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2006年5月29日 (月)

演奏とは何か(3)

「古楽とは何か」の原著は、1982年の発行だそうです。原題は、訳者のひとり、樋口さんのあとがきによると、直訳すれば
「音話としての音楽・・・新しい音楽理解の道 Musik als Klangrede---Wege zu einem neuen Musikverstaendnis(aeはaウムラオト)」
というものだそうです。
原題の通り、本書の内容は、別に古楽に限定したものではありません。
本書中でアーノンクールが述べていることばを、幾つか引用します。

・もし音楽家がほんとうに音楽の遺産のすべてを・・・われわれにとって興味がある限りにおいて・・・提示するという課題を持っているならば、そのために必要な知識を得なければならない。そこに通じている道は何もないのである。(訳書30頁)

・音楽家の教育は結局のところ、特定の音をうまく得るためや、ある種の指の確かさを手に入れるために、楽器のどの部分に指を置かねばならないかを教えるようなことに、自らを閉じこめるべきではないのである。(34頁)

・言葉のほんとうの意味で作品に忠実なのは、まさに作曲家が音符で意図していることが何であるかを知り、そのように演奏する人のことなのである。(78頁)

・<しかしながら>、音楽を演奏する場合は、われわれが勉強したことを演奏しているのだというような印象を聴き手に与えてはならないのである。(79頁)

・何が純粋な音程法であるかという問いに答えることはできない。<すべての>人間に通用する唯一の自然な音程体系は存在しない。(97頁)

・古楽器であれ現代楽器であれ、あらゆる楽器において何らかの欠点は我慢しなければならない。(中略)あらゆる楽器、さらにはその発展のあらゆる段階は、それぞれ長所と短所とを有しており、音楽家と楽器製造者はそのことを完全に自覚していた(後略)(119頁)

・オリジナルの響きのイメージが私に興味があるのは、あれこれの音楽を<今日>表現するために、私が用いることのできる数多くの可能性のなかで最良のものであると思える限りにおいてなのである。私は、プレトリウスのオーケストラがリヒャルト・シュトラウスを演奏するのに適さないと考えるのと同じように、リヒャルト・シュトラウスのオーケストラはモンテヴェルディを演奏するには不適切だと考えているのである。(126頁)

引用だけでは誤解を招く箇所もあるかと存じますし、必ずしも要所を引いたわけではないのですけれど、こうしたことばの中に見え隠れする「専門家」の厳しさには、目を見張る思いがします。
・・・どうお読みになるでしょうか?



古楽とは何か―言語としての音楽


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著者:ニコラウス アーノンクール

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