行った、という話です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(2)

文治四年四月二十二日は申年で、西暦でいうと1118年5月20日、干支は戊子(こういうのが簡単に調べられるツールが、いまはあるんですね!)。
ちょっと脱線して、この日、鎌倉の方では何があったか、と『吾妻鏡』を覗いてみますと、

「夜に入りて、御台所(=北条政子)の御方の女房[千手前と号す]、御前において絶入(ゼツジュ、気絶すること)し、すなはち蘇生す。日来させる病なしと云々。暁におよび、仰せによって里亭に出るづと云々」(この日の天気の記載は無し)

とあります。彼女は三日後の二十五日に二十四歳で亡くなります。
かつて一の谷の合戦で捕虜になった平重衡が鎌倉に幽閉された時、その身辺の面倒を見たのが、
この千手前でした。壇ノ浦で平家主流の滅亡が決定づけられたときまでは、重衡は源氏方の外交道具として生かされ続けたのですが、結局は元暦二年六月二十二日に京近郊で斬罪に処せられました。源頼朝は彼には心服していたらしく、殺す意志はなかったようです。しかし残念ながら源平争乱の発端の一つでもあった南都焼討ちの総大将だったこともあり、刑に処さなければ東大寺などの連中が納得しなかったのだ、と言われています。それから四年後に、千手前は急死したわけです。日頃、重衡の悲劇に切々たる思いをつもらせていたのが死因ではないか、と、世人は噂をし合ったようです。

重衡は人柄も良く、女性には人気が高かったようで、まだ平和な時期に内裏で冗談を言っていた姿が『建礼門院右京大夫集』に活き活きと描かれているのも有名です。同じ書の中で、やはりその最後が悲しまれ、惜しまれています。
また、重衡が刑死を目前に法然上人の指導を仰いで念仏を唱えた、というエピソードもありますが、真偽のほどは分かりません。

野次馬ついでですから、同じ日の京都の様子はどうだったんだろう、と『玉葉』を覗いてみますと、
「此の日、吉田祭なり」
とあります。兼実は物忌みの日かなにかで、出掛けません。・・・物忌み、というのは、とくに重役貴族には体のいい休みのいいわけだったような気がしないでもありませんが、専門家の方から見たら、どうなのでしょう?
それはともかく、「平安時代 儀式年中行事事典」なるものの目次を見ただけで、京というのは年がら年中祭礼ばかりで、世が武士に牛耳られ始めようとしているのに、なんとまあ、あいかわらずな、と思わざるを得ません。
吉田祭は、藤原北家出身の中納言山陰が創祀した吉田神社(春日大社の四神を勧請した神社。ここの神主の後裔が『徒然草』で有名な兼好法師)の年二回行われる祭で、式日は年二回。うち一回目が四月中申日ということですから、本来は五日前でなければならなかったはずですが、その日の記事を見ると、そこには「平野祭也」、と、また別の祭が行われているありさまです。もう、お祭りラッシュです!
それから、二位中将なる人物が師匠について「論語」を読み始めた、という記事もあり、兼実がそれに感服していることから、当時既に「論語」は少なくとも勉強するのにふさわしい本だと思われていたことも分かります。二位中将は兼実の何れかの子息をさすのでしょうが、私は当時の彼らの位階を知る為の史料を持ち合わせていません。ただ、長子の良通は同年中に内大臣兼左大将という地位で若死にしてしまいますから、位階と「中将」ということから、次子の良経を指しているものと考えています。もし正しい情報があれば、どなたかご教示頂けると幸いです。


Book

全譯吾妻鏡 2 (2)


販売元:新人物往来社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(3)

世の中でこんなことが起こっている日、俊成は参院します。
『明月記』の記事(日付省略。読み下しは学問的に正しくないかも知れませんが、ご了承下さい)。。

晴。巳刻許リ、入道殿(=俊成)参院セシメラレ給フ。勅撰集(=千載集)総覧ノ為也。
日来自筆ニテ御清書。白色紙、紫檀軸[貝鶴丸]、羅(ウスモノ)表紙、シロギヌノ紐、外題ハ中務小輔伊経之ヲ書ス。納筥、筥蒔絵ハ自ラ御葦手ニテ新歌有。未ダ斜(=夕暮)ナラザルニ出デシメ給フ。
「御前ニ於テ殊ニ叡感有リ」ト云々(=と父上は仰っていた)。
「自ラ之ヲ読ミ申サシメ給フ。又蒔絵ノ歌ヲバ神筆ノ本ヲ以テ留メオハシマス」
ト云々(=といったお話も父上からうけたまわった)。

伝聞を記したものながら、俊成の安堵の表情、受け取った後白河の、これまたどこかホッとした様子が目に見えるような記事だと思います。
そのあとどうも、後白河法皇は熱心に内容を検討したらしく、二日後の夜に使者を通じて
「撰者(である俊成)の歌があまりにも少ないようだ。あと三、四十首は付け足しなさい」
と伝えてきました。
こんにち読むことの出来る『千載和歌集』(残念ながら私は岩波文庫本でしか所有していません)には、俊成の歌は三十六首ですから、後白河法皇が最初に目にした最初の『千載集』には、俊成は最高でも六首程度しか自作の歌を入れていなかった、ということになります。謙虚さからなのか、それとも何か別の心理が働いたのか・・・真相は不明というほかないでしょう。

新日本古典体系本はこちらで紹介されています。


Book

千載和歌集


著者:片野 達郎,松野 陽一

販売元:岩波書店

Amazon.co.jpで詳細を確認する


さて、注目したいのは、この『千載和歌集』の中で占める定家の位置・・・撰入歌のこと、それから編纂助手としての関与の度合い、の二つの点です。
まずは、後のほうから考えてみましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(4)

俊成参院当日の条だけを読むと、定家の『千載集』との関わりは、あまり直接的ではなかったようにしか見えません。ですが、岩波文庫本『千載和歌集』の後書きにも指摘されている通り、後年、定家が『千載集』編纂時の思い出を『明月記』の中で述べています。

天福元年七月
三十日 壬申(1233年9月5日)
(前文省略)此集(=千載集)作者ノ位署・題ノ年月等甚ダ謂レ無キ事多シ。昔、諌メ申スト雖モ忽チニ(=せっかちにも)信用セラレズ、タダ任意ニ注付ケヲセラル。今之ヲ見ルニ慙思(=恥ずかしい思いをする)ノ事多シ。惣ジテ万事ニ付キ当時ノ存知ニ任セテ先例准拠ノ事ヲ勘見セザルノ故也。(後略)

明らかに、定家が父に対し、『千載集』の編集に意見を述べえる立場にあったことを証明する記録です。

この歌集を私たちがどう捉え、どう鑑賞したら良いかについては、幸いにして平凡社の「セミナー[原典を読む]」シリーズ3に、松野陽一教授のセミナーを記録した
「千載集 勅撰和歌集はどう編まれたか」初版1994
が発刊されています。ということで、このセミナーを頼りにしていきましょう。


定家が「甚ダ謂レ無キ事」のひとつに挙げている「題ノ年月等」については私程度では手も足もでない問題ですから、「位署」の件だけ勝手に推理します。

セミナーの43頁に、「日野切(俊成自筆の『千載集』の断簡)の中に
「頼政の表記がb「従三位頼政」とあることが問題になる」
と記されています。頼政については4頁前に「a前右京大夫頼政」と「b従三位頼政」とあることが、諸本の分類基準の上で大事である旨、述べられています。で、後者の「従三位頼政」の表記は従来は善本には現れてこないものなのだそうです。
ですので、俊成自筆の「日野切」のなかにbの表記があるのは大問題だ、ということになるわけです。

研究上の諸問題は専門のかたにお任せして、いまはごく単純に考えましょう!
(ホントはいけないんだと思いますが・・・)

源頼政の歌は『千載集』に14首採られています。その「位署」はどうか、と見ると、唯一私の手元にある岩波文庫本では、すべて「a前右京大夫頼政」に統一されています。これは底本が「総覧本の形状を有する近世書写の一本([校注者の久保田淳氏の]架蔵)」であって、おそらくは(久保田博士のことですから)善本なので採用されているのではないかと思われます。(残念ながら私には底本についての詳しい知識は皆無です。。。)
「善本」と呼ばれる系統が全て「総覧本の形状を有する」のかどうか知りませんが、いちおう「有する」のだと仮定すると、これは正式に承認された最終的な『千載和歌集』を反映している、ということになるのではないか・・・とすると、「位署」についても見直しの終わった後の、修正された記述が採用されているのではないか・・・
で、その修正には、当時必死で歌を勉強していた定家が相当に関与したのではないか、というのが、ごく単純で拍子抜けですが、私の結論です。

後述することになると思いますが、このころ、定家は西行から判を委ねられた『宮河歌合』に四苦八苦していました。翌文治五年に完了することになる『宮河歌合』の判辞には、定家の苦闘の痕がはっきりと読み取れます。
で、彼に判を任せた西行という人が崇徳院と関わりの深かった人物であることは、『雨月物語』
第1話「白峯」を待つまでもなく、周知の事実です。『宮河歌合』に戻って、その32番目を見ますと、ここにはわざとでしょう、崇徳院の配流に関係する回想とおぼしき歌が番えられていて、それに加えた定家の判がまたふるっている。
「左右ともに旧日之往事。故に判を加えず。」
些細に見えますが、『宮川歌合』の判を依頼されてから定家が何とかそれを終えるのに二年以上の月日がかかっていることを考えると、この「判を加えず」のためにも相当勉強の時間を費やしたことが伺われます。
『宮河歌合』の他の歌でも西行がわざと定家を試そうとして番えたのではないかと思えるような意地悪な番もありますから、もちろん、定家は広範囲の勉強をもってそれに応えたに違いなく、それを見て取ったからこそ、西行も大満足することになったのだろうと思います。

『宮河歌合』の件は定家の『千載集』位署への関与を示す証拠には全くなりませんが、その過程で彼はもちろん、あらためてそれまでの勅撰集をもよく確認しなおしたはずです。
すると、たとえば『千載集』の前に位置する『後拾遺和歌集』(『金葉集』・『詞花集』を考慮しない理由は、セミナーの第二講によりますので、ご参照いただければ幸いです)の位署には、「従三位誰々」などという表記は一切無いわけです。もちろん、『後拾遺集』から遡った他の勅撰集でも同様です。
そんな次第で、もう高齢だったうえに
「いいよ、そんなこと、いちいちこだわらなくたって」
の域に達していたとおぼしき俊成に対し、若い定家は勉強の成果に意気込んで
「だめです、そんなことでは!」
と鼻息を荒くしたのでしょう。そのことが天福元年、久々に『千載集』を手にした定家の胸にありありと蘇って来たのに違いありません。
で、こんにち「善本」とされているものには、定家の口出しが大きくものを言った結果が反映されていて、俊成が文治四年四月二十二日に院へ持参したもの通りでは勿論ないわけです。
なにも、定家を云々しなくても、(3)で触れた「もっと撰者の歌を増やしなさい」がこんにち残っている『千載集』にはきちんと数で反映されているわけですから、まあ、ごくあたりまえの結論にしかなっていませんネ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(5)

次に、撰入歌からみた、定家の『千載集』の中での位置についてです。

『千載集』は1,288首を収録しています。判明しない「読み人知らず」を除いて399名の作者(数え間違いをしていなければ!)の歌が採られていますから、単純計算ですと作者一人平均3首程度、となるのですが、そうは単純にいきません。
5首以上採用された作者だけで、まず56名、歌の数にして638首あります。14%の作者の歌だけで全歌集の50%を占めているのです。残り343名(86%)の平均採用歌数は1.9首/人。

5首以上の作者についてさらに詳細にデータを取ってみますと、
・5首以上10首未満が36名(9%)で261首(20%)。
・10首以上20首未満12名(3%)で157首(12%)。
・20首以上採用されたのは8名(2%)で220首(17%)。

先に、20首以上採用された作者の面々をリストアップしてみましょう。
同時に、俊成との関係を概観しておきます。
源 俊頼(52首):俊成が最も重視した歌論の展開者(「俊頼随脳」)
藤原俊成(36首):本人!
藤原基俊(26首):俊成の師。
崇徳院 (23首):若い俊成を取り立て、「久安百首」の部立てを任せた
俊恵法師(22首):師、基俊の子息(鴨長明の師)
和泉式部(21首):後年の『古来風体抄』にも13首引いており、とくに失恋、娘の死などを巡って無常観を暗喩的に歌った見事な作が多く、「天台止観」を歌論の前面に据えた俊成は彼女を尊重していたか?
藤原清輔(20首):ライバル六条家の主
道因法師(20首):ライバル六条家側の主要歌人

この中に俊成を代表とする「御子左派」側の人物が全くいないことには驚きます。ライバルである六条家側の歌人は二人も入っているのですから・・・これも例によって俊成の謙虚さと見るべきか戦略と見るべきか、微妙なところです。
俊頼の52首という例外的な多さも目につきますが、これをもって俊成は自分の和歌観を正面に打ち出そうと意図したのではないかと推定しておきます。
さらに目につくのは、崇徳院御製が23首取り入れられていることです。
セミナーでは、他の作者の分布、採用された歌の内容、前年に後白河法皇が行なっている大規模な「戦争での敗者に対する供養」などから、<『千載集』は鎮魂の歌集>説が唱えられています。また、崇徳院の怨念については当時その恐ろしさが世間に強く意識されており、後白河法皇の供養の第一の目的がその鎮魂にあったことは間違いないのでしょう。
ですが俊成は、そうでなくても崇徳院の歌への造詣の深さに終生心服していたようですし、また若いときに受けた恩義をも忘れずにいたでしょう。
世論につけ込んで、おのれの大恩人の歌を多量に取り込み、「供養」というよりは「称揚」しようと意図したのかもしれません。

この歌人たちと、10首〜19首採られた歌人で、作者数の5%、歌数で30%です。

さて、定家は、というと、5首〜9首採られた9%の作者のなかに入っています。撰入歌は8首です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(6)

『千載集』に採られた定家の8首がいつの、どのような作品であるか、は、俊成が『千載集』で狙ったことを探る一つの指標となるように思われます。それを瞥見しておきましょう。
資料を充分に所持しておりませんので、最初の一首だけ出所が分からずじまいでした。申し訳ございません。それ以外は「拾遺愚草」で確認しました。
頭の番号は『千載集』の中でのものです。

355:しぐれゆくよものこずゑの色よりも秋はゆふべのかはるなりけり(巻第五:秋歌下)

400:冬きてはひと夜ふた夜を玉ざさの葉分けの霜のところせきまで(巻第六:冬歌)〜養和元(1181)年「初学百首」52=「源氏物語」藤袴中の蛍兵部卿宮の歌が本歌。

414:しぐれつる真屋の軒ばのほどなきにやがてさし入る月のかげかな(巻第六:冬歌)〜文治二(1186)年「二見浦百首」54。

497:別れても心へだつな旅衣いくへかさなる山路なりとも(巻第七:離別歌)〜「初学百首」90=「古今集」の貫之の歌が本歌。

951:しかばかり契りし中も変りけるこの世に人を頼みけるかな(巻第十五:恋歌五)〜「二見浦百首」69=「後拾遺集」哀傷のなかの、藤原義孝の亡霊の歌が本歌。

1004:いかにせむさらで憂き世はなぐさまずたのみし月も涙おちけり(巻第十六:雑歌上)〜文治三(1187)年「皇后宮大輔百首」34

1073:いづくにて風をも世をも恨みまし吉野のおくも花は散るなり(巻第十七:雑歌中)〜「二見浦百首」16

1113:おのづからあればある世に永らへて惜しむと人に見えぬべきかな(巻第十七:雑歌中)〜「二見浦百首」72=「後拾遺集」哀傷の中宮内侍の歌が本歌。

大きな特徴は次の2点でしょうか。
1.本歌取りの歌が4首を占める。うち2首は本歌が『後拾遺集』巻第十:哀傷に存在する。
2.20歳のときの「初学百首」から2首、西行の勧進で読まれた「二見浦百首」(定家25歳)から4首取られている。(参考までに、『千載集』中には西行の歌は18首採られています。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(7)

まず「本歌取り」ということについてですが、これが私のような素人にはなかなか理解できません。定家の歌論などにも、比較的平易にまとめた『毎月抄』には、技法としては
「本歌取り侍るやうは(中略)その歌を取れるよと聞ゆるやうによみなすべきにて候。本歌の詞をあまりに多く取る事はあるまじきにて候(以下、その説明と例示)」
というものだとありますが、背景にある精神は次のようなものだと述べています。
「古きをこひねがう(=あるべき姿だと思う)にとりて、昔の歌の詞を改めずよみすゑたるを、即ち本歌と申すなり」(『近代秀歌』)
うーん、分かるようで分かりません。なんでわざわざそんなことをする必要があり、しかもわざわざ技法として打ち立てなければならなかったのでしょう。
歌論に立ち入る力量もなければ、それらをまだきちんと読んだこともありませんので、現状では深く考えられませんけれど(『明月記』に深入りするほど、しかし、きちんとやる必要には迫られていくものと思います)、小学館の新日本古典文学全集87『歌論集』の解説をあてにして、とりあえず浅く述べておくならば、定家は「本歌取り」によってもたらされるオリジナル(本歌)の視覚的イメージの喚起こそが作歌を徒らに情趣的方向へと流れさせて締まりなくするのを避けるには有効だ、と述べているのでしょうか(だからこそ、「その歌を取れるよと聞ゆるやうによみなすべき」、即ち本の歌はこれだな、と分かるようにしておかなければならない、とも言っているわけです)。
そして、その映像的効果の高い価値を見出したのは、ほかならぬ父、俊成だったのです(「歌論集」解説596頁を安直に参照しました)。



歌論集 : 俊頼髄脳, 古来風躰抄, 近代秀歌, 詠歌大概, 毎月抄, 国歌八論, 歌意考, 新学異見 新編日本古典文学全集 (87)


歌論集 : 俊頼髄脳, 古来風躰抄, 近代秀歌, 詠歌大概, 毎月抄, 国歌八論, 歌意考, 新学異見 新編日本古典文学全集 (87)


著者:橋本 不美男

販売元:小学館

Amazon.co.jpで詳細を確認する

勉学が成就しつつあり、年齢から言ってもスタミナ旺盛な息子、定家の歌を8首採用し、しかもその半数に「本歌取り」の作品を選んだところに、父の意図が読み取れる、と言ったら言い過ぎでしょうか。

さて、「後拾遺集」哀傷からの2つの本歌は、それぞれに特徴的なものです。
1113の本歌(内侍)は、
558:惜しまるる人などかくてなりにけん捨てたる身だにあればある世に
というもので、出家の身の内侍が、俗人として亡くなった親戚を悼んだものです。この歌そのものだけなら何ということは無いのかも知れませんが、これを本歌にした定家の作が「二見浦百首」所収だというところがミソではないかと思います。「二見浦百首」は、西行の呼びかけで編まれたものだからで、定家が西行をイメージしながら、なんとか詠もうと努めたのではなかろうか、と感じられるからです。「二見浦百首」の中で定家の歌は述懐を五首詠んでいますが、撰入歌はそのうちの二首目に当たります。ついでながら、定家の、撰入歌該当作の、「二見浦百首」中での前の歌は
「見しはみな昔にかはる夢のうちにおどろかねるは心なりけり」
後の歌は
「みるもうし思ふもくるし数ならでなどいにしへを忍そめけむ」
というものです。

もう一つの本歌は、異様です。亡霊の歌なのですから。
「しかばかり契りしものを渡り川帰るどには忘るべしやは」
この歌は、読み手の藤原義孝が、死後しばらくして、その母の夢に出てきて詠んだ、とされているものです。義孝は一条摂政の子息と血筋が良いだけでなく、美男で有名でしたが、974年に二十歳で早世し、世人の涙を誘ったとのことです。ところが、死後、その霊が歌を詠んだ、ということで有名になり、噂はたちまち広まったらしく、(いま原典は敢て参照しませんが)『大鏡』にも『今昔物語』にも噂が説話化されて載っているとのことです。
ただ、定家の場合、これの「二見浦百首」の中で詠んだ作品だ、ということは考慮しておく必要があるでしょう。なおかつ、一種の怪異譚として有名な話に結びつく歌を本にしながら「恋」の歌に変貌させているところ、定家の自負と機知の愉快な重なり合いが見えるところに、西行だけでなく、父、俊成にも「ほほう」と思わせる勢いがあったのではないかとさえ思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(8)

撰入歌のもうひとつの特徴、選ばれた定家の歌の年齢的な範囲について、です。
出処を突き止めた七首中、1004番の歌を例外として、残り六首が「初学百首」と「二見浦百首」からとられていることには、父からの、後継者としての定家への大きな期待が込められていると解釈したいと思います。
ただ、なんといいましても私自身和歌の知識は皆無に等しく(いえ、皆無そのものです)、ただ感覚的に鑑賞するのが関の山ですので、主観的なことを述べるに留まる点はご了承下さい。

まず「初学百首」については、堀田善衛さんの『名月記私抄』(文庫本57頁)にある素晴らしいコメントにただ唸るばかりで、他の資料を読んだこともありませんので、私には言えることは何もありません。


Book

定家明月記私抄


著者:堀田 善衛

販売元:筑摩書房

Amazon.co.jpで詳細を確認する

その文中、堀田さんが「初学百首」秋二十首の最初の七首を続けて掲載し、
「一首一首を、というよりも、むしろ一気に「をしなべて」から「秋こそ月のひかりなりけれ」までを読みついで行って頂きたい」という言には確かに従うべきで、春、夏、冬、恋に至るまで、そのかたまりごとに詩としての一貫性を読み取ると、二十歳の定家の感性がひしひしと伝わってくる気がします。
堀田氏が「マダマダだな」という具合に扱っている恋の部についても、現在だって二十歳くらいじゃこのくらい歌うのが精一杯じゃないか、と、定家に味方してあげたくなります。
たとえば
「夢の中にそれとて見えし面影を この世でいかに思ひあはせん」
とか、
「いかにせん 憂きにつきても辛きにも 思ひ止むべき心地こそせね」
なんていうのは、現代語訳したらちょっとした流行歌の歌詞として通用するのではないかしら。
・・・いや、演歌向きかなあ。。。
ただし、堀田氏が仰る通り、この「初学百首」が成った年は京都では多くの餓死者がでていた(養和の大飢饉)という事実を記憶しておかなければなりません。
「それなのに、なんと呑気な」
とお思いになるでしょうか?
ここの受け止め方が、当時の世間の仕組をどう考えるか、重要な鍵になるはずです。その鍵が、現代にも通用する問題点を持っているのではないか、と私は感ますが、これについて結論めいたことを述べるほど認識が深まっていませんので、ここはお読み下さった方のご意見等も伺いたいところです。

四年後の「二見浦百首」は、堀田氏は詳述していませんが、定家の読みぶりには、この百首の勧進者である西行のなだらかな歌い方を意識しつつ、一首一首丁寧に取り組んでいるさまが見て取れるような気がします。年齢も少し加わったせいか、後年の定家からは想像しにくいほど素直な歌の多かった「初学百首」に比べ、「二見浦百首」には「機知」を取り入れようとする苦心が随所にあるからです。
たとえば、季節は異なりますが、「初学百首」冬歌中の
「友ちどりなぐさのはまの浦風に空さえまさる有明の月」
を、「二見浦百首」秋歌中の
「有明の光のみかは秋の夜の月はこの世になをのこりけり」
の作りを比較してみて下さい。
どちらかというと伝統の技法をストレートに利用した前者に比べ、後者は父俊成も重視した「イメージの明瞭さ、そこからもたらされる深み」の世界に向かって静かに歩を進め続ける定家の、強靱な集中力を感じ取らずにはいられません。
なお、この前年、定家は宮中で喧嘩をして除籍の憂き目にあっています。集中するにはいい環境、だったでしょうか。

父、俊成は、そうした定家の、歌に対する素直な姿勢、工夫への努力を常に見守り、大事に育てていきたい、という願いを込めて、定家の処女作「初学百首」にも遡り、西行から課せられた厳しい課題のひとつである「二見浦百首」から、あえて中心的に我が子の歌を選んだのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

定家と千載和歌集(9)

西行は「二見浦百首」勧進の翌年、定家に「宮河歌合」の判を依頼します。『千載集』成立の1年前です。
しかし、定家がやっとの思いでその判を終えたのは『千載集』成立の1年後で、足掛け2年を費やしたことになります。
『千載集』を巡って父とやりとりしたこと、また「二見浦百首」を詠みあげたことは、定家にとってまたとない試験でもあり、及第点もおさめたものでしたが、この「宮河歌合」に判を加えるという作業は、彼にとって最もきつい課題だったのではないでしょうか。

三十六番から成るこの歌合を、試みに、私は定家とどれだけ同じ判定を下せるか・・・素人なのに大胆にも、しかもハンバーガーをかじりながら、たった三十分ほどで試みてみました。
すると、実は西行が、結構最初の方から意地悪な組み合わせで歌を呈示していることが読み取れるのです。
恥を忍んでおおやけに致しますと、二番目からして、こうです。

左:くる春は峯に霞を先だてて谷のかけひをつたふなりけり
右:わきて今日逢坂山のかすめるは立ちおくれたる春や越ゆらん

素人の私は、左のストレートな視覚的イメージに魅かれました。
「もちろん、左の勝ちだよな!」
・・・ところが、定家の判は「右勝」なのです。
歌にお詳しい方には当然なのかも知れませんが、私はしばし呆然と、ハンバーガーを加えっ放しにしたままとなりました。
定家の挙げた理由は、直訳でなく、その考えをよんだ上で述べますと、
「左の歌は良い歌にみせかけてあるけれど、歌としては右のほうが作為が露骨でなく、自然だ」
というものです。なるほど!
で、こうした例が次から次へと続くわけです。
最後は定家が「加判に二年もかかってしまった」ことを謙虚に詫びることばで終わっています。
それにしても、歌を判じるということの何たる難しさ、厳しさか、と、ハンバーガーの味も忘れるほど痛感させられました。
定家の加判が終わってやっと西行のもとに届けられたとき、すでに体の弱っていた西行は、わざわざ二度、頭をもたげて「宮河歌合」に読みふけり、おおいに満足したとのことです。
(「宮河歌合」は群書類従に入っています。古書店でないと無いでしょうが、古書検索データベースもありますし、CDに収録されたものもありますから、ご利用の上ぜひご一読下さい。)

『千載集』前後の大きな試験を乗り切り、ここから歌人、藤原定家が確立されていくわけですから、ほんの断片的な記事の一環とは言え、明月記に『千載集』総覧について記した文治四年四月二十二日の条は、見落としては成らない重みを持っていると思い、ここまで述べて参った次第です。

錯誤等は是非ご指摘いただき、不足点には情報をいただき、至らない点は私の素質不足ということでご容赦戴けましたら幸いです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

追悼:岩城宏之さん

ガーシュウィン自演への素敵なコメント有り難うございました。「じゃあ、ほかの自作自演も!」といこうか、と思っていたのですが・・・
6月13日、いつも覗いているブログで、岩城宏之氏のご逝去を知りました。その後大々的に報じられず怪しんでいたのですが、オーケストラ・アンサンブル・金沢のHPで間違いないことを確認しました。
私は親の反対もおしきれず(勿論、才能もなく)その道にこそ進みませんでしたが、子供のころからTVに映る岩城さんは憧れの的でした。国内外を問わない新進作曲家の作品を積極的に紹介していたうえ、正統的な古典解釈でも群を抜いていらしたと思います。岩城さんの指揮で録音された「涅槃交響曲」は私の永年の愛聴盤の一つです。
昨年3月リリースの、権代敦彦さん(1965-)の新作、併せてブラームスの第2を入れたCDも名演です。これをご紹介することで、尊敬するマイスターへのお悔やみを申し上げたいと存じます。



ブラームス:交響曲第2番


Music

ブラームス:交響曲第2番


アーティスト:オーケストラ・アンサンブル金沢

販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

発売日:2005/04/27

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月14日 (水)

なぜ『響き」あわない?

隣の市で、周辺地区の中学・高校の吹奏楽演奏会があり、娘も出演するので、家内が一定時間休暇を取って私を連れていってくれました。残念ながら、いまはまだ乗り物での移動でも疲れてしまうし、ずっと聴いているとこたえますので、娘の学校を含め3団体しか聴けませんでした。
共通して思うのは、大きくは
「なぜ、もっと音が伸びないんだろうか」
「なぜ、キレイに響き合うということに対して鈍感なのだろうか」
という2点です。
うまい学校に対しても、不思議ですが、この印象は変りません。ママさんコーラスの類いにも同じ感想を持つのが常です。
手先の技術をアクロバティックに聴かせることには誰でも夢中になりますが、それがほんとうに「音楽の目指すもの」・「音楽で身につけるべきもの」なのでしょうか?
中世のヨーロッパでは音楽は[調和]を体得するための学問だったそうですが(ホント?)、日本でも『古今和歌集』の序の趣旨は(和歌が歌われるものだと前提すれば)人の心から自然に出るものを巧まずに『歌う」ことが大切だ、ということではなかったか、と理解しています。
そのくせ、人間の妙なところは、『自然な表現」をするのにまた様々なルールを作ってしまい、それに縛られていく習性。
ほんとうは、体が無理なく働けば、声でも楽器でも、個々の体にふさわしいだけの『美しさ」で響くはずだし、その集合体が響き合えば豊かな「音楽」が生まれてくるのが当然なのではないだろうか?
ふとそんなことを考えているうちに、今日は帰宅してからさっきまで眠り呆けてしまった次第です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月13日 (火)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(1)

「モーツァルト以降を継いだのがベートーヴェン、さらにワーグナーだったのは、音楽界にとってそもそもの不幸だったかも知れない」
・・・正確ではありませんが、どの本だったか、そんな意味のことを書いていたと記憶しています。
本当にその通りで、具合が悪いときにベートーヴェンを聴いていると疲労感が増しますし、ワーグナー作品のDVDなんか見たりしようものなら、もう、立ち直れないほど気が滅入ります。
ベートーヴェンは、それでもまだ第8のようなお気楽交響曲(と言っては怒られますが)がある分、救われます。
ワーグナーは「さまよえるオランダ人」以降、好んで「理想的な女性」を死の犠牲に追いやる筋書きばっかり作っていて、
「なんかコンプレックスがあったのかな」
と疑ってしまいます。「オランダ人」のゼンタ、「タンホイザー」のエリザベス、「ローエングリン」のエルザ、「トリスタンとイゾルデ」のイゾルデ、「指輪」シリーズではジークリンデにブリュンヒルデ。最後の「パルジファル」では一見そうしたキャラクターではないけれど、実は大きな役割を果たすクンドリ。・・・みんな、ワーグナーに殺された女性たちです。誰も死なないのは「マイスタージンガー」だけですよね。その「マイスタージンガー」でも、仇敵ハンスリックを露骨に皮肉ったり、と、まったく意地悪な、サディスティックな人です。
そういいつつ、結構ワーグナーの音楽が好きだったりするから、私もサディスティックな面を持っているのかもしれません。くわばらくわばら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(2)

ワーグナー作品の「筋書き」に納得していなくても、どうしてもその音楽にはひかれてしまう、そんな人は少なくないでしょう。
これには彼の「動機」処理の巧みさが大きく作用しているものと思います。
ワーグナーの作品解説には必ず「指示動機」という用語が出てきますし、これが劇中で「誰または何」を表すかも明示されています。
そのおかげで、生であろうとCDやDVDであろうと、これから聴こう、見ようとしている作品のあらすじ、「指示動機」のふたつを頭に叩き込んでおけば、セリフが分からなくても劇の起伏・クライマックスがよく理解出来る・・・反ユダヤ主義の元凶的思想の持ち主でもあり、そこをナチスに利用もされたほどの人物でありながら、その作品がなお国際性を保っていられる大きな理由は、ワーグナー一流の「指示動機」の技術と、もうひとつ、少し意地悪に言えば、「オランダ人」以降に貫かれている、どこか杓子定規的な、ならせば平らになる「筋書き」のおかげだと言ってもいいのではないでしょうか?・・・こんな悪口を言っても、ワーグナーが天才だったことは全く否定出来ませんけれど。
ワーグナーは終生、ベートーヴェンを熱狂的に尊敬しましたが、動機の発展に関しては「オレはベートーヴェンを超えた」という自負を、もしかしたら持っていたのではないでしょうか? それを表明した、という話だけは、少なくとも私は知りませんが、さすがにそこまで言うと顰蹙を買う点くらい計算していたかもしれません。
ともかく、「さまよえるオランダ人」に限って言えば、ヴォーカルスコア上に凡例として掲載している指示動機は全部で29あります。ですが、そのうち、序曲に用いられている主要な10の動機(ほぼ3分の1)を除けば、他は副次的な場面の雰囲気作りの為であるか、あるいは主要10動機の何らかの変形に過ぎません。
したがって、「さまよえるオランダ人」全体を感得するにも、序曲に現れる10の動機、およびその順番を抑えておけば充分なのではないかと思います(以後の作品になるとこうは行きません。「序曲」は劇中の動機を用いたとしてもあらすじを標題的に表したものではなくなっていきますし、「指輪」と「パルジファル」になると、さらに抽象度が高まるからです)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(3)

「さまよえるオランダ人」創作に関わる伝記的なエピソードとしては、次の3つが象徴的です。

もととなった伝説は、ワーグナーは最初の妻ミンナと赴任した、現ロシアの港町リガで知った、ということになっています。

「オランダ人の船長が、喜望峰を回る航海をしている時嵐にあって、神を罵倒する言葉を吐いた。その罰で、彼とその船員は永遠に、暴風雨を伴って海上をさまよい続けさせられることとなった(ワーグナーの台本では、ただしオランダ人は7年に一度任意の港に投錨を許され、その地で彼に永遠の愛を誓う女性を得られれば神の呪いから逃れられる、ということになっています)。」

リガでのワーグナー夫妻の生活は、恵まれたものではありませんでした。
夫は劇団の楽長とは言え薄給でしたし、女優出身の妻は引退を公言していたにも関わらず、劇団のオーナーに横恋慕されかける始末。
そこで、夫妻はリガからの脱出を決意し、8日間の予定でロンドンへと出港します。
ところが、航海は暴風雨の連続で、妊娠中のミンナが流産してしまうなどさんざんなものでした。ロンドンへは予定の3倍、24日かかって到着したのでした。

ロンドンからパリへ渡り、ワーグナーはほぼ完成していた歌劇「リエンチ」と。まだ構想段階だった「さまよえるオランダ人」の話を携えて、オペラ座の支配人の元へ出掛けます。
1年待たされたあげく、支配人から返って来た返事は、
「『オランダ人』の話はモノになりそうだから、構想の草案だけ500フランで買い取ろう」
という屈辱的なものでした。食うにも困る生活でしたから、ワーグナーは泣く泣く(?)草案を売り、500フラン受け取って帰ったということです。ちなみに、この草案はかなり原型を失ってディーチェという人物の手で作曲され、オペラ座で演じられたものの、不成功に終わったそうです。この結果、ワーグナーは、オペラ座との仲介を買って出てくれたマイアーベアをその後ずっと逆恨みし続けます。

ワーグナーの「さまよえるオランダ人」の第1幕では、
「さまようオランダ船にでくわしたノルウェーの船長が、オランダ人の見せた財宝に目がくらみ、娘ゼンタをオランダ人に嫁がせることを承諾する。」

ワーグナーはあたかもマイヤーベアをこのノルウェー人の船長に見立て、軽侮しきっていったかのようです。・・・実のところは、マイアーベアは無償でワーグナーを助けようとしていたのですから、とんだトバッチリを食らった、としか言えません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(4)

3つ目のエピソードは、パリでの望みを失ってワーグナーがドレスデンに移った時の話です。
まずはライプツィヒに立ち寄って母や姉と再会した彼は、妻と母との3人で、ドレスデンの南に位置するテプリッツという街へ保養に出掛けます。
ところが、この保養先で、母と妻ミンナが激しい仲違いを始めました。原因は、老いて頑固になり、自分の言い分を曲げなくなった母の方にあった、と伝記には述べられています。
いたたまれなくなったワーグナーは数日間、単身で別の村に滞在し、のちに『タンホイザー』へと結実する「ヴェーヌスベルク」という草案を書いていたとのことです。

「さまよえるオランダ人」の終幕、クライマックスは、こうです。
「オランダ人に身を捧げる決心を固めているゼンタの元へ、かつての恋人エリックが、自分への愛はどうなったのか、と詰め寄る。それを見たオランダ人は、ゼンタが心変わりするものと早合点し、絶望して出港していく」

結局はゼンタがエリックを振り切り、投身自殺することで、オランダ人の呪いが解けるのです。
・・・エラい結末だなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(5)

と、あらすじを理解して頂いたところで(って、全然分からん!)
序曲での「指示動機」の登場順を確認しておきましょう。手間の都合上音型までは掲載出来ませんので、スコアをお手元にご準備下さい。とは言いましても、「何小節からコレね!」ということは一切記しませんのでご容赦いただきたく存じます(なんと失礼な!)。

1)「呪いの動機」〜冒頭、激しい雨脚を思わせる弦のトレモロを背景にホルンが高らかに鳴り響かせます。

2)「叫びの動機」〜「呪いの動機」がトロンボーンで高められた後、金管陣が「タタターッ!タタターッ!」と繰り返すのがこれ。のろわれたものの悲痛な叫びです。

3)「暴風と荒波の動機」〜2の動機の下でうねる弦楽器の上下する半音進行です。

4)「オランダ人の航海の動機」〜暴風が引き延ばされた下降音型と鳴った後、弦楽器が八分音符で上下する音型を奏でます。オランダ人の船が暴風雨に揉まれても決して沈まないことを象徴しているかのようです。

5)「ゼンタの救済の動機」〜序曲の前半部の荒々しさが、1の動機とともに弱まっていき、序曲は第1幕のエピソードを省略して第2幕の筋を描きます。第2幕では、やがてオランダ人の犠牲になるゼンタが、自分の運命を予見して、家の壁にかかる不思議な肖像画(伝説のオランダ人のもの)に見入っています。そのゼンタの「この哀れな人を救おう」という静かな誓いの旋律が、コル・アングレとオーボエ、フルートの連携によって歌われます。

6)「運命への思いの動機」〜5の動機に対する不審と不安を表すようにホルンがトロンボーンの和音に支えられて奏する動機ですが、第2幕の中では娘たちの陽気な「紡ぎ歌」に変身する、微妙な性格の動機です。

この動機の後、ふたたび4の動機が激しく復活し、それに続けて歌われる下降形主体の動機が
7)「死への憧れの動機」です〜所詮は救いなど有り得ない、永遠にさまようばかりなのだ、死さえも許されない・・・呪いにあった身には切実な、悲しい憧れであるに違いありません。

さらに1、2、3、6の動機が絡み合い、盛り上がったところで、それを
8)「呼びかけの動機」
がホルンによって高らかに響かせられ、曲想は一見陽気なものに一転します。

9)「水夫の合唱の動機」〜曲を陽気にする民謡風の動機です。実は単独の動機というよりは、8と6が組み合わさって出来たものなのですが、組み合わさったことによってそれぞれが個別に登場する時とは性格を変えてしまっている点が面白いし、また驚きでもあります。
劇中では第3幕の、ゼンタの婚礼を祝おうとする連中が港でばか騒ぎする場面で歌われます。

陽気さはしかし、瞬く間に激しい不信の嵐にかき消され、序曲はここまで現れた動機を総動員してクライマックスであるコーダに備えます。
その中で特徴的なのは、5(ゼンタの救済の動機)が4度、割り込むように現れることです。5の動機は現れるたびに6(運命への思いの動機)にさえぎられますが、この辺りは第3幕のフィナーレでエリックに取りすがられるゼンタが必死でそれを振り切ろうとするさま、それを横目でみつつ、諦めの思いを高めていくオランダ人の姿、それぞれを見事に要約しています。

コーダは、ゼンタの身投げを表現すると言ってよいヴァイオリンの上昇する減五度が頂点に達したところで、5(ゼンタの救済の動機)が初めて高らかに鳴り響くことにより、この劇なりのハッピーエンド(!)を象徴します。この5の動機の後に、5の動機を旋律的に完結させる働きを果たすのが、最後の主要動機である
10)「誠実な愛の動機」
です。
コーダは最後に、まず、それまでの短調から長調に変化した1(呪いの動機)が、呪いの消滅を謳歌し、次いで5(ゼンタの救済の動機)が美しく響いてしめくくられます。

上手くお伝え出来ていないかと思いますが、以上、じつに巧みに作品全体を俯瞰させてくれる傑作序曲だということだけでもご理解いただければ幸いに存じます。

参考文献
渡辺護「リヒャルト・ワーグナーの芸術」音楽之友社 S62
日本ワーグナー協会「ワーグナーヤールブーフ1996」
吉田真「ワーグナー」音楽之友社 2005




ワーグナー


Book

ワーグナー


著者:吉田 真

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月12日 (月)

遊びをせんとや生まれけむ

遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さへこそゆるがるれ

「梁塵秘抄」中の有名な今様ですね。もう九百年も前のものですが、なんと切々と胸に響く歌でしょう。
どういう節で歌われたのか、再現演奏なるものをビデオで見たことがありますが、あまりに格式張っていてガッカリしたのを覚えています。後白河法皇の残した発声訓練の話を読むと、あんな映像よりも、むしろ旧家で民謡を歌い継いでいる人の歌い方に近かった、あるいは派手ではない演歌に近かったのではないか、と想像しているのですが。。。

今日の午後、散歩から帰宅してすぐ、息子が下校してきました。誘ってくれたので、一緒に公園に行きました。勤めの生活をしている間はまったく分かりませんでしたが、公園に行ってみると、近所の子供たちが、思いのほか昔ながらの単純な遊び・・・砂場をほじくり返したり、風船に水を詰めてかけ合ったり・・・で大騒ぎしているのに、胸を打たれました。この辺は車も少なくない、変質者事件もある、だからいつも「子供の安全、安全」と気にしていたし、そのことの大切さは変わりようはないのですけれど、まさに、無心に遊ぶ子供の声を聞いて我が身が揺るいだひとときでした。

なお、この歌の解釈には諸説あるのですが、その屁理屈を並べるのはやめておきましょう。古典に興味のある方には、とくに西郷信綱著「梁塵秘抄」(ちくま学芸文庫 2004年)をお薦めします。



梁塵秘抄


Book

梁塵秘抄


販売元:筑摩書房

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K.20,K.21,K.23/最初の声楽作品群(1)

K.21 "行け、怒りにかられて"(テノール用アリア)
ロンドン滞在中に,モーツァルトは当時の有名なカストラート歌手の一人、ジョヴァンニ・マンツォーリから声楽、とりわけイタリア的歌唱法の様式と技術を学びました。
おそらくはマンツォーリの指導の元で、彼はアリア「行け、怒りにかられて」(K.21[19c])を作曲しましたが、それは、当時人気のあったパスティッチョ(いろんなオペラのいいとこ取りをして組み合わせたもの。ちょっと性質は違いますが、演歌ショーみたいなものでしょうね)「エツィオ」で端役を歌っていたテノール歌手のエルコーレ・チピアンディの為に書かれたのでした。ヴォルフガングが使った歌詞も、「エツィオ」の中のものです。

このアリアは1765年 (それ以上詳しい日付は分かりません).に作られましたが、実際に歌われたかどうかは記録に残っていません。

歌詞は以下の通りです(メタスタージォ作)〜なお、誤訳はご了承下さい。

1:Va,dal furor portata,(怒りにかれれて行け,)
2:Palesa il tradimento;(偽りを暴きだすのだ;)
3:Ma ti sovvenga, ingrata,(しかし覚えておかなければならない,じつは難しいことなのだ,)
4:Il traditor qual e.(誰が裏切り者なのかは .)

5:Scopri la frode ordita,(不正な計画を見つけ出すのだ,)
6:Ma pensa in quel momento, (だがしばし考えてもおいてくれ,)
7:Ch'io ti donai la vita,(お前が私の生き甲斐だということを,)
8:Che tu la togli a me.(お前が私に必要ななのだということを.)

曲の構成は典型的なダカーポ・アリアです:
(なお、この曲とK.23については楽譜が入手出来ませんでしたので、聴いた結果で記しています。詳しい資料のある方は是非間違いをご指摘下さいますと助かります。)

オーケストラによる16小節の前奏を経て、【()内は行番号】
まずは:主調(1,2,2)-属調(3,4,4)
続いて:主調(1,2,3),属調(4,4,4 )
前半の最後に:主調(1,2,2,3,4,カデンツァを伴って4);

中間部は10 小節の間奏を挟んで始まりますが、慣例的に主部より短くなっています。
下属調(5,6),平行短調(7),属調(8);

その後、また主部(1〜4行)に戻り、カデンツァがより華やかに歌われて終わります。

ヘンデル(たとえば「ジュリアス・シーザー」など) やJ.C.バッハ(「エンディミオーネ」他),に比べてしまうと技術的に劣るのはやむをえませんが、歌は充分にいきいきしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K.20,K.21,K.23/最初の声楽作品群(2)

K.20 "神は我らが避け所" 4声の無伴奏モテット( 詩編 46-2)

モーツァルト一家がイギリスを離れてハーグに向かう直前(1766年7月24日) 、レオポルドは2人の子供を連れて大英博物館を訪れ、ヴォルフガングの3つのソナタ(該当作品は私には分かりませんでした)とこのK.20「神は我が避け所」の自筆譜を博物館に贈呈しました。

Mozartk20_2
Autograph of K.20 (後藤真理子「図説モーツァルト」河出書房新社ふくろうの本 掲載)

私はオリジナルの文書の写しなどを持っておりませんので、このとき大英博物館からレオポルドに寄せられたお礼状を、ドイッチュ。アイブル両博士により編纂された「ドキュメンタリー モーツァルトの生涯」(井本氏訳 シンフォニア 1989)から引用します。

「拝啓、大英博物館常任理事会からの支持によりお知らせ致します。あなたの天才的なご子息が作られ、当方へお贈りいただいた作品を確かに拝受しました。感謝申し上げます。
大英博物館 秘書 M.マティ  1765年7月19日」


この4声の無伴奏モテットは23小節からなり、言葉は詩編第46篇の2、3行目からとられています。

God is our refuge and strength,
a very present help in trouble.
「神は我が逃れ場、我らの力。
 苦難のとき つねに助けを下された。」
(日本聖書教会のではなく、フェデリコ・バルバロ氏の訳に基づいた日本語版から引用しました。)

カルル・ド・ニは『モーツァルトの宗教音楽』(1981。日本語訳1989 白水社文庫クセジュ700 税抜951円)のなかで、 K,20 は「厳格なフーガの理論に基づいて書かれている」と述べています。私はフーガのことはさっぱり分かりません(資料を読みましたが、単純フーガがやっと理解出来る程度です)ので、まあ、ド・ニ博士の仰っていることは正しいのでしょう。。。

この小さなモテットは美しいものですが、どうも、父が訓練に使った教科書にでも従順にしたがって作ったんじゃなかろうか、と、疑ってしまいます。・・・このころまでのヴォルフガングの作品としては、なんだか堅苦しいの。


Book

モーツァルトの宗教音楽


著者:カルル ド・ニ

販売元:白水社

Amazon.co.jpで詳細を確認する



図説 モーツァルト ― その生涯とミステリー


Book

図説 モーツァルト ― その生涯とミステリー


著者:後藤 真理子

販売元:河出書房新社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

K.20,K.21,K.23/最初の声楽作品群(3)

K.23 "貞節をお守り下さい"ソプラノ用アリア

モーツァルト一家は9月10日にハーグへ着きました。この日程の伸びには父の病気が絡んだりしていましたが、ともかく着いた、と思ったその矢先、今度はナンネルとヴォルフガングがチフスにかかって重態に陥りました。幸いにも新年前には回復してこと無きを得ましたが。
ソプラノの為のアリア「貞節をお守り下さい」(K.23)がかかれたきっかけは不明ですが、「レコード芸術」2006年6月号の記事によると、オルレアンの王子の注文から創作された、とのことでした。
上演自体は何度行なわれたか分かりませんが、少なくとも7月18日にレオポルドが開いたコンサートの中で、おそらくヴォルフガング自身が歌ってなされたものと思われます(演奏会予告に「少年は自分の作曲によるアリアを歌う」とあります。)

歌詞は以下の通りです(メタスタージォ作「アルタセルセ」から)〜なお、誤訳はご了承下さい。

1:Conservati fedele;(貞節をお守り下さい;)
2:Pensa ch'io resto, e peno,(のこって苦しむ私のことを思って下さい,)
3:E qualche volta almeno(すくなくとも私の顔が浮かんだ時は,)
4:Ricordati di me.(私を思い出して下さい.)
5:Ch'io per virtu d'amore,(私の誠実な愛から,)
6:Parlando col mio core,(心を込めてあなたに言うのです,)
7:Ragionero con te. (あなたへの私の真心から。)

曲の構成はK.21とほぼ同じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 9日 (金)

雨の音

雨ですね。
家からみんな出かけてすぐ、洗い物をして、洗濯をして・・・洗濯機が止まるまでDVDを見よう、と思ってかけ始めたら、すぐ眠ってしまったようです。1時間半ほどして気がついて、やっと洗濯物を干しました。薬の効きが良くなってきた証拠かも知れません。
かけていたDVDがロマン派もので、鳴ったままだと気分が圧迫されるようで、すぐとめました。
あとは、雨の蕭々とした音しか耳に入りません。
ウチの前の敷地が土むき出しの空き地なので、ほんとうに、雨の一粒一粒がゆるゆるとしみ込んで行く音が聞こえます。
最近は軒の張り出した家も少なく、雨粒が何年も時間をかけて軒下に溝を作る、などという風景も稀になりましたし、その溝にまた水が溜まって、良く出来た木琴のような心地よい響きをポン、ポン、と鳴らし続けるのに聞き入ることもなくなりました。そのかわり、雨粒たちは路面のアスファルトにお仕置きのように打ち付ける。ただし、このお仕置きは子どもの小さな手が道路を殴っている程度で、迫力がない。
「生き物が初めて聴いたのは水の音・・・波の音」(「音の調律」)。
でも、水辺を離れて暮らせるようになった親から生まれた陸の生き物が、、母の体から出て初めて聴いた水の音は、雨の、この土にしみ込むさわさわとした静かな音、それに木の葉から落ちてくるポンポンと心地よいリズミックな音だったのではないか、と・・・ふとつまらんことを考えました。
もう少ししたら、昼飯をし入れがてら、医師の奨めている「1日1回の参歩」に出ようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 7日 (水)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(1)

デタラメ英語版に対して、付加的な情報もありますので、お読み頂ければ幸いです。
(まずはデタラメ英語で綴ったほうが、いろいろな邪推が淘汰されるので、あえてそうしているんです。適当にあしらって下さい。)

モーツァルトは最初の3つの交響曲を1765年に作曲し、それらは父の催した同年2月2日と5月15日のロンドンでのコンサートで上演されたとされています。
姉、ナンネルの記憶によると、そのうち最も初めに書かれたK.16(第1番)は、実際にはまだ父が病臥中の前年8月ごろに書かれたかも知れない、と推定されています。

ハイドンやモーツァルトは自作の交響曲などに番号を振る習慣はまだありませんでした。この習慣を始めたのはベートーヴェンで、「エロイカ」に第3番と付けたのが発端だったそうです。で、前の2曲は遡って第1番、第2番、となったというわけです。
番号のあるなしに関わらず、ハイドン以後、有名になった作曲家にとってはその最初の交響曲は特別な意味を持っているように感じられます。まず、ハイドン自身の「第1番」は既に27歳になっての作品ですが、同じ年齢でベートーヴェンが作った交響曲に比べると、ずっと伸びやかな印象を受けます。ほかにも、シューマン(「春」)、ブラームス、ブルックナー(生演奏で聴く機会はあまりありませんが、3番以降に比べると、まだ様式感に固執しない自由さが感じられ、好感の持てる作品です)、マーラー(「巨人」)などが、記念碑的作品として思い浮かびます。
モーツァルトと同じく今年が記念年であるショスタコーヴィチも、第1番は以後の作品では諸般の事情で失わざるを得なかった、無心な幻想劇が繰り広げられる逸品です。

こうした諸々の作曲家同様、モーツァルトの「第1番」も、やはり彼にとっては重要な位置を占める管弦楽曲となっているのではないかと思います。彼は決して交響曲の作曲家ではなかった、とも言われます(オペラこそ本領発揮の場だった、等々)が、最後の三大交響曲が今世紀に入っても人気を落としていないことからも、どう言われようとモーツァルトは優れた交響曲作家「でもあった」ことは否定しようがありません。その彼の第1番が、あとで見ていくように、他の2曲ともども独自の工夫に溢れていて、早くも彼らしい魅力を発散している点に、是非ご注目頂ければと存じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(2)

好著『モーツァルト366日』の中で、高橋英夫さんは、K.16について次のように述べています。
「八歳のとき、ロンドンで書き上げたこの曲には、初めてシンフォニーなるジャンルに挑む意欲が、第1楽章アレグロから感じられる。しかし、第二楽章と第三楽章を合わせたよりも長い。未熟といおうか、ほほ笑ましいアンバランスである。」

これは、しかし、正しくありません。
第1楽章の小節数は120、全部繰り返しても240です。それに対し、第2楽章は50、第3楽章は107で、合せて157、全部繰り返せば314となります。

演奏時間についても見てみましょう。

まず、同時代の、ヴォルフガングと近い関係にあった二人の作品の演奏時間から。

ヨハン・クリスチャン・バッハ
(Played By Concert Armonico/CD:BRILLIANT 99785/4)
Op.3-1 :I st mov.=4:04, 2nd mov.=4:21, 3rd mov.=2:29
Op.6-1:I st mov.=8:53, 2nd mov.=4:22, 3rd mov.=3:48
Op.6-6:I st mov.=3:50, 2nd mov.=8:14, 3rd mov.=2:57

レオポルド・モーツァルト
(Played by Lithuanian Chamber Orchestra Vilnius/ARTE NOVA 74321 89771 2)
D major(D24):I st mov.=4:48, 2nd mov.=2:30, 3rd mov.=1:51
D major(D11):I st mov.=4:07, 2nd mov.=7:17, 3rd mov.=2:58

で、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの K.16となると、
(3種の演奏で比べました)

Karl Bohm with Berliner Philharmoniker
I st mov.=4:45, 2nd mov.=4:21, 3rd mov.=2:16

Trevor Pinock with The English Concert
I st mov.=5:49, 2nd mov.=6:13, 3rd mov.=1:55

Nikolaus Harnoncourt with Concentus Musicus Wien
I st mov.=7:12, 2nd mov.=5:08, 3rd mov.=1:27

このデータを、どうごらんになりますか?
すくなくとも、高橋氏が仰る通りの結果になっているものは、3つの中にはありませんけれど・・・




モーツァルト366日


Book

モーツァルト366日


著者:高橋 英郎

販売元:白水社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(3)

ロンドン滞在中のモーツァルトの交響曲は、クリスチャン・バッハ、当時の彼の相棒アーベルの影響を強く受けている、と言われています。が、モーツァルトの作品が8歳という年齢からして完成度が高い理由を、この2先輩の音楽性を少年が存分に吸収したから、と考えてしまうのは、ちょっと早トチリではないかと思います。
まず、モーツァルトの最初の3交響曲は、聴いた印象からだけでいえば、クリスチャン・バッハに比べると遙かに重くて分厚い、ドイツ的(オーストリア的?)なつくりになっていると感じます。アーベルは過去に2曲ほど演奏した経験はありますが、かすかな記憶から考えても、クリスチャン・バッハよりはエマヌエル・バッハに近かったな、というところで、これはまたモーツァルトのこの3曲の作風とは異なっていたと信じています。
(モーツァルトの初期交響曲がドイツ的に響く代表例はK.16の第2楽章で、あたかも独奏を欠いたJ.S.バッハのヴァイオリン協奏曲の第2楽章を意識したようなつくりになっています。)

「でも、構成がイタリア風序曲じゃないか」
と反論されるかも知れません。
しかし、3楽章構成のシンフォニアは、(2)で例示した通り、父レオポルドだって作っています。中には、息子のK.16と同じく、短調の第2楽章をもつ作品も存在します。
少なくともクリスチャン・バッハは除外しえるのではないか、と考えるもう一つの理由は、長い間モーツァルトの交響曲第2番と考えられていたK.17は父レオポルドの作品、同じく第3番と考えられていたK.18はアーベルの作品だったことで、交響曲に関してはモーツァルト少年はクリスチャン・バッハ路線は当初は学んでいなかったのではないか・・・むしろ、少年はオペラの大家としてのクリスチャンの方に大きな敬意を払い、その壮大な創作力を目標にすることの方が寄り妥当だ、と考えたのではないか、と、(私の勝手からですが)推定しても差し支えなさそうな気がするからです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(4)

いずれにしても、このテの話はどうせ泥沼にしかはまりませんから、まずはともかく、曲そのものを聴いて楽しんでみましょう。
手持ちは、
*カール・ベーム指揮ベルリンフィル(1968年)
 ロマン主義の香りを残しながらも、しまりのある、生き生きした演奏です。
 最近はベームの人格防露本も多いし、ヨーロッパでは忘れられた指揮者だ
 とまで言われているし、「ベームの売れる日本はいいカモだ」という話も
 ありますが・・・いいものは、いい。)
*トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュコンソート(1992年)
 全交響曲でピノックがチェンバロを弾いています。
 古楽だモダンだ、とこだわらずに聴けるさわやかな演奏です。
(ちなみに、ヴァイオリンのノンヴィブラート奏法は、
 ブラームスのヴァイオリン協奏曲を初演したヨアヒムのころまで一般的で、
 クライスラーも曲の限られた場所でヴィブラートをかけるのが普通でした。
 いずれも録音が残っていますので、お確かめ下さい。
 ただ、「古楽」ブーム初期によくやられたような不自然な「中膨らまし」は
 行われていなかった筈で、ピノックの演奏はこの点で概ね順当です。)
*ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーンコンツェントゥスムジクス(1999年)
 アーノンクールは尊敬しています。著書で述べている見解も健全です。
 でも、この「初期交響曲集」での、モーツァルトの指示したスタッカートを
 ポルタート奏法などに故意に歪曲したとしか思えない多くの箇所、他にもたとえ
 ばK.16冒頭の極端なクレッシェンドなどには、ちょっとガッカリします。
 もしアーノンクールが「これらはみな、音楽表現の自由だよ!」と仰るようなら、
 私は「え〜、ホントですかぁ!? 違うんじゃないの〜?」
 と反論したいところです。
 
以上です。
古いところではラインハルト、また「古楽」ブームに火をつけたホグウッドなどの残した録音も聴きたいところでしたが、資金が続かず、置き場もありません・・・
なお、K.Anh.223 in F(K.19a)は、存在は以前から知られていたものの、1980年10月になってやっと個人コレクションのパート譜(レオポルド筆)から全曲が復元できた作品であるため、残念ながらベームはこの曲の録音を残していません。

各演奏の概要は以下のとおり。
K.16(No.1) in Es:1764/65 London
I.Molt allegro(4/4); 1-58(repeat) & 59-120(repeat);二部形式
ベーム:後半は反復せず
II.Andante(2/4 c moll); 1-22(repeat) & 23-50(repeat);二部形式
ベーム:後半は反復せず
III.Presto((3/8); 1-16(repeat) & 17-107(non repeat);Rondo
ベーム:後半は反復せず
ピノック: スコアにはない反復を17- 68小節に付加、
     ただし、繰り返し後は62-77小節は演奏せず。

K.19(No.4) in D:1765 London
I.Allegro(4/4); 1-78(no repeat); 三部形式?
  ベーム:冒頭の主題の2音をタイで結んでいる。旧版のスコアのせい?
ピノック :全楽章を繰り返す
II.Andante(2/4 G dur); 1-19(repeat) & 20-45(repeat); 二部形式
ベーム:後半は反復せず
III.Presto(3/8); 1-42(repeat) & 43-106(repeat);二部形式

K.Anh.223 in F(K.19a):1765 London or Holland
I.Allegro assai(4/4); 1-40(repeat) & 41-93(repeat);二部形式
II.Andante(2/4 B dur); 1-24(repeat) & 25-60(repeat);二部形式
III.Presto(3/8); 1-8(repeat) & 9-104(repeat);Rondo

残念ながら、ベーム盤、ラインスドルフ盤、ホグウッド盤にはリンクが貼れませんでした。
ピノック盤は輸入盤の方が価格が安く、お薦めです。



モーツァルト:交響曲全集


モーツァルト:交響曲全集


アーティスト:ピノック(トレヴァー)

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2006/03/08

Amazon.co.jpで詳細を確認する


Music

モーツァルト:初期交響曲集


アーティスト:アーノンクール(ニコラウス)

販売元:BMG JAPAN

発売日:2004/09/22

Amazon.co.jpで詳細を確認する


>


| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(5)

上の表の、特に速度評語を見れば分かる通り、K.16、K.19 とK.19a は3楽章とも同じ拍子で、かつ形式もほぼ同じ構成で作られています。
ですが、3曲それぞれを個別に見ていくと、それぞれユニークなアイディアが採用されています。

K.16 と K.19a は 二部形式ですが、初期のソナタ形式を示唆しています。特に第1主題が後半部で再現される際に属調または属調の平行短調で開始される点が特徴的です。K.19 の後半部は第1主題を再現しませんが、主調の平行短調で始まっており、こちらのほうがいっそう、後年の「展開部」を予感させているといっていいでしょう。

主調と第2楽章の調整関係をも見ておきましょう。
K.16 の第2楽章は平行短調
K.19 &とK.19a(Anh,223) の第2楽章は下属調
となっています。
いずれも伝統的な手法で、これにより聴衆は第1楽章でエキサイトした気分を静めることができるわけです。モーツァルトはただ機械的にそのルールを身につけただけではなく、「ロンドンの楽譜帳」で自分なりに様々な試行をした成果を、これらの第2楽章で存分に開花させているといっていいでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モーツァルト最初の3交響曲/ K.16,19,Anh223(6)

Mozartsym1_1_1
K16冒頭自筆譜(高橋英夫氏『モーツァルト366日』所載)

それぞれの作品、各楽章固有の特徴は以下のとおりです。

K.16
1st mov.
この楽章には明確な旋律的主題がありません。
次々に移ろう和声の響きによって巧みに色付けされています。
2nd mov.
「ジュピター」第4楽章のテーマ(ザルツブルクで死去したビー
バー[1687-1704]の「アニュス・デイ」に由来するとも、より
古い聖歌に由来するとも言われる旋律)が現れることで有名な楽章
ですが、この主題を2本のホルンが演奏している間の、弦楽器セク
ションに傾聴して下さい。・・・まず 7,小節目で2nd ViolinがEs音
を、次の小節で1st violinがF音を、さらに次の小節でviolaがAs音、
最後に2nd violinが変化してG音を、それぞれ3連符で重ねていきま
す。これにより、主題に立体感が生まれます(生演奏で味わいたい
ところですネ)。
3rd mov.
21-28小節に半音階的効果が見られます。
38-54 小節では、明確に半音階を用いています。

K.19
この交響曲はモーツァルトの進歩をいっそうはっきり見せつけてくれます。
1st mov.
繰り返しの指示がどこにもありませんが、忘れたのではないと思います。
一気通観で演奏しても全く半端な感じがしませんから。
また、管楽器(ホルンとオーボエ)の扱い方も過激なほど野心的です。
7小節めでホルンがその4小節前のヴァイオリンのモティーフを真似。
オーボエは多くの箇所で旋律的な活躍。
・・・等々。
是非、スコアでお確かめ下さい。
2nd mov.
弦パートがお互いに美しいエコーを交わしあいます。
まずは2nd vinolin とviola.、続いて1st violin and 2nd violin、
再び2nd vinolinとviola.、そして2nd violinと低音部。
22小節ではホルンが穏やかに、幾分哀愁を帯びて響きます。
3rd mov.
この楽章は前の2楽章の見事な要約です・・・すばらしい、の一言。

K.19a
1st mov.
伴奏の激しいトレモロが、1st Viollinの歌う伸びやかな主題をいきい
きと引き立てます。
伴奏の音型は、主題のムードによっては素早く表情を和らげて見せた
り、と、変幻自在ぶりも示しています。
    主題の後半部は、面白いことに、カノンとして処理されています。
まず1st Violinと1st oboe,、次に2nd violin と2nd oboe,
締めくくりは低音部、という具合です。
2nd mov.
violaパートの奏でる、チャーミングな、踊るような音型には、思わず
魅了される筈です。
3rd mov.
転調の巧みさを存分に見せつけられる楽章です。
とりわけ、以下の箇所。
bars 33-38 : F dur, bars 39-46 : G moll,
bars 47-52 : A moll, bars 53-56 :G moll,
then return to F dur.
これらの転調によってかもし出される万華鏡のような色彩変化を
とくと味わっていただければ幸いです。
なお、76小節目、ヘ短調で不安げになったところにフェルマー
タがあります。・・・ココで何が起きるのか、と、聴衆の耳をそ
ばだてさせる機知のセンスは、ハイドンも顔負け!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

当り前過ぎ!モーツァルト療法

毛嫌いするより中身を確かめようと思って、「癒しのモーツァルト」的書籍を立ち読みしてみました。・・・読んでもしょうがなかった! 臨床データなるものを載せていたのは1種類だけ。それも、被験者数が6人と少なかったり、あるいは母数とか検証環境の明示もなく、「科学的」とは言えません。一番マトモだと思ったのはタイトルだけが「モーツァルト療法」を謳っていて、中身は「要は自分に合った音楽なら癒される」という、至極尤もなご結論。出版者の、「売らんがため」のタイトル付けでしょう。その他はCDを付けて収録曲の曲目解説ばっかりのっけていて、何に効くかは記述なし。お粗末。
だったら、池辺晋一郎さんの「モーツァルトの音符たち」を読んだほうが、愛好家はよっぽど、ずっと、遙かに癒されます。。。「バッハの音符たち」・「ブラームスの音符たち」でもよろしいかも。




モーツァルトの音符たち―池辺晋一郎の「新モーツァルト考」


モーツァルトの音符たち―池辺晋一郎の「新モーツァルト考」


著者:池辺 晋一郎

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する



バッハの音符たち―池辺晋一郎の「新バッハ考」


Book

バッハの音符たち―池辺晋一郎の「新バッハ考」


著者:池辺 晋一郎

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する



ブラームスの音符たち―池辺晋一郎の「新ブラームス考」


Book

ブラームスの音符たち―池辺晋一郎の「新ブラームス考」


著者:池辺 晋一郎

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 6日 (火)

ガーシュウィン自演!

作曲者自作自演とか、歴史的演奏家の録音とかは、タイミングをのがすと手に入らないんですよね。ところが先頃、タワーレコードのRCAコレクション企画第3弾第1回で、「ガーシュウィン歴史的録音集」が発売されていました。知らなかった・・・
「ラプソディ・イン・ブルー」は短縮版ですが2つ、「パリのアメリカ人」ではチェレスタソロで、それぞれガーシュウィン自身が弾いています。彼の演奏はロールピアノに収録されたものもありますが、やはり生録音とでは活き活き度が違います。「ラプソディ・イン・ブルー」冒頭のクラリネットなんかは、上品な演奏でしか聴いたことがない方は仰天すると思います。価格も1,050円! 必聴です!!
(スーザのマーチ自演集もあります。娘に無理やり買わせましたが、まだ開封してくれない。。。)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

頭カラッポはむずかしい!

人間(というより自分は)、勝手なもので、そこそこ元気に働けるうちは「サボりたい」と思うこともままあるのに、「働けない」となると「なにかやりたい」焦りでいっぱいになります。日頃は文句を言い合っている同僚・上司へも、ただ申し分けない気持ちでいっぱいになります。
どっちがほんとうの自分なの?・・・と考えるとき、昔の人の生き方を眺めてみるのはいい気安めになります。ここのところはモーツァルトばかり眺めています。昨日は「じゃ、藤原定家も」と欲張って、ブログにカテゴリを追加したのですが、そこまで欲張ると治りが遅くなるかも知れないので、追加してしまったのを後悔しているところです。ま、復帰してからも続けられることだから。ボチボチいこうかと思います。
いま、昼飯食って、洗い物をして、洗濯機を回しています。
てなぐあいで、頭の中はしょっちゅうグルグルしたままです。
女房は
「あんまりあれこれやったり考えたりするな」
と言い置いて稼ぎに出たのですが、稼がざる者、これくらいはやっておかないと、結局夜になって叱られます。
で、いまやっておかないと、薬の関係で、またいつ寝てしまうか分からないし。

頭カラッポはむずかしい!
いつも、何かが、自分の中にささやきかけてくる。
言葉なのかどうかは聞き分けられません。
でも、生きているということは、自分の脳からいつも、何かが信号化された響きでもって肉体のあちらこちらを震わせるということ・・・なのではないかな、と考えている自分はちょっとオカシイかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 5日 (月)

明月記を読もうか・・・

大好きだった「藤原定家ファンページ」が、いつのまにかなくなってしまいました。
しかたがない・・・知識もないが・・・
定家の日記、「明月記」を自分で読んでいこうかな。
当時の天文現象が載っているので有名なこの日記、堀田善衛さんの「定家明月記私抄」以外には専門書しかないのですけれど、当時の人が活き活きと登場する、素敵な遺産ですから。
「藤原定家ファンページ」をなさっていた方のような博識ではまったくありませんが、できるだけ読んで、鎌倉初期の人の心に触れたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

励まされる(かも知れない)本・・・僕限定?

自分で自分にガッカリすることがあって・・・
帰りについ、なにか支えになる本を、と思い、手にしたのが
高橋英郎著「モーツァルト366日」白水社【新訂版】。
366の作品は紹介されているわけでして、すごいんですが、
中には作品に関係なさそうなことばかり書いていらっしゃる頁もあって・・・実は、これもなかなかに良い。さすが、「書簡集」の訳者です。人間モーツァルトに迫っている。伝記のように時系列を追いながら読む必要もないし、いま出まくっているモーツァルトのCD紹介本の類いとも違って高橋さんの推薦CDは索引につつましく記されているのも、なんだかさわやかで。
自筆譜の写真が多いのも、つい買ってしまった大きな理由のひとつです。が、随所に挿入されたデュフィやクレーの絵も(モノクロですが)慰めになる。ついでに、高橋さんの、日本古典への造形の深さにも打たれてしまいました。
しばらくは、この本をめくって日々を過ごそう。そうしたら力が戻ってくるような気がします。
(情けない日記でございました。)



モーツァルト366日


モーツァルト366日


著者:高橋 英郎

販売元:白水社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 4日 (日)

ブルックナーの第3(1)

ようやく、取り掛かれます!
・・・とは言っても、当初は
「校訂報告書も読み込んで、少し詳しく取り組むぞ!」
と意気込んでいたのですが、

第1に、報告書を手に入れるのが遅過ぎた。。。先々週の金曜日に着きました。
第2に、報告書は450頁もあった!
第3に、報告書は全部ドイツ語・・・
     昔勉強をサボったおかげで、
     1頁読むだけで30分かかる(T_T)・・・無精なんで辞典引かないし。

なので、「詳しく取り組む」は断念しました。

ただ、報告書の中にはご覧頂いて損はない貴重な図版があります。
著作権の問題等もあるので、ブルックナーらしさが見えるサンプルを数点のみ・・・個人使用ということで・・・掲載する所存です(協会には無断です。もし関係の方がご覧になったらご容赦下さい)。

なお、会社を病欠していた間、寝床でまとめたものを掲載しています。
文脈に整合性のない点は、お知らせ頂ければ補正しますので、そのようにお願い致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(2)

ブルックナーの第3交響曲をとりあげるのは、アマチュアオーケストラ「東京ムジークフロー」で今年2006年7月1日に演奏するから、というのが第1の理由ではありますが、メンバーには以前メールで、少なくとも第3稿のノーヴァク版、シャルク版(=ブルックナー生前2度目の出版譜)の違いはお伝え済みですし、第3稿に固有な異同等については触れません。また、伝記上のトピック、改訂経緯への類推なども極力加えず、主観的になることをなるべく避けようと思いますので、退屈でしたらゴメンナサイ(いつもか!)。

もう一つの理由は、私が個人的に大好きな、N響のオーボエ奏者でもあり、最近指揮活動にも精力的に取り組んでいらっしゃる茂木大輔さんが、ご自身のブログで折りに触れてブルックナーの素晴らしさをアピールなさっていること(茂木さんが熱を入れていらっしゃるのは第7なのですが)にも触発されたからです。

(茂木先生がすばらしいのは、・・・私は直接伺うチャンスをいまだに得ていないのですけれど・・・コンサートのたびごとに、茂木さんが音楽作品それぞれについて聴衆の皆さんに必ず分かりやすい、しかも深い解説をなさっている、その真摯な精神です。それをユーモア溢れるオブラートに包んではいらっしゃるけれど、ユーモアにおぼれる人に付き物の「ウソ」がありません。是非、ホームページブログを覗いてごらんになって下さい。「続・オーケストラは素敵だ」・「オーケストラ空間・空想旅行」は、ユーモラスながら心情のこもった素敵な本で、私も愛読させて頂いております。)



こうしろ!未来のクラシック―茂木大輔の予言・提言・夢と現実


Book

こうしろ!未来のクラシック―茂木大輔の予言・提言・夢と現実


著者:茂木 大輔

販売元:ヤマハミュージックメディア

Amazon.co.jpで詳細を確認する



音楽マル秘講座


Book

音楽マル秘講座


著者:山下 洋輔,仙波 清彦,茂木 大輔,徳丸 吉彦

販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(3)

第3はブルックナーの交響曲中、最も手を入れられた回数が多く、取り組んだ年数も長い作品です。そのことはご承知かも知れません。
校訂報告書("Bruckner III . Symphonie, Revisionsbericht" ANTON BRUCKNER GESAMTAUSGABE 1997 ISBN 3-900270-15-5)363頁以下に、その詳しい来歴が載っていますが、説明文を除いても3頁86行、82項目にわたる記述となっています。
いま、「ブルックナー その生涯と作品(原題はThe Life and Symphonies of Anton Brucknerでして、彼の重要な宗教曲やその他の作品についての言及は伝記部分にしかありませんから、お読みになる際はご注意下さい)」デルンベルク 1960 訳書新装復刊1999 白水社)によって概略を各稿の完成日についてのみ見ておくと、
・第1稿 1873年12月31日(74年に手を加えている)
・第2稿 1877年4月28日
・第3稿 1889年2月27日?(第3楽章の改訂を以て全楽章の改訂終了)
 〜校訂報告書を見ますと、さらに5月にも3・4楽章に手が加えられ、
  9月には弟子シャルクがさらなる改訂を加えていることが分かります。
  (シャルク版の元になる改訂だったのでしょうか。)
  シャルクは「勝手に」手を加えた、とも言っている本がありますが、
  そうではなくて、ブルックナーがまかせたのだ、という話もあり、
  真偽は(素人である私には)わかりません。
ちなみに、ブルックナーがしつこく第3に手を加えている間に作曲した交響曲は
・第4番(第1稿=1874、第2稿=1879)
・第5番(1878。改訂なし)
・第6番(1881。改訂なし)
・第7番(1883。改訂なし)
・第8番第1稿(1887。改訂版は1890)
すなわち、第4番「ロマンティック」以降の、完成に至ったすべてのものであることには、第3を観察する場合には注意しておく必要があります。ヘタをするとこれが作品を見るときの色眼鏡になりかねないからです。
上の事実から、「交響曲第3番の第3稿には、ブルックナー晩年の書法も取り入れられている」と研究者達は言っています。
・・・ですが、私には、ほんとうにそうなのかどうかは分かりません。というのも、稿を重ねるにつれて音楽は凝縮されていく一方ですから、創作態度は第4以降とは明らかに逆行しているものと考えられますし、凝縮された結果で耳に与える効果が変化した箇所は少なからずあるものの、スコアを眺める限り(分析、などとだいそれたことではなくて、ほんとうに瞥見しただけで、です)、第3交響曲の骨格となる要素は第1稿で既に確立されているとしか思えないのです。・・・あ、いけない、主観が入ってしまいました!

さて、第1稿から第3稿までの相違点について、当初は転調の読解までやっちゃえ、と欲張ったことを企んでいたのです。それで、しばらくは第3稿でメモを取りつつ電車に乗っていたりしていたのですが、やっているうちに、「これは、あんまり意味がないかも知れないな」と感じだしました。
読み取り能力がないのでデタラメ分析になる恐れが大であったこともあります。
しかし何より、ブルックナーの半音上昇したり1音下がったりすることによる転調の効果は、ここまでしつこくその効果をアピールしたのは彼が初めてであったにしても、既に古典派といわれる時代にはわりと常套手段になっていたことに気がついたためです。
ほんの小さな例では、ベートーヴェンの「エロイカ」第1楽章で、ホルンがなぜかヘ長調でソロを吹くくだりなどもそうですネ。
ハイドンやモーツァルトのスコアを眺めていても、結構お目にかかりました。で、「なあんだ、そうだったか」というだけで、どこに例があったかを書き留めておかなかったので、具体例をあげられません・・・「考察」としては、これはまずいオチだなあ。

下の画像は第1稿の第1楽章冒頭です。
Br312_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(4)

次項は長い表になって恐縮ですが、左から順に、第1稿・第2稿・第3稿の、各部の小節範囲を記します。既存の書籍、スコアの注釈などと区分けが相違している点があればご容赦下さい。以下に示す区分は私自身の解釈であるうえに、あまり細かくなりそうなところは少々端折っています。

特徴的な相違については表を掲載したあとの項で極力注記いたします。
なお、ワーグナー作品からの引用がどうだこうだということについては触れません。たとえば第1楽章には第3稿になってもトリスタン和音が生かされているなど、ワーグナーの影響をことさら無視してしまっては不都合な点もありますが、これに関して云々することは目的外ですので、詳しく追及されている方サイトを適宜お探しになって下さい。

比較は、便宜上Nowak版同士にて行います。。。って、第3稿以外はそれしか持っていない! とはいえ、「シャルク版」と呼ばれる生前2番目の出版譜は、Nowak版との相違点は実演を配慮したディナミーク・アーティキュレーション・ニュアンス付けの変更、および若干のオーケストレーション補強しかありません。「改悪」と呼ぶかどうかは第1稿、第2稿との違い、またはNowak校訂版を受け手がどう感じるかで異なると思います。・・・現実に、知人が録画して下さったものに、「Nowak版による演奏」と表記されていながら、聴いてみたらシャルク版の演奏だった、という例もありました・・・したがって、版の優越云々はしません。
版の優越云々に意味を感じられない理由は、「校訂報告書」に記載された、ブルックナーの第3に関係する同時代の批評文等から受けた印象によります。
これらからは、第7が好意的に受け入れられて以後、第3の評価も急速に良くなっていくのが窺われ(当時演奏されたのは第2稿)、第3稿が演奏されるようになると「短くなってさらに良くなった」という意味のことを行っている評論もあります。(他の作曲家でも、例えばラフマニノフの交響曲第2番なども短縮してからやっと聴衆受けが良くなっていますね。)
また、ブルックナーの伝記はシャルクの改訂を否定的に扱う傾向が強いですけれど、この「良くなった」第3稿はシャルクの手が入ったものでした。また、第3が評価を高めていった背景にシャルク兄弟による熱心な「第3普及活動」があったことも「校訂報告書」掲載のドキュメントから窺われます。そのうえ、シャルク版の演奏が成功して後、この作品が各地で爆発的に演奏されるようになっていくと、ブルックナー本人は不満だったどころか、かなり有頂天で上機嫌だった様子も、レーヴィやヴァインガルトナーといった指揮者達に自慢気な便りを出しているところから分かります。

※練習記号の配置は稿によって若干のズレ(終楽章のみは規模の変化により大幅なズレ)がありますが、第1稿を基本に記述しておきます。スコアをごらんになる際の目安としてはそれが最もよいと判断しました。とくにTMFのかたがたには、第何稿のものでもよい、スコアを(なるべくCDを聴きながらではなく)眺めて下さると有り難いと存じます。3稿すべてを見る必要はありません。

※Nowak版同士の比較、と言いつつ、それぞれの稿の出版元は入手時期や手段の違い、財政事情によって下記の通り不揃いです。もし協会版で統一的にご覧になり、練習記号等にズレがあるばあいには情報をいただければ幸いです。
第1稿:協会(全集)版、第2稿:1993年印刷のもの
第2稿:Eulenburg発行のもの。全集版準拠は謳っている。1993年印刷
第3稿:音楽之友社による協会版の日本ヴァージョン、1996年第5刷

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(5)

【表1】各楽章の、稿による規模の違い

(細かくなり過ぎそうなところは端折ってまとめています。なお、小節数のカウントに誤差があることがあとでわかりました。大きな差ではないのでとりあえずそのままとし、いずれ修正しますので、ご容赦下さい。)

     
練習記号第1稿第2稿第3稿
第1楽章:ソナタ形式
呈示部
-C第1主題1-134(134) 1-102(102)1-100(100)
D-E 第2主題135-204(70)103-172(70)101-170(70)
F-G第3主題205-246(42)173-220(48)171-216(46)
H-Iコデッタ247-300(54)221-269(49)217-264(48)
K-L展開部1301-332(32)270-291(22)265-296(32)
M-(Q)展開部2333-442(110)292-404(113)297-404(107)
(Q)-R 展開部3443-502(60)405-430(26)405-430(26)
S-W再現部503-672(170)431-590(160)431-590(160)
X-Zコーダ673-746(74)591-652(62)591-651(61)
第2楽章:ロンド形式
-A第1主題11- 32(32)1- 40(40)1- 40(40)
B-B第2主題1 33- 64(32) 41- 72(32) 41- 72(32)
C-D第3主題1 65-104(40)73- 111(39)73-111(39)
E-E第2主題2105-128(24)112-135(24)112-135(24)
F-G第1主題2129-160(32)136-151(16) 136-153(18)
H-I第2主題3161-224(64)52-181(30)154-169(16)
K-M第1主題3225-265(41)182-237(56)170-209(40)
Nコーダ226-278(53)238-251(14)210-222(12)
第3楽章:スケルツォとトリオ
-B主部11- 561- 581-58
C-D主部257- 9259- 9459-94
E-G主部393-15295-16095-160
Coda(第2稿のみ)161-201(エーザー版には無し)
Trio1-1161-1121-116
第4楽章:展開部のないソナタ形式?ホンマカイナ。
(すみません、大ざっぱな区分で示します。)
-A第1主題1- 641- 641- 64
B-I 第2主題 65-208(144)65-154(90)65-154(90)
K-N第3主題209-314(106)155-251(97)155-246(92)
O-V第1主題再現315-536(222) 252-432(181)
(O-T) 第1主題再現(第3稿)247-360(114)
W-Y第2主題再現537-600(64) 433-498(66)
(U-V)第2主題再現(第3稿)361-392(32)
Z-Bb第3主題再現601-674(74)499-592(94)
(W-Y)第3主題再現(第3稿) 393-450(58)
Cc-Ddコーダ1675-724(50)
Ee(Z)コーダ2725-764(40)597-638(42)451-495(45)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(6)

【表2】第2稿を1とした場合の、各部の長短比較                        
練習記号第1稿第2稿第3稿
第1楽章
呈示部
-C第1主題1.311.000.98
D-E第2主題1.001.001.00
F-G第3主題0.881.000.96
H-Iコデッタ1.101.000.98
K-L展開部11.451.001.45
M-(Q)展開部20.971.000.95
(Q)-R展開部32.311.001.00
S-W再現部1.061.001.00
X-Zコーダ1.121.000.98
全体1.141.001.00
第2楽章
-A第1主題10.801.001.00
B-B第2主題11.001.001.00
C-D第3主題11.031.001.00
E-E第2主題21.001.001.00
F-G第1主題22.001.001.13
H-I第2主題32.131.000.53
K-M第1主題30.731.000.71
Nコーダ3.711.000.86
全体1.261.000.88
第3楽章
-B主部10.971.001.00
C-D主部21.001.001.00
E-G主部30.911.001.00
Coda0.001.000.00
Trio1.041.001.04
全体0.891.000.89
第4楽章
-A第1主題1.001.00 1.00
B-I第2主題1.601.001.00
K-N第3主題1.091.000.95
O-V(O-T)第1主題再現1.231.000.63
W-Y(U-V)第2主題再現0.971.000.48
Z-Bb(W-Y)第3主題再現0.791.000.62
Cc-Ee(Z)コーダ2.141.001.07
全体1.211.000.78
総合1.111.000.89
※第2稿の演奏時間を1時間とすると、第1稿は1時間7分、第3稿は54分となる勘定です。

※演奏されなかった「第3楽章スケルツォ」のコーダ自筆譜

Br33coda2_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(7)

<比較から判明すること1>
第1稿を比較の軸としますと、表1・2からは、第2/第3稿で次のようなことが行われているのが判明します。
 第1楽章:第1主題呈示の短縮
      (削ったのではなく、主題の長さを詰めています)
     :展開部3の大幅な削減(第1稿のみ、性格が違っています)
     :コーダの短縮(第1稿Yの美しい部分がなくなりました。
             ちょっとクドい印象があったのかも知れません。)
 第2楽章:第1主題2〜第2主題3の半減
     :コーダの大幅削減
 第3楽章:第2稿でのコーダ付加(生前の演奏実績はありません)
 第4楽章:第2主題部の短縮
     :第3主題部の若干の削減
     :第3稿では第2主題再現部の半減
     :コーダ前半部の削除

また、すくなくとも第2稿は第1稿の練習記号をそのまま受け継いでいることも分かります。練習記号がどういうルールで付けられるのか、私は存じませんが、作曲者の意図もそこには行っているのでしたら、第2稿まではブルックナーは一貫した発想で第3交響曲に臨んでいた、とも言えるでしょう(いや、練習記号には作曲者は関係ないんだ、という事実があるのでしたら、どうかご教示下さい。お礼ははずみます!・・・といえない貧乏状態がツライ。。。)

データからだけで言えること:
・第2稿は第1稿を1割削減し、第3稿は第2稿を1割削減した。
・結果として、第3稿は第1稿の2割減となった。
という量的な実態、また、
・削減に当たっては、展開部・コーダをターゲットにして
 作業が行われていると思われる。
・第3稿が第1稿の2割減となった主な要因は、
 上記作業が最終的にかなり徹底されたことによるが、
 その際、短縮にもっとも大きな影響を与えたのは、
 第4楽章の第2主題再現部の半減化である。
 (おそらく、この部分が「彼には形式感が無い」という
  ブラームスの感想を呼び起こしたかも知れない)
・一方で、各主題の最初の呈示は、3種の稿とも一貫して骨格を崩していない

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(8)

<比較から判明すること2>
データだけでは判明しないこと:
たとえば第1稿第1楽章Mでは弦楽器がアルコ、かつ1拍中に八分音符2つずつだったのに対し、第2稿・第3稿の該当箇所はピチカートで1拍が八分音符1個となっている、など、書法にもさまざまな変更が加えられています。列挙するいとまがありませんので、そうした具体的な変更についてはスコアを参照していただくしかありません。また、この箇所は、第1稿と第2稿第3稿では雰囲気も異なっています。第1稿では意思の表示が素直に成されているのに対し、第2稿・第3稿では幾分「抜き足差し足」的な、起伏のあるニュアンス付けを行っているのです。

「各稿各部の長さの比」からではなく、小節数の違いからコメントしておかなければならない、重要なポイントもあります。
「全休符」の件です。

【表1】第1楽章の、第2稿と第3稿の最終セクションの小節数が1しか違わないのにお気づきでしょうか? 第2稿では最後に「全休符」だけの1小節を加えています。第3稿より1小節多いのは、そのためです。第2楽章でも、第2稿の最後の小節は全パート「全休符」です。
ちなみに、第1稿では第1・第2楽章の最終小節は全休符になっていませんが、第4楽章の最終小節は全休符です(第2稿も同様です)。すべての稿で楽章(セクション)の最終小節が全休符となっているのは第3楽章のスケルツォ、同じくトリオだけです。
もう1つだけ、特徴的な休符の例を上げますと、第1稿の第1楽章Aの、フォルテシモの下降音型のあとは二部休符、次の小節の最初も二部休符で、続きは二分音符で導入されます。これは第2稿以降になると四分休符二つで、最初の四分休符にフェルマータがついている、という記譜になります。(御手元のスコアが第3稿でしたら、第1楽章記号Aのところをご覧下さい。)何故こうした変更が施されたのかは分かりません。
以上のような休符のあり方から見ると、ブルックナーはどうやら「全休符」や「長い休符」の間に保たれている残響、さらには残響も消えてしまった後の厳しい沈黙を、かなり重視していたのではないか、と・・・あ、また主観的解釈ですが。。。
他にも各部の構造の違いに着目すべき点が数多くありますが、拾い出しているときりがないし、時間のゆとりもありませんので、掲載は断念します。

ご好意で録画を拝見した、ブロムシュテット/N響による第1稿の演奏は、私はなかなかの名演だったと感じました。この映像、終楽章が終わったところで、最初、聴衆は拍手していいのかどうか分からなかったようです。パラパラ、と、2,3の拍手は聞こえましたが、まわりは手を叩きません。ブロムシュテットさんが客席の方を向いて、
「これでおわりヨ。」
という感じで手を軽く揚げて微笑んで、ようやく歓呼の声が上がりました。
・・・いっそのこと、最初に拍手しちゃった連中も、ブロムシュテットさんがこっちを向くまで待っていたらよかったのに、というのが、私の正直な感想でした。

ヨッフム最後の来日の時も、録画でしか見られなかったのですが、ブルックナーの第7だったかなあ・・・曲が終わった途端、残響も消えないうちに、もうやんやの拍手。それを背中で聞いていたヨッフムが、オーケストラの連中に向かってペロッと舌を出して見せた表情が、私はいまだに忘れられません。・・・響きを聴く、という態度は、日本人には備わっていないのでしょうか?
ちょいっとばかし悲しいナ。。。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルックナーの第3(9)

<ドキュメントから>
解析できることは以上です。。。足りないかも? 私の間違いの修正を含め、コメント頂ければありがたく存じます。

「校訂報告書」には、ブルックナーや周辺の人々が第3交響曲について残したドキュメントも豊富に掲載しています。
しかし、ほとんどが伝記的資料で、音楽上の理解の助けになるものは少数です(ドイツ語読めてないから、読み落としてるだけかなあ・・・)
でも、せっかくですから、面白いものを3点だけあげます。
(ダンスパーティをする豪邸の前で教会の葬儀の鐘を聞いた際の有名なエピソードの出所も明らかになっていますが、いろいろな本に載っていることですから掲載しません。【校訂報告書の資料48、428頁】)

冒頭がベートーヴェンの第9に似ている、ということは発表当初から話題になっていたようですが、評判が上がってからは「各楽章がそれぞれ誰の作品に似ている」などという話まで出てきました。それによると、
・第1楽章はベートーヴェンの第九に似ているがまぎれもなくブルックナーの音楽だ
・第3楽章もベートーヴェン的なユーモアを持っている
・第4楽章はシューマン的だ
等々となっています(1893年のある評論)。

クララ・シューマンが1885年12月15日付けでブラームスに当てた手紙から・・・
・新しい話題はここ(フランクフルト)では耳に入りません。
 せいぜい、この間ブルックナーの稀にみる交響曲を聴いて、
 私が何ゆえの存在なのかを自覚し、
 ほんとうに気が楽になった、というくらいのことです。

アメリカ初演を指揮したダムロッシュの回想(1923)
・三十年ほど前に私はアントン・ブルックナーのニ短調交響曲を
 アメリカ初演しました。
 彼(ブルックナー)は脳ミソは農夫のそれでしたが、
 魂は真の音楽家のものでした。・・・
 何年も経ってから私がベルリンで「ニ短調交響曲」を演奏したあと、
 帝室会館の私のテーブルのところへ、
 有名なフィルハーモニー合唱団の指揮者ジークフリート・オックスが、
 七十は超えているだろう、小柄で禿頭の人物を連れてきました。
 私が紹介されると、その人は突然私の手を握り、
 「あなたがダムロッシュさんですか、
  私の交響曲をアメリカで演奏して下さったんですね」
 と言いつつさらに前に進んできて、
 私の手を覆ってしまうくらいにキスしまくったんです。
 あれにはとても参りましたよ。

こんなところで。
いつも長くてすみません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 2日 (金)

CD・DVD買物保管失敗談

ふと思い出したので、綴っておきます。

どなたもご注意下さい。

1)DVD買物失敗談

「まとめ買い」という悪い習慣をお持ちの方はとくに気をつける必要があります!

他のCDを買うのが目的でいった店で、手に入りにくいDVDを見つけて、ついそれも買ってしまいました。優先順位が低いので、そのあとしばらく、パッケージを開けずに棚に飾っておりました。

1ヵ月後、「やっと見る時間ができた!」と喜び勇んでビニールをはがし、ケースを開けて、びっくり仰天。中にディスクが入っていない・・・つまり、空っぽ。

レシートはとっくになくしているし、「元から空だった」と証明できるものは何も残っていません。泣く泣くあきらめて今日に至る。

以後、買ったCD・DVDは、店を出たらすぐに、人目もはばからず開けてみて、中を確認するようにしています。(^^;

2)CD保管失敗例

数枚組みのCDには、高級感を出す意図からなのか、スポンジ状の緩衝材を入れてあるものがあります。

これは、ぜひ、すぐに取り出して捨てて下さい。

長い時間の間に劣化するか酸化するかしてエライ目にあいますヨ。

大事にとっておいた「タンホイザー」と「パルジファル」のCD・・・久しぶりに聴こうとケースを開けたら、当初は白かった緩衝材が赤茶けた色になっていて、さわるとボロボロに崩れました。

「これはやばい!」

ディスクを取り出したら、緩衝材のカスが飴状にべったりへばりついていて、取れません。洗剤をつけて水洗いしてもだめです。洗いもの用のスポンジで用心しながらこすったつもりでしたが、結局はCDの塗装も剥げ、再生もままならなくなりました。

もう、泣くに泣けません。。。

「もって他山の石となせ!」でございます。

以上。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひばり

今朝、女房を見送って、窓から外を眺めていたら、久し振りに聞こえた鳥の声がありました。
ひばりです。
我家のそばはつい一昨年まで広い草ッ原だったのに、瞬く間にギュウ詰めの住宅地になり、大きなスーパーまで出来ました。それまで原っぱで必死にヒナを守っていたひばりが、5月にはよく、天高く上がっていたものでした。
原っぱを失って、あのひばりたちも行き場がなくなって、もしかしたら死んでしまったかもな、と、可哀想に思っていました。
それが、今日、元気にさえずっています。それも、どうやら1羽だけではなさそうです。
ほんの少し残った空き地に、雑草が茫々と生えていて、ひばりの声はそのあたりからするのです。
姿を見たいと思っても、あの小さな体では、ウチのあたりからは到底見えません。
でも、元気だということが分かっただけで、よしとしましょう。

「鳥」と「虫」はシェーファーが取り上げている二つの代表的な「生命の音」の発信者です。
「虫」のほうは、この近所ではまだおとなしくしていますけれど・・・

自分も、仕事で役に立たない代わりに、今日も調べものでもして、少しでも活気のある気持ちを取り戻したいと思っています。(といいつつ、昨日も結局だいぶ眠り呆けました。今日もそうなるでしょう。)
職場の皆さん、ホントにすみません。

<

Music

ヴォーン=ウィリアムズ:交響曲第6番、タリス幻想曲、揚げひばり


アーティスト:デイヴィス(アンドリュー)

販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

発売日:2001/11/21

Amazon.co.jpで詳細を確認する



ハイドン:弦楽四重奏曲第17番&第67番&76番&第77番


Music

ハイドン:弦楽四重奏曲第17番&第67番&76番&第77番


アーティスト:イタリア弦楽四重奏団

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2005/06/22

Amazon.co.jpで詳細を確認する



世界の調律 サウンドスケープとはなにか


Book

世界の調律 サウンドスケープとはなにか


著者:R.マリー・シェーファー

販売元:平凡社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年6月 1日 (木)

"ロンドンの楽譜帳" K.15a-K.15ss(1)

K.16になって、いよいよモーツァルト最初の交響曲に触れることができるわけですが、その前に、彼が残した「ロンドンの楽譜帳」を忘れるわけにはいきません。
「ロンドンの楽譜帳」は、1764年8月から9月末にかけてヴォルフガングが(おそらく自主的に)試みた39の習作及び3つの習作断片からなるものです。何故こんなものを残したか・・・一家の大黒柱である父レオポルドが重病に臥し、一家はロンドンでの興業活動を休止せざるを得なくなったからです。
幸いなことに、レオポルドは無事回復し、彼らは旅先で路頭に迷わずにすみました。
しかし、後世の我々にとってもっとありがたいのは、「ロンドンの楽譜帳」で様々な実験を自主的に行った8歳のヴォルフガングが、ここで急速な技術的発展と楽想の深化を達成したことです。
「ロンドンの楽譜帳」の成果が後の彼の傑作群を予告していることは、以下のような例から伺うことが出来ます。

たとえばK.15p("ソナタ楽章ト短調")には、これまでの彼の作品には見られなかった激しい情熱を感じ取れます。この習作は彼の最初のト短調作品であることも念頭に置いて下さい。

また、いくつかの小品の中では対位法の試みもすすめています( cf.K.15f, K.15h, K.15z, K.15hh)。
全般に和声的な色付けも豊かになっていますが、それはK.6-9のような「音の付け足し」によるものではなく、活き活きとした動きを持った、私達の耳に自然に聞こえる方法によっています。

最も大きな特徴は、作品規模の拡大傾向がみられることです。K.15t は98小節、 K.15v は103小節となっています((2)をご参照下さい)。これまでで最も長い作品、というわけではありませんが (K.14の第2楽章は160小節でした)、父の指導によらず自主的に作ったものとしてはK15t と K15vが実質上ここまでではヴォルフガングの最長作品だといっていいでしょう。内容もK15までに比べると一層充実しているものと思います。

「ロンドンの楽譜帳」は、日本版でもよい楽譜がでています。私のように1小節ごと(正直に言えば1拍ごと)つっかえつっかえ弾くような人間にも充分に楽しめる作品群です、是非お弾きになって味わっていただければと存じます。(廉価なものではナクソス盤のCDも出ていますし、幾つかの「モーツァルトピアノ作品集」にも収録されているのを確認はしています。)



Mozart: London Sketchbook (1764/5)


Mozart: London Sketchbook (1764/5)


販売元:Naxos

発売日:2003/03/03

Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0) | トラックバック (0)

"ロンドンの楽譜帳" K.15a-K.15ss(2)

「ロンドンの楽譜帳」の構成は以下のとおりです。
特記すべきと思われることについてのみ、コメントを添えます。

K15a:Allegro in F - (38); trinaire
K15b:Andante in C - (24); 三部形式,
bars9-16 are in a minor
K15c: Menuett in G - (20); trinaire

K15d: Rondeau in D- (18); 三部形式
middle part of the music is in d minor
K15e: Contredance in G- (16); bipartita.
latter part of music don't use the first theme
K15f:Tempo di Minuetto in C- (18); bipartita
latter part of mmusic don't use the first theme
K15g:Praludium fur Orgel in G- (18); 三部形式,
middle part of the music is in d minor
K15h: Contredanse in F- (24); 三部形式
K15i/k: Minuetto mit Minore in A- (16+18); 三部形式
K15l: Contredanse mit Minore in A- (16+16)
* K5e-K15l とK15s では、ヴォルフガングは
  中間部を短調にしてコントラストを強調する試みを
  重ねています。

K15m: Minuetto in F- (20)
K15n: Andante in C- (18)
*K5m and K15nでは旋律的なアルペッジョの効果を
 楽しんでいるようです。

K15o: Andante in C- (22)

K15p, K15q , K15r で1曲のソナタを構想した、とかんがえるかたがいます。
K15p: Sonatensatz in g(moll)- (72); bipartita, not "sonata form".
K15q: Andante in B(B flat)- (32)
K15r: Andante in g(moll)- (75)

K15s: Kleines Rondeau mit minore in C- (12+13)

K15t-K15v もK15q-K15と同じ理由で1曲のソナタを構想したかに見えます。
また、K15W-15x はその第2、第3楽章の代替案でもあったのかな、と、
私なんぞは(浅はかにも)感じております。
K15t: Sonatensatz in F- (98); 二部形式, not "sonata form".
K15u: Siciliano in d(moll)- (34)
K15v: Sonaten+Finalsatz in F- (103)
K15w: Allmande in B(B flat)- (32)
K15x: Finale einer Sonate- (55)

下の図は、自筆譜のうち、K15tの19-33小節、
およびK.15vの1-10小節目です。
(H.Gartner"JOHN CHRISTIAN BACH"所載)
Mozart_londonsk

K15y:Minuetto in G- (20)
K15z:Gigue in c(moll)- (61)
K15aa:Scluss-satsz einer Sonate in B(B flat)- (51)
K15bb:Scluss-satsz einer Sonate in D- (32)
K15cc: Tempo di Minuetto i n Es- (61)
* この作品には数ケ所、オーケストラの楽器を示唆するコメントがあり、
管弦楽曲も作ってみようとしていたのかも知れません。

K15dd: Andante in As- (53)
K15ee: Minuetto un Es- (16)
K15ff:Minuetto in As- (16)
K15gg:Contredance en Rondeau in B(B flat)- (56)
K15hh: Rondeau in F- (62)
K15ii: Andante in B(B flat)- (43)
K15kk: Sonatensatz- (32)
K15ll: Scluss-satsz einer Sonate in B(B flat)- (28)
K15mm: Andante in Es- (12)
K15nn: (fragment-sonatenzsatz)- (3)
K15oo: Tempo di Minuetto in F- (18)
K15pp: Minuetto in B- (20)
K15qq: Minuetto in Es- (16)
K15rr: (fragment-Minuetto)- (12)
K15ss: (fragment-Fuge fur 4 Stimen mit Continuo)- (23)

* ()の中の数字は小節数。
* * I断片のみの3つについては楽譜未見、演奏未聴です。

おしまいのほうになると、作品の規模がまた小さくなっていきますが、病気から立ち直ったお父さんが、また厳しいチェックでも始めたせいなんでしょうか? 可哀想なヴォルフガンゲル!



ロンドンの楽譜帳


Book

ロンドンの楽譜帳


著者:山崎 孝

販売元:全音楽譜出版社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »