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2006年6月25日 (日)

評価するとは(CD等・他演・自演・作品)3

他者の演奏を聴く場合から行ってみましょう。・・・自分・自分たちの演奏を「聴く」ということよりは一見容易ですから、こちらからとりかかってみるのが手っ取り早そうです。
人の演奏を聴くときには、聴き手としてのこちらの態度は、案外に冷たいものです。
以前のように「スコアをめくりながら」コンサートを聴き、ホルンが音をはずしては舌打ちをし、チェロが高音を引き損ねれば首を横に振り、などという輩はさすがに殆ど絶滅したかと思います。が、なまじっかCDで曲を聴き覚えていたりし、かつ自分の理想の演奏像をそのCDで固めてしまっていたりするものですから、CDでは際立って美しくクリアに聞こえたソロが実演ではちっとも聞こえないとなると
「こいつら、分かってねえ!」
と決めつけるのは日常茶飯事だったりします。
さて、この聴き手の「聴き方」は絶対に正しいでしょか?
演奏終了後、一緒に行った友達は彼ほどの自信はないのですが、
「ねえ、柔らかい響きで、いい演奏だったね〜」
と、思わずつぶやきます。すると、ツウの彼は
「とんでもない、メリハリをつけるべきところを理解していない、ポイントをハズした演奏だったよ」
「ふーん。。。」
自信のない方の友人の聴き方は、果たして間違っていたのでしょうか?

演奏するということには様々な要因があります。
・まず、目の前の楽譜をどう読むか〜たとえば、ディナミークがfになっていれば忠実にfにするのか、あるいはおのれのパートは伴奏だからワンランク落とすことを考えるのか
・表現に対してはどう臨むのか〜主要テーマを担ったら、周りに関係なく大きく吹くのか、それともdolceとあったら音量よりも柔らかさを優先し、伴奏者に「もっと抑えてくれ」と要求するのか
・作品トータルとしてどう解釈するのか〜「反戦」の曲なら「反戦」を声高く主張するため硬質な音作りを目指すのか、逆に「悲哀に沈む静けさ」を敢えて貫いてみるのか
などなど。
ポップス系やロック系なら、こうした点は最初からクリアにされていたり、歌詞の助けもあって、演者と聴衆に一体感が生まれやすく、大きな不一致が生ずることはありません。
ジャズになるとノレるかノレないかで不一致が出ますが、クラブでの演奏なら聴くも聴かぬもお客の勝手に委ねられられる点、奏者にも(店が気に入ってくれる限り)自由度が保証されます。
クラシックは・・・奏者側にとってはあまり露骨に「自分たちの演奏方針」を載せるのも嫌われますし、編成が大きいほど、方針自体が全員一致のものではなかったりしますし、まず、そこが厳しい。聴衆にとって厳しいのは、少なくとも前半の休憩が始まるまで、気に入らなくても演奏が終わるまでは会場を出ることが出来ない!
上の3つの順番で、下に行くほど「評価する、評価される」ということが、いかに難しくなっていくかが、お感じいただけるでしょうか?
ただ、ここまで採り上げて来た「評価」は、どちらかといえば好みに左右される「主観的評価」です。
少しでも客観的に評価したいと思ったら、言葉はよくありませんが、物理的に明確な指標を持って臨むことができるのですが、これは往々にして意識されていないのではないでしょうか?
例えば・・・
・音程〜集団内で統一されているか(曲種などによって統一されていない方がいい場合もありますが、「クラシック」の一般曲ではまずそんなことはありえません。)
・フレージングとアーティキュレーションの一貫性
・パート同士の音量のバランス
・リズムの一貫性(ボカした作品にはボカしたなりの一貫性があるものです)
・音色の透明度
まだまだあるでしょう。
そういう評価軸で冷静に聴けば、CDなどで養われた先入観から脱出して、その演奏会を心ゆくまで楽しめるようになるのではないでしょうか?・・・あまりにバラバラなアンサンブルを聴かされるようでは、楽しむわけには行きませんが。

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