2009年12月11日 (金)

浅草不思議空間

先日、浅草に出向いたときの日記です。


午後3時半ごろ浅草に着いて、休憩を挟んで浅草寺周辺を二週半くらいし、8時頃最寄駅についてから娘にマフラーを、息子にはやつの大好きなビートたけしのCDを買ってやって、さっき帰宅した。

明るいうちと暗くなってからの浅草を見比べる、という経験を、初めてした。

新仲見世通りから入って仲見世通りを右に曲がれば浅草寺の正面が近い。が、このルートは人間がぎゅう詰めでもある。だからと言うのではないが、曲がるかどの手前の老舗、すき焼きの今半が美味い。晩飯はここにしたい、と、はやばや娘が決めてしまった。息子は隣のフグ屋に入りたかったのだけれど、店頭の水槽であおむけになっちゃってるトラフグを目撃して三人とも
「・・・やめとこ」
ということになった。

仲見世通りを入ってすぐのところで揚げ饅頭1個80円、娘だけゴマ1個100円を買って食す。ここの揚げ饅頭は、他に2軒ある揚げ饅頭の店よりも品が小振りで、食べ易い。
見上げたら、もう、「賀正」の絵馬が下がっていた。柄は、丸っこくて可愛らしい寅さん。フーテンの、ではなくて。だって、柴又じゃないもん。
通りに人は溢れるほどいるのに、人形焼き屋さんの前にはお客がまったくいない。店の全員が渋い顔をしていた。
それを横目に、まず本堂にお参り。平成の大修理というやつで、柱から屋根まですっぽりと囲いに覆われている。新年のお参りをするときもまだこのままだろう。
西側におりると1616年に作られた石橋があって、そのさらに先に一言不動尊がいらっしゃる。何でも一言だけ祈れば、その願いが必ず叶うという霊験あらたかなお不動さま。子供たちは先を争ってお参り。拝んだあとは出店のたこ焼きを立ち食いした。

花やしき通りに抜けて行ったら、あずまっくすが何かの番組の撮影に来ていた。
そこからロック通りに行く。映画館の前でコップ酒を手にした爺さん婆さんが談笑。そのあいだをズケズケ抜けて映画のポスター(「緋牡丹お龍」に「フーテンの寅さん」)を見に行ったら、息子はおずおずついて来て、二人ともすぐに娘に通りへ引っぱり戻された。
反対側には黒山の人だかり。なんだろうか、と思ったら、競馬の中継をやっているのだった。
南に歩くと東洋館、だったかな、フランス座の跡が演芸場になってるところがあって、呼び込みをやっているのだがいっこうに客が入る気配はなかった。

そこからまた北の方へ斜めに戻って行く。閑散とした通り。ずんずんもどって観音様のところから仲見世通りをさっきとは逆に行ったら、ヒマだった人形焼き屋さんの前に少しだけ行列ができ、さっき渋い顔をしていた店員さんの誰もが笑顔になっていた。

どこの通りだったか、伝法院通りだと思うんだけど、焼き栗というのを売っているお店があって、売っているお姉さんがとっても美人だった。どう美人だったか、というのを言葉に出来ないのが口惜しい。もし自分が浅草の住人だったら通い詰めてもいいくらいの美人さんだったの。・・・あ、どちらかのあなたさまに、化けて出られるか???

くじらを売ってる(丸ごと、じゃないけど)店とか刀の店とかいろいろながめて、日が傾いたところで、雷門の一本西の通り角のスターバックスで休憩。ここの店員さんがまた好男子に美女たち、ときたから、へえ、浅草って美人が多いんだ、と、はじめて気がついて身震いしてしまった!

一服して、暗くなった浅草を、さっきと同じルートでもう一周。
ここからが、オドロキだった。

一般のお店は、とにかく店仕舞いが早い。5時半で、もうほとんどシャッターが下りていた。明るいうちはごったがえしていた場所が、どこもかしこも嘘みたいに静かになっていた。酔っぱらいの姿も消えていた。
で、閑散としていた斜めの通りが、こんどは不夜城の明るさになっている。右も左も、行けども行けども赤ちょうちん。天気もいいからか、空いている居酒屋・立ち飲み屋は一軒もなかった。「千と千尋の神隠し」をリアルにしたような世界。
伝法院通りの方へ戻ったら、人力車の行列。薄暗がりの中で、狐の嫁入りのように見えた。これが、さっき不景気を決め込んでいた東洋館だかの、宵の6時半からの公演の宣伝なのだった。でも、「来て下さい」とは一切声高にいうことはなく、しずしずと通り過ぎて行った。すれちがうひとはみんな、立ち止まって見惚れていた。

で、6時になったのを確かめて、すき焼きの今半に入る。息子がまだカカアのお腹にいるときに、カカアと娘と三人でいちど来たことがあったのだけれど、娘の記憶にはない。
おいしい店で有名なのに、予約客は別として、一般客はボクたちの他には二人連れ一組しかいなかったので、ちょっと意表を突かれた。
でも、お店の人は以前と変わらずあったかくて親切。テーブルを二つくっつけてくれ、おかげで三人とも久しぶりにゆったり肉をたべられて、食後にはお腹が出口につっかえて出られなくなってしまった。。。うそピョン。このお店の壁には芸能人の色紙がたくさん貼ってあるのだが、元祖林家三平師匠のもあるのであるのである。これは額に入っている。そのうち「たおぽん両師匠」の色紙も貼られるかもしれない。(知る人ぞ知る、である。)

・・・とまあ、綴り尽くせないけれど、子供たち曰く、
「楽しかっただヨ」



ここんとこ綴った記事

・感覚と技術(ベルリオーズ『音楽のグロテスク』から)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7276.html

・見つめなおす方法
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a639.html

・惚れ込む、という感覚
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-6d31.html

・第九のシーズンです:中高生オーケストラによる演奏があります
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-6c65.html

・モーツァルト:ポストホルンセレナーデと関連行進曲
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e120.html

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2009年12月 5日 (土)

これ以上、下手にならない。

どなたも、お変わりなくおすごしでしょうか?

先日、日本を代表する画家、平山郁夫さんが亡くなったのはご承知の通りかと存じます。

平山画伯のお人柄に接したおふたかたのお綴りになった文は、それぞれに胸打たれるものでした。
私には、それらを前にして、何の駄弁を弄する術も持ちません。

ひとつは、JIROさんのブログでして、これはどなたも直接お読みになれますし、転載・引用等のお許しを得ていませんから、リンクを載せておきます。

http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2009/12/30-e8b7.html

溢れる思いを、押さえようとしながら押さえ切れない、でもやっぱり押さえなくては、とお感じになりながら綴られたのではないかと受け止めております。

もうお一方のものは、ミクシイをご利用の方でないと全文が覗けませんので、引用させて頂きます。



(以下、引用)

 早すぎるご逝去に言葉を失いました。何歳であっても、本当に残念です。
平山画伯が、うんとお若い時、チラリとお目に掛かったことがあります。
数十年も昔、神戸・三宮で画商の方の講演が有り、それを聴きに行きました。
講演は絵画関連の集会で、日頃、聞けないようなお話が多く、興味津々でした。

 画商の仕事は、絵を売るだけじゃなく有能な画家を探し育て上げることだそうです。何人、世に送り出したか、それも大きな使命と聞き、感心・納得しました。

 その講演が終わったとき、画商さんは、小柄で若い大人しそうな男性を招き演壇の右横に立たせ、「彼は平山郁夫といいます。今、駆け出しですが、とてもいい素質を持っている。応援してやって下さい。」と仰ったのです。

 若い青年は緊張している風で、固いお辞儀をしました。後年、方々で平山さんは業績を伸ばし有名になって行かれました。あの同じ会場にいた平山さんが逝き、私は何もなくただ生きています。神様が平山さんを呼んだのでしょうね。

 新聞各紙が、コラムで平山さんを取り上げています。朝日新聞の《天声人語》に心惹かれたので、転載します。ご覧下さい。


★ 2009年12月4日(金) 天声人語
 戦後すぐ、意気揚々と東京美術学校(現東京芸大)に入学した150人に、校長は訓示を垂れた。「諸君らのうち宝石はたった一粒です。その一粒を見つけるために君らを集めた。他は石にすぎません」。亡くなった平山郁夫さんの回想である▼自分は「石」だと思っていたそうだ。3年生のとき、ついに見切りをつける。だが新任の先生に「君の絵はこれ以上、下手にならない。おおらかにやりなさい」と言われ、続けることにした。この一言がなかったら、膨大な画業の一切を、私たちは目にできなかったかもしれない▼大河を思わせる画業の原点には、広島での被爆があった。だが15歳で見た地獄は、画家の筆を凍りつかせもした。描きたいのは「平和」だったが、原爆の絵は心の傷口を広げるのが怖くて描けない。悩み抜いてたどり着いたのが仏教だった▼「怒りではなく『平和への祈り』こそが私のテーマだとやっと気づいた」と、のちに語っている。以来、出世作の「仏教伝来」からシルクロードをめぐる作品まで、その活躍に詳しい説明は要るまい▼20年ばかり前、中国西域の砂漠の街カシュガルの民家で、平山さんの絵を見た。小さな複製をウイグル人一家が粗末な額に飾っていた。娘さんの言葉が良かった。「この絵のような砂漠が好きです」▼厳しい光景も、平山さんの内面を通るうちに浄化され、静謐(せいひつ)な叙情となって画布に現れる。それが砂漠の民も魅了したのだろう。娘さんは自分も描きたいと盛んに言っていた。一粒の宝石に、今ごろなっているだろうか。
http://www.asahi.com/paper/column20091204.html?ref=any

------------------------- 転載 終わり -------------------------

(引用、以上)


「君の絵はこれ以上、下手にならない。おおらかにやりなさい」

・・・いい言葉です。


最近綴った記事

・「小松亮太とタンゴへ行こう」(書籍ご紹介)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-de3a.html

・中学4教科愚問集
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b7f1.html

・数(すう)としての音楽
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-7b02.html

・のだめ23巻
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/23-aa12.html

・マーラー「さすらう若人の歌」から:好きな曲028
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/028-020b.html

・「松下真一」という作曲家
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f3d1.html

どなたも、お風邪など召されませんよう。

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2009年11月28日 (土)

ちょっとうれしかったこと

娘はこの間、修学旅行でした。
班別自由行動とかで、あるミュージカルを見に行きました。
強烈なファンがたくさんいらして、普通はなかなかチケットがとれない類いのものです。
帰って来て曰く。

「これまでテレビでだけ見て<あのひとかっこいー>だの<うまい>だのって決め付けたりさあ、逆に<ブサイク>だの<ヘタ>だのって決めつけたりするのさー、うちは嫌いなんだよね(「うち」とは、最近の女子高生が自分を指して言う言葉です)。ホントはさあ、ちゃんと舞台に出掛けて行ってさあ、はじめは後の方の席から全体を見渡せて、後半になって出来るようだったら前に出てってさあ、じっくり見たり聴いたりして、いいと思っていた人でも<ああ、この人はここがこんなふうにいい、でもダメなところはここ>、だとかさ、逆に。よくないと思っていた人でも<こんな着こなしとか歌い方とかは素敵だから、そこを伸ばすように応援すればいい>って考えながら見たり聴いたりするのがいいんだよね」

まー、くそ生意気な、とも思いましたが、それでさらに

「それを自分のための鏡にすればいいんだよね」

・・・と、ここまで言ってくれるのはまだ冥土の土産までにとっておくとして、とりあえず健全に鑑賞方法を身につけてくれたのかなあ、と感じられたことは、私にとって、ちょっと嬉しいことでありました。

大したはなしでなくてすみません。


このところ綴った記事

・トロンボーン・アンサンブル四人組(埼玉県草加市で)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-3554.html

・ハイフェッツ
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-a8c2.html

・ご案内:大宮光陵高校第24回定期演奏会
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/24-e66c.html

・レッスンは厳し
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-efe0.html

・モーツァルト:交響曲第32番・33番(1779年)
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/32331779-fdb7.html

・終了:増井 一友さんリサイタル東京公演
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-f8c0.html
 すてきな演奏でした。大阪公演は11月28日です。

・曲解音楽史63)東南アジア近世
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/63-0041.html

・曲解音楽史62)朝鮮の近世
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/62-8994.html

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2009年11月 2日 (月)

ヘーゲルの言葉から

ヘーゲルの「歴史哲学講義」は聴講者によるノートであり、ヘーゲル純正の著作ではありませんが、歴史を題材にしているという点で、ロマン派への転換期を迎えたドイツの、どちらかというと保守側の精神的状況を、彼のどんな主著よりも明らかにしており、後の世代にはなりますがヘーゲルとは対照を成すマルクス、ヘーゲルよりも内面的な指向の強いショーペンハウエルの、いずれも簡便な諸著作と併せて、比較的分かり易く貴重な文献です。

ヘーゲルやマルクス、ショーペンハウエル、あるいはバルザック、さらに先へ進むならばカフカやロマン・ロランの記述から読みとれる19世紀の感性とロマン派音楽との関係は、音楽史の話題で観察するとして・・・実質上ヘーゲルに始まる東洋への「偏見」には東洋人として寂しさも覚えるのですが、日本人の場合は明治以後はヘーゲルの歴史観にそのまま染まってこんにちに至っていますので、いまだに純粋に東洋人としてヘーゲルの歴史観に異を唱える感性は熟していないかと思われます、それでもなお・・・彼が古代ギリシャ精神を「解釈」した発言(実はそれを聴講した無名人の解釈なのかも知れません)には耳を傾けるべきものがありますので、音楽に直結させても良かろうと感じられるいくつかをご紹介を致します。テキストは岩波文庫(長谷川宏訳)の上下巻のうちの下巻によります。

「哲学はおどろきから出発する、といったのはアリストテレスですが、ギリシャの自然観もおどろきから出発します。・・・ギリシャ精神は、あたえられた自然をぼんやりとうけいれるのではなく、最初は違和感をいだきつつも、しかし信頼できるという予感のもとで、自分と親しく、自分が積極的にかかわることができるようなものとして自然に信頼をよせるのです。・・・自然物は、むきだしの自然物としてではなく、精神の息のかかったものとしてとらえられる。」(25-26頁)

「予感に満ちて耳かたむけ、内面の意味をさぐろうとする自然との関係をイメージ化したものが、牧神パーンの全体像です。・・・空おそろしさをよびさますパーンは、笛吹きとしてもあらわされる。・・・このイメージには、一方で、怪物の音楽が聞こえてくるという意味とともに、他方で、聞こえてくるのは聞き手自身の主観的な想像音だという意味がこめられています。」(26-27頁)

「解釈は詩ですが、自分勝手な空想ではなく、自然のなかに精神的なものを読みとる知性ゆたかな空想です。」(29頁)

「ギリシャ精神はいわば石を芸術作品につくりあげる造形芸術家です。・・・石は自然な石でありながら、精神を表現するものとなり、そのように加工されたのです。逆に、芸術家は石の精神的な可能性を理解するために、色その他の感覚的な表現形式を必要とする。そうした材料がなかったら、芸術家は自分の理念をみずから意識することもできないし、他人に対象としてしめすこともできません。芸術家の理念は思考の対象となることが出来ないものですから。」(32-33頁)

このところ綴った記事

・曲解音楽史61):近世日本2
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/61-4454.html

・「悲しい」と正直に言えば喜劇になる
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/15end-1107.html

・CD本、読みますか?
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/14-2852.html

・たとえば「モーツァルトを聴く」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/13-6e6d.html

・たとえば「ガーシュウィンを聴く」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/12-6254.html

・たとえば「グールドを聴く」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ac04.html

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2009年10月 2日 (金)

季節ってなんなんでしょうね

季節の変わり目ですね。
ついこないだまでは、いつまでもしつこく地平線の上に粘っていたお日様が、ここんとこは急に、ぽとん、と沈みます。

ウチの前の桜の木々は、いちはやく葉っぱをだいぶ落としてしまいました。まだそんなに冷え込んだりしないのに。

生き物、とくにちっこいやつらは、こんなふうにうつろっていく光や空気や水の中を、けなげに生きていますね。
いいえ、ちっこいやつらだけじゃなくって、動かないから分かりにくいけれど、大きな木たちも同じように生きていますね。

実がなる前に倒れる命があります。
実をなんとかみのらせたものの、そこまでで力つきる命があります。
実がならずに枯れていく命があります。
永遠の命、なんてものは、みあたりそうにありません。
春、夏、秋、冬を何度も繰り返して味わえる命、というのは、それほど多くはありません。
太陽が天空の星星の間を一巡することが、これまでに何度繰り返されて来たか、これから何度繰り返すのかを思いやると、それぞれの命の、なんと短いことでしょう。

だからこそ、そのなかで精一杯生きている、ということは、尊いのでしょうね。

私の家内は、自分の人生の季節の、せいぜい秋の入口までをしか生きませんでした。
それまで私自身はこんなことにあまり敏感ではありませんでしたが、身近でそういう命のあり方を目の当たりにした後、
「ああ、この命も家内と同じようだ」
「この命はあまりにも・・・まだ春の入口にも立たなかったのに」
などと、ちょっと過敏になっていたかもしれません。

そういうときは、いくつもある花の蕾の中で無事に開けるものが、果たしてどれくらいあるかを見つめることを忘れていたかもしれません。
あるいは、開いたものの、やがてしっかり実を結ぶところまで至ったかどうか、ということを、見ようとしていなかったかもしれません。

たった1秒の命でも、千年の命ほどに重い。
だから、どちらがより「はかない」だなんてことは、本当は断言出来っこないのではなかろうか、と、近ごろ思い始めたところです。
・・・ただし、それを納得している、というところまで行っているわけではありません。

ふとしたきっかけで、あるひとつの交響曲ばかりに1ヶ月近く熱中していました。
この作品、前から知らなかったわけではないのに、その意味が分からずにいたのだ、と気づいたら、それを知りたくて仕方なくなってしまったのでした。

正直言って、未だに分かりません。

ただ感じたのは、この作品を書いた人は、この作品を書いた時には、もう人生の「冬」の前で、体を自在に動かすこともままならなかったのかも知れないなあ、ということです。

窓から外を眺めると、自分が活き活き出来る場所が見つかりそうだ・・・自分は老いてしまったけれど、まだ何か、素晴らしい実を付けることが出来るに違いない、そう信じて、倒れてはまた胸を希望でいっぱいにし、希望が溢れれば溢れるほど、動かない体に精一杯の力をみなぎらせてみる。諦めることを知らないから、やめて欲しくなるほどに苦しげだけれど、その不器用さが、だんだんにむしろ、虹のように光ってさえ見えてくる。

このひとはいったんは、秋祭りかなんかに出掛けていって・・・もともとかっこうのいい人ではないので・・・、短い足を精一杯動かして、このひとなりの「いっぱいいっぱい」で、きれいに踊ってみようと試してみるのですが、疲れ切ってしまいまして、たぶん昏倒したのでしょう。

気づいた時にはベッドで横になっていたのでした。すると、なんだか神々しい光が見えてくるのです。それが「天国」なのかどうかは分からない。
「いや、まだ自分はこの世にいる。だからあれはこの世の栄光なのだ」
起き上がって、このひとはそれをつかみ取ってみようとするのですが、心ははっきり目覚めても、体はもう起き上がれない。
窓には霜がこびりついていて、表の景色はもうはっきりとは見えません。目もかすんでいます。「栄光」とみえたものは、衰えた瞳にうつった暖炉の火に過ぎなかったりするのです。

とうとう、このひとは実を得ることは出来なかった。うつつに、という意味では、なにものも手中に出来なかったのです。
だけれど、自然は確実に次の春を用意している。この人が枯れてしまっても。
そう信じることができた時、たぶん、このひと、本当ならありえるはずもない「永遠の命」っていうやつを、しっかりと見たのかも知れない。

彼は最後まで、自分の見た「永遠の命」を何とか書きとめておこうと、心の中では葛藤し続けました。
でも、とうとう、それはなりませんでした。
ですから、この交響曲は、最後まで完成されることがありませんでした。

・・・長ーい音楽作品も所詮は刹那なのですね。それだから、美しいのかもしれません。


今週綴った記事

・「グールドを聴く」ということ・・・映像リンクのみ
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ac04.html
 ※ これにくっつける本文を考え中ですが、難題です。
   やめときゃよかった!!!

・音楽の愛し方10:「音楽」を聴くのか、「演奏」を聴くのか
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/10-a2c8.html
 ※ へりくつ。


・「ピーターと狼」:音楽を聴こう1
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-1bba.html
 ※ ディズニーの昔のアニメです。

・オーケストラ映像のどこを見るか:音楽の愛し方 番外2
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-29f0.html
 ※ 私なりに感じる勘所です。「指揮者」を見るのではなく。


・ブルックナー「第九」チェリビダッケとヴァント:音楽の愛し方番外1
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-bddf.html
 ※ 私のつまらん長話のネタは、この交響曲です。


・「千住家にストラディヴァリウスが来た日」
 http://ken-hongou2.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-3189.html
 ※ 文庫になりました。思いの外、いい本でした。

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2009年9月26日 (土)

涙を流せるから生きている

今日、職場を訪ねて来てくれた前の上司とお茶飲み話をしました。
会社が異動の時期ですので、その悲喜劇の話から始まって、それぞれの家庭の事情やら、周囲の人におこったことやら何やらで、20分のつもりが1時間ほど話し込んでしまいました。
まあ、細々したあれこれは措きます。

元上司曰く、
「とにかく、どこもかしこも、いろいろあらあなぁ」

本当に、なにも抱えていない人はおらず、なにも抱えていない家族はいない。
決してくらいムードで話しているのではないのですが、中身をつらつらかえりみるに、
「オレも辛い、おまえも辛い、あいつも辛い、きっと誰もが辛いんだろう」
話はそんなほうに向かうのです。

人間、どこに幸せがあるんだろうか、と思うくらい、いまここで話し合っている二人以外も誰も彼も、なにかしら試練を抱えながら日々を過ごしているのだ、と、なぜだか今日は二人して、話の終わりのほうでは世の中みんなが切ないんだなあ、と、しみじみ、そんな思いにひたっていました。

で、またまた元上司曰く、
「でもさあ、辛いってことが、生きている証なんだよな。涙がながせる、ってことがな」
酒癖の悪かったおっさんのくせに、妙に立派なことを言うもんだ、と、今日ばかりは感心しました。

洗礼を受けたわけでもないから聖書を引き合いに出すのはもってのほかなのかもしれませんが、これまたどういうことか、元上司の言葉から私が連想したのは「エデンの園」でした。

蛇からリンゴを受け取って齧った瞬間、
「パラダイスを追い出された」
人間たち。

・・・このはなし、本当に『失楽園』を語ったはなしなのだろうか?
・・・もしかしたら、違うんじゃないか?

リンゴを味わうまで、人間には、もしかしたら感情の起伏というものもなかったのではないか?
エデンの園が「喜び」の世界だなどというのは、嘘八百なのではないのか?
何故なら、辛さを知らずにラクは分からず、悲しみを知らずに喜びが分かるはずがないからです。
心に涌くある感情というものは、比較でき対照出来る感情というものがあってはじめて、自分の心にどういう作用をもたらすか分かるのだ、と思うほうが自然です。
とすると、「エデンの園」から出て行くことで初めて、人間は「辛さ・悲しみ」を知り、涙が流れるということを知り、だからこそ、「エデンの園」という<ふるさと>が自分にあって、そこにいることが安楽でも喜びでもあることを「相対的に」知ったのではないか?

「知る」ことが原罪だ、ということを、もし私が中世のキリスト教圏の住人として否定していたのであれば、たちまち「異端」として追放されたことでしょう。ルネサンス期だったらもっとえらいことで、「異端」即「火刑」だったでしょう。

でも、旧約聖書では「エデンの園」から出たのが「追放された」と表現されてはいるものの、そうではなくて、この話の本質は、自らの心を知ることによって<ふるさと>に安住していては得られない「心の豊かさ」を求めて、アダムとイヴが、実は自分たちのこころのきめたことにしたがって「ここを出よう」とした、というところにあるのではなかろうか、と、私にはどうしてもかように思えて仕方なかった次第です。
それを「神から追放された」と表現するのは、出発に当たってはまだ「自分の意思」とは何か、を悟るところまでは人間が達していなかったことを物語っているに過ぎない・・・

これは、罰当たりな発想でしょうか?

今週はとりたてて綴った記事がありません。

毎度の駄弁失礼致しました。

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2009年9月18日 (金)

アルバム:息子の絵1

最近、息子が自己流で絵を描き始めました。
水彩絵の具、アクリル絵の具を使っています。
描いた順番に並べておきたいと思いました。
「作品」としてではなくて、息子の心の履歴書として、です。
なにせ、自己流ですから、技術も何もありません。
ただ、描くということは、やっぱり心を正直に表わすものだなあ、と感じております。

8月下旬から昨日現在までに描いたものです。

また随時、掲載して参ります。

・ひとりたび
Ai

・宇宙旅行
Spacechicken

・けなげ
Kenage

・決意
Eye

・地球とUFOとロケットと
Chikyu

・未来予想図
Fortune

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