2012年4月19日 (木)

春の来ない木

この木だけ、若芽も出ない。

Springhasnotcome

いつだったか、庭師さんにばっさりと枝を落とされてから、いつ葉っぱが出てくるのか分からなくなった。

だけど葉っぱが出なくても、間違いなく生きている。
でなければ、こんなにしゃんと背筋は伸ばしていない。

いや、立ち往生しているのかも知れない。
・・・弁慶、死してなお義経を守る。

どっちにしたって、しゃんと背筋を伸ばしているから、暗がりにいても、今日もここにいる、と、こちらもあたりまえに信じていて、あたりまえに通り過ぎて、見上げることもしない。

実のところは、しゃんと背筋を伸ばしているからほかより特段りっぱだ、というわけでもなんでもない。ただ、枝を伐られてからの方が、ここにあることがあたりまえになったんじゃないかと思う。

あら、葉っぱがないのね、とは、気がつこうとして初めて気がついた。
けれど、こやつは別に気付かれようが気付かれまいが、そんなことで思い悩んで気疲れすることもないのだろう。

あしたはあしたの風が吹く。
その風が強過ぎて、あした根っこからえぐられて倒れるかも知れない。
あしたのことは分からない。

それでも、あしたまた、幸いにして命があれば、あしたなりにここで精一杯、もしくはだらだらと、もしくはなんてことなく、ここにこうしているのだろう。

木というやつは、なんだか、すさまじい。

今日は、まず娘の高級腕時計が直ったので高い金を払って引き取って、それから娘のレッスンの運転手をして、レッスンが終わってから親子三人でリンガーハットで晩飯で、晩飯のあとコンビニでぎょうさん買い物をして10時半帰宅だった。
さっきまで、もっともっと「今日の言葉」が自分の中にとぐろをまいていたけれど、帰って来たら忘れてしまった。
あしたも幸いにして命があって、あしたもおなじとぐろをまく言葉を自分の中に見つけるようだったら、あした記そう。
あした幸いにして命がないのなら、幸いにして、おいらの吐く言葉は、これで最後になる。
どっちの幸いがより大きいか?
どっちでもないだろう。
命が今ここにあるようにして、きのうもあった。
あしたもあるだろう。
昨日消えたものがあったように今日消えたものもあっただろう。
そのなかから、まだ生きているようにとまた選ばれて、明日を明日のなすがままに生きるのであれば、それでもなお、今日で絶えてしまわなかった幸いを苦しんだりもがいたりして楽しむチャンスを、どこかのだれかが恵んで下さったのだ。

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2012年3月14日 (水)

えん。

今日は円周率の日なんだそうである。

故・矢野健太郎さんが講談社現代新書から出されていた本で、アルキメデス(古代のシチリアにいた有名な【今のことばで言えば】科学者、ローマ軍が シチリアを征服したその日にローマ軍の兵に誤殺されたそうだ)が円周率の近似値を円に内側から接する多角形と外側から接する多角形のそれぞれの辺の長さの 差から求めていった方法が、分かりやすく、しかもたくさんのページ数を費やしているのを読んで、とても感激したことを思い出した。
息子に読ませたくて古本で買ったはずだが、やさがししても見当たらなかった。
矢野さんの本にはそこまで載っていなかったが、のちのち知ったアルキメデスという人の凄さは、こういう円周率を求めるようなものを含む幾何学的な 問題を、別段円や多角形を正確に作図することで解いたのではなかったことだった。後年オークションに出されたアルキメデスの数学書に載っていた図が、問題 に対して正確な図ではなかったことから、こういうことが判明している。ほかの古代ギリシアの優れた数学者たち(放物線だとか楕円といった、いわゆる円錐曲 線の仕組みを見つけ出したアポロニウスなどがいる)はどうしていたか、は僕は目にしていない。でも、アルキメデスの例だけで、驚くには充分である。

小学生の教科書で「円周率は3」と整数で割り切ってしまったことが大きな問題になったことがあった。でも、問題の根源はそこにはない。何故なら、 古代エジプト人にとっても円周率は3だったからだ。アルキメデスの出した円周率は3.14ではない。小数に直せばそうなるはずの分数・・・割り切れるはず の数だった。今知られているように、円周率は整数同士の割り算で割り切れる数ではない(すなわち有理数ではない)。けれど、人間はそれをπという記号に置き換えることで、割り切れない数だということをまったく問題にしないで利用することが出来ている。日常の中で円周率がさほど目立たないのは、πが謎の数だ と人間が考えないでも済むからである。音の世界・電気の世界・・・およそ、かたちをきれいに整えればきれいな「波」になるものの基本の計算には、πがそれとなく、姿を隠したまま使われている。だから、ほんとうは問題の根源は、

「なぜ、人間にとってどんなに<割り切れない(割り算だけの意味ではなくなるかもしれない)>数であっても、あるいはそれなしには説明できない事柄であっても、人間はそれを巧みに利用できるようになってきたか」

の知恵を、子供がではなく、大人と呼ばれる人たちが、もういちど根っこから感じなおして みる努力を、ややもすると怠るところにある。「大人」は、自分のちっぽけな、たった50年そこらの人生から、自分だけで紡ぎ出した自分だけの法則(常識) からものごとを判断している。そのことを、僕らはどれだけ自覚しているだろう?

うちは父親がこんなことを綴るような非常識だから、子供たちも非常識な人生を送るかもしれない。
それでも、どんな非常識でも、結局は、ちっぽけな自分がちっぽけな人生の積み重ねから、たかだか砂場に作った程度の山を、他から壊されないように両手で守るのに精一杯で、あっというまに人生は終わりに向かうのである。

アルキメデスは、兵士がその足元を蹂躙した時、彼が地面に書いた図が消えそうになったのを慌てて遮って、
「その円を消すんじゃない!」
と叫んで凶刃に倒れた、という話は有名だ。
後世に大きな業績を残した人物にして、人生の終わりはこのようだった。
それが、僕らのあいだに、小さな円をいくつも書きながら、経巡っている。
人生だ、人生だ、と騒ぐといかにも大きく見えるが、小さな円の経巡りが続くうちは、大きな目で見た人間の生は、心配するほど大変なものではないのではなかろうか。

荒川洋治さんの、ちょっと面白い詩。

大井町

大井町というところを
はじめて歩いた
七つ
八つ
とさがしたが
彼女の家は見付からず

町のあかりに
ずぶずぶ
ぬれながら
二本の足を
跳ねあげている

叔父はこのあたりに
一人の女をかこっていた
やがて
大きな円を
描いて果てている

円の形は
どの町も同じである
夏の日は
水を私らの体に与える
明るくもあり暗くもある
あたりは円い
一人ずつ
毒をのむように
冷えてゆく

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2012年3月 1日 (木)

「関心」について

反省の屁理屈シリーズである。

人が「関心」をもつとき、「関心」の中身はまず自分を<中心>にして決まる。
・・・と、人のすべてに拡げてしまっていいのかどうか。
・・・少なくとも、僕はそうだ、ということに、ひた、と苦しむことが多い。
・・・だから、また、僕自身を<中心>にして考える。

子供たちと話すとき・他の人たちと話すとき・SNSなどに書き込むとき、言葉のではなく、気持ちの行き違いを感じることは少なからずある。では、「何と」行き違うのか、といえば、それはもう「自分の気持ちと」でしかない。
それが起こるのは、自分が話すことに対して、だけとは限らない。人と人の対話を見聞きしても「自分の気持ちと」行き違う何かを感じてしまうのである。

だから、自分は感情過多症とでも言うべき輩だと思っている。

挨拶して、挨拶が返ってこなければ、腹を立てていた。
話がズレれば、腹を立てていた。

あとは、少し記号化してみるなら、こんな感じだろう。

Aさんの言うことにBさんが過剰にBさんの言い分で応じること(それは別に喧嘩腰のものとは限らない。Aさんを思いやって、の対応の中にも、AさんではなくBさんの「気持ち」のほうに強く寄っている場合なら、同じことである。)

Bさんが「思いやりをこめて」Aさんに応じているのに、Aさんが無視したりするのにも、あるいは【直接間接に】罵倒で応じたりする【そのときAさんの罵倒の対象はBさんではないこともある・・・それを言うと話は難しくなるだろう】のにも、腹が立ったりした。

このAさん、Bさん、どちらに「自分自身」を当てはめてみたら、それぞれどうなるか?

・・・全部、自分自身も同じことをしているのである。最初の2つは、これらにばっちり含まれている。
・・・だから、いちばん腹を立てなければならない対象は「自分自身」なのである。

じゃあ、腹を立てないためにはどうするか。
言葉なる道具の使い手である自分が、感情の起伏が前提の生き物である限り、残念ながら、というべきか、幸か不幸か、というべきか、はたまた当然というべきか、腹を立てないための万能の回答など、ありえないだろう。
(ちなみに、禅の「悟り」は「腹を立てる」ことを含めて、感情が揺れ動くのを否定しているわけではない。それを「最大限減らしたい」とき、ではど のようにするか、の答えを見つけるのが「悟り」だと、僕は受け止めている。答えの程度に高低があり、だから「悟り」にも大小がある。・・・こんな付け足し は、余分かも知れない。)

まぁまたこんな阿呆なことばかり考えていた。

「関心」の対象についてまで考えてみるつもりだったが、今考えたいことにとっては、もうこれだけで充分なので、やめておく。

ウチのエレベータで毎朝会うのに、「おはようございます」と声をかけても向こうからは何にも返って来ないおっさんがいる。前はそれでいつも、自分のはらわたが勝手に煮えくり返っていた。
最近はもうこっちも挨拶しないことにしてみたら、不思議と腹が立たなくなった。
今朝は、おっさん、収集所に持っていくゴミを片手に乗り込んできた。
1階について、おりるときに、開くボタンを押して、おっさんが先に出るのを待とうとしたら
「あ、いいですよ、大丈夫です~」
と声がかかってきて
「ありゃ、そうですか、あはは~」
と馬鹿笑いしてしまった。
たったこれだけで、妙に気がラクになった。

挨拶が苦手だったりする人もいるのだ。
挨拶が信条に合わない人だっているのだ。

向こうがこっちに合わせる道理もないし、こっちが向こうに合わせる筋合いもないわけだ。
こっちが挨拶したけりゃ挨拶は続けて、向こうがしたくなければそれはそれで構わないわけだ。
(いろいろ尾ひれをつけやすいことだけれど、原則がはっきりすれば事足りるので、つけない。)

案外、日常は、こんなことに気づかないまんまで、勝手に腹を立てたり立てなかったりして過ぎている気がした。

でもって、このあとまた、あたいは別のことですぐぷりぷり怒っていたりしたんだからしょうもない。

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2012年2月26日 (日)

プライド

(前に書き留めた日記から)

抽象的なことを綴る。
もっと具体的に簡単に、と思っていたけれど、どうもそこまでの能力がない自分に気がついた。

日本語としての「プライド」は、「誇り」と同じ意味だということになっている。
「誇り」とはなにか、と調べてみると、「名誉に思うこと」とか「自慢に思うもの」とある(角川必携国語辞典による)。

だから、日本語では、
「プライドを棄てた」
という言い方が成り立つ。もうなにも自慢したり誇ったりはしない、ということを指すのだろう。
ところが、「棄てた」はずの何かに何かがちょっとでも触れると、
「プライドが傷つく」
などと、棄てたはずなのに、そんな奇妙なものがくっついてくる。

日本語的発想からは、棄てても棄てなくても棄てようがなく、「プライド」は身体から離れない摩訶不思議な「なにものか」であるということになる。

いま、英語やその他の、他の言葉そのもので「プライド」にあたる語を説明した辞典がない。ただ、ラテン語で英語のprideに対応するのはsuperbusなる語だということになっていて、これは奢ることや傲慢さを表すものだという対称までは出来る。これだと日本語の「プライド」とは少々ズレる気がする。「奢り」や「傲慢」は棄てた、と宣言し、傍目からそう見えるような人でさえも、「プライド」は傷つくことがあるからだ。
「プライド」というのは、少なくとも日本人の発想の中では、
「生きていく自分を保つ、自分の中の重石」
のようなものなのではないだろうか、と感じることが、ままある。

常に中にあるものだから、持っている結果表面に現れる「誇り」や「自慢」や「傲慢」を棄てても、なおそのかたちが尖っていることで、自分の内部をすたずたに傷つけ、血だらけにすることもあるのだ。

そうではあっても、この重石がなければ、僕達のからだは、いとも簡単に虚空に投げ出される。
投げ出されることで、仮に肉体の機能は保っても、精神の死を迎えることなど、いとたやすく起こってしまうのだ。

だから・・・僕たちは、僕たちの中に抱えているこの「重石」が、僕たちの中から自分自身を切り刻まないように、そのかたちを上手に丸めて行かなければならない。

表づらだけ人に優しくしたって重石のかたちが変わってくれるわけではない。
あるいは、人に優しくされて丸まって行くとも限らない。
優しさの軽い流れが急過ぎて「プライド」の重さを流し去るには力が不十分であることもある。水の働きと、なんらかわるところはない。

重石そのもをのを他人の重石にむやみにぶつけても、これはまた、お互いの重石の先っちょをますます尖らせるだけだ。それによって傷つくのは相手も勿論である。自分自身は、なおさらのことである。

どうしたら、自分の重石は丸くなるのだろう?

自分が重石の中の成分だと思っているあれこれについて、まずは自分の「傲慢かも知れない」視点から分析をしてみる。
そのうえで、同じ要素を他者はどう扱っているか、を対比してみる。
さらに、それぞれどちらが「是」でどちらが「否」かを仔細に検討する。どちらも「否」かも知れない。どちらも「是」であればすぐ幸せになれるかもしれないが、「プライド」を磨く愉悦を味わうには、たいへんものたりないことになるだろう。

「あ~、天国って幸せなところだってきいたけれど、幸せすぎるって退屈なことだねぇ」

とぼやいた、とかいう亡者の話を、どこかで聞いたことがあるような気がする。

こんな話である。

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2012年2月20日 (月)

底の剥がれた靴を巡っての超詭弁無底哲学的独白

いざというときには、誰も助けてくれない・・・というのを、悪い意味で考えていたうちは、つまらなかったかも知れない。

いざというとき、とは「とっさ」でもある。救急車だって人が倒れたその瞬間に来てくるなんてことがあり得ないのを思い出せば、いざという時に助けれくれる誰か、がいないのは別にあたりまえだと分かる。

でも、たったそれだけのことが分かるまで、おいらは何年かかったか!
いいやまだまだ気付いた程度で、
「だめだ、いかん、どうにもならん」
と、人に、自分に、腹を立てる愚は繰り返してきている。根がとにかく短気なのだろう。

どうせだから、腹が立つものは立つ、と割り切ったほうがいいのだろうと思う。

そう思ってみると、つくづく「論語」なんてのは嘘つき書物だ、と・・・けなしてみようかと探したら、現物がどこかにいってしまった。
分かりやすい嘘はここだ。

・四十にして惑はず   ~四十にして「も~どうでもいいと」決めつけ
・五十にして天命を知る ~五十にして「あ~やっぱりあかんかった」と悟る

ここまでは自分も終わった。

・六十にして耳順ひ   ~六十になったら「おらこうなんだから譲れん」てことか
・七十にして心の欲する所に従ひて矩を踰えず。
 ~これなんかまさに「老いたら頑固で人に耳を貸さない」そのものだよなぁ。

になるんではないだろうか。
ほんとうは、嘘つきなのは「論語」に並んだ字面ではなくって、それをめぐるひとりひとりの勝手な解釈なんだけれど、深入りしない。

ともあれ、気付く必要がなかった人生の期間が、47年。気付かないと生きていけないことを思い知って5年。

肝心なことは

・いざ、の瞬間から自分がどれだけゆっくり時間をかけたりアンテナを張ったりして助けを求められるか

・いざ、の瞬間に頭に血がのぼったことをどう笑ってごまかすか

なのかも知れず、いつまでも「いざ」の瞬間に自分が思ったことにしがみつかず(そんなことは外からは誰にも、いちばん信頼している相手にだって分 からないのだから)、まわりにどう柔らかくこちらを可能な限り理解してもらい、当然の代償として、理解してくれる相手のことをこちらも可能な限り理解する ことなのかも知れず。

・・・いやぁ、一生かかっても無理だなぁ。

ということで、靴の底が剥がれかけになって難儀した今日、帰宅の道々、どうやってこれ以上そこが剥がれないようにしたまま新品を調達できる場所までもたせられるか、のために、おいらは靴さんの
「底の接着のされ方具合はこんなですから、無茶なガニマタで歩くのはよして下さい」
なる声に
「はいはい、へいへい、了解です~わーい(嬉しい顔)
と満面の笑みで応えつつ歩み、本当は救ってくれるはずのところの店じまいが心配なのだが決して駆け足も急ぎ足もせず、自分にとっては赤十字マークのついて見える店が開いているのを発見するや、ようやくほっとするも、履いて着た靴さんに気取られないよう
「高かったら新品は諦めてあなたの底を貼り直してなんとかしますからね~」
とささやき、値札を見て
「なんだ~やっぱり高いわあせあせ(飛び散る汗)
と焦ってみせて靴さんが安心したところを見計らっておもむろに脱いで新品を試し履きし、
「いちおう、予備で買うんですからね!」
と断りを入れて
「でもあなたの履き心地には叶わないので・・・あなたが直るまでの間に合わせですから」
と、惚れ惚れされるようにウィンクして見せて、帰宅するなり
「んじゃ、古い靴さん、さようなら!」
をしたのであった。
靴さんの心の真実なんか、結局うっちゃってしまって。

・・・こんな醜い心でいいのだろうか?泣き顔

と、息子のレンタルしたDVDを返すために、新靴の履き慣らしがてら歩きながら、またアホなことばかりで頭の中がクルグルしていた。

ついでに
「プライドのない人間は所詮つまらない」
なる別のことを深刻に考えたりもした。
それはただプライドがあればいいという単純な話ではない、プライドを持ちつつ折れどころを知っているような人こそすごいのだ、というすごい話なのだが、今日はすこしでも早寝をしたいので、これでやめておこうね。

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2011年12月21日 (水)

「コリント人への第1の手紙」から。

共に育てなければならない誰かがいる途上で伴侶を亡くす、というのは、じわじわきいてくるものだなぁ、というのが、この春以降の自分の本当の思いだったかも知れない。

昨日は、年末の休みを返上して家内の葬儀を手伝ってくれた会社の同期とばったり顔を合わせたとき
「何年になったかなぁ」
と訊かれたので、
「五年だよ」
と答えた。
「そうか~早いなぁ」
・・・過ぎてみれば、早かったのである。

伴侶と死別することは、誰にとっても大変な悲しみだ。自分についてはそれは家内だったのだけれど、そしてここでもさんざんわめいたことがあるけれど、とにかく埋葬が片付いてさらに1年くらいは、
「おいらは子供がいなかったら死んでただろう」
状態だった。調べたら家内の死ぬ7年前だったそうだが、密かに尊敬していた江藤淳氏が奥さんを亡くしたあと自殺してしまったことも常々気の毒に思っていたのに、まさか自分が同じ思いをするとは想像したこともなかった。
もめた埋葬が片付いて、それまで身辺を良くも悪くもにぎやかにしていた人達も、あるいは病気をなさったり、あるいは転居をなさったり、あるいはは なから家内としか繋がりを感じていなかったりして、ぱたりぱたりとおとづれもなくなったりして、城山三郎さんが綴っていらした『そうか、もう君はいないのか』が本屋に並んでいるのを、ぽつんとした気持ちで立ち読みしては、買おうかどうかためらってばかりいたものだった。
その本屋も、いまは無くなってしまった。

そんな、ぽつりとした気分でいられたうちは、かたっぽうでは子供らを「どうするか」・・・子供らが「どうなるか」ではなく・・・に必死だったりし て、そのためにも自分の気持ちから抜け落ちてしまったものをなんとか補おうということにも同じように血眼になれたし、それがいま稔っている面もあって、も しかしたらまだ「ゆとり」もあったからこそ生まれた方向性があったのかも知れない。

この春以降は、どうも勝手が違った。
最近までずっと、それは娘の卒業式の当日に、故郷方面で、天災と人災の入り交じった巨大すぎる災害が起きたショックが尾を引いたのだろう、そこから脱出すればまた変わるのだろう、と信じていた。が、秋がきてみると、風向きが怪しくなった。

子供が育つ途上でのことだったからだろう、僕は江藤さんや城山さんとは別の課題を抱えたのだけれど、それにはちゃんと気付いていなかったらしい。

いまはまだ、学校や習い事の費用も負担してやったり、あれがないこれがないと言われれば慌てて調達に走ったり、と、やっぱり子供は子供、で、これは過去4年とあまり変わっていない。
この事態のもとで、子供たちがだんだんに僕から自立して行くこと、が、目ざす課題だと思い込んでいた。子供を自立させる、という、「親目線」からの課題だけが、解決させるべきものだと思い込んでいた。

どうも、それは違うような気がしてきている。

まだ像がぼんやりとしか立ちあらわれてこないのだけれど、こんなことなのだろうか?

「子供の自立」は単純に一方向に決まっているものではない。
自立、の前には、とくに親との接点がどうであるか、なることが大きく関わってくる・・・それはただ「子供自身が目標を持って針路を決める」という単純なベクトル1つで考えることは出来ないものである気がして仕方がない。
僕自身がまた、単純に「子供たちの親」であることから何らかの変化を遂げなければならないらしい。
それは当たり前のことながら、子供たちを置き去りにすることではないはずである。
では、何をどうするのか、とは、考え始めると、とてつもなく大きな問題がありそうで、ちょっと怖くなってくる。

やっと一個の人間になって行く子供たちに、僕もまた一個の人間としてしっかり対峙して、しかも理不尽ではないよう充分意を尽くして「付き合い」をしていけるようでないと、ここから先は奴らの大切な将来に傷を付けるような愚を犯さないとも限らないのだろう。これに思い当たって、真面目な話で、背筋が震えた。

この局面に来て、生きて子供らと対峙するのが自分ひとりであるというのは、かなり、痛い。今になって気付いたから余計なのであって、これこそが、「伴侶を失ってじわじわ効いて来たこと」の、どうやら正体であるらしい。

それでも、漠然と感じ始めているこのことに、新しい年には、少しでも僕自身の方向付けが出来るようにしたい。

気付くことの遅さ、自分の鈍かったことを反省し、よい新年に繋げて行きたい。

気が早いけれど、週末からはもうバタバタしてしまうので、これで今年の心の締めくくりに・・・出来るんだったら有り難い。

自分はキリスト教徒ではないのだけれど、新約聖書のパウロの言葉が、自ずと染み入ってくる。独身時代に辛い時、掲げるのとは別の訳(やく)で、当時は暗誦までしていた。それが、いまではもうすっかり忘れている。

たとい私が人間と天使の言葉を話しても、愛がなければ(鐘のように)鳴る青銅と響き渡 る銅鑼に等しい。たとい私が預言のたまものを持ち、すべての奥義とすべての知識に通じ、山を動かすほど満ちた信仰を持っていても、愛がなければ無に等し い。たとい私がすべての財を施し、この体を焼かれるために与えても、愛がなければなんの益にもならない。愛は寛容で、愛は慈悲に富む。愛は妬まず、誇ら ず、たかぶらない。非礼をせず、自分の利を求めず、憤らず、悪を気にせず、不正を喜ばず、真理を喜び、すべてをゆるし、すべてを信じ、すべてを耐え忍ぶ。 愛はいつまでも絶えることはない。だが預言ならば廃れ、異語ならば止み、知識ならば滅びる。私たちの知識は不完全であり、私たちの預言も不完全である。完全なものが来るとき不完全なものは滅びる。私が子供のころは子供らしく話し、子供らしく考え、子供らしく理屈をこねたが、大人になってからは子供らしさを捨てた。いま私たちは(古代の銅鏡のように像のはっきり映らない)鏡を見るようにぼんやりと見ている。だが来るべき時には(自らが出来る限り、神と)顔と 顔を合わせて見るだろう。いま私は不完全に(だけ)知っている。だが来るべき時には私が(神に)知られている通りに知るだろう。今あるものは信仰と希望と愛の三つである。そのうちでもっとも偉大なものは、愛である。
(「コリント人への第1の手紙」第13章・・・フェデリコ・バルバロ訳。語彙・言い回しを自分なりに改変)

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2011年12月18日 (日)

「世界はひとつ」ではない・・・と思う話

息子とふたりで、いつもの喫茶店に寄った時の会話。
記憶によるものを変えているから喋った通りではないし、言ったのがどちらかの割り振りも少し変えている。

Ponkikki

「おとうさん、インターネットの世界、ってどうなってるの?」

「世界って?」
「うーん、世界って、なんだろうね、ボクにも分からないなぁ」
「インターネットは、いろんなコンピュータが、人の決めた約束の仕組みで繋がってるだけだよ」
「どういうことなんだろう」
「ひとつひとつが、人の決めたネットの言葉で住所を決めてもらって、それぞれを訪ねあえるようにしているんだよ」
「どうやってまとまってるのかなぁ」
「まとまってるわけじゃないよ。ひとつひとつは、あくまで別々のものなんだ。住所があるから、お互いどこにいるかが分かるだけだよ」
「じゃあ、どうやって世界になってるの?」
「世界って、まとまりだとおもってる?」
「そうじゃないの?」
「違うと思うよ。ひとつひとつのコンピュータの中にはそれぞれのデータがありはするけれど、それを覗きたければ覗ける、ってだけがインターネット な訳だ。じゃあ、よそはどうなっているのか、っていうのは、こっちのコンピュータからは、あてずっぽうの呪文を唱えてみて、その呪文で訪ね当てた住所の中 の<世界>しか見ることが出来ない。その<世界>って全体はどうなってるのか、ってのはさ、あんたの頭の中で想像して、見えないところを補うわけだ」
「ふうん、むずかしいな」
「補っているその想像の<世界>は、想像している人の頭の中に、想像している人の数だけあるんだよな」
「んじゃ、<世界はひとつ>じゃないんだね」
「うん、ひとつ、じゃあないと思うよ。だから、素敵な世界を何人かの誰かと一緒に作りたい、と思っても、そこで出来る世界も、たぶんひとつじゃな い。みかけが同じだけで、本当は、人数分だけ別の世界があるのを、お互いの約束を決めて、お互いの想像を崩さないようにしているだけなんだと思うよ。だか ら、お母さんが生きていたときお母さんの中に持っていた世界は、僕たちにはないわけだ」
「そうだよねぇ、お母さんの思ってたことの一部分しか、ボクたちは覚えていないわけだもんね」
「じいちゃんばあちゃんから見たお母さんの世界は、<自分たちが育てたからこうだったはずだ>ってとこでお母さん自身のものとは違ってるんだし、 君らは育ててもらう時にお母さんがこうしていたああしていた、っていうところから想像しているものだから、やっぱりお母さんの<世界>そのものじゃあな い」
「なんだかますます分かんないなぁ」
「大切なのは、だからといってどれかがどれかより価値が低いってことは全然ないことなんだよ。それがもう、お母さんそのものの<世界>ではなく なってしまっていても、インターネットが繋がっていれば他所が覗けて、そこから持って来たデータを保存しているみたいに、間違いなく、生きていたお母さん の<世界>を同じ重さで受け継いでいる。それはじいちゃんばあちゃんの<世界>の一部になってしまってたり、あんたらの<世界>の一部になっていたりして いるだけでも大きな意味をずっと持ち続けてくわけだ。」
「誰がどうお母さんを思っていて、それが別の誰かが思っているのと違って見えても、それはお互いにどこかで繋がってる、みたいなことなのかな」
「そうだと思うよ。世界は世界を想像する人の数だけある。でも、全く別々にあるわけじゃなくて、共通に接点のあった人から受け継いだ何かを、同じ 重さで持っている。その共通のところを見つけあいながら、お互いに違うところをもきちんと正面から見つめあって、違いをお互いに大切にしあいながら繋がり あっていかなくちゃあならない。・・・それがもっとも難しいことなんだ。繋がりあうには、自分は自分の<世界>に、すぐがんじがらめにされるからね。おと うちゃんは、そういうところが本当にへたくそだし、失格だと、自分をそう思っているよ。頑張ってちょ。頼むよ」
「サッパリ分かんないけど、まあいいや。頑張るよ」

2011121716310000

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«まんまるの虹