« 遊びをせんとや生まれけむ | トップページ | 「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(4) »

2006年6月13日 (火)

「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(5)

と、あらすじを理解して頂いたところで(って、全然分からん!)
序曲での「指示動機」の登場順を確認しておきましょう。手間の都合上音型までは掲載出来ませんので、スコアをお手元にご準備下さい。とは言いましても、「何小節からコレね!」ということは一切記しませんのでご容赦いただきたく存じます(なんと失礼な!)。

1)「呪いの動機」〜冒頭、激しい雨脚を思わせる弦のトレモロを背景にホルンが高らかに鳴り響かせます。

2)「叫びの動機」〜「呪いの動機」がトロンボーンで高められた後、金管陣が「タタターッ!タタターッ!」と繰り返すのがこれ。のろわれたものの悲痛な叫びです。

3)「暴風と荒波の動機」〜2の動機の下でうねる弦楽器の上下する半音進行です。

4)「オランダ人の航海の動機」〜暴風が引き延ばされた下降音型と鳴った後、弦楽器が八分音符で上下する音型を奏でます。オランダ人の船が暴風雨に揉まれても決して沈まないことを象徴しているかのようです。

5)「ゼンタの救済の動機」〜序曲の前半部の荒々しさが、1の動機とともに弱まっていき、序曲は第1幕のエピソードを省略して第2幕の筋を描きます。第2幕では、やがてオランダ人の犠牲になるゼンタが、自分の運命を予見して、家の壁にかかる不思議な肖像画(伝説のオランダ人のもの)に見入っています。そのゼンタの「この哀れな人を救おう」という静かな誓いの旋律が、コル・アングレとオーボエ、フルートの連携によって歌われます。

6)「運命への思いの動機」〜5の動機に対する不審と不安を表すようにホルンがトロンボーンの和音に支えられて奏する動機ですが、第2幕の中では娘たちの陽気な「紡ぎ歌」に変身する、微妙な性格の動機です。

この動機の後、ふたたび4の動機が激しく復活し、それに続けて歌われる下降形主体の動機が
7)「死への憧れの動機」です〜所詮は救いなど有り得ない、永遠にさまようばかりなのだ、死さえも許されない・・・呪いにあった身には切実な、悲しい憧れであるに違いありません。

さらに1、2、3、6の動機が絡み合い、盛り上がったところで、それを
8)「呼びかけの動機」
がホルンによって高らかに響かせられ、曲想は一見陽気なものに一転します。

9)「水夫の合唱の動機」〜曲を陽気にする民謡風の動機です。実は単独の動機というよりは、8と6が組み合わさって出来たものなのですが、組み合わさったことによってそれぞれが個別に登場する時とは性格を変えてしまっている点が面白いし、また驚きでもあります。
劇中では第3幕の、ゼンタの婚礼を祝おうとする連中が港でばか騒ぎする場面で歌われます。

陽気さはしかし、瞬く間に激しい不信の嵐にかき消され、序曲はここまで現れた動機を総動員してクライマックスであるコーダに備えます。
その中で特徴的なのは、5(ゼンタの救済の動機)が4度、割り込むように現れることです。5の動機は現れるたびに6(運命への思いの動機)にさえぎられますが、この辺りは第3幕のフィナーレでエリックに取りすがられるゼンタが必死でそれを振り切ろうとするさま、それを横目でみつつ、諦めの思いを高めていくオランダ人の姿、それぞれを見事に要約しています。

コーダは、ゼンタの身投げを表現すると言ってよいヴァイオリンの上昇する減五度が頂点に達したところで、5(ゼンタの救済の動機)が初めて高らかに鳴り響くことにより、この劇なりのハッピーエンド(!)を象徴します。この5の動機の後に、5の動機を旋律的に完結させる働きを果たすのが、最後の主要動機である
10)「誠実な愛の動機」
です。
コーダは最後に、まず、それまでの短調から長調に変化した1(呪いの動機)が、呪いの消滅を謳歌し、次いで5(ゼンタの救済の動機)が美しく響いてしめくくられます。

上手くお伝え出来ていないかと思いますが、以上、じつに巧みに作品全体を俯瞰させてくれる傑作序曲だということだけでもご理解いただければ幸いに存じます。

参考文献
渡辺護「リヒャルト・ワーグナーの芸術」音楽之友社 S62
日本ワーグナー協会「ワーグナーヤールブーフ1996」
吉田真「ワーグナー」音楽之友社 2005




ワーグナー


Book

ワーグナー


著者:吉田 真

販売元:音楽之友社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« 遊びをせんとや生まれけむ | トップページ | 「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(4) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/95716/2206828

この記事へのトラックバック一覧です: 「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(5):

« 遊びをせんとや生まれけむ | トップページ | 「さまよえるオランダ人」序曲をめぐって(4) »